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番外編その2 サフィル・アルベリーニの悔恨
18話
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殿下の勢いに促されて、なし崩し的に邸宅を飛び出した私達だったが。
王宮の方は巫子様の事でてんやわんやで、誰もが慌ただしくしていた為、地下牢への侵入はそれほど難しくはなかった。
それに、警備兵が居ても、ジーノがいとも容易く対処してくれたのだ。
……幻惑の虜。
気化させたコレを相手に吸い込ませる事で、まさかそんなものを散布されるとは露程にも思っていない相手は簡単に引っ掛かり。
軽くめまいを起こした隙に、侵入出来た。
そして、地下へと向かおうとした矢先。
今まで見た事の無い様な虚ろな目をしたユリウス王太子が、城へと戻ろうとしている所を目にし。
(……もしかして、シリル様と会われたのか?)
そのガックリと力なく目を伏せている様を目にし。
私は益々焦燥感を滲ませて。
飛び出しそうになる私を押さえた殿下は、ジーノに目配せすると。
ユリウス王太子と入れ替わる様に地下へ戻ろうとする警備兵たちへ向け、一段と濃いアレをばらまいて。
屈強な男どもがいとも簡単に倒れていく様は、面白いとすら思えた。
そうして、ようやく相まみえたシリル様は。
高貴なあの方には全くもって似つかわしくない、汚れた冷たい床に。
頑丈な柵格子の向こうで、背を丸めて横たわっておられたから。
私は、とても自分の目の前の光景が信じられなかった。
巫子の毒殺未遂容疑とはいえ。
彼は、この国の由緒ある公爵家……クレイン公爵家のれっきとした嫡子でいらっしゃるんだぞ。
それなのに、こんな何も無いぞんざいな床に、ただ転がせておくなんて。
いくら大罪だとしても、まだ成年にも至っていない子供に対して、この様な扱いをするなんて。
私がシリル様に対するこの処遇に憤りを感じていると、その横から殿下が。
「へー!もっと暴れててもおかしくない筈なのに、随分大人しいじゃないか!」
まるでシリル様を小馬鹿にする様に、楽し気に声を上げて。
その声にシリル様は、驚かれたのかビクッと肩を震わせて身じろぎをされる。
「殿下、あまり時間はありません。急がれませんと。」
テンションがおかしくなっている殿下に対し、ジーノは冷静に釘を刺すが。
「うるさいな、そう急かすなよ。こんな面白そうな事、そうそう逃したくないんだからさ。」
ニヤリと嫌に嗤う殿下を目にし、シリル様はとても怪訝な顔で見つめて来られた。
「貴方は……ロレンツォ殿下?」
長時間横たわっておられた所為か、声が掠れてしまわれている。
いや、それ以上に。
ぐったりと横たわったまま、目線だけをこちらに寄越されたシリル様は。
私がお慕いしてやまない、美しいその御方は。
瞳の色は翳り、透き通る様に白い筈のその頬も、砂埃ですっかり汚れてしまわれていて。
こんな姿、こんな扱い、公爵家のご嫡男がされていい訳が無い。
なんて酷い!
