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第23話 鉱山・解放

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 老兵達は走っていた。
  先行したアリシアが鉱山の門を破壊し、中の建物をめちゃくちゃにしてパニックを引き起こす。
  その間に彼らはエルの手引きで同胞が捕まっている掘っ立て小屋を目指していた。
  順調だった。アリシアの活躍で兵士達の指揮系統が麻痺していたお陰だ。
  老人達は全速力で鉱山を駆け抜けた。

 「今回の作戦は早さが命だ!」

  それはアリシアと共に居た少年の言葉だった。
  正直言って体も細いし全然頼りにならなそうな小僧であったが、アリシアが頼りにしている以上それなりに役に立つのだろう。彼等はそう納得する事にして少年の言葉に従っていた。

 「むっ! 何者だ貴様等!!」

  廃墟となった鉱山の建物から逃げてきたのだろうボロボロの兵士達が老兵達を見つける。

  一瞬動揺したものの、老兵達は気を取り直して大盾を構えた。

  兵士達の姿がボロボロだったのが功を奏したといえる。

 「突っ込めぇぇぇ!!」

 「「「「おおぅ!!」」」」 

  大盾を持った前衛が全力で突撃する。

 「くっ! 応戦だ!!」

  兵士達が剣を構えて老兵に切りかかるが、守りに徹した盾を貫く事はできなかった。

 「察すがオリビア嬢ちゃんの盾だわい!」

 「ああ、伊達に胸がデカい訳じゃないな」

 「寧ろあの胸が凶器じゃ!!」

 「全くだ!!」

 「「「「ははははは!!」」」」

  老兵達が軽口を叩きながら兵士の攻撃を耐える。
  それは戦闘の恐怖から逃れる為の逃避行動だったが、その余裕振りが兵士達に不気味なモノを感じさせた。

 「今じゃ! 突けぃ!!」

  盾に響く衝撃が止まった事で兵士が息切れを起した事を察した老兵が後衛に対して声をかける。

 「応よ!!」

  盾役と盾役のスキマから槍が突き出される。
  通常の槍よりも長いそれは老兵の身を敵の攻撃から守りながら一方的なリーチで攻撃を加えた。

 「ぐぁぁ!!」

  老兵達が防御と攻撃を交互に繰り返して兵士達を圧倒する。
  元々数で劣っていた上に負傷していた兵士達に勝ち目はなかった。
  そうしてそれほどの時間もかからずピーシェンの兵士達は全滅する事となった。

 「ワシ等が勝った」

 「ピーシェンの兵隊に勝った!!」

  単純に有利な状況だから勝てたというだけの話だったが、その事実は彼らに自信という武器を与えた。
  年老いた身ゆえ先の事を恐れる必要がないという事実。
  これ以上搾取されれば生きていく事などできないという事実。
  それに加えて敵に戦闘で勝てたという事実が加わり彼等は『死兵』となった。それは職業ではない。
  それは心のありようだった。
  恐れるものの無くなった老兵達は無心で前進した。
  敵を見つければ突撃し、敵に見つかれば突撃した。
  負傷者は出た、だが命の危険はない。
  負傷者は後衛に回され怪我の手当てをしたら後方の警戒役になる。
  負傷者及び疲労した者は後方に周り回復を待つ。
  そうする事で老兵達は常に余力を保っていた。
  コレも少年、タカヤの発案だった。
  それができたのもアリシアが鉱山内の建物を手当たり次第に破壊して回ったからだ。
  エルの情報から囚われている人間達の居る場所がわかっているからこその英断的戦術だった。
  老人達は突き進む。
  家族を救う為。
  敵を倒す為。
  目的の為なら己が死すらもいとわぬ生きた槍衾となって駆け抜けた。
  その間にアリシアが戦闘不能に陥ったり、カミーラとの決闘が行われていたが、互いの役目を完全に独立させていた彼等はアリシアの勝利を断定して突き進んだ。
  どうせ負ければ皆殺しだからだ。

  そして老兵達は家族が閉じ込められた掘っ立て小屋を発見した。
  だがそこは今まさにピーシェンの兵士達によって家族が人質にされようとしている現場だった。
  老兵達は本能的に駆け出した。
  このまま家族を人質にされたら自分達は闘えなくなる。
  だから戦場を混乱させる事を選んだ。
  自分達の姿を大盾に隠し、誰一人言葉を発さず盾のスキマから長槍を突き出し全員が突撃する。

