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第141話 勇者、呪いを解く?
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「この子、呪いに掛かっていますね」
と、姫に握られたミカガミノツルギが呟いた。
「呪い? 呪いってあの呪いか?」
「はいその呪いです」
呪い、それは魔法というよりも呪術の一種だ。
魔法が魔力で一瞬だけ自在に現象を引き起こすなら、呪術は長い儀式と触媒を使って
長期間対象に効果を発揮する。
呪術が怖いのは時間と金をかけて準備をしているので、それが発動すると非常に強力な効果を発揮するという所だ。
しかも通常の魔法と違って常時発動型の魔術なので、一度かけられたら最悪一生呪いに掛かったままになってしまう。
そんな呪いなので、解除は非常に手間がかかる。
どんな呪いがかけられているのか、呪いの術式はどのような構造かを調べ、呪いを解く為の触媒を用意してその為に儀式も行う。
そこまでしても相手の術者の方が力が上だったら解呪の術式が跳ね返って最悪術者が死ぬ危険だってあるのだ。
結論として呪いが関わるととても面倒くさい事になる。
「参ったな。これはマズイぞ」
呪いというのはどんな呪いが掛けられているのか一見して分からない事が多々ある。
場合によってはババァに逆らったら死んでしまう呪いもありうるのだ。
この状況でこの子を皇族だから保護すると言っても、ババァの命令で呪術師が姫を呪殺する危険が生まれてしまう。
これは最悪の場合を考えて姫をババァの屋敷に返す事も考えなければいけないな。
「これは参ったな」
キュウさんも呪術と聞いて頭を抱える。
どうやら彼も呪術の危険性は良く知っているみたいだ。
「あ、あの、呪いってなんですか?」
姫がオロオロと不安げな声で俺達に聞いてくる。
「ああ、怖がらせてすまない。すぐ何か起こる訳じゃないから」
「は、はぁ……」
しかし気の利いた事を言ってやれなかった為に姫の不安を払拭することは出来なかった。
ううむ、だれか専門家の知り合いでもいればなぁ……
ん? 専門家?
「待てよ」
ここで俺はとある人物の顔を思い出す。
呪術に造詣が深い彼女の事を。
「ちょっと知り合いを連れて来ます。彼女なら力になってくれる筈なので」
「おお、呪術師の知り合いが居るのか!?」
「ええ、すぐに連れて来ます!」
今は夜中だが、ババァに気付かれる前に呪いを解かないといけない。
運が良ければ呪いの効果を一時的に止める方法なりを教えて貰えるかもしれない。
◆
「えーっと、どの小屋だったかな」
転移の魔法でやって来た村は真っ暗だった。
西側諸国の様にそこら中で灯りを灯して治安を維持する訳ではないので、皆が眠っている時間帯は真っ暗だ。
月明りも周囲の木々が遮って村の全貌を照らしてはくれない。
ここはミナミッカ群島の中心、サザンカの村。
そして俺はここに居る呪術師に会いに来ていた。
「たしかこっちだったはず」
俺は過去の記憶を頼りに目的の人物が暮らしている小屋を目指す。
幸いにもミナミッカ群島の小屋にドアという概念はない為、外から除けば中を見る事は可能だ。
俺は灯りの魔法で家の中を照らし、目的の人物を探してゆく。
「居た!」
目的の人物を見つけた俺は、彼女に頼むべく小屋の中へと入っていった。
「タンポポ、起きてくれタンポポ!」
俺が声をかけたのは、ミナミッカ群島の新たな長であるサザンカの腹心たるウサギ獣人のタンポポだった。
「ん……誰ですかこんな夜中に?」
不機嫌そうな声をあげながらも、タンポポが目を覚ます。
「夜中にすまない。タンポポに頼みたい事があって来たんだ」
「……っ!? トウヤさんですか!」
無理やり起こされて最初は寝ぼけ眼だったタンポポだが、意識が覚醒してきた事で、起したのが俺だと気付く。
「こんな夜中に、いえこんな夜中だからこそですよね。ええ、私はいつでもウエルカムですとも」
何を勘違いしたのか、タンポポはただでさえ薄着の服を脱ぎ始める。
「待った、そうじゃない。そうじゃないんだ」
「え? では着たままですか?」
確かにバニーガールみたいな格好をしたリアルバニーなタンポポとは服を着せたままのほうが楽しそうだがそうじゃない。
