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番外編その2 サフィル・アルベリーニの悔恨
3話
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そんな、呑気だが私にとっては大変な、学院生活を日々過ごしながら。
そして、学院が長期休暇に入ると、帰国する。
長い夏季休暇の際には、殿下は必ず帰省され、アデリートの第5王子ここに在り!と言わんばかりに、周囲に存在感を撒き散らして睨みを効かせて回るのだ。
貴族達のパーティーには可能な限り顔を出していたし、もちろん、王宮でのパーティーやお茶会にも、大体参加して。
話題には事欠かない。
エウリルス王国での学院生活の話や、エウリルスでの珍しい品々を手に、お土産はたっぷりあるから。
そうやってあちこちに顔を出す度に、ジーノはもちろんの事、私もお供しなければならないのが、面倒で仕方なかったが。
かと言って、のんびり実家に帰省…もまだしづらい。
騎士団に居る3兄上に顔を見せるくらいなら、兄の同僚達の目もあるので、まだなんとか可能だったが。
実家や母の居る領地の方へはまだ、近寄れない。
もう大丈夫なのかもしれないが、それでも。
周りからどういう疑念の目を向けられるか分からないから、油断が出来ない。
また何か事が起こった時に、ある事無い事言われるのだという事は、今のこの状況に至った原因の、あの事件当時の事を思い出しても、身に染みて分かったから。
いくらまだよく分かっていなかった子供だったとしても、それでも、その事は本当によく理解した。
家族揃ってゆっくり再会出来たのは、昨年の父上の葬儀の時のみだった。
病を患って…との事で、ベッドから出られなくなってからは早かったそうだ。
遠く離れたエウリルスの地に居た私は、危篤の父の知らせを受けて、直ぐに帰省を許してもらえたが、早馬を必死に飛ばしても、父の臨終には立ち会えなかった。
それでも。
また、醜い政争に巻き込まれた上での、憤死などではなく。
家族に見守られてベッドの上での、穏やかな死は。
きっと最期は、幸せに旅立てたのだろう。
父を失った悲しさよりも。
羨ましいと、思ってしまった自分は。
久しく会えた家族と、共に涙する事が出来なくて。
そんな自分に心底嫌気が差した。
厳しく突き放されたからではない。
家を、家族を守る為には、それが必要な事だったのだと、私だって分かっている。
けれど。
未だ不安定で覚束ない立場のロレンツォ殿下の側近として、差し出されて。
実に横暴に振舞って見せる殿下は、いつ誰から恨みを買ってもおかしくはない。
そんな殿下の側に居て、いつその足を引っ張られて、共倒れするかも分からない。
ましてや、今や妹ソフィアの婚約者なのだ。
絶対に、間違いは許されない。
どんな些細なしくじりが、命取りになるか分からないのだ。
父上の様に慎重でしっかりとした威厳が、自分にもあれば別だが。
そんなものはなく。
(きっと私は……貴方の様に穏やかに死ぬ事は出来ないのでしょうね……父上。)
でも、もうそんな恨み言すら、口にする事も許されないのだ。
せめて最期に一言、そう、悪態をついてでも、私の気持ちを聞いて欲しかったのに。
冷たくなった亡骸に向かって、家族や、長年父に仕えていた執事長や侍女達ですら、皆一様に涙し、すすり泣いていたけれど。
最後に駆けつけた自分一人だけが、ぼんやりとそんな感想しか抱けず。
ただ茫然と見やる事しか出来なかった。
……そんな、昨年暮れの慌ただしい帰国以来だったが。
学院の専学科へ進学後の夏季休暇で、私は初めて帰国しなかった。
どうせアルベリーニの屋敷や領地には戻れないし、父を亡くしてまだ1年も経っていなかったから、殿下の側仕えの為と言っても、あまり王宮内をうろつく事も憚られるし。
それを理由に殿下に帰国を丁重にお断りしたら、了承して下されたから。
私は、その夏はどれほど心置きなく羽を伸ばせた事か。
エウリルスの邸宅に留まると、この邸宅を切り盛りしてくれている家臣達も一部、一緒に留まらせてしまう事になり、折角の帰国を楽しみにしていただろうに迷惑をかけてしまう事になるので。
邸宅では過ごさず、安めの宿でのホテル生活をしていたから、本当にのんべんだらりと一夏を過ごした。
ただ、時折街の市場を覗いてみては、家族へ送る土産を見繕っていたが、例の公子様をお見かけする事は一度も無かった。
元々、外に出られる事はほとんど無いとは、伺っていたが。
結構頻繁に街中をうろついていた割に、ついぞお目にかかれなかったから。
