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続編 開き直った公爵令息のやらかし
7話 元凶
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————…そんな感じで、僕は夏休みの帰省を終え。
またこのアデリートへと戻って来たのだった。
「……へぇ、そんな事があったのですね。」
「うん。色々あったけど楽しかったよ。ロティーには帰って来る時に泣き付かれて大変だったけど。」
僕が軽く苦笑すると、サフィルは穏やかな笑みを浮かべて、こちらを見て来て。
「シリル、今度は是非、私もベレスフォード伯爵家の方々に会わせて下さい。私もご挨拶したいです。」
「うん?いいけど。」
「……やっぱりすみませんでした、お迎えに上がれなくて。それに、私もお供するべきでした。貴方一人にベレスフォードの方々に謝罪をさせてしまう事になって。彼らから貴方を攫ってしまった私こそ、本来は頭を下げるべきでしたのに。」
「そんな、攫ったなんて。僕の方が付いて来たんだから。……でも、そうだね。サフィルにもきちんと話しておくべきだった。ごめんね、気が回らなくて。」
しゅんとなる僕に、サフィルは慰めてくれているのか、僕の頭を優しく撫で、額に軽くキスをしてくれた。
「無事に帰って来て下さって良かった。」
「うん。ただいま、サフィル。」
僕もお返しに彼の頬に軽くキスを落とした。
お互いベッドに寝そべって、ただゴロゴロとのんびり過ごすが。
「そっちはどうだった?殿下の付き添いで、あちこちパーティーでも回ってたの?」
今度は、サフィルの事を尋ねてみると。
それまで穏やかな眼差しで僕を見つめてくれていた彼の目が、急に曇り出して。
「……いえ、パーティー回りは程々にされているんですが、今、ちょっと気になる動きをしている者が居まして、その者の事を調べているんです。」
「身辺調査?」
「えぇ。……以前お話致しましたよね?前世での私達の話。」
「うん……。」
ちょうど前期試験が終わって、夏季休暇に入る頃に、サフィルから聞いた……辛い前世を。
「前世では、ベルティーナ側妃様は、お父君のお墓参りに行かれた際に脅されて……。反乱分子と内通しているのでは?と貴族共に疑いの目を向けられただけでなく、ロレンツォ殿下の事まで引き合いに出されてしまった為に、殿下を巻き込まない様に服毒までされました。」
「それで、殿下もサフィルも精神的にどんどん追い詰められたんだよね。」
「えぇ……。ただ、今世ではシリル様のお力添えのお陰で、巫子様方の救済を受ける事が出来たベルティーナ様はすっかりご回復されて。それに、巫子様方をアデリートへ招聘出来た殿下の母君という事で、ベルティーナ様の立場もかなり良くなり、以前の様な地下に潜っていた少数の反王太子派もとても近寄れなくなって、あの様な事態に陥る事も無くなりました。」
心配気な表情を滲ませる僕に、サフィルは大丈夫だと安心させる様に、ニッコリと微笑んでくれる。
が、直ぐ表情を強張らせた。
「……ただ、そもそも前世のあの時、ベルティーナ様を特に執拗に詰問して、死を覚悟させるまでに追い詰めた者が居るのです。」
「もしかして……ソイツを調べてるの?」
「えぇ。今回はあまり表立っては動いていない様なので、なかなか尻尾が掴みにくいですが、一部不明な資金の流れがあって。反王太子派を扇動したのも、奴のその金が軍資金として使われたんじゃないかと殿下も私も睨んでいて。」
「……そうか。ベルティーナ様を追い詰めた元凶が、怪しい動きをしてるんだ?」
「そうなんです。此処で元を絶たないと、また別の形で狙われかねません。」
「それで忙しくしてたんだね。……因みにソイツって誰なの?サフィル達はどうやって調べてるの?」
思いがけない、前世からの因縁が絡んだ相手だなんて。
それは一体どんな者なのか、サフィル達は現在どうしているのか、聞けば聞く程気になってしまって。
僕は矢継ぎ早に尋ねてしまったが。
それに対して、それまで硬い表情で話していたサフィルだったが、僕と目が合うと……彼は。
「…………うぅ…」
と、急に弱々しい声で呻いて僕から視線を外し、ベッドに顔を埋めてしまった。
「サフィル…?」
心配して声を掛けると、サフィルはバッとベッドから顔を上げ僕を見やったが、なんと言うか……しょんぼりした様子で。
「ディオニシオ・トレント男爵…コイツを追っているんですが……」
「トレント男爵……。ごめん、サフィル。僕、まだ此処の貴族方の事、頭に入ってなくてさ。」