「今日は呪術師としてのタンポポに頼みがあってきたんだ」
「……はぁ……承知いたしました。私のお力が必要とあればなんなりとお命じください」
なんだか盛大なため息を吐かれたがタンポポから協力の意思を得る事が出来た俺は、さっそく彼女を連れてキュウさんの屋敷へと戻るのだった。
◆
「どうだ?」
転移魔法でタンポポを運んできた俺は、早速姫の呪いをタンポポに調べてもらう。
「……これは、まずいですね」
だがタンポポは苦い顔でこちらに向き直る。
「この子は確かに呪いに掛かっています。それもかなり悪質な呪いですね」
「悪質?」
「はい、この子の呪いは一つではありません」
「複数の呪いを掛けられているって事か?」
「はい。しかもそれらの呪いはどれも系統の違う呪い、しかもそれらがお互いに絡み合っている状態で、これを解呪するには術式を直接術者から聞き出す必要があります」
「位置から調べる事は出来ないのか?」
「時間を掛ければあるいは。ですが失敗したら残りの呪いがこの子に牙を向きます。この呪いは例え一つが解呪されても、残りの呪いがそれに反応して対象に襲い掛かる仕組みです」
なんつーエゲツない仕組みだ!
そんなにまでこの子が憎いのかよ。
もはや執念すら感じるやり口である。
「参ったな……」
専門家であるタンポポですら匙を投げるとなるともう手に負えない。
これはババァを直接締め上げて術者に解呪させるしかない。
だがババァがそれを素直に受け入れるか? むしろ姫の呪いを交渉のカードとして利用しかねない。
「トウヤ殿の仲間でも駄目だったか」
タンポポが駄目だったと分かりキュウさんも肩を落とす。
「あの……」
と、そこで姫が声を上げた。
「私の事なら気にしなくても良いですよ」
「え?」
「私はもともとユキ姫さまの使用人ですから。その呪いというのがどういうものかは分かりませんが、私がユキ姫様の下に戻れば何も問題ないかと……」
「な、何を言ってるんだ!?」
おいおい、そんな事したらまたあのババァにひどい目に合わされる毎日に逆戻りじゃないか!
「そうですぞ姫! 貴女様は尊き皇族の血を引いておられるのです。ユキ姫様の下に戻ればいつか取り返しのつかない事になる危険すらあるのですよ!」
キュウさんの言うとおりだ。
あのババァがいつまでも姫を虐待するだけで満足するとは思えない。
いつかうっかりやり過ぎてしまい、その命を奪ってしまうかもしれないのだ。
「良いんです」
しかし姫は躊躇う事無く首を横に振る。
「ただ元の私に戻るだけなのですから。それに……私なんかが相手でも優しくしてくださる方が居ると分かっただけで、私は幸せです……」
「「「っ!?」」」
俺達は絶句した。
彼女の言葉は、これまで自分が一度も慈しまれた事が無いという意味に他ならない。
ただ不幸な目に遭う人を心配したというだけで喜ぶこの子の姿はあまりにも痛ましかった。
「私の力が足りないいばかりに……」
姫とは出会ったばかりのタンポポですら、彼女の諦観の理由を察して悔しそうに唇を喰いしばる。
「お気になさらないで下さい。私が皇族というお話も、きっと何かの間違いだったのですよ」
「それは違う! 確かにミカガミノツルギが君を皇族と認めたんだ! そうだろうミカガミ!」
姫の諦めの言葉を否定する為、たミカガミノツルギに語り掛ける。
だが、先程まで姫に握られていた筈のミカガミノツルギは鞘だけを残してどこかに姿を消していた。
「ミカガミ?」
俺の言葉にキュウさん達もキョロキョロと周囲を見回す。
「あ、終わりました?」
と、後ろからミカガミノツルギの声が聞こえてきたので振り向く。
「なっ!?」
そこには、剣の姿で寝そべりながら饅頭を食べているミカガミノツルギの姿があった。
手足を生やし、おっさんがテレビを見る様な姿勢で。
「うわキモッ」
思わずタンポポが本音を吐いてしまうがそこはスルー。
俺まで突っ込んだら収拾がつかない。
「……あー、いや、そのだな、ええと、そうだ! 姫、姫が皇族だとちゃんと保証してやってくれ! お前の言葉なら姫も信じてくれる筈だ!」
「あ、あの……あのけ、剣? は何ですか? 手が生えてますど……」
駄目だ! どう見ても妖怪以外の何物でもない1
っていうかなんでコイツ等は大事な時に限ってこの格好で行動するんだ!
