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運命が残酷すぎるだろ
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しおりを挟む壮大な中庭には色彩豊かな花々が瑞々しく咲き誇り、庭師により洗礼された優美な庭だった。中央の清らかな水を湛えた大きな噴水には精巧なライオンの石像があり、東屋から一望できる造りになっている。
白いレース模様のテーブルクロスの上の三段スタンドには、赤い苺と生クリームが添えられたいちごのムースケーキやチョコチップが散りばめられたサクサクのクッキー。濃厚なミルクのバニラアイスクリーム。ブルーベリーやイチゴ等、新鮮で瑞々しい果実が贅沢に使用されたタルト。サクサクのバタースコーンに、一口サイズの色味豊かなマカロンがある。
スタンドの傍には蜂蜜や砂糖、ミルク、バター等が用意されており、平常であれば胸を弾ませるような煌びやかな光景だ。ティーカップには透き通るような温かな色をした紅茶が注がれ、一口飲めば、芳しい香りが胸を満たす。
だがーーまるで囚人の気分ね。
傍には側近や侍従や侍女が控えており、離れた周囲を近衛兵が警備で固めている。目の前では静かに紅茶を飲むルーヴァニがテーブルを挟んで座り、勿論視線が私に向けられることはない。
その背後へ密かに視線をやれば、年齢はルーヴァニよりも上だろう。側近らしき精悍な顔立ちをした麗しい男性が傍に控えており、主君と相まってまるで堅牢な檻にいるような錯覚さえする。
記憶の情報や身近な人間から聞いていた話から察するに、ルーヴァニの忠実な臣下であるギオルド・フウレだ。唯一ルーヴァニが信頼を置く優秀な存在であり、弱冠16歳の最年少で第一王子の側近という身分までのし上がり、現在はルーヴァニ直属の近衛騎士団隊長を務める偉業の経歴の持ち主だ。
元は平民の出という身分の低さから最下級の兵卒だったが、年に一度夏に開催される、階級に関係なく自由参加が許されている王国一の剣士の座を争う闘技大会で猛者たちから圧勝し、王国一の剣士の名誉を賜った際に国王の目に留まったのだ。それが五年前の話だ。
その過去から恩人である国王のことを敬愛しており、その息子であり、剣を習うやいなやその年の剣闘技大会で無敗を誇っていたギオルドから初出場で優勝を攫ったルーヴァニに敬服し、永劫の忠誠を誓っている。
厳格な見た目とは裏腹に、普段は穏やかで騎士団隊長の風格にふさわしく面倒見も良く、誰に対しても分け隔てなく優しい包容力の持ち主だが、ルーヴァニに関しての事になると冷酷に豹変し、友であろうと躊躇いなく手を掛ける。フィリリアからの悪質な虐めに耐えていたシトアの異変に気付いたルーヴァニの命を受け、フィリリアの悪事をすぐに突き止め、主人であるルーヴァニに余すところなく報告し命令のままに突き出したのはギオルドだ。
ルーヴァニの次に、私の敵だ。
「殿下の側近でおられるギオルド・フウレ様ですね。お話に聞いて想像していたよりも逞しく素敵ですわ。殿下に続く剣の腕の持ち主であることも頷けますわ」
私の視線には気づいていだろうに、鋭い朝露の瞳を伏せ、静観していたギオルドを真っ直ぐに見つめて声を掛ければ、ギオルドは視線を上げて意外そうな顔をする。
視線には気づかれていても、婚約者であるルーヴァニとの初の時間での第一声を、肝心の婚約者を無視してその側近に掛けたのだから、ギオルドの反応は当然だ。
だが、驚いていたのは一瞬で、すぐさまルーヴァニに鋭い視線を走らせる。主君であるルーヴァニから許可を戴くその様は知っている通りの人物で、背筋が冷たく張るのを感じる。
私の敵はなんでこうもチートみたいな奴等なんだろう。目の前に神様がいたのなら、思いっきり恨みつらみを籠めた罵詈雑言で罵りまくり、全身ボコボコにして殺してやるのに。
「フェミリアル公爵令嬢にご存じ頂けており、光栄に存じます。そのうえ、お褒めの言葉まで賜り、誠に恐縮でございます」
にこりと笑う表情は穏やかで、人当たりの良さに溢れている。内情を知らなければ心を絆され、騙されていた事だろう。