「西部の港湾に小さい領地を持つ、ただのしがない小貴族です。実に小狡い奴でして、元々第2王子派閥を作り上げるのに実働したのは、実質コイツの様なものでした。」
「え“っ……じゃあ、ベルティーナ様だけじゃなくて……まさにサフィルやロレンツォ殿下にとっても元凶じゃないか。」
僕は驚いて、勢いよくベッドから体を起こした。
対するサフィルはのそのそと起き上がって、僕に目線を合わせる。
「えぇ、まぁ。ディオニシオは元々、西部のアレンツィで交易を担っていた富豪ガスパロ商会の会計責任者でしたが主人のガスパロを裏切り、そのガスパロと懇意にしていた先代トレント男爵を陥れたんです。架空の取引書類を偽造し、二人に不法交易の疑いがあると告発し、監査に入られ、そのまま…。恐らく監察官に多額の賄賂を払ったのでしょうね。そうとは気付かなかったガスパロは、先代トレント男爵共々捕まってしまいました。そして、窮地に立たされた男爵家をディオニシオが乗っ取ったのです。」
「凄いなぁ……どうやってまた。」
「当時男爵は奥方を亡くされたばかりで、お子様はご令嬢がお一人だけでした。そのご令嬢を…その、まぁ誑し込むというか、唆すというか……手玉に取って、家ごと乗っ取ったんです。」
「うわぁ……酷い話だなぁ……誰もそのご令嬢を助ける事は出来なかったの?」
彼から話される内容は、聞けば聞く程に悍ましい話だ。
けれどそんな酷い事態、誰も止められなかったのだろうか。
尋ねる僕に、サフィルは深く溜息をついた。
「それが、ご令嬢自体がディオニシオに惚れ込んでしまっていて。完全に彼の言いなり状態でした。そして二人は婚姻をし、傾いたトレント家を立て直しましたが、しばらくのちに、令嬢は亡くなられました。憶測ではありますが、もしかしたら、奴は幻惑の虜を使って令嬢を意のままに従わせ、乗っ取ったんじゃないか、と殿下は睨んでらっしゃって。」
「……その可能性は高そう。それにしても、そんな狡猾な奴を相手にしてるなんて、大丈夫なの?サフィル。」
最初は、つまらない小貴族に過ぎないとでも言わんばかりの彼の話し様に、小者でも追いかけているのかな?と思ったが。
話を聞く内に、随分大胆かつ狡猾な奴で、やり方はかなり荒いが、それでも男爵家を乗っ取ってしまえるなんて、なかなかの悪党じゃないか。
そんな危ない奴を相手に、危険ではないのだろうかと、僕は心配になったが。
サフィルはと言えば。
「はぁ……。それが、あんまり大丈夫でもないというか。まぁ、男爵家を手に入れただけでは飽き足らず、セベリアノ・アラゴン侯爵……アデル第2王子殿下のお母君、カサンドラ第1側妃様のお父君でアデル様のおじい様である侯爵様をせっついて唆し、アデル様こそ王太子に相応しいと持ち上げて、侯爵様に取り入ったまでは良かったのですが、私の亡き父…デルフィーノ・アルベリーニ子爵とも対立してしまい……」
「うんうん。」
「トレント男爵は元々は商人…平民の出身という事もあり、第2王子派閥の中でも浮き始めてしまって。身動きが取りづらくなってしまい、表舞台からは身を引き、商売の方を優先させる様になって。直接外国との交易の販路を広める為、アデリートを離れたんですよ。」
「そう。ただでさえ男爵位に収まったのも無理があったから、同じ派閥内でも反発されてしまったんだね。」
「でしょうね。」
頷く僕に、彼は深く溜息をついた。
「そんな矢先にアラゴン侯爵はヴァシリス連邦との内通を疑われ、捕らえられて……最終的に自害なされて。我がアルベリーニ家は、侯爵様とは対立してしまって深く関われなかったので、父の引責で事無きを得ましたが……。そもそものきっかけを作ったトレント男爵は、事件が明るみになった頃にはそもそもアデリートに居ませんでしたし、当時取り調べは受けたでしょうが、特にお咎めは無かった様です。」
「事件発覚当時にヴァシリス連邦に居て、そっちから糸を引いてた、とかでは無かったの?」
「そうかもしれませんが、当時の調べではそこまで明確な証拠は掴めなかったのでしょう。けれどその後、またしばらく国を離れる事が多かったヤツが、昨年くらいからまた王都への出入りも度々見られ、貴族のパーティーにも顔を出す事が増えました。それで、動向を探っているのです。前世の様な、反王太子派をまとめ上げる様な力は無い様ですが、妙に羽振りが良く、訝しんでいたら……殿下が男爵の提出された領地と交易の収支報告書を片っ端から調べ直されて。」
「で、不明瞭な所が見つかったんだね。」
「そうなんです。」
前世と今世は別のものとして切り離して考えないといけないとはいえ、サフィル達にとってトレント男爵は要注意人物である事は間違いない様だ。
ただ、その割に、サフィルからは緊迫感よりも溜息が多い。
調査続きで疲れているのだろうか?
