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番外編その2 サフィル・アルベリーニの悔恨

16話

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「きゃぁぁぁ———!!」

誰か、恐らく女生徒の甲高い悲鳴が響き、この場の全員が異変に気付く。
救世の巫子が、倒れた————!

この有り得ない異常事態に、会場は一瞬にして騒然となる。
シリル様は膝を折り、血の海に倒れた巫子様に手を伸ばされた、その瞬間。

「うぐっ」
「っ!!」

駆け寄って来た兵士達に両側から槍で首を挟まれ、動きを封じられ。
無理矢理、床に押し付けられてしまわれたのだった。

「シッ」

思わず名を呼び駆け寄りそうになった私は、しかし、後ろから殿下に強く肩を掴まれてしまい。

「……馬鹿かお前。駆け寄った所で、お前まで無駄に疑われるだけだぞ。」
「でもっ」

至って冷静に囁かれる殿下に対し、私は震える声で振り返るが。

「カイトッ!しっかりしろカイト!!」

人並みを分けて駆け寄ったユリウス王太子は、巫子様を抱え上げて、必死にその名を呼び掛けるが、息はあるものの凄く弱々しい。

誰もが固唾を飲んで見守る中、巫子様は直ぐに侍医達の元へと運ばれていった。
それを見送り終わったら。

「どういう事だ。何故、クレイン公子が抑えつけられている。」

普段の柔和な王太子からは想像も出来ないくらい厳しい口調で、兵士達に問い質していて。
問われた兵士達はと言えば。

「は!カイト様はこの者と話されていたのですが、その後、カイト様はこの者が手にしていたグラスを受け取られ、そのまま飲まれた所、血を吐かれて倒れられたのです。」
「そんな…」
「……?!」

こいつら……!
本当にちゃんとその場を見ていたのだろうか。
あれは、どう見たって……シリル様が巫子様にグラスを渡したんじゃなくて、巫子様がシリル様のグラスを取り上げて、そのまま飲み干されたんだ。
それなのに……っ!

ロレンツォ殿下に肩を強く掴まれたまま、その場で動かない様に押しとどめられた私は。
もし殿下が私を抑えたままでいてくれなければ、そのまま飛び出して、そう口にしそうだった。

「……どういう事だ、シリル。答えるんだ!でないと……」
「………」

ただ、ユリウス王太子もそんな事、信じられない様で。
そう言って、シリル様に問い質されたが、シリル様は……。

(……?!何故……何も言われないんだっ)

対するシリル様は、巫子様が倒れる前の状況も、自身の犯行などではない、という事も……何も。
口にされる事は無く。
ただ、口を噤んでしまわれているだけで。

どうして。
ユリウス王太子も問い質しているというのに。
此処で何も言わなければ、黙ってしまっては。
本当に罪を認めたも同然となってしまう。

ましてや、ここにはこの状況を遠巻きに見ている者が多数いるのだ。
この者達の何割かでも、味方に付けないと。
誰も貴方を擁護してくれなくなるんだぞ?!

私は口を開こうとされないシリル様を信じられない思いで見つめたが。
そのシリル様は………その美しい藍色の瞳の色を濁らせて。
ただ茫然としておられるだけだった。

「……っ!————シリル・クレイン公子、そなたを救世の巫子毒殺未遂の容疑で拘束する!」
「!!」

遂には、そう言い渡されて。
兵士達に捕らえられたシリル様は。
直ぐに王宮の地下牢へと。
私達の目の前から連れて行かれてしまったのだった………。

シリル様達が居なくなった会場では、残ったままの参加者達が、順に別室へ数人ずつ連れて行かれ、それぞれ警備兵から事情聴取をされた。
私達も聞かれ、殿下が淡々とその時見ていた彼らの状況をお話されたが。
側で一緒に居た訳でも無いし、可能性の一つとしてしか取り扱われなかった。
私は強く抗議しようとしたが、またしても殿下にやんわりと止められて。
直ぐに解放された私達は、失意のまま邸宅へと戻ったのだった。

「………シリル様っ!何でこんな事に!!」

やり場のない怒りを紛らわす為に、固く握った拳を壁に叩きつけるが、そんな程度では収められない。

「……ハッ!ユリウスの奴、あれだけ巫子を囲い込んでいた癖に、簡単にやられちまうとはなぁ……とんだ面目丸潰れだっ」

怒りと焦燥感を滲ませている私とは違い、殿下は皮肉に嗤い声を上げている。

「それどころじゃありません!このままでは、巫子様もっ」
「救世の巫子だろ?あんだけ大勢を救ってたんだ。これで自分がおっ死んだら、とんだ間抜け野郎だな。」
「殿下っ」
「んで、大事な大事な巫子サマを守り切れなかったユリウスとエウリルス王は、その権威はガタ落ちになんだろーなぁ~。なんせ、巫子サマは市井の人間から絶大な人気を誇ってたからなぁ。それをあんだけガチガチに警備しておきながら、守れなかったとなれば、こりゃあ……下手すりゃ暴動が起こるぞ。」

そうなったら見ものだなぁ!と、殿下は目を見開いてケタケタと嗤っている。
その様は、とても正気とは思えなくて。
けれど、それでも私に縋れるのは、そんな殿下しか…居ない。

「……巫子様は、弱々しくはありましたが、それでもまだ息をしてらっしゃいました。救済に回られていた際も、あれくらい重症な者も治癒してらっしゃったそうです。ですから、きっと、元に戻られる筈です。ですが、シリル様は……そうはいかない。このままじゃ、無実のまま……っ!お願い致します、殿下。シリル様を助ける為、どうかお力を貸して下さいっ」
「何でそんな必要が?大体、向こうはお前の事、全く知りもしないんだろう?」
「それは…っ」
「それに、お前は好きだった公子サマを救えれば、それで満足かしれんが。お前は俺の従者なんだぞ?失敗すればどう責任取るつもりだ?此処までお前の面倒を見て来た恩を返してもらう事も無く、タダで手放せと?ふざけるなよ、お前。こっちは慈善事業じゃねーんだよ。」

必死に頼んだつもりだったが、そんなもの、殿下には響かない。
それどころか、勝手な事を言うなと、冷ややかな声音で言い返されてしまった。

どうすれば……。
どうすればいい?

如何に身勝手な事を言っているかなんて。
そんなのは、自分自身が一番よく分かっている。
殿下の怒りはもっともだ。

でも、それでも。
どうしても、諦められない。
最後に垣間見た、彼の顔を思い出すと。
この世の全てに絶望した、シリル様の、あの表情が頭を離れなくて。

自分の事は、もういい。
でも、自分が初めて目を奪われた、あの美しい彼だけは。
どうしても、救いたいんだ。

私はその場に膝を折ると。
訝しい視線を向ける殿下に向かって、深々と頭を下げた。

「お願いします、殿下。シリル様を助けてさえ下されば……私は。————何でも致します。どんな事でも。貴方様のお望みどおりにすると、お誓い致します。だから……だから。どうかっ」

それがどんなに愚かな事でも。
たった一つの、私の願い……だから。

初めてなんだ。
こんなにも誰かに気持ちを揺さぶられて、心を奪われたのは。
その姿を目にするだけで、幸せに思えたのは。
手に入らなくても、いい。
好かれなくても、いいから。

私はただ、彼に無事でいて欲しいだけ。
それだけで、私の生きる希望になり得るのだから。
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