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番外編その2 サフィル・アルベリーニの悔恨

2話

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普通科の時とは違う、専学科の学習内容はより詳細で専門的になっていき。
ロレンツォ殿下は実に淡々とこなされていたが、対して自分は。
日々の授業に付いて行くだけでいっぱいいっぱいになっていた。

元々、何の期待もされていなかったアルベリーニ家の4男坊だ。
殿下と出会うまでは、騎士団に入った3男の兄上をカッコいいな~と。
その背中に憧れながら、邸宅の庭で棒切れを振り回して遊んでいただけの、呑気な坊ちゃんでしかなかったのだ。
いずれ実家を継ぐ事が決まっていた為、次期子爵としての教育を施されていた長兄と違い。
私もいずれは3兄上の様に騎士団に入って、一介の騎士になれればいいな、くらいにしか考えていなかった。

それなのに。
3兄上にお願いして、自分も騎士団に入団する為に兄上に稽古をつけて頂いていた矢先に、それは起きて。
第2王子の失脚、第1側妃様のご実家の侯爵家の衰退、そして、我がアルベリーニ子爵家まで。
当時13歳になったばかりの私は、訳も分からない内に、父が子爵の座を退き、長兄がすぐに入れ替わって子爵家を継いで。
いずれ継ぐ事は分かっていたが、それでも、こんな政争の只中での慌ただしい継承は。
周囲からも家族内でも、全く祝う事も出来ず、戸惑いと悔しさが滲んた表情を隠せない長兄が、気の毒で仕方なかったが。

それがまさか。
自分ももろに被る事になるとは。

幸い、第2王子派閥でありながら、派閥筆頭の侯爵とは何かと対立してしまっていた父上は、自身の引責で、うちの家での事態は最小限に食い止めてくれたものの。
瞬く間に権威が失墜してしまった我が家は。
これからどうすれば…と途方に暮れていた矢先。
一番身分の低い側妃の一人息子である第5王子……ロレンツォ殿下の目に止まり。

かの殿下も、母君の家族が同じ第2王子派閥だった為に、粛清の対象にされてしまい。
互いに生き残りを賭けた同盟として手を組み。
その殿下から将来側近となる者を希望され、歳が一つ違いの私が差し出されたのだった。

それまで目上の高貴な御方に仕えるなんて、した事もなければ、まるで想像もしていなかっただけに。
私は自分には貴人に対する礼儀や配慮なんて、とてもじゃないが出来る気がしない。と、父上に泣きついたが。
父上は。

「……なら、家族全員を殺すといい。」

と、冷たく言い放った。

今となっては、敢えて冷たく突き離す事で、私の甘えを叱咤されたのだろうが。
当時のまだ幼かった私は、どうして自分だけ?と、自身の不運を呪ったものだ。
何故なら、その当時から第5王子の破天荒で横暴な様は漏れ伝わって来ていたから。
それまでのほほんと生きて来た自分などが、とても対峙出来る筈が無いと悲観していた。

だが、実際にお会いして実感した殿下は。
やんちゃな顔で笑う、私と変わらない……いや、私以上に粗野で腕白な子供そのものだった。
王族だから、という気位の高さを感じさせない、良く言えば気さく、悪く言えば…やっぱり粗野な御方だった。
元々のんびりしている自分を小突いて意地悪く嗤ってくる事もあったが、勉強が得意でなく苦戦していると、からかいながらも手伝ってくれた。
このエウリルス王立学院へ留学する際もそうだった。

そうして、今も。
授業に付いて行くのが辛く感じ始めた私に溜息をつきながらも、放課後に学院の図書室やエウリルスの邸宅にて、付きっきりで予習を手伝ってもらったりもしていた。
必ず嫌味の一つは飛んでくるが、それを受け流せるくらいにまでは、私も殿下の口の悪さには慣れて来ていたのだった。

好きか嫌いかと言われれば、正直あまり好きな御方ではない。意地悪だし。
それでも、なんだかんだ言って協力下さる殿下は、そんなに周囲が噂するほど悪い御方でもないかな、と思いかけていた矢先。
妹が殿下と婚約する運びとなって。
妹は殿下を憎からず思っている様だったが、それなりの年月を共に過ごして来た私としては、個人的にはあまり手放しでは喜べなかった。

(もっと優しい人と結ばれて欲しかったのに。)

なんて、思ってしまったものだ。

そんな、もやもやとしていた矢先の事だった。
かの御方を目にしたのは。

その後も時折、学院内でその姿を拝見しては、足を止めて見惚れてしまっている私に対して、殿下は面白く無さそうに揶揄される事が多かった。
護衛のジーノも殿下と一緒になって、私を呆けた間抜けと毒舌を吐いていたが。
私はそんなものには全く気に留める事も無く、相も変わらず見惚れているものだから。

遂には殿下もジーノも根負けして。

「そんなに目で追うほど、よっぽど好きなんだな、クレイン卿の事。」
「え?!」
「え、じゃねえだろ。何を今更。」
「殿下の言う通りですよ、馬鹿の一つ覚えみたいにあの公子の事見やって。」

……ジーノまで。
殿下至上主義のこの護衛騎士は、きっと殿下が真っ青な空を指して、酷い雨だ。と言い張れば、何の抵抗も無く、はいそうです。と言いそうだ。
だから、彼に何と言われようと、私は気にする事は無い。

でも。
クレイン公子様の事は……もちろん素敵な御方だとは思うのだが。
子爵家の4男坊の自分などとは違い、将来クレイン公爵家を継がれる嫡子でいらっしゃって。
あまりの身分の違いに、そんな恐れ多い事、考える余地もない。

「お姿を拝見出来るだけでいいんです。辛い留学生活の癒しなんですから。」

なんて、口にすれば。

「なんだよ、ソレ。勉強手伝ってやってるこっちの身にもなれよなっ」

と、相変わらずな返事が返って来るのだった。
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