「はぁ……。ただ、何て言うか……前より力が無い分、あまり怪しい動きは見られないんですよね、表向きは。収支報告の多少の不透明な点は、厳密に調べ出したらどの貴族だってある程度引っ掛かるものでもありますしね……。」
「今世では、敵対する程の動きは見られないって事?」
「今のところは。ですが、殿下にも……その話したんですよ、ごく端的にではありますが、前世での出来事を。」
「そうだね、知っておいた方がいっか。……予想以上に殿下のダメージが大きかったから、僕も話を聞いた時には驚いたよ。」
もちろん、サフィルもだったけれど。
あんな、ベルティーナ様を窮地に追い詰めた者なら、注意するに越した事は無いのだろう。
一体、どんな人物なのだろうか、そのトレント男爵という者は。
僕が疑問に思っていると、サフィルからまた溜息が漏れた。
「ただ……完全に殿下に火を点けてしまった様で、滅茶苦茶本気になってしまわれているんですよね……。」
「殿下の性格からしたら、仕方ないよ…それは。ましてや、ベルティーナ様の命にも関わる事だもの。」
「その辺は、まぁ…私も心得てはいるのですが、そのぉ……あの野郎…ろくでもないんだよなぁ……」
「?」
いつになく言葉を濁すサフィルに、僕は首を傾げるが。
サフィルはと言うと、僕を伺う様に下から覗き見ると、急に抱きしめて来た。
「う?さ、サフィル?」
「ごめんなさい、シリル。そのぉ……っ」
強く抱きしめられて、謝られるが。
どういう意図か分からず、彼の腕から解放された僕は顔を上げ、視線が合った途端。
急に彼にキスをされた。
またこのアデリートへと戻って来たのだった。
「……へぇ、そんな事があったのですね。」
「うん。色々あったけど楽しかったよ。ロティーには帰って来る時に泣き付かれて大変だったけど。」
僕が軽く苦笑すると、サフィルは穏やかな笑みを浮かべて、こちらを見て来て。
「シリル、今度は是非、私もベレスフォード伯爵家の方々に会わせて下さい。私もご挨拶したいです。」
「うん?いいけど。」
「……やっぱりすみませんでした、お迎えに上がれなくて。それに、私もお供するべきでした。貴方一人にベレスフォードの方々に謝罪をさせてしまう事になって。彼らから貴方を攫ってしまった私こそ、本来は頭を下げるべきでしたのに。」
「そんな、攫ったなんて。僕の方が付いて来たんだから。……でも、そうだね。サフィルにもきちんと話しておくべきだった。ごめんね、気が回らなくて。」
しゅんとなる僕に、サフィルは慰めてくれているのか、僕の頭を優しく撫で、額に軽くキスをしてくれた。
「無事に帰って来て下さって良かった。」
「うん。ただいま、サフィル。」
僕もお返しに彼の頬に軽くキスを落とした。
お互いベッドに寝そべって、ただゴロゴロとのんびり過ごすが。
「そっちはどうだった?殿下の付き添いで、あちこちパーティーでも回ってたの?」
今度は、サフィルの事を尋ねてみると。
それまで穏やかな眼差しで僕を見つめてくれていた彼の目が、急に曇り出して。
「……いえ、パーティー回りは程々にされているんですが、今、ちょっと気になる動きをしている者が居まして、その者の事を調べているんです。」
「身辺調査?」
「えぇ。……以前お話致しましたよね?前世での私達の話。」
「うん……。」
ちょうど前期試験が終わって、夏季休暇に入る頃に、サフィルから聞いた……辛い前世を。
「前世では、ベルティーナ側妃様は、お父君のお墓参りに行かれた際に脅されて……。反乱分子と内通しているのでは?と貴族共に疑いの目を向けられただけでなく、ロレンツォ殿下の事まで引き合いに出されてしまった為に、殿下を巻き込まない様に服毒までされました。」
「それで、殿下もサフィルも精神的にどんどん追い詰められたんだよね。」
「えぇ……。ただ、今世ではシリル様のお力添えのお陰で、巫子様方の救済を受ける事が出来たベルティーナ様はすっかりご回復されて。それに、巫子様方をアデリートへ招聘出来た殿下の母君という事で、ベルティーナ様の立場もかなり良くなり、以前の様な地下に潜っていた少数の反王太子派もとても近寄れなくなって、あの様な事態に陥る事も無くなりました。」
