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番外編その2 サフィル・アルベリーニの悔恨
11話
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結果から言えば、散々だった。
新年のパーティーと言えば、ユリウス王太子だけではない。
病を癒してもらったマリアンヌ第1王女もそうだし、幼い第2王子だって、巫子様を慕っておられて。
エウリルス王はもちろんの事、王妃や第1側妃、第2側妃とも。
次々と声をかけられては、笑顔で応じていらして。
その後も、それまで救済に回った貴族連中がひっきりなしに挨拶に来て。
きっとかなりお疲れであろうに、最後の方はもうげっそりとした様な顔をされていたというのに。
それでも休憩に席を外される事も無く、とても律儀に笑顔で応対されていたから。
直接的な面識を持てなかった私達は、とても彼には近付く事すら出来なかった。
唯一嬉しかったのは、普段の学院での制服とは違う、紺色の落ち着いた色味ながらも、煌びやかな礼服を纏っておられたシリル様を、遠目にだが拝見出来た事だった。
邸宅に帰ればまた荒れる殿下の対処に追われるだろうな、とうんざりしていただけに、もう、いつもとはまた違った一段とお美しい彼を目に焼き付けて、それだけを励みにしようと、そのお姿を胸に刻み付けたのだった。
かなり粘ってみたが、ついぞ巫子様との対面は叶わず。
私達は失意のまま帰路に就いたが。
その帰りの馬車の中で、殿下は。
「……全く付け入る隙も無かったな……」
怒るでもなく、ポツリとそう呟かれて。
「……申し訳ございませんでした、殿下。巫子様の人気を侮ってしまっていました。巫子様も……抜けるどころか、まさか、全くご休憩もなさらず、ぶっ通しで対応されるとは…」
予想外でした。
と、また…殴られるのを覚悟して、私は口を開いたが。
殿下は。
「……このまま、何も出来ないまま……母上が…身罷られたら…どうしよう……」
「殿下……」
「だって、そうだろう?母上が毒を飲まれたのだって……元はと言えば、俺を守る為じゃないか。でも、俺は…俺は……そんな事の為に、母上に死んで欲しくない。もう、どうしてもあの城で生きるのが無理なら…俺は、王族の地位だって、こんなもの、要らないのにっ」
絞り出す声でそう口にすると、声を抑えて泣き出して……しまわれて。
いつもやんちゃで、横暴で。
自信たっぷりで憎たらしい顔で豪快に笑う、ロレンツォ殿下は。
もう、いない。
ジーノに背を撫でられて宥められて、幼い子供の様に涙する、目の前のこの御方は。
本当はただ、母親に甘えたくて仕方が無かった一人の少年でしかない。
その甘えを必死にこらえて、縁もゆかりも無かったこのエウリルスへ単身、母国との更なる友好の、その為だけに。
我慢に我慢を重ねて、やっとの思いで此処まで来たのに。
救いの手が、本当に目の前にあるのに、手を伸ばす事も許されず。
ただ悪戯に時間が経つのを待つしかない、なんて。
「……殿下。私も、殿下の臣下で…側近です。そして、エウリルス学院の生徒です。私の方から直接、ユリウス殿下と交渉してみます。」
だから、そんな風に泣かないで。
今回が駄目だったからって、諦めるのは、まだ早い。
やんわりとした態度では無理なら、正攻法で、正面突破だ。
いくらエウリルスも巫子が大事だからって。
アデリートとの仲をこじらせてまで、囲い込むのが得策ではない事くらい、わかるだろう。
だから。
私は、年明けの学院生活再開を機に。
放課後、ユリウス王太子を手紙で呼び出したのだった。
が、しかし。
面会場所に指定した、中庭の小さいガゼボに姿を現したのは、ユリウス王太子ではなく。
「……貴方は、ユリウス殿下の護衛の…」
「セドリック・ハーシェルと申します。殿下は此処へはいらっしゃいません。代わりに私が参りました。」
「何故…」
「何故も何も。殿下は国王陛下から、救世の巫子様の御身の、厳重な護衛を任されていらっしゃいます。今回の件も、巫子様に関する事でしょう?理由はどうあれ、応じる事は致しかねます。」
冷たい口調でそう言い放つ、護衛騎士のセドリックは。
その視線も実に冷徹で、まるで慈悲など感じられなかった。
「そんな、理由もお聞き頂けないのですか?!そこまで頑なにされるなんてっ……エウリルスはアデリートとの友好すら、犠牲にしても良いと仰るのですか?!」
「両国の友好の為ですよ。我々が何も知らないとお思いで?ロレンツォ殿下のお母君に関しては、お気の毒だとは思いますが…。そちらの不穏な輩の動きに、清らかな巫子様を巻き込ませる訳にはいかないのですよ。」
知られている。
何もかも。
……ユリウス王太子は、なにも、殿下の母上の治癒の邪魔をしているんじゃない。
アデリート内の不穏な抗争に、何も知らない無垢な巫子様を関わらせたくないんだ。
そう、言われてしまえば、私はもう、何も言い返す事が出来ない。
「ご理解、頂けましたか?アデリート王がお親しい筈の我が国王陛下に巫子様を、と希望したりなさらないのも、陛下が王位に就くのにご苦労なされた心情をよくご存じだからこそなんです。巫子様の安全を確保しきれないというのに、あの御方を望まれるなんて。順番が逆なのではないですか。」
救世の巫子の恩寵を賜りたいのならば、まずは。
国内の不穏分子を一掃してから。
話はそれからだ、と。
