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第2章
101話 忘れたくない
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「…っ」
「シリル……」
眉根を寄せて見つめて来るカレンの顔を見て、僕は自分が涙を流しているのに気付いた。
慰める様に手を伸ばしてくれる彼女を、僕は思わず拒んで。
顔を見られたくなくて、更に俯く。
「ちがっ……ごめっ…」
僕は慌てて涙を拭った。
差し伸べられた手を拒んでしまった僕に、それでもカレンは優しい笑みを向けてくれて。
「大丈夫よ。無理に思い出さないで、いいから。これまでがつら過ぎたのよ。これからは、今までとは違う。絶対、良くなる筈だわ。……一緒に、良くしてみせるから。」
慈愛に満ちた彼女の笑顔と、優しさに。
僕はまた、打ちのめされた。
“今までとは違う。”
それは、今世で自身が何度も何度も言い聞かせて来た事なのに。
「……違っちゃうのかな。何もかも、全て。……あの時の想いも全部っ」
あれは確かに悪夢だった。
決して、良い思い出とは言えない。
けれど、あの時確かに感じた彼の心は。
今でも僕の奥深くに刻み付いて、傷跡の様に残っている。
これだけは、決して消え去って欲しくない。
「……忘れたく、ないんだ。例え、覚えてくれてなくてもっ」
また会えて、嬉しかった。
戸惑いも大きかったけれど、それよりも。
また殿下に酷く扱われているのを知って、心配だった。
だから、彼の役に立ちたかった。
ただ、繋がりを持ちたかっただけだったんだ…。
けれど、やっぱり彼は覚えてなくて。
名前を呼び合える仲になれたのは、嬉しい。
僕を見てくれる瞳は優しいけれど、でも、それだけだ。
また、ただの知り合いに戻ってしまう……。
でも、それだけの為に、皆に大変な負担を強いてしまった。
「……ごめん、ごめん皆。色々理由を付けて言っても、結局僕は、自分の為だけに皆を巻き込んだんだ。それで、こんな所まで来させて。カイトとカレンには、倒れるまで無茶もさせてしまって……。こんな僕なんかに、心配してもらえる資格なんて無いよ……。」
何を言っているんだろう。
さっきから言葉が支離滅裂で、脈絡が無い。
急に謝られても、カイトとカレンは困るだろう。
テオだって、きっと呆れてる。
それなのに、言葉が上手く紡げない。
馬鹿みたいに溢れる涙を抑えるだけで、手一杯だ。
自分が恥ずかしくて堪らなくて、僕は頭を抱える様にして、両目を手のひらで押さえた。
その手にそっと、柔らかな手が触れる。
視界を遮っていた僕は、急に感じた温もりに驚いて目元から手を離すと。
その手に触れていたのはカレンの手だった。
「さっきも言ったじゃない。此処へ来たのは、私達の身の安全の為でもあったんだしってね。だから、その事でシリルが気に病む事はないわ。……忘れたくない事が、あったのね?」
「……うん。」
優しい声音に、慰められる。
穏やかな微笑みは、何処までも優しくて安心させられる。
死に戻って直ぐに、叔父に抱きしめられ、邸宅のガゼボで叔母に頭を撫で背をさすってもらった時の事を思い出す。
「…前回は、私は居なかったから…話を聞いてただけじゃ、カイトとじゃれ合ってた以外は、貴方にとってつらい事ばっかりだったと思ってた。でも、そんな…忘れたくない素敵な思い出があったのね?」
温かく包み込まれる様な心地の中で問われて、僕はまた、泣き出しそうになる。
「素敵とは……言いづらいけど。」
「どうして?そんなに大切な記憶なら、とても素晴らしい出来事だったんじゃないの?」
カレンは勘違いしている。
僕が謙遜して言っているんだと思っている。
でも、そうじゃない。
そんなものでは、ないんだ。
「シリル……」
眉根を寄せて見つめて来るカレンの顔を見て、僕は自分が涙を流しているのに気付いた。
慰める様に手を伸ばしてくれる彼女を、僕は思わず拒んで。
顔を見られたくなくて、更に俯く。
「ちがっ……ごめっ…」
僕は慌てて涙を拭った。
差し伸べられた手を拒んでしまった僕に、それでもカレンは優しい笑みを向けてくれて。
「大丈夫よ。無理に思い出さないで、いいから。これまでがつら過ぎたのよ。これからは、今までとは違う。絶対、良くなる筈だわ。……一緒に、良くしてみせるから。」
慈愛に満ちた彼女の笑顔と、優しさに。
僕はまた、打ちのめされた。
“今までとは違う。”
それは、今世で自身が何度も何度も言い聞かせて来た事なのに。
「……違っちゃうのかな。何もかも、全て。……あの時の想いも全部っ」
あれは確かに悪夢だった。
決して、良い思い出とは言えない。
けれど、あの時確かに感じた彼の心は。
今でも僕の奥深くに刻み付いて、傷跡の様に残っている。
これだけは、決して消え去って欲しくない。
「……忘れたく、ないんだ。例え、覚えてくれてなくてもっ」
また会えて、嬉しかった。
戸惑いも大きかったけれど、それよりも。
また殿下に酷く扱われているのを知って、心配だった。
だから、彼の役に立ちたかった。
ただ、繋がりを持ちたかっただけだったんだ…。
けれど、やっぱり彼は覚えてなくて。
名前を呼び合える仲になれたのは、嬉しい。
僕を見てくれる瞳は優しいけれど、でも、それだけだ。
また、ただの知り合いに戻ってしまう……。
でも、それだけの為に、皆に大変な負担を強いてしまった。
「……ごめん、ごめん皆。色々理由を付けて言っても、結局僕は、自分の為だけに皆を巻き込んだんだ。それで、こんな所まで来させて。カイトとカレンには、倒れるまで無茶もさせてしまって……。こんな僕なんかに、心配してもらえる資格なんて無いよ……。」
何を言っているんだろう。
さっきから言葉が支離滅裂で、脈絡が無い。
急に謝られても、カイトとカレンは困るだろう。
テオだって、きっと呆れてる。
それなのに、言葉が上手く紡げない。
馬鹿みたいに溢れる涙を抑えるだけで、手一杯だ。
自分が恥ずかしくて堪らなくて、僕は頭を抱える様にして、両目を手のひらで押さえた。
その手にそっと、柔らかな手が触れる。
視界を遮っていた僕は、急に感じた温もりに驚いて目元から手を離すと。
その手に触れていたのはカレンの手だった。
「さっきも言ったじゃない。此処へ来たのは、私達の身の安全の為でもあったんだしってね。だから、その事でシリルが気に病む事はないわ。……忘れたくない事が、あったのね?」
「……うん。」
優しい声音に、慰められる。
穏やかな微笑みは、何処までも優しくて安心させられる。
死に戻って直ぐに、叔父に抱きしめられ、邸宅のガゼボで叔母に頭を撫で背をさすってもらった時の事を思い出す。
「…前回は、私は居なかったから…話を聞いてただけじゃ、カイトとじゃれ合ってた以外は、貴方にとってつらい事ばっかりだったと思ってた。でも、そんな…忘れたくない素敵な思い出があったのね?」
温かく包み込まれる様な心地の中で問われて、僕はまた、泣き出しそうになる。
「素敵とは……言いづらいけど。」
「どうして?そんなに大切な記憶なら、とても素晴らしい出来事だったんじゃないの?」
カレンは勘違いしている。
僕が謙遜して言っているんだと思っている。
でも、そうじゃない。
そんなものでは、ないんだ。
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