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【第五章】崩壊する聖女神話、暴かれる嘘
54 新たな幕開け――私はもう“悪役令嬢”ではない
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リリィが失墜し、学園祭の熱狂もひと段落ついた数日後。学内では私たちの“断罪未遂婚約”が改めて話題になっていた。もはや、私を“悪役令嬢”と呼ぶ声はほとんどなく、むしろ「殿下に認められた公爵令嬢」として敬意を払われることが増えている。
一部で「リリィが倒れたのはセレナが仕組んだ罠じゃないか」と邪推する者もいるが、確たる根拠を示せる者はおらず、むしろ彼女が禁術を使ったという噂のほうがじわじわ広まっている。
そう、ついに学園の空気が私に味方し始めたのだ。転生したときには考えられなかった大きな変化。
「セレナ様、授業後に王子が控室でお待ちとのことです。舞踏会の件で追加のお礼を伝えたいそうです」
昼下がり、ノエルがそう告げる。私は笑みを浮かべて「わかったわ」と返事をしながら、胸の奥がくすぐったい感覚に包まれる。――悪役令嬢だった私が、今や堂々と王子に会いに行く日常ができ上がっている。
前世の私なら、一条の願望が叶ったようで、むしろ落ち着かないくらい興奮するだろう。今の私は少しだけ“当然”と思えるようになってしまったのが不思議だ。
授業を終え、アレクシスと会うために校舎の特別室へ足を運ぶ。彼は騎士を下がらせており、一人で待っていた。私が姿を見せると「よう」と穏やかに笑う。
「改めて……学園祭はありがとう。お前のおかげで、結果的に大成功で終われた」
「リリィの騒動があったけど、その後処理は大変じゃないの?」
私が尋ねると、彼は困惑気味に肩をすくめる。
「父王や宮廷魔術師と協議中だ。詳しくはまだ話せないが、リリィは近々王都に移送される。罪人扱いになるのは免れないだろう。……お前には申し訳ないが、しばらく証言をしてもらう機会があると思う」
「ううん、かまわないわ。私も真実を伝えるだけ。それでいいんでしょう?」
「ああ、助かるよ」
そう言うアレクシスの目には、やや暗い影がある。いくらリリィが自業自得とはいえ、国の未来を期待されていた“聖女”が転落するのは、王子としても心苦しいのだろう。
だから私は、できるだけ明るい調子で続ける。
「あなたが気に病むことはないわ。私は前にも言ったけど、リリィの破滅は、私たちが生きるために必要な道だった。それが、ゲームに縛られないってことよ」
彼は少し考え込んでいたが、やがて安堵の笑みを浮かべる。
「そうだな。俺はお前の生き方を否定する気はない。これから先、どんな道でも一緒に進むよ。――ま、王家としての責任があるから、時間はかかるかもしれないが、いずれ公爵家にも正式に挨拶をしたい」
言いながら、アレクシスが私の手を握り、そっと口づけを落とす。まるでプロポーズめいた仕草に、私はまたしても頬を染めるが、拒む理由は何もない。
(悪役令嬢から、王子の婚約者へ――本当に私は変わったんだ)
私も彼の手を軽く握り返し、かすかに微笑む。そこには、もう“興味がない”自分はいなかった。
「ありがとう……。私も、あなたの王妃になる準備を、少しずつ始めようかな」
そう告げると、彼は満面の笑みを浮かべ、そして私を抱き寄せる。――いつかきちんと言葉にするつもりだ。その時には私も素直に返事をしようと心に決める。
王家との婚約、転生者同士のしがらみ、リリィの罪――問題は山積みだが、今の私はもう“悪役”のレッテルに怯えることなく、アレクシスの隣に立てるはずだ。
ドアの外ではノエルが見張りをしているのだろうが、私はあえて気にせず、彼の胸に顔を埋める。幸せと罪悪感が入り混じった感覚に溺れそうになるが、それが私の選んだ現実なのだと受け止める。
(崩壊する聖女神話、暴かれる嘘……。それを乗り越えて、私とアレクシスは新しい道を歩み始める。これが、リリィの世界では絶対にありえなかった“バッドエンド”の逆転。だけど、私たちにとってはハッピーエンドの始まりなのかもしれない)
