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番外編その2 サフィル・アルベリーニの悔恨
8話
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けれど、もう。
そんな当たられるだけの方が良かった、とすら思えるくらい、状況は悪化の一途を辿って。
ベルティーナ様の容態は、一進一退を続けていて。
だが、ベッドから起き上がれる日は、本当に状態が良い時の様で。
それも秋の訪れと共に、減っている様だった。
折角過ごしやすい季節になって来たのに。
季節の変わり目は、体調を崩しやすいから余計に。
手厚く看病をしている様だ。
片や、このエウリルスでは。
救世の巫子様の救済の恩寵が隅々まで行き渡り、何処へ行ってもその話で持ち切りで。
その話を聞くと、殿下の機嫌が決まって悪くなり、私はその都度身を硬くしていた。
無理もない。
自分は、元々体が弱っていた所に毒を煽って…明日とも知れぬ命の母親を、抱えているのに。
手を伸ばせば、その恩寵を……ほんの少しでもいいから、受ける事が出来るならば。
命の危機を脱せるかも、しれないのに。
ただ指を咥えて見ていろ、だなんて。
なんて残酷なのだろう。
そう、私ですら感じていた事だから。
殿下の心中は如何ばかりか。
そうしたら。
「……え?救世の巫子を、攫って来い?」
学院からの帰りの馬車で、冷たい声で命じられて。
私は、愕然とした顔で殿下を見やった。
「そうだ、もうそれしかない。」
「ですが、殿下!救世の巫子様は、このエウリルスの庇護が厚い。とてもじゃありませんが、彼らの目を盗んで巫子様を攫うなんて、どう頑張っても無理ですよ。」
「じゃあ、このまま何もせずに見てろって言うのか?!」
「……そうは、申していませんが……」
「とにかく、まずは救世の巫子を見張れ!何処かに必ず隙がある筈だ。何としても、それを見つけ出すんだ。」
そう言って、殿下は私に救世の巫子カイト様の監視、及び報告を命じられて。
……ただでさえ、普通科の生徒とは交流も無いし、接点が少なくて遭遇する可能性も限られているのに。
更に、ユリウス王太子の監視の目もある。
途方に暮れたが。
……案外、上手くいってしまった。
カイト様が、どういう訳かクレイン公子様と交流を深めておられたからだ。
以前から私がクレイン公子様の事を目で追ってしまっているのは、殿下だけでなく、恐らく、監視の目を持っているユリウス王太子もご存知だった事だろう。
だから、表向き私はクレイン公子様の事を見ている体で、カイト様の動向もある程度監視出来てしまった。
それが良かったのか、悪かったのか。
公子様のお姿を拝見出来るのは、嬉しい。
それに、かの御方は以前よりも笑う事が増えておられる様に思う。
「うわあぁぁん、シリルぅ~!」
「~~~~わかった、わかった!後で、昼休みの時に、聞いてやるから。いい加減離れろっ」
「本当だな?!やっぱ無しはナシだからな!」
観察していると、カイト様にじゃれ付かれて少々迷惑そうに眉を顰められるが、でも、苦笑したり、仕方ないなと笑みを零されたり。
(……シリル…様、かぁ。いいなぁ…名前でまで呼び合えて。)
なんて。
いつの間にかもう、気安く互いを呼び合える程にまで、お二人の仲が進展されていたのが、どうしようもなく羨ましくて仕方なかったが。
それでも。
新たな彼の表情を目にする事で、此処の所ズタズタに擦り切れてしまっていた私の心は、嘘みたいに溶かされていって。
時に、空き教室に引っ張り込まれておられていた時は、中で何をして、どんな話をされているのか、私は気が気じゃ無かったが。
しばらくして出て来られるお二人は、本当にただの友人の様に笑い合っておられるだけだから。
その度にホッと胸を撫で下ろしていた。
そんな、監視生活が続いた、ある日の事だった。
今日も殿下に学院のとある倉庫の裏側に呼び出されていた私は、いつもの様に殿下にカイト様のご様子を報告していたが。
「……もう充分だ。」
「はい?」
「お前が、巫子の監視にかこつけて、あの公子サマの事しか頭にないってのは、よ~く分かったって言ってんだよ!」
「……ですが殿下。ユリウス王太子の目がありますから、この欺き方でしか、上手く監視なんて出来ないんですよ。」
明らかに怒りを貯めておられる殿下に、私は久々に寒気がして、言い訳をしたが。
「欺くも何も、そのまんまじゃねぇか!俺は救世の巫子を監視して、隙を見つけろって言ったよな?!誰もあのいけ好かねー公子の事なんか聞いてねぇんだよ!!」
そう言って、不出来な私を打ちのめす様に、鳩尾に重い蹴りを食らわして来られて。
「うぐ…っ」