 「はっ!? だ、誰だお前等は!?」 

 「て、敵襲! 敵襲!!」

  敵に発見される。
  当然だ。大盾を構えて突撃しているのだから。

 「お、お前等この人質が見えないの……うわぁぁぁ!!」

  兵士の一人が人質に剣を突きつけ脅すが、老兵達がかまわず突っ込んでくるのを見て人質を突き放して逃げ出す。
  これもタカヤの言葉だった。

 「人質をとられたら無視して突っ込め。人質と関係ない赤の他人だから人質をとっても無駄だと思わせるんだ!」

  なんとも滅茶苦茶な理屈だが、それが上手く言った。
  兵士達は大盾に隠れた老兵達が他国の軍隊だと勘違いしたのだ。

 「た、隊列を整えろ! 応戦だ!!」

  兵士達が残った仲間を集めて応戦の構えを見せる。
  老兵達は臆する事無く兵士達に向かって盾を突き出しながら突撃を再開した。

 「い、一体どうなってるんだ!?」

  人質にされる所だった男が目の前で行われている状況に困惑する。
  老兵達が通り過ぎて行った事で彼には襲ってきた相手が老人の集団だと理解できたからだ。
  しかもその姿は普段見慣れた町の老人達である。

 「助けに来ました!」

  老兵達の中から一人だけ若い男がやって来る。

 「お、お前! エル……か?」

  それはつい数日前まで自分達と一緒に鉱山で働かされていたエルだった。

 「はい。皆さんを助けに来ました」

 「助けに来たって、一体何が起こってるんだ?」

  現状が理解できずエルに答えを求める。

 「詳しい話は後で。それよりも早く皆を避難させてください。時間が有りません」

 「だがよう、いくら逃げた所で……」

  逃げても再び町にやってきた兵隊に捕まる。
  その事実が男から逃げる気力を奪い去っていた。
  だが、そんな事は救出に来た老兵達には関係がない。

 「なーに情けない事言っとるかこの馬鹿息子!!」

 「お、親父!?」

  男を叱りつけたのは男の父親だった。

 「な、何で親父が?」

 「やかましい! 話は後っつったろうが! いいから逃げるんだよ! つべこべ抜かすとこの槍でぶっ刺すぞ!!」

  男の父親が男に向けて問答無用で槍を突き出してくる。

 「おわぁぁぁぁ!!」

  男が転げながら回避すると槍は地面に突き刺さっていた。

 「こ、殺す気かよ!!」

 「やかましい! お前がグダグダ言ってたら逃げらんねぇだろうが! 良いからさっさと逃げる手伝いをしやがれ!!」

 「ひぇぇぇぇ!」

  男の父親が槍を振り上げると今度こそ刺されると思った男が掘っ立て小屋に飛び込んで行く。

 「逃げろ! ここに居たら殺されるぞ!!」

  突然掘っ立て小屋に飛び込んできた仲間の必死の形相に危機感を感じた労働者達は逃げるべきか迷った。
  そして更に事態を動かす出来事が起こる。
  轟音と共に鉱山が揺れたのだ。
  それはウルザの闘技であった。
  だが鉱山で働いていた彼等はこう思った。

 「地震だ!」

  鉱山での地震は命に関わる。落盤、地すべり、落石、失われた命は少なくない。
  地震の恐怖に恐れた労働者達は我先にと外へ逃げ出し始める。 

 「や、やりすぎじゃあ?」

  エルが額に汗を垂らしながら蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた人々を眺める。

 「あの馬鹿息子にはアレくらいで良いんじゃ。そんじゃあワシも戦ってくるわ!!」

  そう言って男の父親は戦線に突撃して行った。

  こうして老兵達の活躍で人質は無事逃げ出す事に成功した。
  更にビルクがウルザによって倒された事で、鉱山内のピーシェンの兵士達は逃亡を開始。
  結果鉱山から敵勢力が一掃される事となった。

 「ワシ等の勝ちじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

  鉱山に、老人達の雄たけびが響き渡った。

  ◆

『敵防衛戦力を撃退した事で領地を獲得しました。アシアダ鉱山がファーコミン領になりました。王の館からアシアダ鉱山までの道と土地、ツーコンからアシアダ鉱山までの道と土地がファーコミンの領地になりました。アリシア=ディクスシスのステータスがUPしました。イミアのステータスがUPしました、ウルザ=リベイシックのステータスがUPしました。エルのステータスがUPしました。オリビアのステータスがUPしました。キングLvが1から2にUPしました。ボーナスポイントが5増えました。城が拡張されました』

