全てを諦めた公爵令息の開き直り

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番外編その1 セドリック・ハーシェルの追憶

後編

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学院の卒業パーティーの前日。
卒業前にゆっくりと校内を目に焼き付けたい、と殿下が仰られた為……私は、殿下に最後の学院の日々を満喫して頂こうと、側でのお仕えはしばし控え、少し離れた所からの護衛に切り替えた。

だが、しばらくして戻って来られた殿下の表情が、酷く落ち込んでいらした様にお見受けして。

「殿下、どうされたのですか?」
「……さっき、シリルに会ったんだ。あれからお前は彼の事とやかく言わなくなったけど、あの後私も気付いたんだよ、彼の視線に。だから、尋ねてみたんだけど……」

そう言って、俯いてしまわれて。

「…で、殿下?」
「キス、されそうになったんだよね。」
「……え?は?…うそぉ?!」
「だろう?!私も流石にビックリしてさ。そしたら……『やめておきますか?それが良いと思います。貴方を大切に想うご婚約者を悲しませる事になりますから。』って。」

ぼんやりした顔でそう仰る殿下は、私が今まで拝見した事が無い様な心許ないご様子で。
いつも自信たっぷりで、何でも余裕そうな顔をして、学業も政務もこなされるのに。
こんな殿下の姿は初めてだった。

それにしても。

「……凄いですね、クレイン公子。意外過ぎます。あんな大人しい方が、そんな小悪魔みたいな誘惑をされるなんて。」

人は見かけに寄らないんですね……と、半分冗談交じりで言ってみたが。
殿下はまだぼんやりされたままで。

「その前に、私だって、彼にちょっと意地悪な尋ね方をしたから、彼はその意趣返しだって……言っていたんだけどね。それよりも……」

『貴方を大切に想うご婚約者を悲しませる事になりますから。』

この言葉が。
どうしても、引っ掛かるんだ。

……そう、殿下は仰って。

それを彼の口から聞かされた途端。
とても、心に刺さって。
大切な何かを、失ってしまった……ような。

そんな喪失感を覚えて。

「……彼には、申し訳ない事をした。」

そう、寂しげに呟く殿下は。
明日に控えた卒業を前に、感傷的になっているだけではない、何かを感じた気が、したのですが。
私がそれを上手く言葉に出来ないまま、心配している内に。
その彼との永遠の別れがやって来るなんて。
その時は、思いもしなかったのです。

殿下。
何のお力にもなれず、申し訳ございません。

ただ、もし叶うのならば。

殿下とクレイン公子様が。
ただ互いに笑い合える、そんな未来があれば良かったのに、と。
それはとても美しい光景なのだろうな、と思った、だけだったのですが。

この国で、国王陛下の次に権力をお持ちになっておられる筈なのに。
何も出来ずに己の無力さに嘆く、その様は。
ずっとお側でお支えして来た私ですらも、どうしようもなくて。

お願いです、どうかもし……やり直す事が出来るのならば。
今度は笑い合えるお二人を、拝見してみたいのです。
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