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第2章
50話 心の静養
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それからのここ数日、僕は自室で一日の大半を過ごしている。
ぼーっとしていても、ふと涙が溢れてくる事が続いたからだ。
涙腺が完全にぶっ壊れてしまった様で。
精神的にかなり参ってしまっているのは、誰の目からも明らかだった。
体調不良を理由に、学院の方もしばらく休んだ。
これでも今迄休んだ事が無かったのに。
二度目の死に戻り、三度目の生を得て3日後。
ようやくベッドから出る気力が出て来た僕は、屋敷の庭をゆっくり散歩する事にした。
叔母が特に気に入っている、バラ園が丁度見頃になっている。
そちらへ足を向けてみた。
園内のガゼボでは、叔母が静かにお茶を楽しんでいた。
ふと目が合った叔母が、柔和な笑みを浮かべ、手招きしている。
釣られてフラフラと寄ってみると、一緒にお茶をしましょう。と誘ってくれた。
「……すみません、お邪魔をしてしまって。」
「私の方こそ。誘って大丈夫だったかしら?体の方はどう?」
「はい。大分マシになって来た様に思います。先日は取り乱してしまい、失礼致しました。」
「いいえ。……うん、マシになったと言うのは本当ね。かなり顔色が良くなったわ。」
ニッコリと微笑み、叔母はそっと僕の手に触れ、言った。
「何か、辛い事が……あったのね?話し辛い事なら、無理しなくていいの。でも、私でも何か力になれる事が有れば言ってちょうだいね。遠慮しないで。貴方は昔から、自分の事を疎かにしがちだから。……僭越かもしれないけれど、私にとっては貴方も……自分の息子の様に大切に想っているのよ。だから、心配ぐらいはさせて頂戴ね。」
控えめに微笑む叔母は、柔らかな笑みを浮かべ、僕にそう言ってくれた。
それは建前や立場の為の言葉ではなく、叔母の偽りない本心の様に感じられた。
今はもう、絵画を見ないと顔も思い出せない実の両親よりも、僕を育ててくれた叔父と叔母の方が、自身にとっては親の様な存在だ。
けれど、自分が学院を卒業し、大人となった暁には、父が残したこの公爵家を僕が継ぐ事になる。
その為に今迄、叔父は公爵代理という立場で留まり続けた。
公爵の地位を継ぐのは、あくまで僕だと。
でも、僕は心の何処かで不安だった。
そもそも自分に、そんな地位は不相応だと思う、自信の無さの他に。
今迄ずっと、公爵家を守ってくれていた叔父も叔母も。
本当は僕に渡したくないんじゃないかという疑念が。
だって、もし僕が叔父様の立場だったら、絶対僕が邪魔な筈だ。
僕さえ居なければ、公爵家は名実共に自分の物になるのに。って。
そして、自分の子供のリチャードに、跡を継がせられる。
シャーロットを公爵令嬢として、いずれお嫁に出す事も出来る。
自分さえ、居なければ。
心の何処かで……ずっとそう思っていた。
自分の存在が、不安で不安で仕方なかったんだ。
いっそ、本当にそんな風に僕を疎んじてくれたなら、分かり易かったけど。
叔父も叔母も、そんな態度も素振りも全く無かった。
ただただ幼かった僕を可愛いがってくれた頃のまま、傍で育て、支えてくれた。
そこに、二人の実子との差は無かった。
歳の差があったから、幼い子に対する接し方とは、違ってしまうけれども。
でも、先日抱きしめられた時、子供の頃に可愛がって抱きしめられた感覚が、見事に蘇った。
大切なのだと、愛されている。
愛情は、変わらず注がれているのだと。
僕の下らない疑念や不安なんて馬鹿らしくなるくらい、分かってしまった。
「叔母様……ありがとう、ございます。」
