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2巻
2-3
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「ともあれ、陛下には俺から連絡しておく。伝えてほしい事はあるか?」
そうだなぁ。何か言っておいた方がいいか。
「あー、俺はあくまでも元の世界に帰りたい。だからこの世界に長居する気はないし、シルファリアを愛人にはしたけど、魔王の跡を継ぐ気もない。それでも俺が万が一にも魔王になるのが怖いのなら、世界中の賢者達を集めて、俺が元の世界に帰れるようにしてくれっつっといてくれ」
「またギリギリの要求だな。各国がそう簡単に自国の賢者をよこすと思うのか?」
バルザックは呆れたように言って、ワインをあおる。
「さぁね。だが俺を恐れつつも利用したいと思っているんだから、お互いの利益を考えれば賢者達を貸し出しても十分な元が取れるだろ」
「お前の異世界の知識目当てでか。お前も駆け引きが分かるようになってきたか。感慨深いねぇ」
わざとらしく「感動した」と言いながら、バルザックは二杯目のワインをあおった。適当すぎるぞおっさん。
「じゃあ俺は城に行ってくる。お前等は王都でデートでもしてきたらどうだ? 勿論その羽やら角やらは隠してもらわんといかんがな」
と言い残してバルザックは屋敷を出ていった。後は待つだけか。
「ふむ、それではデートとやらに行くとするか」
そう言って、シルファリアがやにわに立ち上がり俺の手を取る。
個人的にはダラダラする気満々だったのだが、シルファリアがこうまでノリノリなのでは仕方ない。俺は彼女を連れて、王都でのお忍びデートをする事にした。
「夫から話は聞いたわ。私がシルファリアさんのお洋服をコーディネートさせてもらうわね」
決意した直後、バルザックの奥さんが応接室に入ってくる。その後ろには様々な服を持ったメイドさん達の姿もあった。
「じゃあ早速お着替えタイムに入るから、トウヤ君は外で待っててね。魔族の女の子のコーディネートなんて初めてでお姉さん張り切っちゃうからー」
と言われるや否や、俺は押されるように部屋から追い出されたのだった。
「トウヤ様、お茶のお代わりはいかがでしょうか?」
部屋の外で待機していたバルザックの執事が、イスとテーブルを用意してお茶を勧めてくる。
「あ、貰います」
執事さんの優しさが身に染みるぜ。
第三話 勇者、デートをする
「い、いくぞトウヤ!」
復興の始まった王都の中を、俺の腕を引っ張って進むのは、愛らしいフリフリのドレスを着た美女だ。
美しい金髪とこの地方では珍しい褐色の肌、それに腰まであるケープマント。何より目立つのは、丸いキノコのような帽子だ。まるで童話の世界からやってきたような不思議で可愛いらしい姿。それこそが、魔王の娘シルファリアの今の姿であった。
今の彼女はこれまでのセクシーなドレスではなく、愛らしい衣装に着替え、セクシーレディからファンシーガールへとクラスチェンジを成し遂げていた。
というのも、彼女は魔王の娘である前に魔族だ。そのため、この町でデートするには魔族の特徴である羽と角を隠す必要があった。
「人間の衣装というのは気恥ずかしいな」
シルファリアが顔を真っ赤にしながら歩く。着慣れない人間の衣装に戸惑いを隠せないみたいだ。
ぶっちゃけさっきまで着ていたドレスの方が恥ずかしいのではないかと思うのだが、魔族と人間ではそこら辺の価値観が違うのだろう。
だが、その恥じらう振る舞いが愛らしい衣装をさらに引き立て、道行く人の視線を独占している事に彼女は気づいていない。
「似合ってるよ、シルファリア。とても可愛いよ」
「……っ!?」
一瞬、何を言われているのか理解出来なかったらしいシルファリアだったが、僅かに遅れて言葉の意味を理解し、全身が茹蛸のように真っ赤になる。ただでさえ褐色で目立っていた肌がさらに際立ってしまう。
「あ、あう……か、可愛い……」
どうやら可愛いとは言われ慣れていないらしく、シルファリアのキャパは早くも決壊寸前であった。
「飲み物でも買って町を散策しよう」
俺は手近な露店で飲み物を二つ買ってから、シルファリアの手を取って町中を歩いていった。
「この先には中央噴水があって、町の人達の憩いの場になっているんだ」
「噴水か……ま、魔族の町にも噴水はあるぞ」
「へぇ、そっちにもあるんだ」