 「え?」

  タカヤの耳にいつものマシンボイスが聞こえる。
  しかしその内容はいつもとは少し違った。

 (Lv? この世界にはLvがあるのか? ステータスとか言うくらいだからLvがあってもおかしくはないけどさ。それにボーナスポイント……ますますゲームの世界みたいだな。そういや城の拡張とか言ってたけどどういう事だ? ゲーム的に考えればあの館を増設できるって所かな)

 「ウルザ様。本当にウルザ様なのですね!」

  アリシアの声でタカヤの意識が現実に引き戻される。

 「……」

  しかしウルザはアリシアの声に答えない。

 「ウルザ様?」

  次の瞬間ウルザの巨体が掻き消えた。

 「え? ウ、ウルザ様!?」

  アリシアはウルザの姿を探す。
  しかしウルザは何処にも見当たらない。

 「っ!」

  その光景を見たタカヤが突然走りだす。

 「気が早いにも程があるだろ!!」

  ◆

 鉱山の入り口にウルザの姿はあった。

 「アリシアに会わなくていいんですか?」

  驚いたウルザが後ろを見ると、そこには肩で息をするタカヤの姿画あった。

 「君こそ、アリシア様の傍にいなくていいのかい?」

  タカヤは必要ないと首を振る。

 「そっちこそ……少しくらい話をしてあげてもいいんじゃないですか?」

  ウルザもまた首を振る。

 「俺にはまだやらねばならない事がある。幸い、君のお陰で俺は再び騎士の力を得る事が出来た。コレなら陛下より賜った使命を果たす事が出来る!」

  ウルザが拳を握り締め会心の笑みを浮かべる。
  しかしタカヤはそれ所ではなかった。
  先ほどの契約でウルザに唇を奪われた事を思い出してしまったのだ。

 (待て待て待て、確かにこの人は美形だし女みたいにきれいだけど、だけど! 男なんだよぉぉぉぉぉ!!)

  思い出してしまった所為で悶えるタカヤ。
  そんなタカヤの姿を見てニマニマといやらしい笑みを浮かべるウルザ。

 「どうした? もしかして私とのキスが忘れられないのか?」

  明らかにからかわれている。
  だがそれに対してムキになったら余計からかわれる、そう直感したタカヤは反撃に出た。

 「そうなんですよ。ウルザさんとのキスが忘れられなくて」

 (ふふん、これならどう……っ!?)

 「んむぅ!」

  なんとウルザは再びタカヤの唇を奪った。
  しかも今回は濃厚で情熱的なキスだ。

 「んー! んー!」

  抵抗するタカヤ、しかしウルザはタカヤを強く抱きしめて離そうとしない。
  そうしてタカヤはウルザが満足するまでたっぷりとキスの洗礼を浴びたのだった。


 「全く酷い目にあった」

  ウルザから解放されたタカヤがゲンナリと呟く。

 「はははっ、その内素晴らしい体験をしたと思える日が来るさ」

  ウルザがけらけらと笑う。

 「そんな日が来ますかね」

  ジト目でウルザを睨むタカヤ。
  しかしウルザは臆する事無く笑顔を見せる。

 「絶対来る。予言しよう」

  その堂々とした物言いに思わず気圧されるタカヤ。 
  ウルザは懐から袋を取り出すと、タカヤに向けて放り投げた。

 「これは?」

 「王の間のカギだ。陛下……先代の王から預かっていた物で、君がファーコミンの王として生きるのなら絶対必要になる品だ。大事に使うといい」

 「良いんですか!?」

  突然重要そうなアイテムを手渡されて困惑するタカヤ。

 「王の間は資格を持った者にしか意味を成さない部屋だそうだ。君が真にファーコミンの王にふさわしいのならそのカギが君を導いてくれるだろう」

  そう告げるとウルザは迷宮の中へと入って行った。

 「アリシア様をよろしく頼む。いずれ時が来たなら私も共に戦おう。だからそれまで死んでくれるなよ!」

  それはウルザ流の激励だったのだろう。
  タカヤもまたその言葉に答えるべく声を発した。

 「ええ、待っています!」

  ◆

 異世界キャスターに吹き荒れる戦乱の嵐はこの日からいっそう激しさを増す事になる。
  その嵐の中心に位置する少年は、未だ自分に訪れる試練の存在を知らない。
  何故なら彼の中には……

「よっし! 重要アイテムゲット!! これでまた俺の異世界ハーレムの夢に一歩近づいたぜ!!」

  女の子の事しかなかった。
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