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第1章
48話 斬首
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コツコツと、こちらにやって来る足音に、僕は混濁した意識の海から戻って来た。
手にはあの手枷がしっかりと嵌まったままだ。
だが、昨夜乱された衣服は、多少土埃で汚れてしまっていたものの、きちんと着衣出来ている。
警備兵達が、何食わぬ顔で立っているから、あれからまた戻って来ていたのだろうか。
衣服や体の汚れは……恐らくサフィルが綺麗にしてくれたのだろう。
手枷のまま服の上から首元に触れると、あの時噛まれた跡が、まだ残って疼いている。
だから、アレは単なる悪夢なのではなく、本当にあった事なのだと実感出来た。
僕はまだ夢現に、首元に触れたままでいると。
足音は段々近くなり、やがてその足音の主は鉄格子の僕の前に姿を現した。
「罪人は表に出ろ。」
無機質な声でそう告げられ、鉄格子が開けられる。
僕は兵士に両脇を抱えられ、力づくで外に引っ張り出された。
そんな、無理に力を入れなくたって。
僕は全然抵抗なんてしていないじゃないか。
口にしてもしょうがないから、心の中でそうぼやくが。
僕は一日ぶりに日差しを浴び、外の空気を吸った。
たった一日の出来事だったのに、色々有り過ぎて、まだ夢現な心地が抜けない。
ぼんやりする頭の中、王宮の直ぐ近くの大広場まで移送されて。
現実に向き合わされた。
巫子様を殺そうとした悪魔!
恐ろしい殺人鬼め!
等々、僕に対する罵倒の数々で、広場の音は埋め尽くされている。
あぁ、いよいよ終わるんだな。
そう思うと感慨深い気もする。
僕に対する罵倒なんて、心地の良い背景音楽だ。
好きなだけ叫べばいいさ。
物凄い怒号で渦巻いていたが、当の本人の僕は表情を一切変えない。
単に表情筋が死んでるだけだが。
だが、いざ処刑台に赴くと、見知った顔を目にしてしまい、最後の最後に瞳が揺らいだ。
叔父とテオだ。
酷く困惑した顔で、僕の名を叫んでいる様に見える。
もがいている様にも見えるが、兵士達に抑えられ、厳重に警戒されている様子で。
それに、周囲の怒号で掻き消され、その声はこちらにまでは届かない。
そう言えば、テオに新しい就職先、見つけてやるべきだったのに、うっかりしていたな。
卒業の直前まで平和だったから、つい大丈夫そうかと油断してしまったんだよな。
しまったな…。
叔父様に頼んでくれ……きっと何とかしてくれるから。
僕の前世の元ライバル?だった、あのカイトお気に入りのクリスティーナ嬢の姿も見えた。
彼女も顔面蒼白な様子で、こちらを見つめている。
あぁ、貴女はそんな所に居ては駄目でしょう。
群衆に押されてしまいますよ。
早く、王太子殿下の所に行ってあげて下さい。
これから彼を名実ともに支えていくのは、貴女なのですから。
着々と進んで行く処刑の手続きを横目に、僕はやる事が無くて、ただぼんやりとそんな事を思っていた。
すると、涼しい顔のまま佇んでいる僕が気に食わなかったのか、群衆の一人が石を投げて来た。
それに呼応するように、我も我もと石が飛んでくる。
やっぱり痛いのは嫌だ。
僕はビクッと身をかがめるが、額に石が当たってしまい、つぅーっと血が流れ出た。
わぁぁ!と歓声が上がる。
あぁ、当たってしまった其処は、最後に彼に。
キスをされた所だったのに。
兵士の怒声で投石は止んだが、今度は早く殺せ!の合唱が沸き起こった。
……いやいや、だから今その準備をしてくれてるじゃないか。
石を投げて邪魔してきたのは其方だろう。
うちの国民って、もっと穏やかでこんな殺気だった雰囲気では無かった筈なのに。
それだけ、救世の巫子に救われた者が多く、彼は慕われていたのか。
それと、群集心理のなせる業か。
ようやく準備が完了したギロチン台の前に、遂に行く様に促される。
僕はもう一度周りを見渡して、彼を見つけられなかった事に残念な心地と少しの安堵を抱いた。
死ぬ前にもう一度、あの顔を目に焼き付けたかったのだが。
それも叶わない様だ。
スッと瞳を閉じて、僕は刑が執行されるのを待つ。
罪状が読み上げられたが、別に反論も言い訳も必要ないから、何も口にする事は無い。
執行官の合図で、遂に刑は下された————。
叔父やテオ達の悲鳴が上がるも、群衆の声に掻き消される。
僕の頭はあの日のボールの様に、ポーンと宙を舞った。
その瞬間。
「シリル————ッ!!」
群衆の声を一瞬で掻き消す大きな声が、辺り一面に響き渡った。
それは、まだ血色が悪く、王太子の支え無しには身動きもままならなそうな。
僕の友人、カイトの姿だった……。
「ああぁぁぁ————っ」
僕の最期を目にしたカイトは、真っ青になり、絶叫と共にその場に倒れ込んだのだった……。
手にはあの手枷がしっかりと嵌まったままだ。
だが、昨夜乱された衣服は、多少土埃で汚れてしまっていたものの、きちんと着衣出来ている。
警備兵達が、何食わぬ顔で立っているから、あれからまた戻って来ていたのだろうか。
衣服や体の汚れは……恐らくサフィルが綺麗にしてくれたのだろう。
手枷のまま服の上から首元に触れると、あの時噛まれた跡が、まだ残って疼いている。
だから、アレは単なる悪夢なのではなく、本当にあった事なのだと実感出来た。
僕はまだ夢現に、首元に触れたままでいると。
足音は段々近くなり、やがてその足音の主は鉄格子の僕の前に姿を現した。
「罪人は表に出ろ。」
無機質な声でそう告げられ、鉄格子が開けられる。
僕は兵士に両脇を抱えられ、力づくで外に引っ張り出された。
そんな、無理に力を入れなくたって。
僕は全然抵抗なんてしていないじゃないか。
口にしてもしょうがないから、心の中でそうぼやくが。
僕は一日ぶりに日差しを浴び、外の空気を吸った。
たった一日の出来事だったのに、色々有り過ぎて、まだ夢現な心地が抜けない。
ぼんやりする頭の中、王宮の直ぐ近くの大広場まで移送されて。
現実に向き合わされた。
巫子様を殺そうとした悪魔!