「まぁあぁ。泣き虫さんになってしまったのね。……いらっしゃい。」
また思わず涙が溢れて来た僕に、叔母は嫌な顔一つ見せず、自身の方へ手招きした。
席を立ち、傍へ寄ると、叔母は、また僕の頭を撫で、背をさすってくれた。
幼子をあやす様な手つきで優しく撫でられる。
それがとても心に沁みたのだった————…。
再度叔母に礼を伝え、ガゼボを後にすると、また散歩を再開した。
数日動かなかっただけで、かなり体が鈍ってしまっていたのを実感する。
さっき、叔母の所でお茶をして一息ついて正解だった。
庭の木の根に腰を下ろし、少し日光浴を楽しんだ。
木洩れ日の陽ざしが優しく心地が良い。
うつらうつらと微睡みそうになる。
すると、従者のテオがやって来た。
「あ、シリル様。もうお部屋からお出になられても大丈夫なのですか?」
「テオ。……うん。大分気分も良くなってきたから、散歩でもしようかなって。」
「でも、病み上がりでいらっしゃいますから、ご無理は禁物です。邸内とはいえ、まだお一人ではどうかと…。私もお供させて下さい。」
随分過保護になってしまった様だ。
無理もないか。
今迄なら……煩わしいから嫌だ。一人にしてくれ。なんて言って、邸宅から出る時以外、極力側仕えは断っていた僕だったが。
今日は素直にテオの言う事に従う事にした。
テオにも、随分心配をさせてしまった。
裏表のない笑顔を向けられて、ホッとする。
何の気なしに歩いていると、屋敷の端の方まで来ていた。
邸内を囲む様に備えられた柵の辺りまで来て、外の方へ目を向ける。
毎朝、馬車に乗って学院へ通っていたよな……と。
そして、その馬車で毎日往復して通り過ぎていた、門の方へ視線をやると。
門番が変わらず黙って立っている。
いや、……黙って、無いな。
誰かと話している。
と、言うか……揉めてる?
ただの来客ではない様で、門番は追い払おうとしているが。
その彼らに喰って掛かっている者がいる。
何を揉めているんだろう?
気になった僕は、其方へ向かう事にした。
ぼーっとしていても、ふと涙が溢れてくる事が続いたからだ。
涙腺が完全にぶっ壊れてしまった様で。
精神的にかなり参ってしまっているのは、誰の目からも明らかだった。
体調不良を理由に、学院の方もしばらく休んだ。
これでも今迄休んだ事が無かったのに。
二度目の死に戻り、三度目の生を得て3日後。
ようやくベッドから出る気力が出て来た僕は、屋敷の庭をゆっくり散歩する事にした。
叔母が特に気に入っている、バラ園が丁度見頃になっている。
そちらへ足を向けてみた。
園内のガゼボでは、叔母が静かにお茶を楽しんでいた。
ふと目が合った叔母が、柔和な笑みを浮かべ、手招きしている。
釣られてフラフラと寄ってみると、一緒にお茶をしましょう。と誘ってくれた。
「……すみません、お邪魔をしてしまって。」
「私の方こそ。誘って大丈夫だったかしら?体の方はどう?」
「はい。大分マシになって来た様に思います。先日は取り乱してしまい、失礼致しました。」
「いいえ。……うん、マシになったと言うのは本当ね。かなり顔色が良くなったわ。」
ニッコリと微笑み、叔母はそっと僕の手に触れ、言った。
「何か、辛い事が……あったのね?話し辛い事なら、無理しなくていいの。でも、私でも何か力になれる事が有れば言ってちょうだいね。遠慮しないで。貴方は昔から、自分の事を疎かにしがちだから。……僭越かもしれないけれど、私にとっては貴方も……自分の息子の様に大切に想っているのよ。だから、心配ぐらいはさせて頂戴ね。」
控えめに微笑む叔母は、柔らかな笑みを浮かべ、僕にそう言ってくれた。
それは建前や立場の為の言葉ではなく、叔母の偽りない本心の様に感じられた。
今はもう、絵画を見ないと顔も思い出せない実の両親よりも、僕を育ててくれた叔父と叔母の方が、自身にとっては親の様な存在だ。
