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番外編その2 サフィル・アルベリーニの悔恨
5話
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殿下と共に、なんとか進級できた私は。
けれど、直ぐに頭を抱えていた。
最終学年となる今年度は、卒業論文の作成課題があるのだ。
ただでさえ、文章を書くのが苦手なのに。
嫌過ぎる。
けれど、出来栄えはどうであれ、提出しなければ、卒業証書を受け取れない。
それは絶対に許されない……。
溜息をついて項垂れる私に。
「もー、んな暗い顔すんなよ!無理に小難しい事書こうとするんじゃなくて、出来る範囲からでいいから手を付けろよ。やり始めたら何とかなんだから。」
普段、馬鹿だの阿保だの間抜けだのと。
散々罵って来る、あの殿下が。
妙に慌ててお優しく言って下さるから。
私は、それ程までに難しいものなのか論文作成って……と、暗澹たる気持ちになったが。
結局またいつもの様に、罵りながらも殿下は私を手伝って下さって。
私が卒業出来なかったら困るんだ。との事だから。
たまに度を越した罵声を浴びせられた時は。
「じゃあ留年しようかなー。もう1年やれば、ゆっくり時間を掛けて出来そうですし。」
なんて、不貞腐れてぼやいてみると。
「おい、それだけは絶対にやめろよ!俺の側近が留年なんて、そんな真似、ぜってー許さねーからなっ!!」
と本気で怒鳴られた。
が、私は。
(この手は使えるな。)
なんて、悪い事を考えていた。
もちろん、本気では無かったが。
そうして平和な日々を過ごし、今度の夏は殿下と一緒に帰国もして。
ソフィアは度々参内して、側妃様を見舞っているらしい。
その事に、殿下が礼を述べられて、妹は照れつつも嬉しそうだった。
そんな仲睦まじい様子がちょっと、兄としては複雑な心境だったが。
側妃様は2年前に拝見した時と比べ、少しやつれていらっしゃったが、私達の無事の帰省を労って下さって。
自室から出られる事は無かったが、それでも笑顔も向けて下さって、私にも励ましのお言葉を下さったから。
やっぱり頑張らないとな、と思ったのだった。
そうして、エウリルスでの学院生活を再開した矢先。
かの御方が降臨された。
————救世の巫子。
あらゆるものを癒す、救世主。
おとぎ話でいつしか聞いた、幻想の存在が、今。
この世に現れたのだ。
「救世の巫子……信じられません。子供の寝物語としか思ってなかったのに。」
「エウリルスの王宮が匿ったらしい。実際、第1王女の救済もして見せたそうだ。ずっと顔色が悪くて、部屋を出るのが難しい事も度々あったあの王女が、随分血色も良くなったらしい。」
私がお昼に例の公子様を眺めていた間、殿下はユリウス王太子から詳細を聞きだした様だ。
「それは……凄いですね。ユリウス様、マリアンヌ様の事、よく心配されていましたもんね。」
「あぁ。あの完全無比のユリウスの、唯一の憂いだったからな。滅茶苦茶嬉しそうだったな……アイツ。」
隣国の王太子の事をアイツ呼ばわりするとは。
うちの殿下は本当に。と、溜息をつきたくなるが。
その殿下の横顔は。
羨ましいような、恨めしい様な。
何とも複雑な表情をしておられた。
カイト様と仰る、かの巫子様は。
皆に崇められ、有難がられていたが。
神の如く敬われる周囲の反応と、相反して。
ご本人は、とても気さくでお優しい方でいらした。
この学院での生活を望まれ、直ぐに在校生とも馴染まれて、学生生活を楽しまれていたが。
放課後には市井の孤児院や修道院の病床などを回られ、その救済の力を余すことなく発揮されているらしい。
時には地方に出向き、各領地の萎れた田畑への救済もされたり、その地の重病者も救って下さったりもしている様で。
本当に献身的に回られるそのお姿は、素晴らしいとしか言いようが無かった。
「……うちの国にも来てくれたらいいのに。」
かの巫子様の噂を度々耳にされては、時折、殿下はそう呟かれる事があり。
でも。
王宮が……殊更エウリルス王が、かの救世の巫子の力を重宝し、実に大切になされていたから。
巫子の望みは出来る限り聞いている様だが、その警備は実に厳重だった。
しかし、学院内での生活に関しては、従者も置かず、比較的自由にさせておられた。
だから、せめてお近づきになれれば、と。
休憩時間などを利用して、巫子との接触を殿下は試みられたが。
……ユリウス王太子にやんわりと阻まれた。
学院内で自由を許していたのは、ユリウス様の目が効くからだったのか。
友好国とは言え、例えアデリート王国にすらも、巫子を取られたくは無かったのだろう。
その事が伺えて。
