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番外編その2 サフィル・アルベリーニの悔恨
19話 ※
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「ハハッ!いいねぇ~その目!もっと俺に見せてくれよ!!」
ロレンツォ殿下はそれからも好きにシリル様を甚振っては、手枷を嵌められて身動きのままならない彼を脅していて。
私はただ、見ている事しか出来ない。
「なぁ、公爵令息殿。」
殿下は、邪悪という言葉がピッタリな表情を浮かべて、ニヤリと口角を上げられて。
シリル様に皮肉っぽくそう言うと、また顎を強く掴かんで。
「アンタ、本当は巫子を殺(や)っちゃいないんだろ?」
「え?」
「実はあの時、アンタの事ずっと見てたから知ってんだよ。巫子にグラスを渡したんじゃなくて、取られてただろ。本当だったら、アンタがあの毒を煽ってた。」
「……。」
やっと本題を口にされた。
問われたシリル様は、目を丸くして、ただただ混乱しておられて。
「どうする?このままだと、アンタはあと数時間後には首と胴体が切り離される。だから、そうならん様に自分の無実を訴えてみろ。そうしたら俺も加勢してやろう。で、処刑を無事免れれば、巫子を連れて来い。何、悪い様にはしない。あの者の力がちょっと必要なだけだ。」
ようやく核心を突いた。
それに対して、シリル様は……。
「どうもしません。殺(や)ったのは僕ですから。貴方にはそう見えたかもしれませんが、救世の巫子を殺そうとしたのは明らかに僕です。……鬱陶しかったんですよ。度々寄って来られるのがね。」
煩わしそうに殿下の手から逃れられると、そう、吐き捨てる様に仰って。
殿下はみるみる機嫌を悪くされ、私は……シリル様の返答が、どうにも信じられなかった。
だって、私は知っている。
シリル様とカイト様の仲を。
空き教室でカイト様の話をコッソリ聞いてあげるくらい、お優しい方なのだという事を。
だから、これはただの売り言葉に買い言葉だ。
「チッ」
「がっ!!」
だが、殿下はシリル様の態度を大いに不満に思われたのか。
強く舌打ちすると、シリル様のお腹を強く蹴られた。
彼は軽く吹っ飛ばされて壁に強く背中を打ちつけ、そのまま床に倒れてしまわれた。
「うぐっ…」
シリル様が……。
自分が本当に大切だと思う、御方が。
自分のお仕えする主人から、痛めつけられている。
やめてくれ。
本当にもう、やめてくれ。
そんなに殴って蹴り倒したいならば、私にしてくれればいいじゃないか。
いつもみたいに。
私よりも小柄で、おとなしくて、手枷を嵌められて無抵抗のシリル様を……これ以上甚振る必要なんか、ないだろうに。
けれど、此処で私が音を上げてしまえば。
本当にもう、全てが終わってしまいかねない。
あと、どれだけ耐えればいいんだろう?
「っ」
殿下はまた、シリル様を簡単に放り投げている。
そして、仰向けになって呻く彼の顔を覗き込むと、ニヤリとまた脅しをかける様な笑みを浮かべられて。
「こんなに手強いとは恐れ入ったなぁ…。剣術もろくに出来ないひ弱な坊ちゃんだ。少し脅せば直ぐに靡くと思ったのに。案外強情なんだなぁ~。蹴り飛ばしても効果が無いなら、やり方を変えるまでだ。おい、サフィル。」
名を呼ばれた私は、ハッと我に返ると。
目の前に殿下の顔があって。
ぐいと胸倉を掴まれていた。
「おい、お前、ソイツを完全に屈服させろ。俺の提案を呑むまで犯し尽くしてやれ。」
「?!」
「え“っ……」
シリル様は唖然とされていたが、それ以上に、私の動揺は半端なものではなかった。
この人は……今、何と?
犯せ……と言ったのか?私に?
信じ…られない。
アナタは、誰だ?