「それに魔族の町には庭園もある。季節に応じた花が庭園の各区画で咲き乱れる様は見ものだぞ」
「なんか凄そうだなそれ」
「ああ、凄いぞ!」
始めは緊張していたシルファリアだったが、お互いの種族が暮らす町について話したりしているうちに、少しずつ緊張がほぐれていった。
「ほら、もうすぐ中央噴水だ」
俺達は、町の大通りの途中にある中央噴水までやってきた。だが、そこにあったのは俺のよく知る中央噴水ではなかった。
「あれ?」
「これは……壊れているな」
シルファリアの言うとおりだった。かつて王都に暮らす人々の心を潤してくれた中央噴水が、見るも無残に壊れていた。真っ二つである。
本来ならこの噴水の先端から水が噴出し、綺麗な円を描いて人々を楽しませてくれるのだが。哀れにも壊れた石柱は、その役目を放棄して眠りについていた。
「せっかく見に来たのにな」
おそらく、魔王四天王・風のバーストンが行った魔界大儀式で活性化した魔物の仕業だろう。
アイツの行った儀式がどれだけ危険なものだったのか、この壊れた噴水からもそれがうかがえる。アイツは魔界の存在を呼び寄せると言っていたが、呼び寄せたとして本当に操れたのだろうか?
魔界が一時的に繋がった余波だけでも、これだけの影響を及ぼしてるのだ。もし計画どおりにいっていたら、ろくな結果にはならなかっただろう。
「なぁトウヤ、あの者達は何をしているのだ?」
シルファリアが指差した先では人だかりが出来ており、人々がその先にいる誰かを見ていた。
「あれは、大道芸人かな?」
俺達の視線の先には、三人の男達が梯子に登ってバランスを取ったり、仲間の上を登ってポーズを取ったりしていた。
「芸人といって、珍しい芸をしてお金を貰う人達だよ」
「ほう、芸人……」
魔族の間では芸人という存在はいないのか、シルファリアは彼等を興味津々に見つめていた。
よくよく見ると、中央噴水の跡地には多くの芸人達がいた。
噴水の機能は壊れても、その設備の本来の役目である、人の憩う場としての機能は失っていないみたいだ。
「なぁトウヤ」
芸人達を見ながらシルファリアが言葉を発する。
「なんだい?」
もしかして芸人に憧れたとか? 魔王の娘が目指す職業かは分からないが、なりたいというのなら応援するのもやぶさかではない。
そんな風に考えていたら……
「あの中に魔族がいるぞ」
「……へ?」
しかし、その答えは俺にとって予想外のものだった。
「本当か?」
「ああ、間違いない」
俺の見える範囲にいる人達の中には、シルファリアのように角や羽を隠している者は見当たらない。多くが薄着の芸人達ばかりだ。
「変身魔法だな。魔法で姿を変えて普通の人間のように見せかけている。おそらくだが、魔族以外の種族もいるぞ」
「よく分かるな」
俺の褒め言葉に、シルファリアが誇らしげに胸を張る。胸を張る。
「ふふふ、そうだろうそうだろう。何しろ私はお前の役に立つ愛人だからな。お前のために何でもしてやるぞ。何でもシテやるぞ?」
こんな所で艶っぽい目をするのはおやめなさい。
「で、誰がスパイなんだ?」
「全員だ。この場にいる芸人は全て黒だな」
わーお。
まさか芸人が全員、魔族を始めとした多種族のスパイだとは思わなかったぜ。捕まえておいた方がいいのかなぁ。
が、シルファリアが警告してくる。
「捕まえようなんて思うなよ。お前なら全員を即座に戦闘不能に出来るだろうが、ここにはいない連中が警戒するぞ。最悪逃げるために市民を攻撃する可能性もある」
う、それは困るな。
「そもそも密偵というのは戦いが始まる前の平和ボケしている内から潜り込ませるものだ。魔族以外の種族の密偵もな。勿論他の国の人間もだ」
あー、それは分かるわ。日本もスパイ天国って言われてたもんなぁ。
「ここで手に入る情報は、市民の生活水準や噂など重要度が低い。それに、いつでも新しい密偵を送り込める場所だ。だから今は放置しておいて問題ないだろう。むしろここで密偵狩りをしたらトラブルしか発生しない。例えば、他国の密偵同士の縄張り争いがなくなり、特定の国家や種族の密偵が自由に行動出来るようになる。そうなると、大店の商会に潜り込んだ密偵のいる店が力を増し、金を差し出す事で有力貴族に働きかけやすくなるといった不都合が生じるようになる」
おおう、よく分からないが、スパイ数人でそんな問題が起こるのかよ。
「密偵は利用しろ。どうせ虫のようにポコポコ湧くんだ。ならば有効活用しないとな」
これ、この国の人間は気づいているのかなぁ?
