全てを諦めた公爵令息の開き直り

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番外編その2 サフィル・アルベリーニの悔恨

15話

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そうして、私の初恋は、始まる前に終わりを告げ。
気が付くと卒業パーティーの只中だった。

ジーノは約束通り、殿下を安定した状態にしてくれていて、普通に学院のクラスメイトとも談笑に興じられる程に回復していた。

……ただ。

「……ほら、見ろよサフィル。クレイン卿の奴、またいつもみたく壁の花になってるぞ。これが最後の機会なんだ、声くらいかけて来いよ。」

なんて、なんだかせっついて来て。

「……いいんです。もう終わった事ですから。それより殿下、大丈夫なんですか?」
「………あぁ。あれはちょっと、魔が差しただけだ。ジーノが根気強く面倒見てくれたから、もうどうって事ない。」

言いながらも、何処か目が泳いでいる様な気がして、やっぱり心配は拭えないが。
それでも、お酒を口にしても、この前の様な酩酊した様な姿は見せる事無く、ただただカイト様やシリル様の方を、獲物でも観察する様な目付きで見やっておられた。

もう、諦めると決めた筈なのに。
やっぱり未練がましく視線を外せない。

新年の祝賀パーティーの時も素敵だったが。
今日のシリル様の衣装は、また一段と煌びやかで、それを見事に着こなしておられて素晴らしい。
宵闇を思わせる紫紺の服は、彼のその輝く美しい銀髪を一層引き立たせている。
まだ燻る想いも、彼の美しさの前では、そんなものどうでもいいと見惚れてしまうくらい。

ただ、その美しい立ち姿と相反し、その表情は暗く沈んでおられて。
楽し気に歓談している周囲と異なり、一人伏し目がちに佇んでおられた。
誰も寄せ付けない雰囲気なのに、どこか寂しそうなご様子で。

許されるのならば、声をかけてみたいけれど。
私などが決して触れてはいけない様な気がして。

不意にワッと歓声が上がり、振り返ると。
ユリウス王太子が、婚約者の侯爵令嬢を伴って会場に入って来た。
一様に歓喜と羨望の溜息が聞こえる中、視線の先のシリル様は。
グッと唇を噛み締め、更に俯いてしまわれ。
そして、ロレンツォ殿下は殿下で、皆に笑みを向けて周囲の歓声に応えているユリウス王太子に対して、憎しみすらも篭った目で、鋭く睨み付けていた。
殿下の後ろのジーノも、一緒になって恨み言をぼやいている。

この会場で、明らかに浮いてしまっている。
大丈夫だろうか?

溜息をつきながら、私はシリル様の方に視線を戻したら。
給仕からグラスを一つ受け取って、でも直ぐに口を付けられるでもなく、手に持ってクルクルと弄んでおられた。
愁いを帯びているのに、その仕草は少し幼い気がして、やっぱりそんな彼も素敵だった。

が、その手も直ぐに止まってしまう。

「あー綺麗だよぅクリスちゃんー」

カイト様がそう声を上げ、振り返られたシリル様が呆れてお喋りに興じられる。
確かに、カイト様の仰る通り、ユリウス王太子にエスコートされて共に来られたオースティン侯女は格別なお美しさだが、それでも、貴方の目の前のシリル様の方が、何倍も高潔でお美しいと思う。
人懐っこい笑みを向けて彼に笑いかけるカイト様が、羨ましい。
けれど、自分は何もしなかったのだ。
この差は当たり前の結果でしかない。

親し気に話しかけられていたカイト様は、それだけでも羨ましいのに、あろう事かシリル様の手にされていたグラスをパッと取ってしまわれて。
何で自分のを取るのだ、と抗議するシリル様の静止も訊かず、勝手にグラスの中身を飲み干してしまわれた。
そんなお二人の親し気なやり取り、もう見続けるのが辛くなって、私は目を伏せ視線を外してしまおうとしたら。

「……ブハッ!」
「………………は?」

急に鮮血を噴き出して、その場に崩れ落ちたのだ……あの、救世の巫子様が。

「……毒?」

愕然と立ち尽くす私の後ろから、殿下がぼそりと呟いて。

「かっ……カイト!!」

誰よりも驚愕していたシリル様が、巫子の名を叫んだ瞬間、この会場全ての空気が変わった。
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