201 / 347
番外編その2 サフィル・アルベリーニの悔恨
2話
しおりを挟む
普通科の時とは違う、専学科の学習内容はより詳細で専門的になっていき。
ロレンツォ殿下は実に淡々とこなされていたが、対して自分は。
日々の授業に付いて行くだけでいっぱいいっぱいになっていた。
元々、何の期待もされていなかったアルベリーニ家の4男坊だ。
殿下と出会うまでは、騎士団に入った3男の兄上をカッコいいな~と。
その背中に憧れながら、邸宅の庭で棒切れを振り回して遊んでいただけの、呑気な坊ちゃんでしかなかったのだ。
いずれ実家を継ぐ事が決まっていた為、次期子爵としての教育を施されていた長兄と違い。
私もいずれは3兄上の様に騎士団に入って、一介の騎士になれればいいな、くらいにしか考えていなかった。
それなのに。
3兄上にお願いして、自分も騎士団に入団する為に兄上に稽古をつけて頂いていた矢先に、それは起きて。
第2王子の失脚、第1側妃様のご実家の侯爵家の衰退、そして、我がアルベリーニ子爵家まで。
当時13歳になったばかりの私は、訳も分からない内に、父が子爵の座を退き、長兄がすぐに入れ替わって子爵家を継いで。
いずれ継ぐ事は分かっていたが、それでも、こんな政争の只中での慌ただしい継承は。
周囲からも家族内でも、全く祝う事も出来ず、戸惑いと悔しさが滲んた表情を隠せない長兄が、気の毒で仕方なかったが。
それがまさか。
自分ももろに被る事になるとは。
幸い、第2王子派閥でありながら、派閥筆頭の侯爵とは何かと対立してしまっていた父上は、自身の引責で、うちの家での事態は最小限に食い止めてくれたものの。
瞬く間に権威が失墜してしまった我が家は。
これからどうすれば…と途方に暮れていた矢先。
一番身分の低い側妃の一人息子である第5王子……ロレンツォ殿下の目に止まり。
かの殿下も、母君の家族が同じ第2王子派閥だった為に、粛清の対象にされてしまい。
互いに生き残りを賭けた同盟として手を組み。
その殿下から将来側近となる者を希望され、歳が一つ違いの私が差し出されたのだった。
それまで目上の高貴な御方に仕えるなんて、した事もなければ、まるで想像もしていなかっただけに。
私は自分には貴人に対する礼儀や配慮なんて、とてもじゃないが出来る気がしない。と、父上に泣きついたが。
父上は。
「……なら、家族全員を殺すといい。」
と、冷たく言い放った。
今となっては、敢えて冷たく突き離す事で、私の甘えを叱咤されたのだろうが。
当時のまだ幼かった私は、どうして自分だけ?と、自身の不運を呪ったものだ。
何故なら、その当時から第5王子の破天荒で横暴な様は漏れ伝わって来ていたから。
それまでのほほんと生きて来た自分などが、とても対峙出来る筈が無いと悲観していた。
だが、実際にお会いして実感した殿下は。
やんちゃな顔で笑う、私と変わらない……いや、私以上に粗野で腕白な子供そのものだった。
王族だから、という気位の高さを感じさせない、良く言えば気さく、悪く言えば…やっぱり粗野な御方だった。
元々のんびりしている自分を小突いて意地悪く嗤ってくる事もあったが、勉強が得意でなく苦戦していると、からかいながらも手伝ってくれた。
このエウリルス王立学院へ留学する際もそうだった。
そうして、今も。
授業に付いて行くのが辛く感じ始めた私に溜息をつきながらも、放課後に学院の図書室やエウリルスの邸宅にて、付きっきりで予習を手伝ってもらったりもしていた。
必ず嫌味の一つは飛んでくるが、それを受け流せるくらいにまでは、私も殿下の口の悪さには慣れて来ていたのだった。
好きか嫌いかと言われれば、正直あまり好きな御方ではない。意地悪だし。