油断すればこの人に殺される。ギオルドにとっては社交辞令の真に恐縮なのは、考えるまでもなく私の方だ。
「幼いという事で今は叶わないのですが、いずれは公爵に許可を戴いて二方の雄姿を拝見したいと楽しみにしております」
絶対に見たくない。そんなのを目の前に見た日には、自分が斬り殺される時を想像して最悪な気分になるのは目に見えていた。
「そのようにおっしゃっていただき、光栄に存じます。近頃は闘技大会への出場を控えておりましたが、ファミリアル公爵令嬢がお見かけになられる機会がありましたら、誠心誠意切磋琢磨させていただきたく存じます。殿下には及びませんが」
――いや、いらない。そんな誠意全くもっていらないから。
そんな内心の本音など当然吐露できるわけもなく、楽しみにしていると告げて、にこにこと胸を弾ませているような様子を装う。
ギオルドがさりげなく話題を振った当の本人は、意に介した様子はなく全く他人の顔をして紅茶を飲んでいる。お菓子には全く手をつけていない。
「殿下は、この国一番の剣士だと伺っておりますわ。この世の全てを網羅していると讃えられる程に知性にも溢れたお方で、私の年齢には大学の教育を修了され、博士号にふさわしい成績でいらっしゃるとのことから、多くの方々から羨望と尊敬を集めていらっしゃると、皆が口にしておりましたわ」
本当は話掛けたくなどないのが本音だが、自分の立場を考えればメインの相手をそっちの気で他者とはしたなく話に華を咲かせれば、下がるのは私の品位だ。加えてギオルドは、崇拝していると言って過言ではない程にルーヴァニを敬拝している。話を振った事からも、ルーヴァニを疎かにするのはギオルドの心情に良い印象を与えないのは容易に考えられた。
その証拠という程大したものではないが、私の対象がルーヴァニに移った途端、何事もなかったように再びひっそりと側に仕えている。
「……そなたは、一週間という長い期間と生死を彷徨う程の高熱の病の危機を脱してから、人が変わったようだと聞いている」
まさかルーヴァ二から全うな返事が返ってくるとは思わず驚けば、まるで探る様な鋭い視線に見据えられ、告げられた内容にひやりと背筋に寒気が走る。
人が変わったというのは、考えなくても前世の記憶を思い出したせいだろう。記憶を失う前は両親から一心に愛情を受け甘やかされた結果、欲望に忠実に生きて思うが儘に振る舞い、使用人を不当に扱ったりと周囲を散々困らせてきた。
でも、目覚めて前世の記憶を全て辿ってからは今までの行いが非常識である事を目の当たりにしてきたような不思議な理解があり、再び傍若無人に振る舞う気にはなれないのだ。
十年間ただの一人の人間として生きてきたから前世であろうと他人の記憶という情報源のようにしか思えないから人格がすべて変わったわけではないが、以前よりは断然まともに成長した筈だ。
「殿下にお気に掛けて頂いて嬉しいですわ。病に苦しむ中、私は今までの自らの愚かさを悔いる事ができ、再びこの命を神に許されました。これは、殿下にふさわしい淑女になるように一層努力致しなさいという神の啓示だと思っております。もしその成果が殿下の耳に入る程に周囲の目に表れているのなら、とても喜ばしく思います」
心は身も心も清く美しい修道女の気持ちで、いかにも死の淵から復活した人間にありそうな真っ当な理由を述べる。
以前の私の事を考えれば人によっては多少腑に落ちないかもしれないけど、ルーヴァ二はそこまで婚約者のフィリリアの事は気にしていなかっただろう。
我ながら良い理由だわと満足して紅茶を飲もうとするが、気に掛かる事にルーヴァ二の視線が何故か私から逸れず、まるで一挙一動を監視されているような気持に紅茶が飲めない。
「確かに、そなたが言うような症例は少なからず存在している」
引っ掛かる物言いだ。腹の探り合いでもされているかのような心地の悪さに紅茶はもう飲む気になれなかったけど、ティーカップを掴む指だけが心の拠り所のように思えて手放す事はしない。
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