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続編 開き直った公爵令息のやらかし
17話 男爵様
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……え?
今、何と??
“トレント男爵様”
本日受付担当のクレアさんは、確かにその名を口にした。
僕は驚いて男爵の顔を見やると、彼は。
「ん?どうした。緊張しているのか?」
さっき、クレアさんを突き放す様に言いやった口調とはまるで違う、変に優しい声音で僕の顔を見て微笑んで来て。
「す、すみません。常連様でいらっしゃるのですね。それなのに、私の様な入りたての粗忽者がお相手をさせて頂いても良いのか、心配になってしまって…」
「ふふ。実に淑やかで慎ましいな。気にするな。お前の様な初々しい者の方が楽しい。」
「…そう言って頂けて、ホッとしました…」
ふふふ、と控えめに笑ってみせると、トレント男爵は。
目元を細めてニンマリと笑みを見せた。
……ひぃ。
ゾワッとする。
でも、警戒心を強め過ぎると、相手に疑念を持たれてしまう。
僕はドクドクと心臓が早鐘を打つが、それを緊張と誤魔化して、ガッチリ肩を掴んで中へ促す男爵のされるがままに、共に奥ヘと進んで行った。
すると、途中で。
「あ、シビ…っ」
「っ!」
横の通路から声がして目をやると、モニカさんを休憩室へ送り届けて戻って来たテオと鉢合わせたのだ。
「ん?どうした。」
頭上から男爵の声がして、僕は慌てて男爵の相手をする事に気を戻した。
「あ、いえ。さっき先輩と一緒に居たボーイが戻って来たので、それで。……男爵様、彼もご一緒させても宜しいですか?」
「何故だ。」
「ただの使い走りですよ。私はまだ手際が悪いでしょうから、お酌するのに必要な物とか、彼に言って準備を手伝わせようかと。」
「ふ。初めての割にそんな事に気が回るか。」
「いえ、私は自分が気の利かない人間だと分かっているので。せっかく私の初めてのお客様ですから。些細な失敗はしたくありませんもの。」
だから…ね?
と、必死に媚びる視線でお願いすると、男爵は鼻で嗤った。
「はっ。ま、そう言われれば仕方ないか。」
~~~~よし!
テオ、やったぞ!
了解が出たから、早く来てくれ。
僕が必死に視線を送ると、テオは急いでやって来た。
「い、いらっしゃいませ。」
「チッ。お前も新顔か。…まぁいい。いつもの部屋へ行くから、ワインを持ってこい。分かったな。」
「…はい。」
「お願いしますね。」
「…っ」
男爵の注文の後、僕も一言口にしたら、テオは眉を寄せたが、直ぐに平静を取り戻して一礼すると、背を向けて離れていった。
……テオ、頼む。
早めに戻って来てくれ。
僕は心の中で必死に念を送りながら、また肩をギュッと男爵に掴まれると、ハッとなって彼の方へ愛想笑いを送った。
つ、疲れる。
まさか、いきなりターゲット本人に捕まるとは。
変に怪しまれている様子は無く、ご機嫌なのが救いだが。
しかし。
彼の言う、いつもの部屋へ行くまでに、他の部屋の様子や雰囲気も見てみたかったが。
そもそも本日最初の来店客がこちらの男爵様だ。
せっかく女装して後学の為に、色々学ぼうと思ったのに。
どこもまだお客待ちで、チラリと扉から中が見えても、ただお店の女性達が身支度をしている姿だけだった。
もー!せっかく色々テクニック盗んでやろーと思ったのに!
これじゃ技術を盗むどころか、滅茶苦茶危機的状況じゃないか!
いや。
………此処まで来て、手ぶらで帰るなんて出来やしない。
こうなりゃ、コイツからとことん情報を搾り取ってやるんだから。
貼り付けた笑顔で微笑む皮膚の下で、僕は内心、そんな無理難題を企んでいた。
今、何と??
“トレント男爵様”
本日受付担当のクレアさんは、確かにその名を口にした。
僕は驚いて男爵の顔を見やると、彼は。
「ん?どうした。緊張しているのか?」
さっき、クレアさんを突き放す様に言いやった口調とはまるで違う、変に優しい声音で僕の顔を見て微笑んで来て。
「す、すみません。常連様でいらっしゃるのですね。それなのに、私の様な入りたての粗忽者がお相手をさせて頂いても良いのか、心配になってしまって…」
「ふふ。実に淑やかで慎ましいな。気にするな。お前の様な初々しい者の方が楽しい。」
「…そう言って頂けて、ホッとしました…」
ふふふ、と控えめに笑ってみせると、トレント男爵は。
目元を細めてニンマリと笑みを見せた。
……ひぃ。
ゾワッとする。
でも、警戒心を強め過ぎると、相手に疑念を持たれてしまう。
僕はドクドクと心臓が早鐘を打つが、それを緊張と誤魔化して、ガッチリ肩を掴んで中へ促す男爵のされるがままに、共に奥ヘと進んで行った。
すると、途中で。
「あ、シビ…っ」
「っ!」
横の通路から声がして目をやると、モニカさんを休憩室へ送り届けて戻って来たテオと鉢合わせたのだ。
「ん?どうした。」
頭上から男爵の声がして、僕は慌てて男爵の相手をする事に気を戻した。
「あ、いえ。さっき先輩と一緒に居たボーイが戻って来たので、それで。……男爵様、彼もご一緒させても宜しいですか?」
「何故だ。」
「ただの使い走りですよ。私はまだ手際が悪いでしょうから、お酌するのに必要な物とか、彼に言って準備を手伝わせようかと。」
「ふ。初めての割にそんな事に気が回るか。」
「いえ、私は自分が気の利かない人間だと分かっているので。せっかく私の初めてのお客様ですから。些細な失敗はしたくありませんもの。」
だから…ね?
と、必死に媚びる視線でお願いすると、男爵は鼻で嗤った。
「はっ。ま、そう言われれば仕方ないか。」
~~~~よし!
テオ、やったぞ!
了解が出たから、早く来てくれ。
僕が必死に視線を送ると、テオは急いでやって来た。
「い、いらっしゃいませ。」
「チッ。お前も新顔か。…まぁいい。いつもの部屋へ行くから、ワインを持ってこい。分かったな。」
「…はい。」
「お願いしますね。」
「…っ」
男爵の注文の後、僕も一言口にしたら、テオは眉を寄せたが、直ぐに平静を取り戻して一礼すると、背を向けて離れていった。
……テオ、頼む。
早めに戻って来てくれ。
僕は心の中で必死に念を送りながら、また肩をギュッと男爵に掴まれると、ハッとなって彼の方へ愛想笑いを送った。
つ、疲れる。
まさか、いきなりターゲット本人に捕まるとは。
変に怪しまれている様子は無く、ご機嫌なのが救いだが。
しかし。
彼の言う、いつもの部屋へ行くまでに、他の部屋の様子や雰囲気も見てみたかったが。
そもそも本日最初の来店客がこちらの男爵様だ。
せっかく女装して後学の為に、色々学ぼうと思ったのに。
どこもまだお客待ちで、チラリと扉から中が見えても、ただお店の女性達が身支度をしている姿だけだった。
もー!せっかく色々テクニック盗んでやろーと思ったのに!
これじゃ技術を盗むどころか、滅茶苦茶危機的状況じゃないか!
いや。
………此処まで来て、手ぶらで帰るなんて出来やしない。
こうなりゃ、コイツからとことん情報を搾り取ってやるんだから。
貼り付けた笑顔で微笑む皮膚の下で、僕は内心、そんな無理難題を企んでいた。
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