心配気な表情を滲ませる僕に、サフィルは大丈夫だと安心させる様に、ニッコリと微笑んでくれる。
が、直ぐ表情を強張らせた。
「……ただ、そもそも前世のあの時、ベルティーナ様を特に執拗に詰問して、死を覚悟させるまでに追い詰めた者が居るのです。」
「もしかして……ソイツを調べてるの?」
「えぇ。今回はあまり表立っては動いていない様なので、なかなか尻尾が掴みにくいですが、一部不明な資金の流れがあって。反王太子派を扇動したのも、奴のその金が軍資金として使われたんじゃないかと殿下も私も睨んでいて。」
「……そうか。ベルティーナ様を追い詰めた元凶が、怪しい動きをしてるんだ?」
「そうなんです。此処で元を絶たないと、また別の形で狙われかねません。」
「それで忙しくしてたんだね。……因みにソイツって誰なの?サフィル達はどうやって調べてるの?」
思いがけない、前世からの因縁が絡んだ相手だなんて。
それは一体どんな者なのか、サフィル達は現在どうしているのか、聞けば聞く程気になってしまって。
僕は矢継ぎ早に尋ねてしまったが。
それに対して、それまで硬い表情で話していたサフィルだったが、僕と目が合うと……彼は。
「…………うぅ…」
と、急に弱々しい声で呻いて僕から視線を外し、ベッドに顔を埋めてしまった。
「サフィル…?」
心配して声を掛けると、サフィルはバッとベッドから顔を上げ僕を見やったが、なんと言うか……しょんぼりした様子で。
「ディオニシオ・トレント男爵…コイツを追っているんですが……」
「トレント男爵……。ごめん、サフィル。僕、まだ此処の貴族方の事、頭に入ってなくてさ。」
「西部の港湾に小さい領地を持つ、ただのしがない小貴族です。実に小狡い奴でして、元々第2王子派閥を作り上げるのに実働したのは、実質コイツの様なものでした。」
「え“っ……じゃあ、ベルティーナ様だけじゃなくて……まさにサフィルやロレンツォ殿下にとっても元凶じゃないか。」
僕は驚いて、勢いよくベッドから体を起こした。
対するサフィルはのそのそと起き上がって、僕に目線を合わせる。
「えぇ、まぁ。ディオニシオは元々、西部のアレンツィで交易を担っていた富豪ガスパロ商会の会計責任者でしたが主人のガスパロを裏切り、そのガスパロと懇意にしていた先代トレント男爵を陥れたんです。架空の取引書類を偽造し、二人に不法交易の疑いがあると告発し、監査に入られ、そのまま…。恐らく監察官に多額の賄賂を払ったのでしょうね。そうとは気付かなかったガスパロは、先代トレント男爵共々捕まってしまいました。そして、窮地に立たされた男爵家をディオニシオが乗っ取ったのです。」
「凄いなぁ……どうやってまた。」
「当時男爵は奥方を亡くされたばかりで、お子様はご令嬢がお一人だけでした。そのご令嬢を…その、まぁ誑し込むというか、唆すというか……手玉に取って、家ごと乗っ取ったんです。」
「うわぁ……酷い話だなぁ……誰もそのご令嬢を助ける事は出来なかったの?」
彼から話される内容は、聞けば聞く程に悍ましい話だ。
けれどそんな酷い事態、誰も止められなかったのだろうか。
尋ねる僕に、サフィルは深く溜息をついた。
「それが、ご令嬢自体がディオニシオに惚れ込んでしまっていて。完全に彼の言いなり状態でした。そして二人は婚姻をし、傾いたトレント家を立て直しましたが、しばらくのちに、令嬢は亡くなられました。憶測ではありますが、もしかしたら、奴は幻惑の虜を使って令嬢を意のままに従わせ、乗っ取ったんじゃないか、と殿下は睨んでらっしゃって。」
「……その可能性は高そう。それにしても、そんな狡猾な奴を相手にしてるなんて、大丈夫なの?サフィル。」
最初は、つまらない小貴族に過ぎないとでも言わんばかりの彼の話し様に、小者でも追いかけているのかな?と思ったが。
話を聞く内に、随分大胆かつ狡猾な奴で、やり方はかなり荒いが、それでも男爵家を乗っ取ってしまえるなんて、なかなかの悪党じゃないか。
そんな危ない奴を相手に、危険ではないのだろうかと、僕は心配になったが。