それでも、なんだかんだ言って協力下さる殿下は、そんなに周囲が噂するほど悪い御方でもないかな、と思いかけていた矢先。
妹が殿下と婚約する運びとなって。
妹は殿下を憎からず思っている様だったが、それなりの年月を共に過ごして来た私としては、個人的にはあまり手放しでは喜べなかった。
(もっと優しい人と結ばれて欲しかったのに。)
なんて、思ってしまったものだ。
そんな、もやもやとしていた矢先の事だった。
かの御方を目にしたのは。
その後も時折、学院内でその姿を拝見しては、足を止めて見惚れてしまっている私に対して、殿下は面白く無さそうに揶揄される事が多かった。
護衛のジーノも殿下と一緒になって、私を呆けた間抜けと毒舌を吐いていたが。
私はそんなものには全く気に留める事も無く、相も変わらず見惚れているものだから。
遂には殿下もジーノも根負けして。
「そんなに目で追うほど、よっぽど好きなんだな、クレイン卿の事。」
「え?!」
「え、じゃねえだろ。何を今更。」
「殿下の言う通りですよ、馬鹿の一つ覚えみたいにあの公子の事見やって。」
……ジーノまで。
殿下至上主義のこの護衛騎士は、きっと殿下が真っ青な空を指して、酷い雨だ。と言い張れば、何の抵抗も無く、はいそうです。と言いそうだ。
だから、彼に何と言われようと、私は気にする事は無い。
でも。
クレイン公子様の事は……もちろん素敵な御方だとは思うのだが。
子爵家の4男坊の自分などとは違い、将来クレイン公爵家を継がれる嫡子でいらっしゃって。
あまりの身分の違いに、そんな恐れ多い事、考える余地もない。
「お姿を拝見出来るだけでいいんです。辛い留学生活の癒しなんですから。」
なんて、口にすれば。
「なんだよ、ソレ。勉強手伝ってやってるこっちの身にもなれよなっ」
と、相変わらずな返事が返って来るのだった。
ロレンツォ殿下は実に淡々とこなされていたが、対して自分は。
日々の授業に付いて行くだけでいっぱいいっぱいになっていた。
元々、何の期待もされていなかったアルベリーニ家の4男坊だ。
殿下と出会うまでは、騎士団に入った3男の兄上をカッコいいな~と。
その背中に憧れながら、邸宅の庭で棒切れを振り回して遊んでいただけの、呑気な坊ちゃんでしかなかったのだ。
いずれ実家を継ぐ事が決まっていた為、次期子爵としての教育を施されていた長兄と違い。
私もいずれは3兄上の様に騎士団に入って、一介の騎士になれればいいな、くらいにしか考えていなかった。
それなのに。
3兄上にお願いして、自分も騎士団に入団する為に兄上に稽古をつけて頂いていた矢先に、それは起きて。
第2王子の失脚、第1側妃様のご実家の侯爵家の衰退、そして、我がアルベリーニ子爵家まで。
当時13歳になったばかりの私は、訳も分からない内に、父が子爵の座を退き、長兄がすぐに入れ替わって子爵家を継いで。
いずれ継ぐ事は分かっていたが、それでも、こんな政争の只中での慌ただしい継承は。
周囲からも家族内でも、全く祝う事も出来ず、戸惑いと悔しさが滲んた表情を隠せない長兄が、気の毒で仕方なかったが。
それがまさか。
自分ももろに被る事になるとは。
幸い、第2王子派閥でありながら、派閥筆頭の侯爵とは何かと対立してしまっていた父上は、自身の引責で、うちの家での事態は最小限に食い止めてくれたものの。
瞬く間に権威が失墜してしまった我が家は。
これからどうすれば…と途方に暮れていた矢先。
一番身分の低い側妃の一人息子である第5王子……ロレンツォ殿下の目に止まり。
かの殿下も、母君の家族が同じ第2王子派閥だった為に、粛清の対象にされてしまい。
互いに生き残りを賭けた同盟として手を組み。
