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第1章
35話 王太子の苦渋
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「でしたら、僕が犯人です。……大切なのは真実ではありません。皆がそうだと信じる事実だけです。殿下もそれは重々承知されているでしょう。…手を打つなら、早い方がいい。遅れれば遅れる程、人心が離れていってしまう。」
いずれこの国を統治する者ならば、その覚悟は既におありでしょう。
僕の言った意味も、もちろん承知しておられる筈だ。
それでも、王太子はまだ渋っている様で。
「殿下。……陛下は…何と?」
何の感情も表さずに、僕はただ王太子を見上げる。
王太子の方が、とても苦しそうだ。
まるで立場が逆みたいに。
王太子はしばらく言い淀んだが、それでも口を開いた。
「明日の朝、速やかに処刑を実行する……と。」
「絞首刑ですか?それとも、ギロチン?」
淡々と尋ねる僕に、王太子は泣きそうな目をした。
「……ギロチン、だと。」
「……良かった。流石陛下。賢明で慈悲深い御方だ。」
「そんな筈っ」
「いいえ、そうですよ。絞首刑はきっと苦しいですから。先程、兵に捕らえられた時も、首を抑えつけられて苦しかったので。でも、ギロチンなら一瞬です。恐らく痛みも感じずに逝ける。」
「何でそんなっ……!君は怖くないのか!?」
信じられないモノを見る様な目で見て来る王太子に、僕は自嘲してしまう。
「ハハッ。貴方がそれを仰いますか。……ギロチンで死ぬより、馬車で転落死する方が、よっぽど怖い。」
怖い思いなら、もう充分味わってきた。
シルヴィアの時、何を言っても貴方に信じてもらえなかった事。
再起を信じて貴方の命に従ったのに、転落死してしまった事。
死に戻ってシリルとして意識を取り戻した事。
貴方の冷たい態度を二度と感じたくなくて、ずっと関わるのを避けてきた事。
シルヴィアの死の原因でもある救世の巫子と再び相まみえた事。
避ければ避ける程、巫子が……カイトが、追いかけて来る事。
そのカイトに……心を許してしまった事。
友達だと思えた、そのカイトが……僕の眼前で、崩れ落ちていった事。
前世で見捨てられたと思っていた貴方に、今世になって、こうやって惜しまれてしまっている事。
————その全てが恐ろしい。
もう、何もかも、終わりにしたいのだ。
だから。
僕を少しでも哀れに思うなら、どうかこのまま見守ってくれ。
そして、願う事なら……。
「ただ……叶うなら……」
「何だ?!」
「僕が処刑されても、公爵家にはどうか、出来る限りお咎めが無い様に願います。……家族を、巻き込みたくはない。全く無しというのは無理だとは分かっています。それでも、僕はずっと……叔父様にクレイン家を継いで欲しかった。そして、望んでくれたなら…いずれ、いとこのリチャードが立派に後を継いでくれて、その妹のシャーロットが好きな人と結ばれて、誰よりも幸せになって欲しかった。ただ、それだけだったんだ……」
「シリル……君はっ」
君自身の望みは、無かったのか?
そう、問われて。
だから、それが僕自身の望みです。と呟いた。
自分自身の望み?