ロレンツォ殿下がぎりっと奥歯を噛み締めてユリウス王太子を睨まれるのを横目に、私は気が気じゃなかった。
けれど、直ぐに頭を抱えていた。
最終学年となる今年度は、卒業論文の作成課題があるのだ。
ただでさえ、文章を書くのが苦手なのに。
嫌過ぎる。
けれど、出来栄えはどうであれ、提出しなければ、卒業証書を受け取れない。
それは絶対に許されない……。
溜息をついて項垂れる私に。
「もー、んな暗い顔すんなよ!無理に小難しい事書こうとするんじゃなくて、出来る範囲からでいいから手を付けろよ。やり始めたら何とかなんだから。」
普段、馬鹿だの阿保だの間抜けだのと。
散々罵って来る、あの殿下が。
妙に慌ててお優しく言って下さるから。
私は、それ程までに難しいものなのか論文作成って……と、暗澹たる気持ちになったが。
結局またいつもの様に、罵りながらも殿下は私を手伝って下さって。
私が卒業出来なかったら困るんだ。との事だから。
たまに度を越した罵声を浴びせられた時は。
「じゃあ留年しようかなー。もう1年やれば、ゆっくり時間を掛けて出来そうですし。」
なんて、不貞腐れてぼやいてみると。
「おい、それだけは絶対にやめろよ!俺の側近が留年なんて、そんな真似、ぜってー許さねーからなっ!!」
と本気で怒鳴られた。
が、私は。
(この手は使えるな。)
なんて、悪い事を考えていた。
もちろん、本気では無かったが。
そうして平和な日々を過ごし、今度の夏は殿下と一緒に帰国もして。
ソフィアは度々参内して、側妃様を見舞っているらしい。
その事に、殿下が礼を述べられて、妹は照れつつも嬉しそうだった。
そんな仲睦まじい様子がちょっと、兄としては複雑な心境だったが。
側妃様は2年前に拝見した時と比べ、少しやつれていらっしゃったが、私達の無事の帰省を労って下さって。
自室から出られる事は無かったが、それでも笑顔も向けて下さって、私にも励ましのお言葉を下さったから。
やっぱり頑張らないとな、と思ったのだった。
そうして、エウリルスでの学院生活を再開した矢先。
かの御方が降臨された。
————救世の巫子。
あらゆるものを癒す、救世主。
おとぎ話でいつしか聞いた、幻想の存在が、今。
この世に現れたのだ。
「救世の巫子……信じられません。子供の寝物語としか思ってなかったのに。」
「エウリルスの王宮が匿ったらしい。実際、第1王女の救済もして見せたそうだ。ずっと顔色が悪くて、部屋を出るのが難しい事も度々あったあの王女が、随分血色も良くなったらしい。」
私がお昼に例の公子様を眺めていた間、殿下はユリウス王太子から詳細を聞きだした様だ。
「それは……凄いですね。ユリウス様、マリアンヌ様の事、よく心配されていましたもんね。」
「あぁ。あの完全無比のユリウスの、唯一の憂いだったからな。滅茶苦茶嬉しそうだったな……アイツ。」
隣国の王太子の事をアイツ呼ばわりするとは。
うちの殿下は本当に。と、溜息をつきたくなるが。
その殿下の横顔は。
羨ましいような、恨めしい様な。
何とも複雑な表情をしておられた。
カイト様と仰る、かの巫子様は。
皆に崇められ、有難がられていたが。
神の如く敬われる周囲の反応と、相反して。
ご本人は、とても気さくでお優しい方でいらした。
この学院での生活を望まれ、直ぐに在校生とも馴染まれて、学生生活を楽しまれていたが。
放課後には市井の孤児院や修道院の病床などを回られ、その救済の力を余すことなく発揮されているらしい。
時には地方に出向き、各領地の萎れた田畑への救済もされたり、その地の重病者も救って下さったりもしている様で。
本当に献身的に回られるそのお姿は、素晴らしいとしか言いようが無かった。
「……うちの国にも来てくれたらいいのに。」
かの巫子様の噂を度々耳にされては、時折、殿下はそう呟かれる事があり。
でも。
王宮が……殊更エウリルス王が、かの救世の巫子の力を重宝し、実に大切になされていたから。
巫子の望みは出来る限り聞いている様だが、その警備は実に厳重だった。
しかし、学院内での生活に関しては、従者も置かず、比較的自由にさせておられた。
だから、せめてお近づきになれれば、と。
休憩時間などを利用して、巫子との接触を殿下は試みられたが。
……ユリウス王太子にやんわりと阻まれた。
学院内で自由を許していたのは、ユリウス様の目が効くからだったのか。
友好国とは言え、例えアデリート王国にすらも、巫子を取られたくは無かったのだろう。
その事が伺えて。
ロレンツォ殿下がぎりっと奥歯を噛み締めてユリウス王太子を睨まれるのを横目に、私は気が気じゃなかった。
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