急所を的確に狙われて、目の前に星が舞った私は。
力なくその場に倒れ込んだ。
「救世の巫子を手に入れる手段を見つけ出せ。何としてもだ。」
「ですが、殿下……」
掠れた声で、まだ躊躇う私などお構いなく。
殿下は更にもう1発、蹴りを入れて来たから。
衝撃が強すぎて、呻く事も出来ずに意識が飛びそうになった私に、殿下は。
「何だよ、俺の言う事が聞けないのか?お前。」
と。
今まで聞いた事も無い、冷酷な声音でそう仰るから。
私は。
「そんな事はございません、殿下。」
そう、答えるしか無くて。
そしたら殿下は倒れたままの私を冷たい目で見下ろして来て。
「じゃあ、つべこべ言わず俺の言う通りにして来いよッ」
吐き捨てる様に、そう言って。
倒れたままの私になんて気も止めず、去って行かれたのだった。
地面に蹲ったまま、動けなかった。
動く気にもなれなくて。
なんで、こんな目に……なんて。
思ったって、どうにもならない。
情けない。
何も出来ない、自分が。
ただ、殴られて蹴られて、捨て置かれるだけの己が。
ただただ惨めで仕方なくて。
でも、流す涙も出て来ない。
何だか、もう。
何もかもがどうでもよくなってきたな。
このまま死ねば、このどうしようもない地獄から逃れられるのだろうか。
そんな考えすら、頭をよぎったが。
「だ、大丈夫ですか?!」
そんな風に、言ってもらえたのは……久しぶりだ。
最近は、邸宅内で私が手を上げられている場面を目にしても、誰も反応しなくなったから。
自分が、皆に言った事だ。
下手に殿下を刺激しない方がいい、と。
だから、黙って殴られて、一人部屋に戻って、青あざが出来ても一人で湿布を貼って。
きっと部屋の外では、誰かが心配してくれていたのかもしれないが。
私もそれを目にしたくなかった。
誰かに優しくされたら、もう、耐えている糸がぷっつりと切れてしまいそうで。
だから。
そんな言葉をかけられた事を不思議に思って、薄っすらと目を開くと、視界に飛び込んで来たのは。
(……え?!シリル様?!)
何で、よりにもよって、彼が?!
こんな場所、今まで来られた事など無い筈だったのに。
どうして、見つかってしまったのだろう。
よりにもよって、一番カッコ悪い、こんな所を。
……最悪だ。
これはきっと、夢だ。
今までカイト様の監視の言い訳に、公子様を利用してしまったから、罰が当たったんだ……。
現実逃避するしか無くて。
そんな事を考えている内に、私は意識を手放してしまっていた……。
そんな当たられるだけの方が良かった、とすら思えるくらい、状況は悪化の一途を辿って。
ベルティーナ様の容態は、一進一退を続けていて。
だが、ベッドから起き上がれる日は、本当に状態が良い時の様で。
それも秋の訪れと共に、減っている様だった。
折角過ごしやすい季節になって来たのに。
季節の変わり目は、体調を崩しやすいから余計に。
手厚く看病をしている様だ。
片や、このエウリルスでは。
救世の巫子様の救済の恩寵が隅々まで行き渡り、何処へ行ってもその話で持ち切りで。
その話を聞くと、殿下の機嫌が決まって悪くなり、私はその都度身を硬くしていた。
無理もない。
自分は、元々体が弱っていた所に毒を煽って…明日とも知れぬ命の母親を、抱えているのに。
手を伸ばせば、その恩寵を……ほんの少しでもいいから、受ける事が出来るならば。
命の危機を脱せるかも、しれないのに。
ただ指を咥えて見ていろ、だなんて。
なんて残酷なのだろう。
そう、私ですら感じていた事だから。
殿下の心中は如何ばかりか。
そうしたら。
「……え?救世の巫子を、攫って来い?」
学院からの帰りの馬車で、冷たい声で命じられて。
私は、愕然とした顔で殿下を見やった。
「そうだ、もうそれしかない。」
「ですが、殿下!救世の巫子様は、このエウリルスの庇護が厚い。とてもじゃありませんが、彼らの目を盗んで巫子様を攫うなんて、どう頑張っても無理ですよ。」
「じゃあ、このまま何もせずに見てろって言うのか?!」
「……そうは、申していませんが……」
「とにかく、まずは救世の巫子を見張れ!何処かに必ず隙がある筈だ。何としても、それを見つけ出すんだ。」
そう言って、殿下は私に救世の巫子カイト様の監視、及び報告を命じられて。
……ただでさえ、普通科の生徒とは交流も無いし、接点が少なくて遭遇する可能性も限られているのに。
更に、ユリウス王太子の監視の目もある。
途方に暮れたが。
……案外、上手くいってしまった。
カイト様が、どういう訳かクレイン公子様と交流を深めておられたからだ。
以前から私がクレイン公子様の事を目で追ってしまっているのは、殿下だけでなく、恐らく、監視の目を持っているユリウス王太子もご存知だった事だろう。