この、目の前で嗤う、悪魔は。
ショックが強すぎて、とても睨み返す事すら出来ずに。
目の前がグラグラと揺れる。
殿下と目を合わせたくなくて、視線を外すと。
シリル様と目が合って。
彼はぼんやりとした顔で私を見やっていたが、やがて大きく溜息をつくと。
スッと私を見据えられて。
「貴方も僕なんかでお嫌でしょうが、いい加減諦めた方が身の為ですよ。僕は明日死ぬ身なので、どうでもいいですが、貴方はこれからもあの王子様と付き合わないといけないんでしょう?それなら、もう少し上手な処世術を身に着ける事をお勧めしますね。」
「ハハハッ!言われているぞ、サフィル!」
「……僭越ながら。殿下はもう少し、部下の扱いを見直された方が良いと進言致します。窮鼠猫を噛むとも申しますし、何時如何なる所で、その足元を掬われるか分かりませんよ。だって、そうでしょう?僕がまさにそうなんですから……。」
至って、冷静に。
そして最後は少し悔やむ様に。
実に落ち着いた口調で話される、シリル様は。
私の眼前まで来られると。
ふと、体の力が抜けた様に、私の肩口に顔を埋めて来られて。
……ずっと、焦がれていたシリル様が。
彼の方から、私の所へ来て下さったのだ。
こんな状況でなければ、どんなにか嬉しかった事だろう。
「クレイン公子!……私はっ」
どうすれば。
何て言えばいい?
貴方の事が好き?
こんな事、したくないって?
—————どうすればっ!
「アルベリーニ卿、僕への遠慮は無用です。殿下に逆らえないのなら、早く済ませてしまって下さい。」
シリル様は。
冷めた声音で、ただ淡々とそう仰られる。
私の事など、何とも思ってない。
だから、何をされようが、気に留めるつもりもないんだ。と、言外にそう仰っておられる様に思えて。
大好きな人に、冷たく突き離された様で、私の心はどん底に突き落とされた錯覚を覚えた。
しかし。
その口調とは裏腹に、シリル様は。
再び私の肩口に頭を埋めて、それだけでなく、すり…と遠慮がちにだが、その御身を摺り寄せて来られて。
ギュッと唇を噛み締めて、身を固くされるのに。
どうして、そんな。
私などに身を委ねられるのか。
明らかに警戒されて、私の胸で、縮こまってしまわれているのに。
けれど、それでも身を摺り寄せられて……私は。
背筋にブワッと戦慄の様なものが走った。
それは、明らかな悦びの感覚だった。
だってそうだろう?
ずっと、視線すら交わす事も叶わなかった、憧れの……お慕いし続けて来た御方が、今、此処に。
私の腕の中に、居て。
あろう事か……この私に、身を摺り寄せて来られて。
夢の様だ。
こんな悪夢の様な只中で。
不幸と幸福が、同時に自身に突き付けられて。
私は、この甘美な悪夢に酔いしれた。
ロレンツォ殿下はそれからも好きにシリル様を甚振っては、手枷を嵌められて身動きのままならない彼を脅していて。
私はただ、見ている事しか出来ない。
「なぁ、公爵令息殿。」
殿下は、邪悪という言葉がピッタリな表情を浮かべて、ニヤリと口角を上げられて。
シリル様に皮肉っぽくそう言うと、また顎を強く掴かんで。
「アンタ、本当は巫子を殺(や)っちゃいないんだろ?」
「え?」
「実はあの時、アンタの事ずっと見てたから知ってんだよ。巫子にグラスを渡したんじゃなくて、取られてただろ。本当だったら、アンタがあの毒を煽ってた。」
「……。」
やっと本題を口にされた。
問われたシリル様は、目を丸くして、ただただ混乱しておられて。
「どうする?このままだと、アンタはあと数時間後には首と胴体が切り離される。だから、そうならん様に自分の無実を訴えてみろ。そうしたら俺も加勢してやろう。で、処刑を無事免れれば、巫子を連れて来い。何、悪い様にはしない。あの者の力がちょっと必要なだけだ。」
ようやく核心を突いた。
それに対して、シリル様は……。
「どうもしません。殺(や)ったのは僕ですから。貴方にはそう見えたかもしれませんが、救世の巫子を殺そうとしたのは明らかに僕です。……鬱陶しかったんですよ。度々寄って来られるのがね。」
煩わしそうに殿下の手から逃れられると、そう、吐き捨てる様に仰って。
殿下はみるみる機嫌を悪くされ、私は……シリル様の返答が、どうにも信じられなかった。
だって、私は知っている。
シリル様とカイト様の仲を。
空き教室でカイト様の話をコッソリ聞いてあげるくらい、お優しい方なのだという事を。
だから、これはただの売り言葉に買い言葉だ。
「チッ」
「がっ!!」
だが、殿下はシリル様の態度を大いに不満に思われたのか。
強く舌打ちすると、シリル様のお腹を強く蹴られた。
彼は軽く吹っ飛ばされて壁に強く背中を打ちつけ、そのまま床に倒れてしまわれた。
「うぐっ…」
シリル様が……。
自分が本当に大切だと思う、御方が。
自分のお仕えする主人から、痛めつけられている。
やめてくれ。
本当にもう、やめてくれ。
そんなに殴って蹴り倒したいならば、私にしてくれればいいじゃないか。
いつもみたいに。
私よりも小柄で、おとなしくて、手枷を嵌められて無抵抗のシリル様を……これ以上甚振る必要なんか、ないだろうに。
けれど、此処で私が音を上げてしまえば。
本当にもう、全てが終わってしまいかねない。
あと、どれだけ耐えればいいんだろう?
