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第143話 勇者、春姫の話を聞く

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「春姫様?」

 姫を見たキュウさんは確かにそう言った。

「キュウさん、春姫ってのは誰なんです?」

 様付けで呼ぶって事はキュウさんより立場が上の人か?
 それとも若かりし頃のキュウさん憧れの年上お姉さんとか?

 だがキュウさんはまたしてもボーっと姫を見つめている。

「おーいキュウさん?」

「お、おお、何かな勇者殿!?」

 俺が顔の前で手をヒラヒラさせて名前を呼ぶと、ようやく我に返ったキュウさんが俺に向き直る。

「春姫ってのは、誰の事なんですか?」

 こちらが質問すると、キュウさんは姫の方にチラリと視線を泳がせる。

「春姫様は……」

 キュウさんが深い息を吐く。

「雪姫様の妹君だ」

「……」

 成程、妹。
 妹?
 いも……うと?

「はぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁっっっ!?」

 ちょっ、まてよオッサン!?
 ババァに妹!? 居たの!? ババァ二号が!?

「ど、どういう事だよ!? 姫がババァの妹とどういう関係があるんだ!?」

 困惑する俺達にキュウさんはゆっくりと話し始めた。

「うむ、帝の娘である雪姫様には二人の妹と一人の弟がいらっしゃった。名を春姫、夏姫、葉凰様という」

 成程、ババァを入れて春夏秋冬って訳か。
 名前から言って葉凰が王子なのかな?

「帝の姫君たちは皆お美しく、その中でも春姫様はひときわ美しかった。あまりの美しさに、都中の全ての男が夢中になるほどでな」

 しかしここでキュウさんのトーンが落ちる。

「しかしそれゆえに春姫様をめぐって男達が争い合い、時には刃傷沙汰になる事もあった。己が原因となって人々が争う事を大層憂いた春姫様は女としての幸せを捨てる事を選び、深山の寺院へと出家して俗世と関りを断ってしまったのだ」

 それはなんとも可哀そうな。
 自分に非がある訳でも無いのに、他人を不幸にしない為に自分の幸せを捨てるなんて善良にも程があるだろ。

「じゃあその人が姫の母親と?」

「いや、春姫様は出家なさっておられる。子をなす事は無いと思うのだが……」

 というキュウさん自身も姫の姿に半信半疑と言った感じだ。
 深山の寺院に出家したと言う事は、人の目が届かないと言う事でもあるんだからな。

「となるとその寺を調べに行った方が良さそうですね」

 と俺は提案するも、キュウさんがゆっくりと首を横に振った。

「春姫様がおられた寺は先の戦乱で失われている。春姫様の安否も不明だ」

 おぉう、戦争の傷跡は深いなぁ。

「それに雪姫様との関係も分らん。妹君のお子を保護されたのならそれを公言しないのもおかしかろうし、何より姫には呪いが掛けられていた」

「姫が物心ついた時からババァは姫と一緒に居たんだよなぁ。たしかあのババァは姫の親の事を知っていたんだよね?」

「は、はい! ユキ姫様はお父様とお母様がユキ姫様に大層ご迷惑をおかけしたとおっしゃっておりました!」

 姫もその通りだと肯定する以上、もし春姫が姫の母親だとすればババァは姫が自分の妹の子だと知って虐待していた事になる。

「あれかな? 美貌の妹に嫉妬してってやつか?」

 美しい妹に嫉妬する姉、うーんドラマなんかでありそうなシチュエーションだ。

「いや、春姫様程ではないが、雪姫様も素晴らしい美貌の持ち主であったぞ」

「うっそだぁぁぁぁぁ!!」

 思わず反射的に否定してしまった。

「……当時はな」

 マジかー。アレでも昔は美人だったのかよー。

「とはいえ、雪姫様は顔は良くても性格がアレであったからなぁ」

 あ、性格の悪さは据え置きなんですね。

「そう言えば、当時と言えば雪姫の婚約が解消されたのも衝撃であったなぁ」

「婚約者が居たんですか!?」

 いやまぁ権力者の娘が生涯独身なんて普通に考えればありえないんだが、確かに婚約者が居るのは当然の事か。
 けどあの結婚願望の権化が婚約解消? そんな事あり得るのか?

「婚約者ってどんな人だったんですか?」

「うむ、名は徳山霖之助。彼は都一番の才人であり名家の息子でもあった。いわゆる美丈夫という奴でな、顔良し、学在り、武に優れ、なおかつ性格も良いとあって都の女どもは彼に首ったけであったわ。そして雪姫との婚姻によって皇家との結びつきもさらに強くなると多くの人間に期待されていたのだが、何故かその婚約は突然解消されてしまった」

 突然の婚約解消か。
 しかも性格が良くて家同士のつながりを強める為の結婚とあれば逃げる理由もない。一応当時のババァは顔は良かったらしいからな。

「しかも彼は婚約解消後に消息不明となってしまってな、町では他に好きな女が出来たのではないかと噂される程の事件であった」

 ババァの妹とその婚約者か。
 うーん、怪し過ぎる。
 二時間サスペンスなら二人が駆け落ち逃避行ののち嫉妬に狂ったババァに殺されたとかありそうで困る。
 それだと姫の境遇にも辻褄が合い過ぎるんだよなぁ。
 まさか本当にそうなのか?

「その婚約者の家族から話は聞けないんですか?」

 なんとなく予想は出来るが一応聞いてみる。

「うむ、霖之助殿の生家は先の戦乱で失われておる。ご家族も行方不明だ」

 ですよねー。


「ただ……」

 と、そこでキュウさんが口を濁らせる。

「なんです?」

「帝の姫君との婚約を解消したにもかかわらず、霖之助殿にもそのご家族にもなんのお咎めのなかった事が当時は不思議がられておったな」

「お咎めなし?」

「うむ、主君の娘に恥をかかせたとあらば、何らかの沙汰が無ければ不自然だからな」

「ということは、ババァよりも偉い人が処罰を禁止した?」

「と考えるのが自然であろうな」

 帝の娘であるババァより偉い人間。
 そしてこの国で一番偉いのは帝。

「帝は真相を知っていた?」

「であろうな」

 キュウさんが俺のたどり着いた回答に頷く。

「そして、先の戦乱の影響を受けずに済んだある建物なら、春姫と霖之助殿についての情報が手に入る可能性がある」

「その建物の名前は?」

 もはやこの場に居る全員が理解している建物の名を俺は聞く。

「この国において、絶対の聖域。先代帝のお住まいになられていた都の中心」

 キュウさんが屋敷の外に目を向けた。

「内裏だ」
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