伝説の武器の聖霊なんだからもうちょっと威厳を持とうぜ!
持ってくださいマジで!
「えーとですね、そんな事よりもっと簡単な話があるんですが」
ずぞぞとどこに口があるのか分らんミカガミノツルギがお茶をすすると、よっこらしょと胡坐をかく。
その際に刃先が畳に刺さってキュウさんが悲しそうな顔になる。
うん、ウチの神剣がゴメンね。
「何かいいアイデアがあるのか?」
ミカガミノツルギは長い時を生きる神剣だ。
もしかしたら俺達が知らない良いアイデアがあるのかもしれない。
「ええ、本当に簡単な解決策がありますよ」
「本当か!?」
「はい、だって私有能な神剣ですから。そこの戦うしかできない聖剣とは違いますので」
「なっ!? ち、違いまーっす! 戦う事しか出来ないんじゃなくて、どんな邪悪な者でも倒せる様に攻撃力に全振りしてるだけでーっす!!」
聖剣フェルクシオンが対抗しだしたがここはスルーだ。
「で、どんなアイデアがあるんだ? 教えてくれ!」
「ちょっ!? スルーとかマスター酷くないですか!?」
許せフェルクシオン。ここで話がこじれては元も子もないんだ。
「ふっふっふっ、さすがは主様。冷徹に実利を取って私をお選びになるその姿。まさに王者に相応しい振る舞いです」
だからお前も事態をややこしくするんじゃない。
「なに簡単な事です。私がその子の呪いを解けば良いだけの話なのです」
「そうか! ミカガミノツルギが呪いを解けばいいのか!?」
さすがミカガミノツルギだ。呪いを解く方法を知って……うん? 知って?
「ってお前! 呪いを解く方法を知ってたのかぁぁぁぁぁっ‼」
待て待て、それじゃあ今までの俺達の苦労や悩みはなんだったんだ!」
「いえだって、主様私に何か聞く事もなくすーぐにその人を呼びに行ってしまったではないですか」
と、ミカガミノツルギがタンポポを指さす。
「あ、いやそれは……」
いやだって、呪いの専門家が居ないかと思った所でタンポポの存在を思い出したからついさ……
「わたくしミカガミノツルギはミカガミ、すなわち水鏡を意味します。水は淀みを流し、鏡は真実を映し出す。つまり私はあらゆる呪術を打ち払う浄化の剣なのです!」
なんと! そうだったのか!?
「聞いた事がある」
と、そこでキュウさんがハッとした顔になる。
「かつて神剣ミカガミノツルギを抜いたミカドが、魔獣によって汚された泉の水を元の美しい泉に戻したという。そしてその泉は我が国の貴重な観光名所として財政を潤わせているのだ!」
もっと早く思い出してくれよ。
あと後半は言う必要なかったよね。
「あー、うん。ともあれ、ミガカミノツルギが居れば姫の呪いを解呪する事が出来るんだな!」
「その通りです!」
「おお、それはめでたい!」
「え、えと、ありがとうございます?」
状況を良く分かっていない姫も キュウさんと共に喜びの声をあげる。
一時はどうなる事かと思ったが、これで姫の事はなんとかなりそうだ!
いやぁめでたい!
