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第5章

187話 ささやかなお祝い

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…なんか、ロレンツォ殿下に上手く丸め込まれた様な気がしないでもないが。
確かに彼の言う様に、向こうに行っていきなり仕事が出来るとは、僕も思えない。
元々そんなに戦力にはならないだろうが、あまりに戦力外過ぎるのも、肩身が狭くなってしまうだけだろうし。

何より。
サフィルの隣に居られるならば。
ただ隣で笑っているだけでなくて、共に歩んでいきたいから。

ダメ元でやってみようかな。
そう、意気込んで殿下に応じると。

早速、図書室に呼び出され、試験前日までの放課後、毎日殿下にみっちりしごかれた。
サフィルも時々心配そうに様子を見に来てくれたが、その度に顔を綻ばせて呆ける僕を見て、殿下が烈火のごとく怒って、彼を室外に締め出していた。

「試験が終わればいくらでも好きにイチャコラすりゃいいが、終わるまでは我慢して集中しろ!」

って、言われて。
うぐっ……ちょっと顔を見るくらい、いいじゃないか。
大体、こんな付け焼刃でどうにかなると思っているなんて、殿下こそ考えが甘いんじゃない?

なんて、僕は若干むすくれながら、殿下に言われるがまま、机に齧り付いて勉強させられていた。
きっと、学院に通った2年間よりも、一番密度が濃かったかもしれない。

そして、校舎の一室を借りて、アデリートから殿下が呼び寄せた学園の関係者の管理監督の元、臨時の試験に挑んだ僕は。
何故か合格した。
まぁ、良かったな。
ギリギリだろうが何だろうが、合格は合格なら。
僕よりも殿下とサフィルの方が、滅茶苦茶喜んでくれたのだった。

その日の夜、殿下がエウリルスで仮住まいしている、小さな屋敷へ招待して下さった。
アデリートから連れて来た数人の侍女や執事、下僕達だけの、本当にこじんまりとした屋敷で。
でも、彼らはここで4年の歳月を過ごしたのだ。
異国の地で苦楽を共にしたからだろうか。
王子様の部下とは思えない、温かな雰囲気の家来達に迎えられて。
殿下は編入試験をパス出来た僕の為に、ささやかなお祝い会を開いてくれた。

「合格おめでとう!シリル!」
「あ、ありがとうございます…殿下。」
「いや~、本当に合格出来て良かった!!」
「殿下の教え方が良かったからですよ。全ては殿下のお陰です。」

アハハ…と僕は愛想笑いをしたが。
殿下は食い気味に僕の方へ向かって。

「いいや!可能性が無かったら、そもそも最初から提案しねぇよ、あんな事。でも、俺も最初は受かるかどうか半々くらい……って程度にしか考えてなかったのに。基礎知識は心配して無かったが、アデリートの歴史や言語、よくあの短期間でなんとかしたな。」
「あー、元々歴史や外国語の勉強は、趣味程度にやってたんですよ。叔父様に公爵位を譲れたら、自分の何か生きる糧に使えるかな?って程度で。無駄にならなくて良かったです。」
「そうだったのか。なにはともあれ、良かった!」

殿下は終始上機嫌で、お酒が入ると更に陽気に笑っていたのだった。

僕は付き合いもそこそこに、外に空気を吸いに出た。
春はもうそこまで迫っているが、夜はまだまだ冷え込む。
月は満ちて、夜空に一際美しく輝いている。

「大丈夫ですか?シリル…」
「サフィル。えぇ、ちょっと休憩してるだけなので。」

サフィルが、僕を心配して寄り添ってくれる。
中では殿下がジーノの首に腕を回し、豪快に酒を飲み交わしていた。
僕に付いて来ようとしたであろうテオも、殿下に捕まってしまっている。

まだまだ元気な殿下達に、僕は苦笑しながら、隣に来てくれたサフィルを見やると。
サフィルはとてもやさしい顔で僕を見つめて来て。

「シリル。私からもお祝いを言わせて下さい。急な事だったのに、本当に凄いです。おめでとうございます。」
「ありがとうございます、サフィル。……フフッ。早く貴方とこうして過ごしたくて、頑張っていただけかも。」

とても嬉しいのに。
なんだか照れると言うか、気恥ずかしいというか。
だから、ちょっと誤魔化す様に、そう言ったら。
サフィルは真剣な顔になって、僕に向き直って。

「シリル。」
「はい。」
「……その、触れても、いいですか?」
「え、改まって何です?……あぁ!もういいんじゃないですか?試験も終わったし、殿下達もあっちで出来上がってるみたいだし。」

この間まで殿下からお預けを喰らっていたサフィルは、わざわざ僕に許可を得ようと尋ねて来たけど。
今まで度々触れて来ては、その度に僕を翻弄してきたじゃないか~なんて思って、照れからつい、軽く笑ってみせると。
ふわりと頬に触れられて、軽く口づけをされて。
でも、以前の様な、舌まで絡め取られるような濃厚なモノではなく。
本当に唇が触れるか触れないかの、軽い接触だけで、離されてしまったから。

「……サフィルッ」

ねぇ、どうして?
そんなささやかなキスだけで、止めてしまわないで。
試験勉強中、折角心配して覗きに来てくれた貴方に笑顔を向ける間も無く殿下に引き離されて、貴方には随分やきもきさせてしまっただろうけど。
僕だって、ずっと我慢していたんだから。

だから、もっと。

彼を求めずにはいられなくて。
その頬を両手で掴み、今度は僕から。
噛みつく様な急いた勢いで唇を重ね。
以前彼にされた様に、今度は自分から舌を絡めたキスをする。

「んぅっ」

あまり上手くは出来ないけれど、拙いながらも一生懸命吸い上げて。
そっと開放した。

「ふはっ……はぁ…」
「っ……シリル…」

仕掛けた筈の僕の方が、少し息が上がってしまっているが、それでも。
ちょっとは伝わっただろうか、彼に。

目を丸めて僕を見つめて来る彼に、僕は再度深く口づけをしようとして。
ギュッと強く抱きしめられた。

「サフィル…?」
「……シリル。好きだっ」
「僕も」
「もっと……もっと触れたい。………抱いても、いいですか?今度こそ、愛おしんで抱きたいんだっ」

あんな、苦しさとやるせなさで胸を抉る様なものではなく。
愛おしさで満たしたい。

前世の過ちを、無かった事には出来ないし、してはいけないけれど。
あの時出来なかった分も、もっと、優しくしたい。
本当は、好きで好きで仕方がなかったんだと、貴方に知ってほしいんだ。

そう、耳元で囁く様にして、乞い願われて。
最愛の人に望まれて、これほど嬉しい事はない。

僕は彼をギュッと抱きしめ返す事で、返答をして。

「サフィル……抱いて、ほしい。貴方を、刻み付けて。僕は貴方が欲しくてたまらなかったんだ。」
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