無感情に言い放ったセドリック殿は、何も反論出来ない私を置いて、その場を立ち去ったのだった。
新年のパーティーと言えば、ユリウス王太子だけではない。
病を癒してもらったマリアンヌ第1王女もそうだし、幼い第2王子だって、巫子様を慕っておられて。
エウリルス王はもちろんの事、王妃や第1側妃、第2側妃とも。
次々と声をかけられては、笑顔で応じていらして。
その後も、それまで救済に回った貴族連中がひっきりなしに挨拶に来て。
きっとかなりお疲れであろうに、最後の方はもうげっそりとした様な顔をされていたというのに。
それでも休憩に席を外される事も無く、とても律儀に笑顔で応対されていたから。
直接的な面識を持てなかった私達は、とても彼には近付く事すら出来なかった。
唯一嬉しかったのは、普段の学院での制服とは違う、紺色の落ち着いた色味ながらも、煌びやかな礼服を纏っておられたシリル様を、遠目にだが拝見出来た事だった。
邸宅に帰ればまた荒れる殿下の対処に追われるだろうな、とうんざりしていただけに、もう、いつもとはまた違った一段とお美しい彼を目に焼き付けて、それだけを励みにしようと、そのお姿を胸に刻み付けたのだった。
かなり粘ってみたが、ついぞ巫子様との対面は叶わず。
私達は失意のまま帰路に就いたが。
その帰りの馬車の中で、殿下は。
「……全く付け入る隙も無かったな……」
怒るでもなく、ポツリとそう呟かれて。
「……申し訳ございませんでした、殿下。巫子様の人気を侮ってしまっていました。巫子様も……抜けるどころか、まさか、全くご休憩もなさらず、ぶっ通しで対応されるとは…」
予想外でした。
と、また…殴られるのを覚悟して、私は口を開いたが。
殿下は。
「……このまま、何も出来ないまま……母上が…身罷られたら…どうしよう……」
「殿下……」
「だって、そうだろう?母上が毒を飲まれたのだって……元はと言えば、俺を守る為じゃないか。でも、俺は…俺は……そんな事の為に、母上に死んで欲しくない。もう、どうしてもあの城で生きるのが無理なら…俺は、王族の地位だって、こんなもの、要らないのにっ」
絞り出す声でそう口にすると、声を抑えて泣き出して……しまわれて。
いつもやんちゃで、横暴で。
自信たっぷりで憎たらしい顔で豪快に笑う、ロレンツォ殿下は。
もう、いない。
ジーノに背を撫でられて宥められて、幼い子供の様に涙する、目の前のこの御方は。
本当はただ、母親に甘えたくて仕方が無かった一人の少年でしかない。
その甘えを必死にこらえて、縁もゆかりも無かったこのエウリルスへ単身、母国との更なる友好の、その為だけに。
我慢に我慢を重ねて、やっとの思いで此処まで来たのに。
救いの手が、本当に目の前にあるのに、手を伸ばす事も許されず。
ただ悪戯に時間が経つのを待つしかない、なんて。
「……殿下。私も、殿下の臣下で…側近です。そして、エウリルス学院の生徒です。私の方から直接、ユリウス殿下と交渉してみます。」
だから、そんな風に泣かないで。
今回が駄目だったからって、諦めるのは、まだ早い。
やんわりとした態度では無理なら、正攻法で、正面突破だ。
いくらエウリルスも巫子が大事だからって。
アデリートとの仲をこじらせてまで、囲い込むのが得策ではない事くらい、わかるだろう。
だから。
私は、年明けの学院生活再開を機に。
放課後、ユリウス王太子を手紙で呼び出したのだった。
が、しかし。
面会場所に指定した、中庭の小さいガゼボに姿を現したのは、ユリウス王太子ではなく。
「……貴方は、ユリウス殿下の護衛の…」
「セドリック・ハーシェルと申します。殿下は此処へはいらっしゃいません。代わりに私が参りました。」
「何故…」
「何故も何も。殿下は国王陛下から、救世の巫子様の御身の、厳重な護衛を任されていらっしゃいます。今回の件も、巫子様に関する事でしょう?理由はどうあれ、応じる事は致しかねます。」
冷たい口調でそう言い放つ、護衛騎士のセドリックは。
その視線も実に冷徹で、まるで慈悲など感じられなかった。
「そんな、理由もお聞き頂けないのですか?!そこまで頑なにされるなんてっ……エウリルスはアデリートとの友好すら、犠牲にしても良いと仰るのですか?!」
「両国の友好の為ですよ。我々が何も知らないとお思いで?ロレンツォ殿下のお母君に関しては、お気の毒だとは思いますが…。そちらの不穏な輩の動きに、清らかな巫子様を巻き込ませる訳にはいかないのですよ。」
知られている。
何もかも。
……ユリウス王太子は、なにも、殿下の母上の治癒の邪魔をしているんじゃない。
アデリート内の不穏な抗争に、何も知らない無垢な巫子様を関わらせたくないんだ。
そう、言われてしまえば、私はもう、何も言い返す事が出来ない。
「ご理解、頂けましたか?アデリート王がお親しい筈の我が国王陛下に巫子様を、と希望したりなさらないのも、陛下が王位に就くのにご苦労なされた心情をよくご存じだからこそなんです。巫子様の安全を確保しきれないというのに、あの御方を望まれるなんて。順番が逆なのではないですか。」
救世の巫子の恩寵を賜りたいのならば、まずは。
国内の不穏分子を一掃してから。
話はそれからだ、と。
無感情に言い放ったセドリック殿は、何も反論出来ない私を置いて、その場を立ち去ったのだった。
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