けれど、自分が学院を卒業し、大人となった暁には、父が残したこの公爵家を僕が継ぐ事になる。
その為に今迄、叔父は公爵代理という立場で留まり続けた。
公爵の地位を継ぐのは、あくまで僕だと。
でも、僕は心の何処かで不安だった。
そもそも自分に、そんな地位は不相応だと思う、自信の無さの他に。
今迄ずっと、公爵家を守ってくれていた叔父も叔母も。
本当は僕に渡したくないんじゃないかという疑念が。
だって、もし僕が叔父様の立場だったら、絶対僕が邪魔な筈だ。
僕さえ居なければ、公爵家は名実共に自分の物になるのに。って。
そして、自分の子供のリチャードに、跡を継がせられる。
シャーロットを公爵令嬢として、いずれお嫁に出す事も出来る。
自分さえ、居なければ。
心の何処かで……ずっとそう思っていた。
自分の存在が、不安で不安で仕方なかったんだ。
いっそ、本当にそんな風に僕を疎んじてくれたなら、分かり易かったけど。
叔父も叔母も、そんな態度も素振りも全く無かった。
ただただ幼かった僕を可愛いがってくれた頃のまま、傍で育て、支えてくれた。
そこに、二人の実子との差は無かった。
歳の差があったから、幼い子に対する接し方とは、違ってしまうけれども。
でも、先日抱きしめられた時、子供の頃に可愛がって抱きしめられた感覚が、見事に蘇った。
大切なのだと、愛されている。
愛情は、変わらず注がれているのだと。
僕の下らない疑念や不安なんて馬鹿らしくなるくらい、分かってしまった。
「叔母様……ありがとう、ございます。」
「まぁあぁ。泣き虫さんになってしまったのね。……いらっしゃい。」
また思わず涙が溢れて来た僕に、叔母は嫌な顔一つ見せず、自身の方へ手招きした。
席を立ち、傍へ寄ると、叔母は、また僕の頭を撫で、背をさすってくれた。
幼子をあやす様な手つきで優しく撫でられる。
それがとても心に沁みたのだった————…。
再度叔母に礼を伝え、ガゼボを後にすると、また散歩を再開した。
数日動かなかっただけで、かなり体が鈍ってしまっていたのを実感する。
さっき、叔母の所でお茶をして一息ついて正解だった。
庭の木の根に腰を下ろし、少し日光浴を楽しんだ。
木洩れ日の陽ざしが優しく心地が良い。
うつらうつらと微睡みそうになる。
すると、従者のテオがやって来た。
「あ、シリル様。もうお部屋からお出になられても大丈夫なのですか?」
「テオ。……うん。大分気分も良くなってきたから、散歩でもしようかなって。」
「でも、病み上がりでいらっしゃいますから、ご無理は禁物です。邸内とはいえ、まだお一人ではどうかと…。私もお供させて下さい。」
随分過保護になってしまった様だ。
無理もないか。
今迄なら……煩わしいから嫌だ。一人にしてくれ。なんて言って、邸宅から出る時以外、極力側仕えは断っていた僕だったが。
今日は素直にテオの言う事に従う事にした。
テオにも、随分心配をさせてしまった。
裏表のない笑顔を向けられて、ホッとする。
何の気なしに歩いていると、屋敷の端の方まで来ていた。
邸内を囲む様に備えられた柵の辺りまで来て、外の方へ目を向ける。
毎朝、馬車に乗って学院へ通っていたよな……と。
そして、その馬車で毎日往復して通り過ぎていた、門の方へ視線をやると。
門番が変わらず黙って立っている。
いや、……黙って、無いな。
誰かと話している。
と、言うか……揉めてる?
ただの来客ではない様で、門番は追い払おうとしているが。
その彼らに喰って掛かっている者がいる。
何を揉めているんだろう?
気になった僕は、其方へ向かう事にした。
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