「……結局、私は何の役にも立ちませんでしたね」
「あっ……」
その中でただ一人、叩き起こされたにも関わらずなんの役にも立てなかったとタンポポが拗ねていた。
「あ、いやほんとすまない」
「いーえー。はるばる見知らぬ土地まで連れてこられたにも関わらずお役に立てずに申し訳ありませんー。私の存在などなかったと思って皆さん引き続き喜んでくださいー」
「ほんとすんませんっしたーっ‼」
このあと、本格的に拗ねてしまったタンポポを相手に俺は必至で彼女を慰めるのだった。
具体的には夜明けまで頑張った。
と、姫に握られたミカガミノツルギが呟いた。
「呪い? 呪いってあの呪いか?」
「はいその呪いです」
呪い、それは魔法というよりも呪術の一種だ。
魔法が魔力で一瞬だけ自在に現象を引き起こすなら、呪術は長い儀式と触媒を使って
長期間対象に効果を発揮する。
呪術が怖いのは時間と金をかけて準備をしているので、それが発動すると非常に強力な効果を発揮するという所だ。
しかも通常の魔法と違って常時発動型の魔術なので、一度かけられたら最悪一生呪いに掛かったままになってしまう。
そんな呪いなので、解除は非常に手間がかかる。
どんな呪いがかけられているのか、呪いの術式はどのような構造かを調べ、呪いを解く為の触媒を用意してその為に儀式も行う。
そこまでしても相手の術者の方が力が上だったら解呪の術式が跳ね返って最悪術者が死ぬ危険だってあるのだ。
結論として呪いが関わるととても面倒くさい事になる。
「参ったな。これはマズイぞ」
呪いというのはどんな呪いが掛けられているのか一見して分からない事が多々ある。
場合によってはババァに逆らったら死んでしまう呪いもありうるのだ。
この状況でこの子を皇族だから保護すると言っても、ババァの命令で呪術師が姫を呪殺する危険が生まれてしまう。
これは最悪の場合を考えて姫をババァの屋敷に返す事も考えなければいけないな。
「これは参ったな」
キュウさんも呪術と聞いて頭を抱える。
どうやら彼も呪術の危険性は良く知っているみたいだ。
「あ、あの、呪いってなんですか?」
姫がオロオロと不安げな声で俺達に聞いてくる。
「ああ、怖がらせてすまない。すぐ何か起こる訳じゃないから」
「は、はぁ……」
しかし気の利いた事を言ってやれなかった為に姫の不安を払拭することは出来なかった。
ううむ、だれか専門家の知り合いでもいればなぁ……
ん? 専門家?
「待てよ」
ここで俺はとある人物の顔を思い出す。
呪術に造詣が深い彼女の事を。
「ちょっと知り合いを連れて来ます。彼女なら力になってくれる筈なので」
「おお、呪術師の知り合いが居るのか!?」
「ええ、すぐに連れて来ます!」
今は夜中だが、ババァに気付かれる前に呪いを解かないといけない。
運が良ければ呪いの効果を一時的に止める方法なりを教えて貰えるかもしれない。
◆
「えーっと、どの小屋だったかな」
転移の魔法でやって来た村は真っ暗だった。
西側諸国の様にそこら中で灯りを灯して治安を維持する訳ではないので、皆が眠っている時間帯は真っ暗だ。
月明りも周囲の木々が遮って村の全貌を照らしてはくれない。
ここはミナミッカ群島の中心、サザンカの村。
そして俺はここに居る呪術師に会いに来ていた。
「たしかこっちだったはず」
俺は過去の記憶を頼りに目的の人物が暮らしている小屋を目指す。
幸いにもミナミッカ群島の小屋にドアという概念はない為、外から除けば中を見る事は可能だ。
俺は灯りの魔法で家の中を照らし、目的の人物を探してゆく。
「居た!」
目的の人物を見つけた俺は、彼女に頼むべく小屋の中へと入っていった。
「タンポポ、起きてくれタンポポ!」
俺が声をかけたのは、ミナミッカ群島の新たな長であるサザンカの腹心たるウサギ獣人のタンポポだった。
「ん……誰ですかこんな夜中に?」
不機嫌そうな声をあげながらも、タンポポが目を覚ます。
「夜中にすまない。タンポポに頼みたい事があって来たんだ」
「……っ!? トウヤさんですか!」
無理やり起こされて最初は寝ぼけ眼だったタンポポだが、意識が覚醒してきた事で、起したのが俺だと気付く。
「こんな夜中に、いえこんな夜中だからこそですよね。ええ、私はいつでもウエルカムですとも」
何を勘違いしたのか、タンポポはただでさえ薄着の服を脱ぎ始める。
「待った、そうじゃない。そうじゃないんだ」
「え? では着たままですか?」
