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第1章

39話 残酷な命令 ※

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「こんなに手強いとは恐れ入ったなぁ…。剣術もろくに出来ないひ弱な坊ちゃんだ。少し脅せば直ぐに靡くと思ったのに。案外強情なんだなぁ~」
(少しって……これで?)
「蹴り飛ばしても効果が無いなら、やり方を変えるまでだ。おい、サフィル。」

どうやら暴力に訴えて脅す事は諦めたらしい。
もっとボコボコに殴る蹴るを繰り出してきそうだと思っただけに、予想外に早めに撤退してくれた。
そうだな。
殴り過ぎたら、そもそも後で自身の無実の罪を訴えるなんて事、出来なくなるしな。

そう、僕が安堵していると。

ロレンツォ殿下に呼ばれたアルベリーニ卿が、不意に殿下に胸倉を掴まれていた。

「おい、お前、ソイツを完全に屈服させろ。俺の提案を呑むまで犯し尽くしてやれ。」
「?!」
「え“っ……」

そっち……。
僕はもう唖然とするしかなかった。
死を覚悟した人間相手に、凌辱なんかしてどうする?
それも、公衆の面前で大いに辱めるとかならまだしも。
こうしてこの場に来ている事でさえ、彼らにとっては大きなリスクなのだ。
悠長に犯している場合か?
本当に大丈夫なのかコイツらは??

僕は、今から自分の身に起こる事よりも、彼らの方が心配になって来た。
主に、殿下のおつむが。

早くしろ!とロレンツォ殿下に顎でしゃくって促されるアルベリーニ卿は、明らかに動揺している。
やりたくないのが見え見えだ。
そりゃそうだろう。
美人な女の子ならともかく、さっきから蹴られて放り投げられまくって、あちこち泥だらけで汚い男に手を出すなんて。
僕だって願い下げだ。

あぁ。
せめてシルヴィアだったなら。
ここまでになる前に、この目の前の傲慢で嗜虐趣味の変態野郎も、もう少しマシな扱いをしてくれただろうか?
いや、彼女の時だったなら、穢される前に自害するな。
絶対に。

でも、悲しきかな。
今の僕は手枷を嵌められ、自ら死ぬ事もままならない。
舌を噛み切ればいいのだろうが、口内を切ってから、上手く力も入らない。
ただ、なすがまま。
されるがままだ。

なかなか決心がつかず、躊躇い続けているアルベリーニ卿は、仰向けになっている僕を恐る恐る見つめたまま、動けないでいた。
殿下が後ろでさっさとしろ!と急かしている。
これではまるで、どちらが凌辱を受ける側か分かったものではない。

このまま逡巡し続ければ、きっとロレンツォ殿下は。
アルベリーニ卿を蹴り飛ばして、自身で直接手を下そうとするだろう。

……それは嫌だな。
アイツ、絶対アッチも乱暴なだけな気がする。
それならまだ、この卿の方が絶対マシだ。

僕は大きく溜息をついて、腹を決めると。
上体を起こしてアルベリーニ卿を真正面から見やった。

「貴方も僕なんかでお嫌でしょうが、いい加減諦めた方が身の為ですよ。僕は明日死ぬ身なので、どうでもいいですが、貴方はこれからもあの王子様と付き合わないといけないんでしょう?それなら、もう少し上手な処世術を身に着ける事をお勧めしますね。」
「ハハハッ!言われているぞ、サフィル!」
「……僭越ながら。殿下はもう少し、部下の扱いを見直された方が良いと進言致します。窮鼠猫を噛むとも申しますし、何時如何なる所で、その足元を掬われるか分かりませんよ。」

アルベリーニ卿から自身に苦言の矛先が向いた事で、ロレンツォ殿下が苛立ちを見せるが、すかさず僕は続ける。

「だって、そうでしょう?僕がまさにそうなんですから……。」

呟く様にそう言って、僕は目を伏せる。
殊勝になった僕を殿下は心底愉快そうに見つめてきた。

本当にわっかりやすい御仁だ事。
数十分話しただけで、どうすれば彼が気に入るか否か、僕でも分かって来たのに。
アルベリーニ卿はきっとずっと長い間、彼を相手にして来たのだろう。
いい加減、彼を操縦する術を磨けばいいのに。

僕は再度溜息をつくと、今度こそ本当に覚悟を決めた。
もうこれ以上の引き延ばしは無理そうだし。
僕だって、これ以上この攻防が長引けば、折角決心した覚悟が揺らいでしまう。

けれど。
これまた悲しいかな。
僕はこれまでそういった経験が一度も無いのだ。
シルヴィアの時だって手を繋ぐまでだったし。
シリルとなった今では、昨日、王太子の唇をやけくそで奪ってやろうとして、失敗したばかりだし。

いっそ潔く自分で脱いでやりたいくらいだったが、手枷をされており、それも出来ない。
……どうすればいい?

やっぱり完全に身を委ねるしかない。
僕は思い切って、アルベリーニ卿の肩口に顔を埋めた。
さっさとしてくれ。
避けられないで良かった。と少しホッとしたが、それよりも彼に先を促したかった。
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