サフィルはと言えば。
「はぁ……。それが、あんまり大丈夫でもないというか。まぁ、男爵家を手に入れただけでは飽き足らず、セベリアノ・アラゴン侯爵……アデル第2王子殿下のお母君、カサンドラ第1側妃様のお父君でアデル様のおじい様である侯爵様をせっついて唆し、アデル様こそ王太子に相応しいと持ち上げて、侯爵様に取り入ったまでは良かったのですが、私の亡き父…デルフィーノ・アルベリーニ子爵とも対立してしまい……」
「うんうん。」
「トレント男爵は元々は商人…平民の出身という事もあり、第2王子派閥の中でも浮き始めてしまって。身動きが取りづらくなってしまい、表舞台からは身を引き、商売の方を優先させる様になって。直接外国との交易の販路を広める為、アデリートを離れたんですよ。」
「そう。ただでさえ男爵位に収まったのも無理があったから、同じ派閥内でも反発されてしまったんだね。」
「でしょうね。」
頷く僕に、彼は深く溜息をついた。
「そんな矢先にアラゴン侯爵はヴァシリス連邦との内通を疑われ、捕らえられて……最終的に自害なされて。我がアルベリーニ家は、侯爵様とは対立してしまって深く関われなかったので、父の引責で事無きを得ましたが……。そもそものきっかけを作ったトレント男爵は、事件が明るみになった頃にはそもそもアデリートに居ませんでしたし、当時取り調べは受けたでしょうが、特にお咎めは無かった様です。」
「事件発覚当時にヴァシリス連邦に居て、そっちから糸を引いてた、とかでは無かったの?」
「そうかもしれませんが、当時の調べではそこまで明確な証拠は掴めなかったのでしょう。けれどその後、またしばらく国を離れる事が多かったヤツが、昨年くらいからまた王都への出入りも度々見られ、貴族のパーティーにも顔を出す事が増えました。それで、動向を探っているのです。前世の様な、反王太子派をまとめ上げる様な力は無い様ですが、妙に羽振りが良く、訝しんでいたら……殿下が男爵の提出された領地と交易の収支報告書を片っ端から調べ直されて。」
「で、不明瞭な所が見つかったんだね。」
「そうなんです。」
前世と今世は別のものとして切り離して考えないといけないとはいえ、サフィル達にとってトレント男爵は要注意人物である事は間違いない様だ。
ただ、その割に、サフィルからは緊迫感よりも溜息が多い。
調査続きで疲れているのだろうか?
「はぁ……。ただ、何て言うか……前より力が無い分、あまり怪しい動きは見られないんですよね、表向きは。収支報告の多少の不透明な点は、厳密に調べ出したらどの貴族だってある程度引っ掛かるものでもありますしね……。」
「今世では、敵対する程の動きは見られないって事?」
「今のところは。ですが、殿下にも……その話したんですよ、ごく端的にではありますが、前世での出来事を。」
「そうだね、知っておいた方がいっか。……予想以上に殿下のダメージが大きかったから、僕も話を聞いた時には驚いたよ。」
もちろん、サフィルもだったけれど。
あんな、ベルティーナ様を窮地に追い詰めた者なら、注意するに越した事は無いのだろう。
一体、どんな人物なのだろうか、そのトレント男爵という者は。
僕が疑問に思っていると、サフィルからまた溜息が漏れた。
「ただ……完全に殿下に火を点けてしまった様で、滅茶苦茶本気になってしまわれているんですよね……。」
「殿下の性格からしたら、仕方ないよ…それは。ましてや、ベルティーナ様の命にも関わる事だもの。」
「その辺は、まぁ…私も心得てはいるのですが、そのぉ……あの野郎…ろくでもないんだよなぁ……」
「?」
いつになく言葉を濁すサフィルに、僕は首を傾げるが。
サフィルはと言うと、僕を伺う様に下から覗き見ると、急に抱きしめて来た。
「う?さ、サフィル?」
「ごめんなさい、シリル。そのぉ……っ」
強く抱きしめられて、謝られるが。
どういう意図か分からず、彼の腕から解放された僕は顔を上げ、視線が合った途端。
急に彼にキスをされた。
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