全てを諦めた公爵令息の開き直り

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第1章

33話 毒

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「あ、」
「コレはだぁめ!シリルは水飲んで、少し休憩した方がいいよ。」

カイトはそう言うと、僕の手から勝手にワイングラスを奪い取り、僕が取り返す前にその中身をぐいっと飲み干してしまった。

「おい!やるなんて言ってないぞ。」

いつもの事ながら、本当に勝手だ。
僕はカイトに抗議しようと其方へ振り向くと。

「……ブハッ!」

飲み干したワインよりも紅い、鮮血を多量に噴出し。
その返り血を浴びた僕の眼前から、カイトは崩れ落ちて、その場に倒れ込んだのだった。

「……は?」

今、目の前で何が起きたのか。
直ぐに判断が出来ない。
金縛りにでもあった様に動かない体だが、目だけはカイトの姿を探して、見下ろした先に居た彼は、鮮血の海に倒れ込んだまま動かない。

「かっ……カイト!!」

ようやく彼の名を呼べた時、この会場全ての空気が変わった。

「きゃぁぁぁ———!!」

誰かの耳をつんざく悲鳴と共に、皆が異変に気付いた。
カイトが、救世の巫子が、倒れた————!

この有り得ない異常事態に、誰もがパニックになりかけた時。
僕はおずおずと彼に手を伸ばして、震える膝を折った瞬間。

「うぐっ」

側に居た兵士達に両側から槍で僕の首を挟まれ、その動き一切を封じられた。
そして、有無を言わさず床に押し付けられたのだった。

「カイトッ!しっかりしろカイト!!」

人並みを分けて駆け寄った王太子が、自身の純白の衣装が血で染まる事も厭わず、必死にカイトを抱え上げて呼び掛ける。

「はぁっ……はぁ…」

息はある。
ある、が……凄く弱々しい。
先程迄の元気いっぱいで朗らかな彼からは想像も出来ない程、その顔からは血の気が引いていた。

カイトは直ぐに侍医達の元へと運ばれていって。
その様子を僕は、兵士に押さえつけられたまま、顔だけ横を向け、目だけで追っていた。

が、その視界が不意に遮られる。
王太子の靴だ。

彼は、カイトを見送ると、酷く心配げな表情から瞬間に、厳しい表情となり、僕を見下ろしていた。

「で…んか…」

僕は床に押さえつけられている所為で、声もまともに出せないまま、何とか王太子に呼び掛けたが。
王太子は、信じられない程厳しい表情で僕を睨みつけている。

また、殿下に見下ろされている。
またしても、仇を見る様な目で。

「どういう事だ。何故、クレイン公子が抑えつけられている。」
「っ」

何か言おうにも、強く抑えつけられ過ぎて、声を出すのも難しい。
呻くのが精一杯の僕に代わり、抑えつけている兵士達が答えた。

「は!カイト様はこの者と話されていたのですが、その後、カイト様はこの者が手にしていたグラスを受け取られ、そのまま飲まれた所、血を吐かれて倒れられたのです。」
「そんな…」
「っ」

何の抵抗もしていないのに、兵士達は僕を絶対に逃さないとばかりに、ギリギリと締め上げて来る。
喉が苦しい。
息をする事すら厳しくなってきて、ただでさえ放心状態だった僕は、酸素を取り込むことすらままならなくなってくる。
意識が朦朧とし出した時、急に両脇から抱えられて、無理矢理に立たせられた。

されるがままに動かされ、虚ろな顔で視界を見渡すと。
誰もが、僕を信じられない恐ろしい悪魔でも見る様な目で見てきて。

(あぁ……)

これはもう、駄目だな。
僕の中で何かが崩れ去る心地がした。
すり減りながらも残っていた、何かが。

「……どういう事だ、シリル。答えるんだ!でないと……」
「………」

皆が僕を犯人と決めつけて注目している中、王太子はそれでもまだ信じられない、と僕に必死に問うてくれたが。
僕はもう、何も答えなかった。
答えられなかったんだ。

僕だって、分からない。
何が起きたのか。
どうして、こんな事になってしまったのか。

「……っ!————シリル・クレイン公子、そなたを救世の巫子毒殺未遂の容疑で拘束する!」

王太子は、グッと唇を噛み締めて、絞り出すようにそう告げると。
僕は何の感慨も無い表情で俯き、兵士達に捕らえられて、王宮の地下牢に放り込まれたのだった————…。
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