上 下
95 / 105
連載

第145話 勇者、ババァの悲劇を知る

しおりを挟む
 翌朝、ミカドが住んでいたという内裏に向かおうとしていた俺達だったが、なんとババァの屋敷に魔物が侵入したとの報告が入った。

「大変です将軍! 雪姫様のお屋敷に魔物が侵入したとの事です!?」

「何だと!?」

 キュウさんも都市の中に魔物が出現したとあって緊迫した様子を見せる。

「それで魔物の数は!? 近隣住民の避難は済んでおるのか!?」

 さすがこの国を統一した将軍だけあって質問の内容は簡潔かつ適格だ。
 状況によっては俺も手伝う必要があるな。
しかしやって来た使者の報告に俺達は首を傾げる事になる。

「それが、現れた魔物は一体だけです。それも屋敷の警備によって既に退治されたとのこと」

「一体だけだと? しかももう退治された後!?」

 キュウさんが首を傾げるのも無理からぬ話だ。
 通常都市の周囲には魔物と獣対策として壁が作られている。
 しかも衛兵が常時警備に就いているので魔物を見逃す事はまずない。

 となると考えれるのは空を飛べる魔物と言う事になるが、そもそも町には魔物避けの結界が張ってある。
それはレイリィの住んでいたバラサの町の一件で分かっている。
つまり魔物は結界を突破できるだけの力を持っていたと言う事だ。
なのにそれだけ危険な魔物が屋敷の護衛に倒された?
屋敷の護衛がそれだけ手練れだったという可能性もあるが、どうにも解せない。

「とにかく現場を改める必要があるだろうな。勇者殿、済まぬがともに行って貰えるか? 本来なら部下の仕事なのだが、場所が場所なのでな。それに雪姫の安否も気にかかる。……部下の謝罪では雪姫の癇癪も収まらぬだろうしなぁ」

 あ、そっちが本命の理由ですか。
 ……いや待て、それもしかして俺にご機嫌取りをしろって事じゃないだろうな!?
 キュウさんをジロリと見つめると、キュウさんは流れる様な動作でフイッっと視線をそらした。
 やっぱりかぁぁぁぁぁっ!!

「そ、それなのですが……」

 と、まだその場に控えていた部下の人が青い顔で報告を行う。

「雪姫様は……現在行方不明との事です」

「な、何だと!?」

 これにはさすがのキュウさんも顔色が変わった。
 ババァがババァだとしても、仮にも皇族、それも最後の一人だ。
 まぁミカガミノツルギが姫も皇族と言っているので実は最後の二人なのだが。

「詳しく説明しろ!」

 キュウさんに問い詰められ、部下の人が悲鳴をあげながら報告を続ける。
 いやー、仮にも戦乱の世を統一した人だからねー。
 本気になると迫力があるわー。

「は、はい! 朝侍女が雪姫様のお部屋に入ると、そこに姫様の姿はなく、代わりに世にも恐ろしい魔物が姫の部屋に居たそうです。そして侍女の悲鳴を受けてやって来た護衛によって即座に魔物は退治されたとの事」

 ババァの部屋に魔物が居てババァ本人の姿は無かった?
 つまり喰われた後って事か?

「姫が魔物に襲われた後と言う事か?」

「いえ、姫のお部屋が血に汚れた様子は無く、侍女も魔物の姿を見るまでは何も違和感を感じなかったとの事です」

「じゃあ誘拐か?」

「そうなると残った魔物は伝令であった可能性があるな」

 ババァを人質に取って何かを要求するつもりだったって訳か。

「魔物は何か要求してこなかったのか?」

 護衛が殺してしまったとはいえ、それまでの間に侍女が何かを聞かなかったかとキュウさんは尋ねる。

「それが、侍女は恐怖でその時の事を碌に覚えていないとの事です」

 まぁ普通主人の部屋に魔物が居るなんて思わないだろうからなぁ。

「更に魔物が雪姫の着物を着ていた事で猶更驚いたとの事です」

「魔物が雪姫の着物を?」

 何だそりゃ!?

「我々をからかう為に着た……のか?」

ババァの着物を着るとは悪趣味な。
もしかして本人が着ていた物を剥ぎ取って……止めよう、そんな絵面の悪い羅生門は想像もしたくない。

「ともかく、町の警備の強化と姫の捜索隊を急ぎ結成するのだ! 家老達を呼びだせ! 緊急会議だ!」

 と、キュウさんは朝食もそこそこに部屋を出ていくのだった。
 偉い人は大変だなぁ。
 まぁでも相手はババァだからな。
 俺は当初の予定通りミカドの屋敷に向かうとするか。
 一応身分証代わりにミカガミノツルギを持っていくとするか?