思わず溢れそうになる涙をこらえるので、私は精一杯だった。
だが、対するシリル様は、覇気のない目でただぼんやりと、私の方を見つめていて。
その様子が、迷子の子供みたいに心許ない表情で。
目が離せなかった。
けれど。
ガチャガチャと金物がぶつかる音が響いて、彼の視線はそちらの方へ向いてしまって。
「えっ?」
それは、ジーノがこの地下牢の鍵に手を掛けて、少し弄ると直ぐに解錠してしまった。
「さっすが、ジーノ!あっという間だな。」
「なっ…どうし———うっ!」
ジーノの手際の良さを褒めた殿下だが、牢の中へ侵入すると、目にも止まらぬ速さでシリル様の元へ寄り、そして、彼の顎を強引に掴み上げたのだ。
愕然とする私に対し、殿下は酷薄な笑みを浮かべて、更に酷い言葉を吐いた。
「フハハッ!救世の巫子を殺そうとした大罪人が、こんな可愛い顔をしていたなんてなぁ!なぁ、そう思わないか、サフィル」
「う…うぐ…」
「……そう…ですね。」
殿下は、心底楽しそうに。
気でも触れたのかと思う程、愉快な様子で、私にそう……言って来る。
でも、目はちっとも笑っていない。
まるで私を試す様に、煽って来られる。
苦しそうに呻くシリル様を見せつけられて、此処で殿下を糾弾しても、余計に彼を苦しめてしまわれそうで、私は情けなくも殿下に頷くしかない。
けれど、殿下は私の想いを知ってらっしゃる筈なのに。
どうして、そんなにも彼を苦しめるのか。
私はこんな非道な事を平然と行う殿下と、その殿下を止める事も出来ない愚かな自分が、どうにも情けなく……許せなくて。
ねめつける様に殿下を見やると。
「アハハッ!そう、その顔!最っ高!その屈辱に満ちた顔。あー、久々に本当にイイもん見れたわ~。」
……と。
悪意に満ちた事を、実に無邪気に笑って……言われて。
まさか、殿下は……本当に私を試しているのか?
忠誠心の無かった私に、本気でシリル様を助けて欲しければ、一体どこまで……耐えられるのか。
それほどまでに、信用されていないのか?
……どうすればいい?
どうすれば。
私が酷く焦りを感じていると。
「もう少し抵抗しろよ。詰まらん奴だなっ」
「いっ!」
「っ」
殿下は急に熱の冷めた顔になり、掴み上げていたシリル様を投げ捨てられた。
放り投げられて呻くシリル様を目にして、私は目の色を変えて殿下を睨むが、殿下は。
ゾッとする様な冷ややかな顔で、私の方を見やって。
間違いない。
完全に、試されている。
『お前がそこまで言うならやってやろうじゃねぇか。………ただし、絶対に俺のする事に反抗すんなよ?全て受け入れるってんなら、協力してやろうか。』
……そういう事だったのか。
王宮の方は巫子様の事でてんやわんやで、誰もが慌ただしくしていた為、地下牢への侵入はそれほど難しくはなかった。
それに、警備兵が居ても、ジーノがいとも容易く対処してくれたのだ。
……幻惑の虜。
気化させたコレを相手に吸い込ませる事で、まさかそんなものを散布されるとは露程にも思っていない相手は簡単に引っ掛かり。
軽くめまいを起こした隙に、侵入出来た。
そして、地下へと向かおうとした矢先。
今まで見た事の無い様な虚ろな目をしたユリウス王太子が、城へと戻ろうとしている所を目にし。
(……もしかして、シリル様と会われたのか?)
そのガックリと力なく目を伏せている様を目にし。
私は益々焦燥感を滲ませて。
飛び出しそうになる私を押さえた殿下は、ジーノに目配せすると。
ユリウス王太子と入れ替わる様に地下へ戻ろうとする警備兵たちへ向け、一段と濃いアレをばらまいて。
屈強な男どもがいとも簡単に倒れていく様は、面白いとすら思えた。
そうして、ようやく相まみえたシリル様は。
高貴なあの方には全くもって似つかわしくない、汚れた冷たい床に。
頑丈な柵格子の向こうで、背を丸めて横たわっておられたから。
私は、とても自分の目の前の光景が信じられなかった。
巫子の毒殺未遂容疑とはいえ。
彼は、この国の由緒ある公爵家……クレイン公爵家のれっきとした嫡子でいらっしゃるんだぞ。
それなのに、こんな何も無いぞんざいな床に、ただ転がせておくなんて。
いくら大罪だとしても、まだ成年にも至っていない子供に対して、この様な扱いをするなんて。
私がシリル様に対するこの処遇に憤りを感じていると、その横から殿下が。
「へー!もっと暴れててもおかしくない筈なのに、随分大人しいじゃないか!」
まるでシリル様を小馬鹿にする様に、楽し気に声を上げて。
その声にシリル様は、驚かれたのかビクッと肩を震わせて身じろぎをされる。
「殿下、あまり時間はありません。急がれませんと。」
テンションがおかしくなっている殿下に対し、ジーノは冷静に釘を刺すが。
「うるさいな、そう急かすなよ。こんな面白そうな事、そうそう逃したくないんだからさ。」
ニヤリと嫌に嗤う殿下を目にし、シリル様はとても怪訝な顔で見つめて来られた。
「貴方は……ロレンツォ殿下?」
長時間横たわっておられた所為か、声が掠れてしまわれている。
いや、それ以上に。
ぐったりと横たわったまま、目線だけをこちらに寄越されたシリル様は。
私がお慕いしてやまない、美しいその御方は。
瞳の色は翳り、透き通る様に白い筈のその頬も、砂埃ですっかり汚れてしまわれていて。
こんな姿、こんな扱い、公爵家のご嫡男がされていい訳が無い。
なんて酷い!
