全てを諦めた公爵令息の開き直り

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続編 開き直った公爵令息のやらかし

11話 そういうことかぁ

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「………はぁ、不覚。」
「どうされたんですか?シリル様。」

深く溜息をついて項垂れる僕を見やって、後ろからテオがきょとんとした顔で尋ねて来るが。

「え“?!あ、いや…何でもない。考え事してただけ…」
「……サフィルの事ですか?」
「んえ?!や…その…」
「昨夜、大丈夫でした?……アイツ、シリル様のご帰還を耳にした途端、仕事もほっぽり出して飛び込んで行くだろうから、気を付けた方がいいぞ~って、殿下から忠告の手紙貰ってたんですよ。案の定でしたし。とんだ駄犬だな、アレは。念の為、一応釘はさしておいたんですが…」
「あぁ……」

駄犬って……。
人の恋人に向かって、その言い様は無くないか?

でも、お陰で変な方向に暴走されて、大変だったよ……。
って、思い出したら恥ずかしくなるっ!

それに、僕も自分から誘っておいて、途中で寝ちゃうなんて、酷い奴だよ……。
起きたらもう、彼は出てしまっていたし。
随分、忙しい様だ。

僕はテオと共に、王宮の端の小さな一室へと向かっていた。
人の出入りもまばらで、寂しい一角ではあるが、来訪を告げて中に失礼すると。

「おかえりなさい!シリル様。」
「クレイン卿、おかえりなさい。」

一足早く此方に訪れていた、サフィルの妹でロレンツォ殿下の婚約者であるソフィア嬢と、この小さい部屋の主である、ロレンツォ殿下の母君のベルティーナ様が、共に笑顔で迎えて下さった。
エウリルスのお土産のお菓子をプレゼントすると、お二人とも、とても喜んで下さって、僕らはお喋りに花を咲かせていた。

「お二方とも、お変りございませんでしたか?」
「ええ、私は相変わらず、のんびりしていましたよ。」

ニッコリと微笑むベルティーナ様の横から、ソフィア嬢が身を乗り出して口を開いた。

「聞いて下さいよ、シリル様!私は大変でしたのよ!」
「どうされたんです?」
「お兄様です!シリル様をエウリルスのご実家にお送りして、帰って来てから、『シリルはお元気だろうか…』『もし、やっぱり実家の方が良いってなって、帰って来てくれなかったらどうしよう…』って。」
「え“……っ」

僕が居ない間、サフィルってば、そんな事言ってたの??
僕の事、そんなに想ってくれてたなんて、嬉しい様な、恥ずかしい様な…。

思わず赤くなる僕の顔を見て、ベルティーナ様も上品に笑われる。

「フフッ。そうなのよ、必ずロレンかソフィア嬢にそんな事を言っては悶々としていたから、彼には悪いけど、見ていておかしくって。」

そう言って、クスクスとお笑いになって。
後ろに控えている側妃様の侍女も、横を向いて笑いをこらえているから、相当だったのだろう。
……それで、昨日のあの暴走だったんだ。

僕は恥ずかしさに拍車がかかって、更に顔を朱に染めたが、ベルティーナ様が。

「……だからね、クレイン卿。それくらい、サフィルは貴方の事が大切なのよ。それだけは分かってあげて。」

優しい眼差しながらも、少し改まった様子で仰る側妃様に、僕は目を丸める。
すると、側妃様の言葉を聞いたソフィア嬢が、しゅんと俯いてしまって。

「……ソフィア嬢。貴女も、不安になるのは無理もない事だわ。私で良ければいくらでも話を聞きますから、遠慮なく言ってちょうだい。」

そう言って、側妃様は俯くソフィア嬢が膝に乗せている固く握った拳の上に、そっとその手を乗せられて、慈愛に満ちた笑みを向けられる。
手を触れられたソフィア嬢は、涙を堪えた様な悲しげな表情で、側妃様を見やった。

「ベルティーナ様……。申し訳ございません、まだまだ未熟で。」
「そんな事はないわ。それだけ、ロレンの事を大事に想ってくれているのでしょう?あの子の母として、貴女には申し訳ない限りだわ。」
「そんな……私こそ。」

薄っすら涙を滲ませるソフィア嬢に寄り添う側妃様は、本当にお優しい。
しかし、いつも元気で明るいソフィア嬢が、涙ぐむ程だなんて。
……殿下達は、それ程までに危険な事をしているのか?
今度は僕の方が心配になって来て。

「あ、あの……昨日、僕もサフィルから聞きました。今、探っている者が居る事を。ただ、僕は今までの経緯を知らなかったので、事此処に至るまでの話までしか、まだ聞いてなくて……。サフィルは…殿下達は、その、かなり危険な橋を渡っている状態なのですか?」

不安な顔になって尋ねる僕に、ベルティーナ様とソフィア嬢は互いに顔を見合わせた。
そして、ソフィア嬢が盛大な溜息を付いて右手で額を押さえた。

「……お兄様ったら。逃げたわね。」
「まぁ……帰還早々のクレイン卿に打ち明けるのは、あの子には酷だったものね……」

側妃様も溜息を付き、困った顔をしている。

「その、僕も昨日は疲れていたのもあったので、ちゃんと全部は聞けなかったんです。」

途中から、その、事に及んでしまったし。
いや、それは置いておいてだ。

「だから、その調べている対象の動向とか、今、サフィル達はどういった事をしているのかまでは、聞けていなくて。……サフィルも、なんだか言いにくそうにしていた様な…」

まだ、共に仕事をしている訳ではないので、あまり詳細は言えないのかもしれないが。
大まかにでもいいので、教えてくれれば、僕も理解がしやすいが。
お二人の反応を見ていると、ご存じなのか?