 俺は祭壇に飾られたミカガミノツルギをちらりと見る。
 しかしそこにミカガミノツルギの姿は無かった。

「あれ?」

「ん~、この国の食事も美味しくなったものですねぇ」

 と思ったらちゃっかり人型になってキュウさんが食べ残した食事に舌鼓を打っていた。

「……人の食べ残しを食べるのははしたないと思うぞ」

「いえいえ、殆ど食べていなかったので大丈夫ですよ。神剣的にセーフです」

 すっごいアバウトなセーフだな。

「……所でさ、ババァの居場所って分かるのか?」

 いや、ふと思ったんだ。皇族である姫の居場所が分かったのなら、ババァの居場所も分かるんじゃないかなって。
 ババァを助ける義理なんてないが、後でキュウさんに教えておけばキュウさんへの義理は果たせるだろう。

「居ませんよ」

「……それは、お前の探知できる範囲内には居ないって事か?」

 だとしたら予想以上に不味いかもしれない。
 ババァを攫った相手は短時間で神剣の捜索範囲外に逃げれるだけの移動手段を持っていると言う事だ。
 もしかしたら転移魔法を使える可能性もある。
 いや、結界の類かもしれないな。

「いいえ、既に雪姫はこの世に居ません」

「っ!? 本当なのか!?」

 まさか、最初から人質として使う気が無かったって事か⁉


「反応の消えた場所は分かるか?」

 これは予想以上に危険な状況かもしれない。
 となるとババァを攫ったのは只のデモンストレーションって事か?

「はい、雪姫の反応が消えた場所は彼女の屋敷内です」

「ババァの屋敷の中!? つまり死体は屋敷内に隠されているって事か⁉」

 しかしミカガミノツルギは澄ました様子で首を横に振る。

「隠されてなど居ませんよ」

「え?」

「魔物は雪姫の部屋で発見されたのでしょう? そしてその場で殺された……」

 なんでこの場でババァの部屋に現れた魔物の話が出て来るんだ?
 確かにあのババァはある意味魔物みたいなもんだったがそれでも長年使えて来た侍女が魔物と間違えるとは思えない。……間違えないよな?

「更に魔物は雪姫の着物を着ていたそうですよね? それは羽織っていただけですか? それとも帯まで締めていましたか? もしかしてきていたのは寝間着ではありませんでしたか?」

 ええっと、そこまでは聞いてないんだが……

「なぁ、何か知ってるのか?」

 ミカガミノツルギの態度は明らかにおかしい。
 なんというか何か確信をもって魔物をババァだと断言しているかのような口ぶりだ。

「もったいぶってないで教えてくれよ」

「ではあーんしてください」
 と言いながらミカガミノツルギは俺の箸を卵焼きに突き刺す。

「……はいはい。ほらアーン」

「あーん、もぐもぐ」

 ミカガミノツルギがご満悦で卵焼きを頬ばる。

「グヌヌヌヌッ、片刃の癖にぃぃぃ!」

 腰から変な理由で悔しがる声が聞こえるが、今は無視しておく。お前まで参加すると絶対ややこしい事になる。

「で、どうなんだ?」

 俺が促すと、ミカガミノツルギは俺の膝の上に乗ってもたれかかりながら答えを口にした。
 
「率直に答えますと魔物の正体は雪姫です。彼女の末路の姿ですよ」

「末路?」

「ええ、末路。人を呪った者の末路です」

 人を呪った? それはもしかして姫の事か?

「呪いという物には二通りの解呪方法があります。一つは術そのものを分解する方法。ただそれには手間がかかります。呪いの解体をすると言う事は、構造を理解せねばなりませんから」

 成程、爆弾解体みたいなもんか。

「もう一つの方法は?」

「簡単です。呪いをかけた本人に返せばよいのです」

「返す?」

「これを呪詛返しと言います。跳ね除けられた呪いは行き場を失い術者を襲います。未熟な呪術師はそれが原因で自滅します」

 成程、人を呪わば穴二つって訳か。

「あのババァ、呪いなんて使えたのか」

「いいえ、使えないと思いますよ?」

 ん? それだとおかしくないか? 呪いは掛けた相手に返るんだろう?

「普通の呪術師は術が跳ね返された時の為に身代わりを用意する者です。そう考えれば雪姫も身替わりを用意した筈です」

「と言う事は?」

「おそらく程度の低い術者が自分に呪いが帰って来ることの無いよう、何かしら言い包めて雪姫を呪い返しの身代わりにしたのでしょう」

 なんとまぁ……

「控えめに言って自業自得、普通に言って因果応報ですね」

 えー、それどっちも同じ意味じゃないかな?

「長く続く戦乱で腕の良い術者も減っていたでしょうし、年を重ねただけの我が儘姫ではまともな術者を雇う事など出来なかったという事でしょう」

「なんとも救いのない話だ。結局自滅じゃないか」

 キュウさんになんて説明したもんかなぁ……

 結局、その後結成されたババァ捜索隊の必死の捜索にも関わらず、ババァの行方はようとして知れず、数年が経った後にはババァ捜索隊は解散されたのだった。
しおりを挟む
感想 285

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

『おっさんが二度も転移に巻き込まれた件』〜若返ったおっさんは異世界で無双する〜

たみぞう
ファンタジー
50歳のおっさんが事故でパラレルワールドに飛ばされて死ぬ……はずだったが十代の若い体を与えられ、彼が青春を生きた昭和の時代に戻ってくると……なんの因果か同級生と共にまたもや異世界転移に巻き込まれる。現代を生きたおっさんが、過去に生きる少女と誰がなんのために二人を呼んだのか?、そして戻ることはできるのか?  途中で出会う獣人さんやエルフさんを仲間にしながらテンプレ? 何それ美味しいの? そんなおっさん坊やが冒険の旅に出る……予定? ※※※小説家になろう様にも同じ内容で投稿しております。※※※

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。