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連載

番外編 勇者、プレゼントを配る 前編

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注:このお話はシルファリアが敵対する前の時系列です。
  後編は明日の朝7:00に投稿します。

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もうすぐクリスマスだ。
勿論異世界であるこの世界にはそんな行事などは存在しないが、このイナカイマでは娯楽の日として広めてみようと思う。
 この村は特殊な住環境にあるので、村の外部に出られない閉鎖環境というのがいつかストレスの原因になる可能性があるからだ。
 まぁ一応転移ゲートでほかの村に行く事はできるので、そこまで危険な状態にはならないと思うが、どのみちガス抜きが必要なのは間違いない。
 イナカイマをはじめとした村にはさまざまな土地から来た人達が暮らしているので、一言で行事といっても開催される日時や内容が微妙に異なる。
 なので、まったく新規でただ楽しむためだけの行事を作ろうというのだ。

「という訳でクリスマスを行おうと思う」

「へぇー、異世界の行事ね。面白そうじゃない」

「異界の聖人の誕生を祝う儀式ですか。宗教的に問題は感じますが、それでも尊い人の生誕を祝うという心はとても良いものだと思います」

 エアリアとミューラはイベントに好意的な反応だ。

「良いのではないでしょうか、行事による息抜きは大切だと言う事は私にもわかります」

「それに行事を行うことによって国の豊かさを示し、内外にトウヤさんの統治能力の高さを知らしめる効果もありますしね」

 サリアはさすがにお姫様だけあって俺の真意を見抜いてくれた。
 クロワさんはちょっと政治的過ぎる解釈だが、まぁ将来的にはそういう意味も活きてくるんだろうな。

「……聖なる夜か」

 ただ、一人だけシルファリアだけは気乗りしない様子だった。

「なんだ、シルファリアはこういうイベントは嫌いなのか?」

「いや、私は魔族だからな。その聖人というのは教皇などの様な宗教上の要人を神聖化した存在なのだろう? その存在が生まれた日を敵対する魔族が祝うというのはどうもな」

 まぁ言わんとする事はわかる。
 地球なら神に敵対する悪魔がその使者の誕生を祝うという珍妙な状態になると言う事だからな。

「まぁ良いんじゃね? 俺の故郷でも本来の意味とかどうでも良くてただのお祭り騒ぎの口実でしかないし」

「ほう、そうなのか?」

「ああ、だからシルファリアも気にせず楽しめよ」

「ふむ、まぁそういう事なら」

 なんとかシルファリアも納得してくれたみたいだな。

「聖人の生まれた日をただ騒ぐ為だけの口実に……」

 しまった、今度はミューラが頭を抱えだした。

 ◆

「ふー、いろいろあったけど、無事に終わったな」

 村の人々を集めたクリスマスパーティは大盛況で成功した。
 一部張っちゃけた連中が酔っ払って騒ぎを起こしたが、まぁ荒くれ者も居るんだからしょうがない。
 そこらへんは同じように騒ぎ出したシルファリアが乱入して祭りを盛り上げる余興扱いになったのでよしとしよう。

「むしろ俺にとってはこれからが本番だ」

 クリスマスの夜、それは恋人達の性なる夜……ではなく、一年間良い子ですごした子供達にサンタさんがプレゼントをくれる夢と希望に満ち溢れた夜だ。
 既にサンタクロースの事は子を持つ大人達には教えてあり、彼らもこの日の為に用意したプレゼントを子供達の枕元に置いている頃だろう。
 かくいう俺も真っ赤な衣装に白い付けヒゲとを付けたサンタさんルックだ。
 中に綿を入れているので、ふくよかなお爺さんのシルエットに見えない事もない。

「じゃあエントツから入るとするか!」

 サンタはエントツから入るのが定番、そして極寒の地であるこのイナカイマ村の家には、家を暖めるための暖炉から伸びたエントツが……エントツが……」

「無ぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」

 何という事だ! このイナカイマは魔法で常春の国となっている為に、村を暖めるための暖炉がないじゃあないか! 何という設計ミス!
 くそっ、雪国だからエントツから入るのが礼儀ってもんだよなと思ってたのによう!

「仕方ない、作戦変更だ。普通に玄関から入るぞ」

 気を取り直した俺は玄関から屋敷に入ると、そっと足音を忍ばせて恋人達の部屋へと向かう。
 まずはエアリアの部屋だ。

「中から物音は聞こえませんねー」

ドアに耳を当ててエアリアが寝ている事を確認した俺は、そっとドアを開けて中へと入る。
部屋の中は真っ黒だが、暗視の魔法のおかげで室内はほの明るく見える。
 ちなみにこの魔法はサリアから教えてもらった悪用される危険のある遺失魔法だ。
 プレゼントを配るために使うのでセーフ。

「良い子にプレゼントじゃよー」

 などとサンタになりきりながら俺はエアリアの枕元にプレゼントの入った箱を置く」

 くっくっくっ、明日の朝になって驚きと喜びに満ちたエアリアの顔が見ものだぜ!

