上 下
168 / 331
第5章

168話 愛おしい

しおりを挟む
「あの時はどうかしていた、なんて……ただの言い訳に過ぎません。でも、私は失いたくなかった。ただ……生きて欲しかった。自ら進んで、死を選んで欲しくなかったんです。それくらいなら、例え一生、恨まれても……構わない。私に復讐する為でも何でもいいから、生きる道を選んで欲しかったんです。貴方の気持ちを、知りもしないで……」

悔やんでも悔やみきれない、前世の過ちを。
隠さず話してくれた彼に。
僕はもう、全てが愛おしくなって。
ベッドから身を乗り出すと、彼にギュッと抱き付いた。

「僕も貴方が好きなんですっ!きっと、あの時からずっと…!確かにあれは辛かった。優しく触れられた後、冷たく乱暴にされて。貴方を拒んでしまったから、もう、貴方に見限られたんだと思って、受けた行為より、そっちの方が辛かった……。でも、自分の事を犠牲にしてでも、僕に生きて欲しいと言って、涙してくれて……。あんなにも強く想ってくれて、ありがとう。ごめんなさい、前世では共に行けなくて。でも、今世は……今世こそは、乗り越えて、やっと此処まで来れたんです。だから、その僕の側に、貴方に居て欲しい。」

僕の言葉にピクリと身じろぐサフィルに、僕は更に強く抱きしめた。

「もう、謝罪なんて聞きたくない!あの時の傷も痛みも、今はそれすら糧にしたいんだ。思い出してくれたのなら。もう、後悔よりも、共に先を歩みたい。あの時果たせなかった願いを、今度こそは叶えたいんだ。お願いだ、サフィル……」

僕は祈る様に、サフィルにそう囁くと、僕の腕の中で、彼はコクリと頷いてくれた。
それが、何物にも代えがたく嬉しくて……。
僕は腕の力を緩め、彼の顔を見やる。
まだ目に涙を浮かべていた彼は、それでも泣きそうな顔をしながら笑ってくれて。
僕もまた、きっと同じ様な顔で笑った。

「ありがとう……。やっと掴めた、貴方の手を。」

僕はそう言って、膝の上で固く握られたままの彼の手をそっと掴んだ。
驚いて、込めていた力が抜けた彼の手を、僕はゆっくりと自身の額に摺り寄せた。

……あぁ、ようやくまた、触れる事が出来た。
愛おしい、貴方に。
触れたい。触れて欲しい。
もっと。

ねだる様に見つめてしまった僕は、涙色に濡れていた彼の表情が、朱に染まるのを目にし。
そして、今度は彼の方から抱きしめてきて。

「あぁ、シリル様!好きです。愛しています。離しません、今度こそっ」

強く強く抱きしめられて。
彼の腕の中で、僕は込み上げる喜びを感極まって涙で溢れさせ。
彼に縋りつきながら、僕はこくこくと頷いた。

僕だって、今度こそは掴めたこの手を、絶対に離さない。
そう、心に誓って。

サフィルにも、この想いが伝わる様に。
僕は彼の唇に自身の唇を重ね、優しく触れるキスをした。

そうして微笑む僕に、今度は彼の方からキスをされ。
僕は喜んで受け入れた、が。

「ふ?…ふっ…んんっ」

彼は、僕の触れる様なキスなどとは違い。
重なる唇の隙間から、舌が差し込まれて。
驚いて口を開きかけてしまったら。
彼の舌が僕の舌も絡め取って吸い上げられる。
そうかと思えば歯列をなぞられ、上顎を舐められると、ゾクリと震えた。

あ、この感覚は。
マズいっ!
またあの得体の知れないゾクゾクする感じが、這い上がって来る。

されるがままになって、息も出来ずにクラクラし出した時。
ようやく彼から解放されたが。
その唇が離れる際に伝う唾液の感覚にすら、ゾクッと感じずにはいられなくて。

初めてされた激しいキスに、僕は頭の芯までぼうっとなった。
彼はと言えば、またあの熱に浮かされた様な目で僕を見つめて来る。
まだまだ足りない、といった様子で再び僕を喰らい尽くそうとして来て。

求められるのは、正直…滅茶苦茶嬉しい。
嬉しいんだが。
もう少し加減して欲しい…かな。

「ちょ、ちょっと待って!」
「……すみません、全快されてないのに。でも、嬉しくて。」
「僕も。同じ気持ちで嬉しい。でも、今日はこれで勘弁して……」

沸騰しかかっている頭をサフィルの肩口に埋めて、僕は降参を願い出た。
どうして彼は、こんなにも僕を翻弄するのが上手いんだ。
キスがこんなに激しいものだったなんて、初めて知った……。
僕が拙いのは認めるから、今はちょっと、この甘い余韻に浸らせて欲しい。

乱れた息をゆっくりと整えると。

「ごめんね、止めちゃって。早く良くなるようにするよ。だから、サフィルもこれからは僕の事、“シリル”って呼んで欲しいな。」
「え、ですが……」
「少しずつでも、二人きりの時だけでもいいから、そう呼んで欲しい。そしたら、もっと気持ちが近付ける気がするんだ。」

甘える僕のお願いに、サフィルは頷いてくれた。

「…わかった、シリル。」
「嬉しいよ、サフィル。」

僕は微笑んで、またサフィルに抱き付いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

悪役令息の死ぬ前に

ゆるり
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした

雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。 遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。 紀平(20)大学生。 宮内(21)紀平の大学の同級生。 環 (22)遠堂のバイト先の友人。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

処理中です...