心の中でそう呟きながら、私はそっと目を閉じる。――ご都合展開が消え去った学園で、私たちはさらに先を見据えるのだ。
一部で「リリィが倒れたのはセレナが仕組んだ罠じゃないか」と邪推する者もいるが、確たる根拠を示せる者はおらず、むしろ彼女が禁術を使ったという噂のほうがじわじわ広まっている。
そう、ついに学園の空気が私に味方し始めたのだ。転生したときには考えられなかった大きな変化。
「セレナ様、授業後に王子が控室でお待ちとのことです。舞踏会の件で追加のお礼を伝えたいそうです」
昼下がり、ノエルがそう告げる。私は笑みを浮かべて「わかったわ」と返事をしながら、胸の奥がくすぐったい感覚に包まれる。――悪役令嬢だった私が、今や堂々と王子に会いに行く日常ができ上がっている。
前世の私なら、一条の願望が叶ったようで、むしろ落ち着かないくらい興奮するだろう。今の私は少しだけ“当然”と思えるようになってしまったのが不思議だ。
授業を終え、アレクシスと会うために校舎の特別室へ足を運ぶ。彼は騎士を下がらせており、一人で待っていた。私が姿を見せると「よう」と穏やかに笑う。
「改めて……学園祭はありがとう。お前のおかげで、結果的に大成功で終われた」
「リリィの騒動があったけど、その後処理は大変じゃないの?」
私が尋ねると、彼は困惑気味に肩をすくめる。
「父王や宮廷魔術師と協議中だ。詳しくはまだ話せないが、リリィは近々王都に移送される。罪人扱いになるのは免れないだろう。……お前には申し訳ないが、しばらく証言をしてもらう機会があると思う」
「ううん、かまわないわ。私も真実を伝えるだけ。それでいいんでしょう?」
「ああ、助かるよ」
そう言うアレクシスの目には、やや暗い影がある。いくらリリィが自業自得とはいえ、国の未来を期待されていた“聖女”が転落するのは、王子としても心苦しいのだろう。
だから私は、できるだけ明るい調子で続ける。
「あなたが気に病むことはないわ。私は前にも言ったけど、リリィの破滅は、私たちが生きるために必要な道だった。それが、ゲームに縛られないってことよ」
彼は少し考え込んでいたが、やがて安堵の笑みを浮かべる。
「そうだな。俺はお前の生き方を否定する気はない。これから先、どんな道でも一緒に進むよ。――ま、王家としての責任があるから、時間はかかるかもしれないが、いずれ公爵家にも正式に挨拶をしたい」
言いながら、アレクシスが私の手を握り、そっと口づけを落とす。まるでプロポーズめいた仕草に、私はまたしても頬を染めるが、拒む理由は何もない。
(悪役令嬢から、王子の婚約者へ――本当に私は変わったんだ)
私も彼の手を軽く握り返し、かすかに微笑む。そこには、もう“興味がない”自分はいなかった。
「ありがとう……。私も、あなたの王妃になる準備を、少しずつ始めようかな」
そう告げると、彼は満面の笑みを浮かべ、そして私を抱き寄せる。――いつかきちんと言葉にするつもりだ。その時には私も素直に返事をしようと心に決める。
王家との婚約、転生者同士のしがらみ、リリィの罪――問題は山積みだが、今の私はもう“悪役”のレッテルに怯えることなく、アレクシスの隣に立てるはずだ。
ドアの外ではノエルが見張りをしているのだろうが、私はあえて気にせず、彼の胸に顔を埋める。幸せと罪悪感が入り混じった感覚に溺れそうになるが、それが私の選んだ現実なのだと受け止める。
(崩壊する聖女神話、暴かれる嘘……。それを乗り越えて、私とアレクシスは新しい道を歩み始める。これが、リリィの世界では絶対にありえなかった“バッドエンド”の逆転。だけど、私たちにとってはハッピーエンドの始まりなのかもしれない)
心の中でそう呟きながら、私はそっと目を閉じる。――ご都合展開が消え去った学園で、私たちはさらに先を見据えるのだ。
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