「……誰?」

 ん?

 ふと自分以外の声に違和感を感じる。
 俺の視線の先で寝ていたエアリアが目を開けてこちらを見ている。

「……」

 そっと後ろに下がる。
 そそっと更に後ろに下がる。
 そして俺は部屋を出てドアを閉めた。

「離脱っ」

 脱兎の勢いで逃げる俺。
 だが直後にドアを蹴り開けてエアリアが出てくる。
 その手には魔法の発動体である杖が握られているじゃあないか。

「誰よアンタ!?」

 やっべぇ、完全に不審者として認識されていますよ! だが俺だとバレる訳にはいかない! サンタさんは子供達に夢と希望を与える存在なのだ!

「逃すものですか! サンダーバレット!!」

 エアリアが魔力と共に力ある言葉を放ち、大量の雷の礫が放たれる。
 暴徒捕獲用の雷魔法だが、エアリアが使えば捕獲どころのダメージではない。
 魔法のチョイスからして一応捕獲するつもりのようだが。

「あんなモン喰らってたまるか!」

 俺は魔力を脚に集中して全力で駆け、廊下の突き当りの壁を蹴って横の通路へと駆け込む。
 雷の魔法は俺が居なくなった壁にブチあたり、バチバチと痛そうな音を立てながら壁を焦がす。

「なんて素早い!」

 エアリアが次いで壁を曲がる。
 だが、エアリアは俺の姿を見失ってしまった。
 身体能力においては俺の方が圧倒的に上だ。俺はその隙にほかの部屋へと避難していたのだ。
 そしてこの通路だけでも部屋の数は複数ある。俺を不審者だと思っているエアリアはすぐにドアを開けずに警戒しながらあけるだろう。
 だから今のうちに窓から逃げる。
 逃げようとして俺は気づいた。

「っと、この部屋はミューラの部屋だったか」

 そう、部屋のベッドには、ミューラが寝息を立てて眠っていた。
 規則正しい生活を己に課しているミューラはぐっすり眠っている。
 その豊かな胸は布団を上へ盛り上げ、呼吸と共に上下していた。

「んっ」

 とそこでミューラが寝返りを打った事で布団がめくれる。

「ふふ、しょうがないな」

 俺はプレゼントを枕元に置くついでに、めくれた布団を戻そうとつかむ。

 ドンドンドン!!

 と、その時、突然ドアが鳴り響いた。

『ミューラ! 起きてる!?』

 心臓が飛び跳ねるかと思うほど驚いたぁぁぁぁぁ!!
 エアリアがミューラの部屋のドアを叩いた音だ。
だがまだ大丈夫だ! ミューラはこんなにグッスリ眠っているからなぁ! 直ぐには起きない筈だ!

「ふぇ~何ですか一体~」

 寝起き良すぎぃぃぃぃぃーーーーっっっ!!
 あっさりと起きやがった!!

『変な奴が私の部屋に入ってきてこっちに逃げてきたのよ! ミューラの部屋には来てない!?』

「変な人ですかぁ~? そんな人……」

 といって部屋を見回したミューラの視線と、窓から逃げ出そうとしている俺の視線がつながる。

「……」

 俺は窓の外へと飛び立つ!

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 次の瞬間、ミューラの悲鳴が屋敷中に鳴り響いた。

「見つけた! ミューラにまで手を出すなんて許せない!!」

 部屋の中に入ってきたエアリアが窓から乗り出して俺を見つける。

「バーストフレアッ!!」

 エアリアが炎の爆裂魔法を俺に放ってくる。
 だが間一髪で俺は回避。
 しかし庭の木に炎が燃え移る。

「不浄なる者に裁きを!! ホーリーサークル!!」

 と更にミューラの放った拘束浄化術式が俺を追ってくる。
 いかん、アレにつかまったら逃げる事も出来ずに結界に閉じ込められる!

「ぬぉぉぉぉ!!」

 俺は大量の魔力を手のひらに集中させて後方に向かって放つ。
 圧倒的な魔力はミューラのホーリーサークルを破壊し、ついでにエアリアの魔法で燃え広がった気をなぎ倒して無理やり炎の延焼を食い止める。

「そんな! 聖なる円環が!?」

「一体何者なのアイツ!?」

 よしチャンスだ! 俺は物陰に隠れエアリア達の視界から逃れてから転移魔法で逃亡したのだった。
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