「確かに、言いにくいでしょうね……。どうしたものか…」

どう伝えるべきが迷っている側妃様に対して、ソフィア嬢はまた溜息を付き、顔を上げた。

「お兄様のバカ。……ごめんなさい、シリル様。兄に代わりまして、私から謝罪いたします。……兄は、殿下と一緒にトレント男爵を追っているのです。」
「はい。それは昨日、サフィルから聞きましたが…。」
「そのトレントがよく出入りしている娼館で今、張り込みをしているのです。」
「……え“?娼館?」
「……はい。」

娼館って、あの娼館?
性的な商売を生業とした女性達の居る…。

「何でまた……って、いや。そうか……トレント男爵は商売方面に舵を切ったって言ってたけど…。まともな商談ならまだしも、密談や非合法の取引とかとなると、そういった場所の方が使い勝手がいいのか。」
「流石、クレイン卿…。理解がお早いですね。……そうです。元々男爵になった経緯も不透明ですし、怪しい噂の絶えない者です。叩けばどこかしら埃が出て来るでしょうが……世渡りが上手いので、告発するには確たる証拠を示さないといけません。それをロレン達は探している様です。」

僕が殿下達の行動に対してある意味納得した事に対し、側妃様は頷かれる。
それに対し、ソフィア嬢は少ししょんぼりとした様子で、また俯かれた。

「シリル様は素晴らしいわ。娼館に出入りしてるだなんて耳にされても、ショックを受けるどころか、すぐにその意図をご理解なされて。私は駄目ね…」
「いえ。理解と納得は別ですよ。僕だって良い気はしません。ましてや、ご婚姻前のソフィア様ならなおさらでしょう。」
「………はい。殿下の事は信じています。でも……今回が初めての事では無いとは言え、やっぱり、不安は拭えなくて……。」
「今までにも、度々娼館に出入りされていたんですか?殿下達は。」

ソフィア嬢の話しぶりに、今回のコレが初めての事では無さそうだ。
尋ねてみると、彼女はビクッと肩を震わせたが、コクリと頷いた。

「……はい。エウリルス学院に留学されていた間も、夏季休暇でご帰国なされた際は度々…。殿下に敵対する貴族方の弱みを握る為に、お兄様やジーノを伴って、何度か潜り込んでおられた様でした。」
「……へぇ。」

思わず低い声になってしまった所為か、ソフィア嬢は慌てて顔を上げられた。

「っ!シリル様、兄の名誉の為に言いますが、兄は決して、その……お店の女の子と、そういった間柄にはなっていない筈です!兄はいつもいつも、シリル様の事ばっかり話していましたから。」
「え“…っ。そうなんですか…?」
「えぇ。もううんざりするって程に。シリル様の見る者の目を思わず奪ってしまうお美しさや、巫子様方だけでなく、自分の様な者にも気を遣って下さるお優しさも。何度聞かされたか分かりません。すみませんが正直、惚れた弱みで浮かれて話を盛ってるんだろうなって思ってました…。ですが、昨年、救世の巫子様方をお連れして来て下さった貴方様を直に目にして、私も納得致しました。だから、シリル様がこうして、兄の元に来て下さって、私、とっても嬉しいんです。妹として、感謝しております。不甲斐ない兄ではありますが、どうか見捨てないで頂きたいのです。」
「……そんな、僕の方こそ。サフィルの妹君であられる貴女様に受け入れて頂けて、感謝しております。大丈夫ですよ、そんな心配なさらないで下さい。……ただ、お話を聞いて、ちょっと思い当たった事があって。」
「…え?」

ソフィア嬢は首を傾げたが、僕は、それ以上は口に出来なかった。

……前々から、ちょっと感じてた事ではあったんだけど。
話を聞いて、合点がいってしまったんだ。

サフィルの話では、そもそもエウリルス学院に在籍中は勉強に必死で、街で買い物をする事はあっても、遊びに行ったり、ましてや、そういったお店に出入りする余裕なんて、まず無かったそうだから。
殿下も、自分の勉強とサフィルのフォローにほとんど時間を費やしておられた様だから。
なので、エウリルスではそういったお店にはまず出入りしていないだろう。
しかし、夏季休暇で帰国した際に、反目している貴族達へ目を光らせ、表では各パーティーに出入りし、裏では、そういったお店に潜り込んで、色々と情報収集に余念が無かったんだな。

で、その時に……色々身に付けたんだろう。
サフィルの閨での、ああいった手練手管の数々は。
……そうだ。
きっと、そうに違いない。

たとえ、お店の女性と直接、そういった接触が無くても、対象者を待って待機している間に、お店の女性と客がそういった行為に及んでいる場面を全く目にしないとは、考えられないから。

(そういうことかぁ~~!!)

情報収集源には猥本もあるかもしれないが、昨日のあんな猥褻行為、一体何処で習って来たのか不思議に思っていたんだ。
絶対、そうだ。

(実地研修…)

サフィルに、猥本は駄目!シリルはそんなの読まないで!って、言われたけど……。
実地は、何も言われてないもんな…。
ましてや、自分はそこで散々技術を手に入れたんでしょう……?
だったら、僕だって……ねぇ?

おろおろしているソフィア嬢の横で、僕はそんな愚かな事を考えていた。
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