確かにバニーガールみたいな格好をしたリアルバニーなタンポポとは服を着せたままのほうが楽しそうだがそうじゃない。
「今日は呪術師としてのタンポポに頼みがあってきたんだ」
「……はぁ……承知いたしました。私のお力が必要とあればなんなりとお命じください」
なんだか盛大なため息を吐かれたがタンポポから協力の意思を得る事が出来た俺は、さっそく彼女を連れてキュウさんの屋敷へと戻るのだった。
◆
「どうだ?」
転移魔法でタンポポを運んできた俺は、早速姫の呪いをタンポポに調べてもらう。
「……これは、まずいですね」
だがタンポポは苦い顔でこちらに向き直る。
「この子は確かに呪いに掛かっています。それもかなり悪質な呪いですね」
「悪質?」
「はい、この子の呪いは一つではありません」
「複数の呪いを掛けられているって事か?」
「はい。しかもそれらの呪いはどれも系統の違う呪い、しかもそれらがお互いに絡み合っている状態で、これを解呪するには術式を直接術者から聞き出す必要があります」
「位置から調べる事は出来ないのか?」
「時間を掛ければあるいは。ですが失敗したら残りの呪いがこの子に牙を向きます。この呪いは例え一つが解呪されても、残りの呪いがそれに反応して対象に襲い掛かる仕組みです」
なんつーエゲツない仕組みだ!
そんなにまでこの子が憎いのかよ。
もはや執念すら感じるやり口である。
「参ったな……」
専門家であるタンポポですら匙を投げるとなるともう手に負えない。
これはババァを直接締め上げて術者に解呪させるしかない。
だがババァがそれを素直に受け入れるか? むしろ姫の呪いを交渉のカードとして利用しかねない。
「トウヤ殿の仲間でも駄目だったか」
タンポポが駄目だったと分かりキュウさんも肩を落とす。
「あの……」
と、そこで姫が声を上げた。
「私の事なら気にしなくても良いですよ」
「え?」
「私はもともとユキ姫さまの使用人ですから。その呪いというのがどういうものかは分かりませんが、私がユキ姫様の下に戻れば何も問題ないかと……」
「な、何を言ってるんだ!?」
おいおい、そんな事したらまたあのババァにひどい目に合わされる毎日に逆戻りじゃないか!
「そうですぞ姫! 貴女様は尊き皇族の血を引いておられるのです。ユキ姫様の下に戻ればいつか取り返しのつかない事になる危険すらあるのですよ!」
キュウさんの言うとおりだ。
あのババァがいつまでも姫を虐待するだけで満足するとは思えない。
いつかうっかりやり過ぎてしまい、その命を奪ってしまうかもしれないのだ。
「良いんです」
しかし姫は躊躇う事無く首を横に振る。
「ただ元の私に戻るだけなのですから。それに……私なんかが相手でも優しくしてくださる方が居ると分かっただけで、私は幸せです……」
「「「っ!?」」」
俺達は絶句した。
彼女の言葉は、これまで自分が一度も慈しまれた事が無いという意味に他ならない。
ただ不幸な目に遭う人を心配したというだけで喜ぶこの子の姿はあまりにも痛ましかった。
「私の力が足りないいばかりに……」
姫とは出会ったばかりのタンポポですら、彼女の諦観の理由を察して悔しそうに唇を喰いしばる。
「お気になさらないで下さい。私が皇族というお話も、きっと何かの間違いだったのですよ」
「それは違う! 確かにミカガミノツルギが君を皇族と認めたんだ! そうだろうミカガミ!」
姫の諦めの言葉を否定する為、たミカガミノツルギに語り掛ける。
だが、先程まで姫に握られていた筈のミカガミノツルギは鞘だけを残してどこかに姿を消していた。
「ミカガミ?」
俺の言葉にキュウさん達もキョロキョロと周囲を見回す。
「あ、終わりました?」
と、後ろからミカガミノツルギの声が聞こえてきたので振り向く。
「なっ!?」
そこには、剣の姿で寝そべりながら饅頭を食べているミカガミノツルギの姿があった。
手足を生やし、おっさんがテレビを見る様な姿勢で。
「うわキモッ」
思わずタンポポが本音を吐いてしまうがそこはスルー。
俺まで突っ込んだら収拾がつかない。
「……あー、いや、そのだな、ええと、そうだ! 姫、姫が皇族だとちゃんと保証してやってくれ! お前の言葉なら姫も信じてくれる筈だ!」
「あ、あの……あのけ、剣? は何ですか? 手が生えてますど……」
駄目だ! どう見ても妖怪以外の何物でもない1
っていうかなんでコイツ等は大事な時に限ってこの格好で行動するんだ!