(やっぱり、学院内でしか無理なんだなぁ…)
なんて、がっかりしたものだった。
そして、学院が長期休暇に入ると、帰国する。
長い夏季休暇の際には、殿下は必ず帰省され、アデリートの第5王子ここに在り!と言わんばかりに、周囲に存在感を撒き散らして睨みを効かせて回るのだ。
貴族達のパーティーには可能な限り顔を出していたし、もちろん、王宮でのパーティーやお茶会にも、大体参加して。
話題には事欠かない。
エウリルス王国での学院生活の話や、エウリルスでの珍しい品々を手に、お土産はたっぷりあるから。
そうやってあちこちに顔を出す度に、ジーノはもちろんの事、私もお供しなければならないのが、面倒で仕方なかったが。
かと言って、のんびり実家に帰省…もまだしづらい。
騎士団に居る3兄上に顔を見せるくらいなら、兄の同僚達の目もあるので、まだなんとか可能だったが。
実家や母の居る領地の方へはまだ、近寄れない。
もう大丈夫なのかもしれないが、それでも。
周りからどういう疑念の目を向けられるか分からないから、油断が出来ない。
また何か事が起こった時に、ある事無い事言われるのだという事は、今のこの状況に至った原因の、あの事件当時の事を思い出しても、身に染みて分かったから。
いくらまだよく分かっていなかった子供だったとしても、それでも、その事は本当によく理解した。
家族揃ってゆっくり再会出来たのは、昨年の父上の葬儀の時のみだった。
病を患って…との事で、ベッドから出られなくなってからは早かったそうだ。
遠く離れたエウリルスの地に居た私は、危篤の父の知らせを受けて、直ぐに帰省を許してもらえたが、早馬を必死に飛ばしても、父の臨終には立ち会えなかった。
それでも。
また、醜い政争に巻き込まれた上での、憤死などではなく。
家族に見守られてベッドの上での、穏やかな死は。
きっと最期は、幸せに旅立てたのだろう。
父を失った悲しさよりも。
羨ましいと、思ってしまった自分は。
久しく会えた家族と、共に涙する事が出来なくて。
そんな自分に心底嫌気が差した。
厳しく突き放されたからではない。
家を、家族を守る為には、それが必要な事だったのだと、私だって分かっている。
けれど。
未だ不安定で覚束ない立場のロレンツォ殿下の側近として、差し出されて。
実に横暴に振舞って見せる殿下は、いつ誰から恨みを買ってもおかしくはない。
そんな殿下の側に居て、いつその足を引っ張られて、共倒れするかも分からない。
ましてや、今や妹ソフィアの婚約者なのだ。
絶対に、間違いは許されない。
どんな些細なしくじりが、命取りになるか分からないのだ。
父上の様に慎重でしっかりとした威厳が、自分にもあれば別だが。
そんなものはなく。
(きっと私は……貴方の様に穏やかに死ぬ事は出来ないのでしょうね……父上。)
でも、もうそんな恨み言すら、口にする事も許されないのだ。
せめて最期に一言、そう、悪態をついてでも、私の気持ちを聞いて欲しかったのに。
冷たくなった亡骸に向かって、家族や、長年父に仕えていた執事長や侍女達ですら、皆一様に涙し、すすり泣いていたけれど。
最後に駆けつけた自分一人だけが、ぼんやりとそんな感想しか抱けず。
ただ茫然と見やる事しか出来なかった。
……そんな、昨年暮れの慌ただしい帰国以来だったが。
学院の専学科へ進学後の夏季休暇で、私は初めて帰国しなかった。
どうせアルベリーニの屋敷や領地には戻れないし、父を亡くしてまだ1年も経っていなかったから、殿下の側仕えの為と言っても、あまり王宮内をうろつく事も憚られるし。
それを理由に殿下に帰国を丁重にお断りしたら、了承して下されたから。
私は、その夏はどれほど心置きなく羽を伸ばせた事か。
エウリルスの邸宅に留まると、この邸宅を切り盛りしてくれている家臣達も一部、一緒に留まらせてしまう事になり、折角の帰国を楽しみにしていただろうに迷惑をかけてしまう事になるので。
邸宅では過ごさず、安めの宿でのホテル生活をしていたから、本当にのんべんだらりと一夏を過ごした。
ただ、時折街の市場を覗いてみては、家族へ送る土産を見繕っていたが、例の公子様をお見かけする事は一度も無かった。
元々、外に出られる事はほとんど無いとは、伺っていたが。
結構頻繁に街中をうろついていた割に、ついぞお目にかかれなかったから。
(やっぱり、学院内でしか無理なんだなぁ…)
なんて、がっかりしたものだった。
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