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第4章

146話 安否

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暖かなベッドの様に心地が良い中で微睡むのは、何物にも代えがたい。
出来ればずっとこのままでいたい。
このまま、何も考えずに。

考えずに?
何を?
……まぁいいか。

もやもやと湧き出た疑念を、やっぱり微睡みの心地よさに負けて。
考える事を放棄する。
そうして意地でも瞼を閉じたままでいると。

「いつまでそうしている、気付いているんだろう?」

冷たい声音が上から降って来て。
けれど、僕の額にかかった前髪をサラリと払う手つきは、思いの外繊細だった。

僕はとうとう観念してゆっくりと目を開けると。
眼前に飛び込んで来たのは、僕を感情の読めない顔で覗き込んでいた、淡い紫色の瞳をした男だった。

「……え?貴方は…確か…ヴァルトシュタイン侯爵……?」

フローレンシア王国のベルナルト王太子の側近の…。
ベルナルト殿下に寄り添っていた姿がとても印象的だっただけに、そんな彼が、どうして此処に?
何で僕を見下ろしているんだ?
それに、此処は何処だ?
やや薄暗いが、何処かの室内だ。
そのベッドに僕は横になっていた。
……何で???

「どうされたのですか?……すみません、僕、何かご迷惑をおかけしました?」

でも、今日は……巫子達の誘いを断って、真っ直ぐ馬車で帰って……。
……あれ?
なんだか記憶が曖昧で混乱して、頭を押さえていると。

「あ、そうだ…。なんだかすっごく眠くて……馬車でウトウトしてたら……あ!」

思い出した。
下校途中に馬車の中でうつらうつらとしていたら。

「侯爵、大変です!僕、見たんです!学院からの下校途中に、エウリルスに留学中の第2王子様のカミル殿下が、その、メルシアンの城下町の…路地裏の方にお一人で入って行かれたのをっ!表通りならまだしも、路地裏なんて治安が悪いと聞くのに……供も付けずにお一人でっ」

気付いて直ぐ追いかけたのに。
見失ってしまった。
今頃どうなされている事か……。

僕が顔色を変えて必死に説明しても、侯爵はその表情をピクリとも動かさなかった。
流石の僕も、事の異常さに違和感を覚え始め……。

「……あの、侯爵?」

貴方は、フローレンシアの臣下ですよね?
もしかして、ベルナルト王太子を脅かす存在になるかもしれないカミル殿下の安否には、興味が無いのか?
でも、本心はどうあれ、嘘でも関心のあるフリをすべきでは?
王族の近辺に侍る、臣下の一人として。

僕の疑問に、侯爵は淡々と答えた。

「心配する必要は無い。殿下は今頃、救世の巫子達とメルシアンの孤児院で、子供達とお戯れになっておられる事だろう。」
「え。」
「貴方が見た殿下は、私が作り出した幻影なので。」

そう言うと、侯爵は右手の人差し指を前に出し、グッと力を込める様に見つめていた。
すると、もやもやとした煙の様なモノが現れ、それがやがて形となり、カミル殿下そっくりの姿になった。
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