「っ」
殿下はまた、シリル様を簡単に放り投げている。
そして、仰向けになって呻く彼の顔を覗き込むと、ニヤリとまた脅しをかける様な笑みを浮かべられて。
「こんなに手強いとは恐れ入ったなぁ…。剣術もろくに出来ないひ弱な坊ちゃんだ。少し脅せば直ぐに靡くと思ったのに。案外強情なんだなぁ~。蹴り飛ばしても効果が無いなら、やり方を変えるまでだ。おい、サフィル。」
名を呼ばれた私は、ハッと我に返ると。
目の前に殿下の顔があって。
ぐいと胸倉を掴まれていた。
「おい、お前、ソイツを完全に屈服させろ。俺の提案を呑むまで犯し尽くしてやれ。」
「?!」
「え“っ……」
シリル様は唖然とされていたが、それ以上に、私の動揺は半端なものではなかった。
この人は……今、何と?
犯せ……と言ったのか?私に?
信じ…られない。
アナタは、誰だ?
この、目の前で嗤う、悪魔は。
ショックが強すぎて、とても睨み返す事すら出来ずに。
目の前がグラグラと揺れる。
殿下と目を合わせたくなくて、視線を外すと。
シリル様と目が合って。
彼はぼんやりとした顔で私を見やっていたが、やがて大きく溜息をつくと。
スッと私を見据えられて。
「貴方も僕なんかでお嫌でしょうが、いい加減諦めた方が身の為ですよ。僕は明日死ぬ身なので、どうでもいいですが、貴方はこれからもあの王子様と付き合わないといけないんでしょう?それなら、もう少し上手な処世術を身に着ける事をお勧めしますね。」
「ハハハッ!言われているぞ、サフィル!」
「……僭越ながら。殿下はもう少し、部下の扱いを見直された方が良いと進言致します。窮鼠猫を噛むとも申しますし、何時如何なる所で、その足元を掬われるか分かりませんよ。だって、そうでしょう?僕がまさにそうなんですから……。」
至って、冷静に。
そして最後は少し悔やむ様に。
実に落ち着いた口調で話される、シリル様は。
私の眼前まで来られると。
ふと、体の力が抜けた様に、私の肩口に顔を埋めて来られて。
……ずっと、焦がれていたシリル様が。
彼の方から、私の所へ来て下さったのだ。
こんな状況でなければ、どんなにか嬉しかった事だろう。
「クレイン公子!……私はっ」
どうすれば。
何て言えばいい?
貴方の事が好き?
こんな事、したくないって?
—————どうすればっ!
「アルベリーニ卿、僕への遠慮は無用です。殿下に逆らえないのなら、早く済ませてしまって下さい。」
シリル様は。
冷めた声音で、ただ淡々とそう仰られる。
私の事など、何とも思ってない。
だから、何をされようが、気に留めるつもりもないんだ。と、言外にそう仰っておられる様に思えて。
大好きな人に、冷たく突き離された様で、私の心はどん底に突き落とされた錯覚を覚えた。
しかし。
その口調とは裏腹に、シリル様は。
再び私の肩口に頭を埋めて、それだけでなく、すり…と遠慮がちにだが、その御身を摺り寄せて来られて。
ギュッと唇を噛み締めて、身を固くされるのに。
どうして、そんな。
私などに身を委ねられるのか。
明らかに警戒されて、私の胸で、縮こまってしまわれているのに。
けれど、それでも身を摺り寄せられて……私は。
背筋にブワッと戦慄の様なものが走った。
それは、明らかな悦びの感覚だった。
だってそうだろう?
ずっと、視線すら交わす事も叶わなかった、憧れの……お慕いし続けて来た御方が、今、此処に。
私の腕の中に、居て。
あろう事か……この私に、身を摺り寄せて来られて。
夢の様だ。
こんな悪夢の様な只中で。
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