思わず溢れそうになる涙をこらえるので、私は精一杯だった。
だが、対するシリル様は、覇気のない目でただぼんやりと、私の方を見つめていて。
その様子が、迷子の子供みたいに心許ない表情で。
目が離せなかった。
けれど。
ガチャガチャと金物がぶつかる音が響いて、彼の視線はそちらの方へ向いてしまって。
「えっ?」
それは、ジーノがこの地下牢の鍵に手を掛けて、少し弄ると直ぐに解錠してしまった。
「さっすが、ジーノ!あっという間だな。」
「なっ…どうし———うっ!」
ジーノの手際の良さを褒めた殿下だが、牢の中へ侵入すると、目にも止まらぬ速さでシリル様の元へ寄り、そして、彼の顎を強引に掴み上げたのだ。
愕然とする私に対し、殿下は酷薄な笑みを浮かべて、更に酷い言葉を吐いた。
「フハハッ!救世の巫子を殺そうとした大罪人が、こんな可愛い顔をしていたなんてなぁ!なぁ、そう思わないか、サフィル」
「う…うぐ…」
「……そう…ですね。」
殿下は、心底楽しそうに。
気でも触れたのかと思う程、愉快な様子で、私にそう……言って来る。
でも、目はちっとも笑っていない。
まるで私を試す様に、煽って来られる。
苦しそうに呻くシリル様を見せつけられて、此処で殿下を糾弾しても、余計に彼を苦しめてしまわれそうで、私は情けなくも殿下に頷くしかない。
けれど、殿下は私の想いを知ってらっしゃる筈なのに。
どうして、そんなにも彼を苦しめるのか。
私はこんな非道な事を平然と行う殿下と、その殿下を止める事も出来ない愚かな自分が、どうにも情けなく……許せなくて。
ねめつける様に殿下を見やると。
「アハハッ!そう、その顔!最っ高!その屈辱に満ちた顔。あー、久々に本当にイイもん見れたわ~。」
……と。
悪意に満ちた事を、実に無邪気に笑って……言われて。
まさか、殿下は……本当に私を試しているのか?
忠誠心の無かった私に、本気でシリル様を助けて欲しければ、一体どこまで……耐えられるのか。
それほどまでに、信用されていないのか?
……どうすればいい?
どうすれば。
私が酷く焦りを感じていると。
「もう少し抵抗しろよ。詰まらん奴だなっ」
「いっ!」
「っ」
殿下は急に熱の冷めた顔になり、掴み上げていたシリル様を投げ捨てられた。
放り投げられて呻くシリル様を目にして、私は目の色を変えて殿下を睨むが、殿下は。
ゾッとする様な冷ややかな顔で、私の方を見やって。
間違いない。
完全に、試されている。
『お前がそこまで言うならやってやろうじゃねぇか。………ただし、絶対に俺のする事に反抗すんなよ?全て受け入れるってんなら、協力してやろうか。』
……そういう事だったのか。
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