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第5章

176話 共に…

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「もう、来月には卒業ですね。」
「……えぇ。サフィルは…この学院を卒業したら……アデリートに、帰る…のですか?」

改めて聞かずとも、当然分かっている事ではある、が。
それでも確認せずにはいられなくて。
本当は、聞きたくなかったんだけど。

もうすぐ無事に迎えられる卒業を前に、僕は。

「…そうですね。殿下の側近として、正式に政務の補佐を担っていく事になりますから。」
「……」

やっぱり、思っていた通りの答えが返って来て。
僕は、溢れ出す涙を止められなかった。

「シリル……」

サフィルは切ない表情になって、僕の涙をそっと拭ってくれたが。
そんな優しい仕草よりも。
今は、強く抱きしめて欲しい。

「サフィルッ!」

強く強く抱きしめて、離さないって言って。
……嘘でも、いいから。
そう願って、僕は抱き付いた。

「……僕、やっぱりサフィルの事が好きだ!」
「シリル……私も、愛しています。」
「……一緒に、行けたらいいのにっ」
「シリル……」

ぎゅっと胸が締め付けられて、苦しい。
ずっと、このままなら…良かったのに。

本当は駄目だって、分かっている。
こんな事を言ったって、貴方の足手纏いにしかならないのに。
でも、離れたくないんだ。
もう、離したくない。
側に、居たいんだ。

知ってしまった。
貴方を愛おしいと想う気持ち。
手放したくない、この想いを。

どうすればいいんだろう?

グズグズと泣きじゃくる僕に、サフィルはギュッと強く抱きしめ返してくれて。

「私も、一緒に居たいです。でも、貴方は卒業されたら、クレイン公爵の地位を継がれるのですよね。……きっと、立派な公爵様に…なられるのでしょうね…」
「……僕は、本当は公爵位を継ぎたくはないんだ。」
「え…?」

サフィルの腕の中から顔を上げて訴えた僕に、サフィルは驚いた顔をした。

「僕が正式に公爵家を継いでしまったら、ずっと代理を務めてくれている叔父様達をあの家から追い出す事になる。そんなのは…嫌なんだ。ずっとずっと、クレイン家を支えてくれていたのに。僕なんかより、叔父様の方がずっと本当の公爵に相応しいし、大切にしてくれる。叔父様は死んだ父と母の為にも僕を立派に継がせたいと言ってくれているけれど……僕は、叔父様にこそ継いで欲しいんだ。」
「折角の公爵の地位を……失う事になっても、貴方はそれでいいのですか。」
「いいんだ。僕より相応しい人が居るんだもの。……それに。」

僕は、ふぅ…と大きく息を吐くと、また泣きそうになるのをこらえて言った。

「此処まで来られただけでもう、充分だよ。それだけで、満足な……筈なのに。」

前世まででは越えられなかった試練を、皆の力を借りながら、乗り越えられただけでも、満足しなければいけないのに。

———貴方を好きになってしまった。

好きならば、好きだからこそ、貴方の幸せを願って……身を引かねばならなかった。
求めてはいけなかったのに。
僕は貪欲にも求めてしまった、貴方を。

そうしたら。
貴方は応えてくれたのだ。
前世では遂げられなかった想いが、今世で叶って。
それだけで、充分だって思わなければいけないのに。

貴方を求めて、求められて。
もっと、もっと…と。
どんどん欲が増してしまうんだ。

「どうしよう……貴方を、困らせたくないのに。離れたくない……っ」

泣いたって、仕方が無いのに。
分かっているのに、涙が止められない。
もう、別れはそこまで迫っている。

また泣いてしまっている僕に、サフィルは真剣な表情で問うて来た。

「……シリル、もし本当に、貴方の本来歩むべきだった、公爵になるという未来を失う事になっても、それでも、私の側に居る事を望んでくれますか?」
「…え?」

どういう事?

僕が溢れてきた涙も引っ込んで、目を丸めて彼を見やると。
サフィルはただただ縋る様な目で見つめて来て。

僕は。

「サフィルと共に居られるなら。」

どこにだって行きたいし、支えたい。
いつだって、共に在りたいと願う。

僕の正直な、心からの返答に。
サフィルはそのアメジストの瞳を潤ませながら、愛おしい笑顔をくれた。
その笑顔に、僕もはにかみながらも笑顔で答える。

あぁ。
さっきはこの格好の所為で、キスを断ってしまったけれど。
やっぱり、触れたい。
愛おしいと、伝える為に、その唇に触れたい。

沸々と湧き上がる欲望のままに、彼に手を伸ばしかけた。
……その時。

「よーし!話は聞かせてもらったぁ!」
「うわぁっ!ロレンツォ殿下?!」

抱きしめていたサフィルの背後から急に現れたロレンツォ殿下に、僕はそれこそ心臓が飛び出るくらい驚いて声を上げ。
対するサフィルは心底うんざりした顔で振り返った。

「…殿下、そこは空気読んで下さいよ。」
「仕方ないだろ~!いい加減いちゃついてる場面ばっかで飽きたんだよ。」

やれやれ、と肩をすくめて呆れた顔をしている殿下を見て、僕は急いでサフィルから離れた。

あ、や、見られてた…!
どう言い逃れもしようがない、あの場面を。
うあぁぁぁ————っ!

僕は頭が真っ白になり、心の中で声にならない声で叫んだが。
殿下はこの寒空の中でもその燃える様な赤いドレスを翻し、僕の前に仁王立ちした。

「シリル・クレイン公子。さっき我が側近、サフィル・アルベリーニ子爵令息に言った言葉に二言は無いか?」

急に改まって、ロレンツォ殿下はそう僕に問い質して来て。
僕は、呆気に取られたが。
でも、さっきの言葉と想い、こそ。
あれが、僕の嘘偽りない本心だ。

「……はい。二言はございません。」

僕はただ素直にそう言った。
すると、殿下は大変満足げな笑みを浮かべられ。
僕に言い放ったのだ。

「よし。そなたの望みは聞き届けた。喜ぶがいい、俺の家来にしてやろう!」
「………へ?」

子供のごっこ遊びの様なノリで、そう言われ。
僕は意味が分からず、呆けた顔をしていた……。
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