その殿下から将来側近となる者を希望され、歳が一つ違いの私が差し出されたのだった。
それまで目上の高貴な御方に仕えるなんて、した事もなければ、まるで想像もしていなかっただけに。
私は自分には貴人に対する礼儀や配慮なんて、とてもじゃないが出来る気がしない。と、父上に泣きついたが。
父上は。
「……なら、家族全員を殺すといい。」
と、冷たく言い放った。
今となっては、敢えて冷たく突き離す事で、私の甘えを叱咤されたのだろうが。
当時のまだ幼かった私は、どうして自分だけ?と、自身の不運を呪ったものだ。
何故なら、その当時から第5王子の破天荒で横暴な様は漏れ伝わって来ていたから。
それまでのほほんと生きて来た自分などが、とても対峙出来る筈が無いと悲観していた。
だが、実際にお会いして実感した殿下は。
やんちゃな顔で笑う、私と変わらない……いや、私以上に粗野で腕白な子供そのものだった。
王族だから、という気位の高さを感じさせない、良く言えば気さく、悪く言えば…やっぱり粗野な御方だった。
元々のんびりしている自分を小突いて意地悪く嗤ってくる事もあったが、勉強が得意でなく苦戦していると、からかいながらも手伝ってくれた。
このエウリルス王立学院へ留学する際もそうだった。
そうして、今も。
授業に付いて行くのが辛く感じ始めた私に溜息をつきながらも、放課後に学院の図書室やエウリルスの邸宅にて、付きっきりで予習を手伝ってもらったりもしていた。
必ず嫌味の一つは飛んでくるが、それを受け流せるくらいにまでは、私も殿下の口の悪さには慣れて来ていたのだった。
好きか嫌いかと言われれば、正直あまり好きな御方ではない。意地悪だし。
それでも、なんだかんだ言って協力下さる殿下は、そんなに周囲が噂するほど悪い御方でもないかな、と思いかけていた矢先。
妹が殿下と婚約する運びとなって。
妹は殿下を憎からず思っている様だったが、それなりの年月を共に過ごして来た私としては、個人的にはあまり手放しでは喜べなかった。
(もっと優しい人と結ばれて欲しかったのに。)
なんて、思ってしまったものだ。
そんな、もやもやとしていた矢先の事だった。
かの御方を目にしたのは。
その後も時折、学院内でその姿を拝見しては、足を止めて見惚れてしまっている私に対して、殿下は面白く無さそうに揶揄される事が多かった。
護衛のジーノも殿下と一緒になって、私を呆けた間抜けと毒舌を吐いていたが。
私はそんなものには全く気に留める事も無く、相も変わらず見惚れているものだから。
遂には殿下もジーノも根負けして。
「そんなに目で追うほど、よっぽど好きなんだな、クレイン卿の事。」
「え?!」
「え、じゃねえだろ。何を今更。」
「殿下の言う通りですよ、馬鹿の一つ覚えみたいにあの公子の事見やって。」
……ジーノまで。
殿下至上主義のこの護衛騎士は、きっと殿下が真っ青な空を指して、酷い雨だ。と言い張れば、何の抵抗も無く、はいそうです。と言いそうだ。
だから、彼に何と言われようと、私は気にする事は無い。
でも。
クレイン公子様の事は……もちろん素敵な御方だとは思うのだが。
子爵家の4男坊の自分などとは違い、将来クレイン公爵家を継がれる嫡子でいらっしゃって。
あまりの身分の違いに、そんな恐れ多い事、考える余地もない。
「お姿を拝見出来るだけでいいんです。辛い留学生活の癒しなんですから。」
なんて、口にすれば。
「なんだよ、ソレ。勉強手伝ってやってるこっちの身にもなれよなっ」
と、相変わらずな返事が返って来るのだった。
57
お気に入りに追加
1,603
あなたにおすすめの小説
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる