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第1章

7話 令嬢の諦念

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「あ!待って、シルヴィア嬢!そのっ」

慌てて私を引き留めようとするカレンを。
意を決して振り返り見て、やっぱり堪え切れなかった。

「流石は救世の巫女なのね。こんな私も救おうとして下さるの?でも、それは無理だわ。どんなに天災を救えても…人の病を癒せても……人の心までは救えない。」

そう、言い切ってしまうと、もう、どうでもよくなった。
何もかもが。

カレンの静止を振り切って、私は卒業パーティーの会場を飛び出した。
何も知らない門番に、ただ帰るのだと告げると、馬車もまだなのにと訝しがられたが、気にせず走って出て行った。

私は王太子妃となるべく育て上げられた筈だったのに。
その期待に応えようと、出来る限りの事はしてきたつもり、だったのに。

いくらその努力を認めてくれたとしても。
肝心の所で信じてもらえないのでは意味がない。

彼は、ユリウスは、私よりも彼女をとった。

国の行く末を考えれば、救世の巫女を王室に迎えた方が賢明だろう。
でも、それ以上に。
彼女その人を選んだのだろう。
自分は、選ばれなかった。
十年以上共に過ごして、励ましあって。

そこに恋は無かったけれど、愛なら確かにあった筈だ。
でも、脆くも崩れ去った。
それだけの事。

(それだけの事よ)

そう、自分に言い聞かせた。

だって、あの卒業パーティーだって。
本当ならユリウスは私をエスコートする筈だった。
婚約者として。
でも、彼がエスコートしていたのは私ではなくカレンだった。

そのカレンがいくら私に同情したって、自分が軽率だったと反省したって。
平民出だから、貴族の礼儀しきたりは詳しくないからって。

エスコートくらいはわかるでしょ。
しらなくても、王宮の者に教えられる筈だわ。
それなのに、彼のエスコートを受けてあの会場に一緒に来た時点で、カレンにもその気があったという事でしょう?

私から彼を奪う気でいたのでしょう?
だったら、彼と一緒に私を追い詰めれば良かったじゃない。
あんな風にされたら……ただただ惨めだ。

「もう嫌……」

これ以上、もう何もしたくない。
考えるのも嫌だった。
なりふり構わず必死に走って来たけれど、もう走る気力もない。

(もう、何もしたくない……)

息をするのも嫌になって。
月明かりの元、ぼんやり前を眺めていると、見えてきたのが小さな湖畔の公園だった。
恋人たちの格好のデートスポットでもある。
私も昔、殿下とここでお喋りを楽しんだり、ボートに乗って一緒に楽しんだりもした。

それも、もう望めない。

不意に、湖の水面に映る月明かりが揺らめいた。
そこには懐かしい、今は亡き両親の魂が揺れている様に見えた。

「おとうさま……おかあさま……」

あなた方がお決めになった幸せな将来は、無くなってしまいました。
私が、ダメにしてしまいました。
……ごめんなさい。
どうか、許して。

水面の月明かりは優しく揺れるだけ。
私も、その優しさに包まれたい。
寂しすぎて。
どうしても甘えてしまいたかった。
そうして、その水面に近付き、私は。
そのままその水面の中へと沈み、帰らなかった。
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