恐ろしい殺人鬼め!
等々、僕に対する罵倒の数々で、広場の音は埋め尽くされている。
あぁ、いよいよ終わるんだな。
そう思うと感慨深い気もする。
僕に対する罵倒なんて、心地の良い背景音楽だ。
好きなだけ叫べばいいさ。
物凄い怒号で渦巻いていたが、当の本人の僕は表情を一切変えない。
単に表情筋が死んでるだけだが。
だが、いざ処刑台に赴くと、見知った顔を目にしてしまい、最後の最後に瞳が揺らいだ。
叔父とテオだ。
酷く困惑した顔で、僕の名を叫んでいる様に見える。
もがいている様にも見えるが、兵士達に抑えられ、厳重に警戒されている様子で。
それに、周囲の怒号で掻き消され、その声はこちらにまでは届かない。
そう言えば、テオに新しい就職先、見つけてやるべきだったのに、うっかりしていたな。
卒業の直前まで平和だったから、つい大丈夫そうかと油断してしまったんだよな。
しまったな…。
叔父様に頼んでくれ……きっと何とかしてくれるから。
僕の前世の元ライバル?だった、あのカイトお気に入りのクリスティーナ嬢の姿も見えた。
彼女も顔面蒼白な様子で、こちらを見つめている。
あぁ、貴女はそんな所に居ては駄目でしょう。
群衆に押されてしまいますよ。
早く、王太子殿下の所に行ってあげて下さい。
これから彼を名実ともに支えていくのは、貴女なのですから。
着々と進んで行く処刑の手続きを横目に、僕はやる事が無くて、ただぼんやりとそんな事を思っていた。
すると、涼しい顔のまま佇んでいる僕が気に食わなかったのか、群衆の一人が石を投げて来た。
それに呼応するように、我も我もと石が飛んでくる。
やっぱり痛いのは嫌だ。
僕はビクッと身をかがめるが、額に石が当たってしまい、つぅーっと血が流れ出た。
わぁぁ!と歓声が上がる。
あぁ、当たってしまった其処は、最後に彼に。
キスをされた所だったのに。
兵士の怒声で投石は止んだが、今度は早く殺せ!の合唱が沸き起こった。
……いやいや、だから今その準備をしてくれてるじゃないか。
石を投げて邪魔してきたのは其方だろう。
うちの国民って、もっと穏やかでこんな殺気だった雰囲気では無かった筈なのに。
それだけ、救世の巫子に救われた者が多く、彼は慕われていたのか。
それと、群集心理のなせる業か。
ようやく準備が完了したギロチン台の前に、遂に行く様に促される。
僕はもう一度周りを見渡して、彼を見つけられなかった事に残念な心地と少しの安堵を抱いた。
死ぬ前にもう一度、あの顔を目に焼き付けたかったのだが。
それも叶わない様だ。
スッと瞳を閉じて、僕は刑が執行されるのを待つ。
罪状が読み上げられたが、別に反論も言い訳も必要ないから、何も口にする事は無い。
執行官の合図で、遂に刑は下された————。
叔父やテオ達の悲鳴が上がるも、群衆の声に掻き消される。
僕の頭はあの日のボールの様に、ポーンと宙を舞った。
その瞬間。
「シリル————ッ!!」
群衆の声を一瞬で掻き消す大きな声が、辺り一面に響き渡った。
それは、まだ血色が悪く、王太子の支え無しには身動きもままならなそうな。
僕の友人、カイトの姿だった……。
「ああぁぁぁ————っ」
僕の最期を目にしたカイトは、真っ青になり、絶叫と共にその場に倒れ込んだのだった……。
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