だから、表向き私はクレイン公子様の事を見ている体で、カイト様の動向もある程度監視出来てしまった。
それが良かったのか、悪かったのか。
公子様のお姿を拝見出来るのは、嬉しい。
それに、かの御方は以前よりも笑う事が増えておられる様に思う。
「うわあぁぁん、シリルぅ~!」
「~~~~わかった、わかった!後で、昼休みの時に、聞いてやるから。いい加減離れろっ」
「本当だな?!やっぱ無しはナシだからな!」
観察していると、カイト様にじゃれ付かれて少々迷惑そうに眉を顰められるが、でも、苦笑したり、仕方ないなと笑みを零されたり。
(……シリル…様、かぁ。いいなぁ…名前でまで呼び合えて。)
なんて。
いつの間にかもう、気安く互いを呼び合える程にまで、お二人の仲が進展されていたのが、どうしようもなく羨ましくて仕方なかったが。
それでも。
新たな彼の表情を目にする事で、此処の所ズタズタに擦り切れてしまっていた私の心は、嘘みたいに溶かされていって。
時に、空き教室に引っ張り込まれておられていた時は、中で何をして、どんな話をされているのか、私は気が気じゃ無かったが。
しばらくして出て来られるお二人は、本当にただの友人の様に笑い合っておられるだけだから。
その度にホッと胸を撫で下ろしていた。
そんな、監視生活が続いた、ある日の事だった。
今日も殿下に学院のとある倉庫の裏側に呼び出されていた私は、いつもの様に殿下にカイト様のご様子を報告していたが。
「……もう充分だ。」
「はい?」
「お前が、巫子の監視にかこつけて、あの公子サマの事しか頭にないってのは、よ~く分かったって言ってんだよ!」
「……ですが殿下。ユリウス王太子の目がありますから、この欺き方でしか、上手く監視なんて出来ないんですよ。」
明らかに怒りを貯めておられる殿下に、私は久々に寒気がして、言い訳をしたが。
「欺くも何も、そのまんまじゃねぇか!俺は救世の巫子を監視して、隙を見つけろって言ったよな?!誰もあのいけ好かねー公子の事なんか聞いてねぇんだよ!!」
そう言って、不出来な私を打ちのめす様に、鳩尾に重い蹴りを食らわして来られて。
「うぐ…っ」
急所を的確に狙われて、目の前に星が舞った私は。
力なくその場に倒れ込んだ。
「救世の巫子を手に入れる手段を見つけ出せ。何としてもだ。」
「ですが、殿下……」
掠れた声で、まだ躊躇う私などお構いなく。
殿下は更にもう1発、蹴りを入れて来たから。
衝撃が強すぎて、呻く事も出来ずに意識が飛びそうになった私に、殿下は。
「何だよ、俺の言う事が聞けないのか?お前。」
と。
今まで聞いた事も無い、冷酷な声音でそう仰るから。
私は。
「そんな事はございません、殿下。」
そう、答えるしか無くて。
そしたら殿下は倒れたままの私を冷たい目で見下ろして来て。
「じゃあ、つべこべ言わず俺の言う通りにして来いよッ」
吐き捨てる様に、そう言って。
倒れたままの私になんて気も止めず、去って行かれたのだった。
地面に蹲ったまま、動けなかった。
動く気にもなれなくて。
なんで、こんな目に……なんて。
思ったって、どうにもならない。
情けない。
何も出来ない、自分が。
ただ、殴られて蹴られて、捨て置かれるだけの己が。
ただただ惨めで仕方なくて。
でも、流す涙も出て来ない。
何だか、もう。
何もかもがどうでもよくなってきたな。
このまま死ねば、このどうしようもない地獄から逃れられるのだろうか。
そんな考えすら、頭をよぎったが。
「だ、大丈夫ですか?!」
そんな風に、言ってもらえたのは……久しぶりだ。
最近は、邸宅内で私が手を上げられている場面を目にしても、誰も反応しなくなったから。
自分が、皆に言った事だ。
下手に殿下を刺激しない方がいい、と。
だから、黙って殴られて、一人部屋に戻って、青あざが出来ても一人で湿布を貼って。
きっと部屋の外では、誰かが心配してくれていたのかもしれないが。
私もそれを目にしたくなかった。
誰かに優しくされたら、もう、耐えている糸がぷっつりと切れてしまいそうで。
だから。
そんな言葉をかけられた事を不思議に思って、薄っすらと目を開くと、視界に飛び込んで来たのは。
(……え?!シリル様?!)
何で、よりにもよって、彼が?!
こんな場所、今まで来られた事など無い筈だったのに。
どうして、見つかってしまったのだろう。
よりにもよって、一番カッコ悪い、こんな所を。
……最悪だ。
これはきっと、夢だ。
今までカイト様の監視の言い訳に、公子様を利用してしまったから、罰が当たったんだ……。
現実逃避するしか無くて。
そんな事を考えている内に、私は意識を手放してしまっていた……。
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