伝説の武器の聖霊なんだからもうちょっと威厳を持とうぜ!
持ってくださいマジで!
「えーとですね、そんな事よりもっと簡単な話があるんですが」
ずぞぞとどこに口があるのか分らんミカガミノツルギがお茶をすすると、よっこらしょと胡坐をかく。
その際に刃先が畳に刺さってキュウさんが悲しそうな顔になる。
うん、ウチの神剣がゴメンね。
「何かいいアイデアがあるのか?」
ミカガミノツルギは長い時を生きる神剣だ。
もしかしたら俺達が知らない良いアイデアがあるのかもしれない。
「ええ、本当に簡単な解決策がありますよ」
「本当か!?」
「はい、だって私有能な神剣ですから。そこの戦うしかできない聖剣とは違いますので」
「なっ!? ち、違いまーっす! 戦う事しか出来ないんじゃなくて、どんな邪悪な者でも倒せる様に攻撃力に全振りしてるだけでーっす!!」
聖剣フェルクシオンが対抗しだしたがここはスルーだ。
「で、どんなアイデアがあるんだ? 教えてくれ!」
「ちょっ!? スルーとかマスター酷くないですか!?」
許せフェルクシオン。ここで話がこじれては元も子もないんだ。
「ふっふっふっ、さすがは主様。冷徹に実利を取って私をお選びになるその姿。まさに王者に相応しい振る舞いです」
だからお前も事態をややこしくするんじゃない。
「なに簡単な事です。私がその子の呪いを解けば良いだけの話なのです」
「そうか! ミカガミノツルギが呪いを解けばいいのか!?」
さすがミカガミノツルギだ。呪いを解く方法を知って……うん? 知って?
「ってお前! 呪いを解く方法を知ってたのかぁぁぁぁぁっ‼」
待て待て、それじゃあ今までの俺達の苦労や悩みはなんだったんだ!」
「いえだって、主様私に何か聞く事もなくすーぐにその人を呼びに行ってしまったではないですか」
と、ミカガミノツルギがタンポポを指さす。
「あ、いやそれは……」
いやだって、呪いの専門家が居ないかと思った所でタンポポの存在を思い出したからついさ……
「わたくしミカガミノツルギはミカガミ、すなわち水鏡を意味します。水は淀みを流し、鏡は真実を映し出す。つまり私はあらゆる呪術を打ち払う浄化の剣なのです!」
なんと! そうだったのか!?
「聞いた事がある」
と、そこでキュウさんがハッとした顔になる。
「かつて神剣ミカガミノツルギを抜いたミカドが、魔獣によって汚された泉の水を元の美しい泉に戻したという。そしてその泉は我が国の貴重な観光名所として財政を潤わせているのだ!」
もっと早く思い出してくれよ。
あと後半は言う必要なかったよね。
「あー、うん。ともあれ、ミガカミノツルギが居れば姫の呪いを解呪する事が出来るんだな!」
「その通りです!」
「おお、それはめでたい!」
「え、えと、ありがとうございます?」
状況を良く分かっていない姫も キュウさんと共に喜びの声をあげる。
一時はどうなる事かと思ったが、これで姫の事はなんとかなりそうだ!
いやぁめでたい!
「……結局、私は何の役にも立ちませんでしたね」
「あっ……」
その中でただ一人、叩き起こされたにも関わらずなんの役にも立てなかったとタンポポが拗ねていた。
「あ、いやほんとすまない」
「いーえー。はるばる見知らぬ土地まで連れてこられたにも関わらずお役に立てずに申し訳ありませんー。私の存在などなかったと思って皆さん引き続き喜んでくださいー」
「ほんとすんませんっしたーっ‼」
このあと、本格的に拗ねてしまったタンポポを相手に俺は必至で彼女を慰めるのだった。
具体的には夜明けまで頑張った。
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