そんなもの。
この日を乗り越えられれば、何だって出来そうな気がしたが。
やっぱり出来ないじゃないか。
それならば。
残してゆく人の事を想う事しか、出来ない。
「殿下。今世の貴方は優しすぎる。その甘さは命取りにすらなります。……明日の僕の処刑が実行された後、速やかに事の真相を探って下さい。本来なら僕が毒を煽る筈だったんだ。それが、救世の巫子の周りから消していこうという相手の魂胆だったとしたら、次に危ないのは殿下なのですから。僕が死んで、相手が安心しきった時がチャンスです。その機を絶対に逃してはなりません。」
「!」
瞠目する王太子に、僕は遺言の様に彼に託す。
託す相手が貴方なのが、何とも皮肉で仕方が無いが。
「さぁ、もう行って下さい!貴方が今するべき事は、僕を憐れむ事では無い筈です。早く戻って、生死を彷徨っているカイトを支えてあげて下さい。そして、もし万が一、早くに回復出来たとしても……明日の処刑場へは決して彼を連れて来てはいけません。僕でも絆されるくらい、アイツは僕に懐いていたんだ。そんな場に居合わせたらどうなるか……貴方だって分かりますよね?」
試すように僕が問うと、王太子は力なく頷いた。
ようやく、何をすべきか悟ったのか。
王太子は……「助けられず、すまない。」と、それだけ言って力無くこの場を去って行った。
いずれこの国を統治する者ならば、その覚悟は既におありでしょう。
僕の言った意味も、もちろん承知しておられる筈だ。
それでも、王太子はまだ渋っている様で。
「殿下。……陛下は…何と?」
何の感情も表さずに、僕はただ王太子を見上げる。
王太子の方が、とても苦しそうだ。
まるで立場が逆みたいに。
王太子はしばらく言い淀んだが、それでも口を開いた。
「明日の朝、速やかに処刑を実行する……と。」
「絞首刑ですか?それとも、ギロチン?」
淡々と尋ねる僕に、王太子は泣きそうな目をした。
「……ギロチン、だと。」
「……良かった。流石陛下。賢明で慈悲深い御方だ。」
「そんな筈っ」
「いいえ、そうですよ。絞首刑はきっと苦しいですから。先程、兵に捕らえられた時も、首を抑えつけられて苦しかったので。でも、ギロチンなら一瞬です。恐らく痛みも感じずに逝ける。」
「何でそんなっ……!君は怖くないのか!?」
信じられないモノを見る様な目で見て来る王太子に、僕は自嘲してしまう。
「ハハッ。貴方がそれを仰いますか。……ギロチンで死ぬより、馬車で転落死する方が、よっぽど怖い。」
怖い思いなら、もう充分味わってきた。
シルヴィアの時、何を言っても貴方に信じてもらえなかった事。
再起を信じて貴方の命に従ったのに、転落死してしまった事。
死に戻ってシリルとして意識を取り戻した事。
貴方の冷たい態度を二度と感じたくなくて、ずっと関わるのを避けてきた事。
シルヴィアの死の原因でもある救世の巫子と再び相まみえた事。
避ければ避ける程、巫子が……カイトが、追いかけて来る事。
そのカイトに……心を許してしまった事。
友達だと思えた、そのカイトが……僕の眼前で、崩れ落ちていった事。
前世で見捨てられたと思っていた貴方に、今世になって、こうやって惜しまれてしまっている事。
————その全てが恐ろしい。
もう、何もかも、終わりにしたいのだ。
だから。
僕を少しでも哀れに思うなら、どうかこのまま見守ってくれ。
そして、願う事なら……。
「ただ……叶うなら……」
「何だ?!」
「僕が処刑されても、公爵家にはどうか、出来る限りお咎めが無い様に願います。……家族を、巻き込みたくはない。全く無しというのは無理だとは分かっています。それでも、僕はずっと……叔父様にクレイン家を継いで欲しかった。そして、望んでくれたなら…いずれ、いとこのリチャードが立派に後を継いでくれて、その妹のシャーロットが好きな人と結ばれて、誰よりも幸せになって欲しかった。ただ、それだけだったんだ……」
「シリル……君はっ」
君自身の望みは、無かったのか?
そう、問われて。
だから、それが僕自身の望みです。と呟いた。
自分自身の望み?
そんなもの。
この日を乗り越えられれば、何だって出来そうな気がしたが。
やっぱり出来ないじゃないか。
それならば。
残してゆく人の事を想う事しか、出来ない。
「殿下。今世の貴方は優しすぎる。その甘さは命取りにすらなります。……明日の僕の処刑が実行された後、速やかに事の真相を探って下さい。本来なら僕が毒を煽る筈だったんだ。それが、救世の巫子の周りから消していこうという相手の魂胆だったとしたら、次に危ないのは殿下なのですから。僕が死んで、相手が安心しきった時がチャンスです。その機を絶対に逃してはなりません。」
「!」
瞠目する王太子に、僕は遺言の様に彼に託す。
託す相手が貴方なのが、何とも皮肉で仕方が無いが。
「さぁ、もう行って下さい!貴方が今するべき事は、僕を憐れむ事では無い筈です。早く戻って、生死を彷徨っているカイトを支えてあげて下さい。そして、もし万が一、早くに回復出来たとしても……明日の処刑場へは決して彼を連れて来てはいけません。僕でも絆されるくらい、アイツは僕に懐いていたんだ。そんな場に居合わせたらどうなるか……貴方だって分かりますよね?」
試すように僕が問うと、王太子は力なく頷いた。
ようやく、何をすべきか悟ったのか。
王太子は……「助けられず、すまない。」と、それだけ言って力無くこの場を去って行った。
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