「心配するな。この国の人間も他の国に密偵を放っているさ」
ファンタジー世界でも人間の欲望はなまぐさいなぁ。
「ともあれ、連中の芸は本物だ。各国の住民に受け入れられるように技を磨いているみたいだからな。今はそれを楽しませてもらおうじゃないか」
意外に神経が太いぜ。っていうか、さすがは魔王の娘。スパイの事とか政治にも詳しいんだな。
◇
「陛下にそのお嬢ちゃんの事は伝えたぞ」
デートを終えて屋敷に帰ってきた俺達は、同じく城から帰ってきたバルザックと夕食を食べながら今後の話をしていた。
「で、王様達は何だって?」
「頭を抱えていたよ」
ですよねー。
「とりあえずはお前達との会見を望んでいる。今後魔族は人間とどう接したいのか、などの情報を得たいという事だろうな。ところでこのポテトサラダは最高だな、さすがは俺の妻が作っただけある」
なるほど、それなら魔王の娘であるシルファリアは絶好の交渉相手という訳だ。
「まぁ、私は魔王の娘であっても領主ではないからな、権力はあるようでいてないぞ。それにトウヤにコテンパンに負けて愛人となった身だ。私を魔族との交渉材料にする事も出来ない。確かに芋料理といえば雑という印象だが、他の野菜なども入っていてなかなか繊細な気配りを感じる」
それだと俺が無理やり愛人にしたみたいじゃないですかー。
「我々もそこまでは望んでいない。ただ、魔族の王族たる君なら、残った魔族の貴族の考えも分かるのではないかと思ってね」
「役に立つか分からない見解で良ければお教えしよう。このソテーは美味いな」
「感謝する。ふふふ、俺の妻の自信作だからな」
どうでもいいけどお前等、真面目な話と飯の感想を一緒に言うなよ。ちなみに打ち合わせを兼ねた食事なので奥さんは同席していない。まったくもって気の利く人だ。
「という訳で、トウヤ、お前の責任は重大だぞ」
「え? 俺?」
いきなり俺に話が振られて驚いた。俺に何をしろと?
「いいか、シルファリア嬢は魔王の娘だ。そしてお前の話では武闘派でもある。だから陛下達を守るためにお前がシルファリア嬢を監視し、陛下達の安全を守るんだ」
「え? マジ? そういうのって城の騎士の役目じゃない訳?」
だが、バルザックはわざとらしくため息を吐く。
「お前なぁ、魔王の娘だぞ。実際に戦闘になれば、貴族クラスの魔族を相手に一般兵が敵う訳がないだろう。近衛騎士が出てきたとしても、彼らは陛下の他に大臣達も守らなくてはならない。一般兵を始めとして周囲に犠牲が出るのは必至だろうさ」
あー、そういうモンなんだ。俺的にはノリでシルファリアを全裸に剥いてしまったので、あんまり苦戦したって気がしないんだよなぁ。
「分かった。ちゃんと監視する」
「頼むぞ。それじゃあ明日の昼に城へ向かう」
「ああ、分かった」
「あと、後日一人で城に来て、姫君や貴族の娘達の相手もするように。彼女達はお前の愛人なんだからな。たまに相手をしてやらないと、拗ねて俺に苦情が来る」
「待った、何で姫様達が俺の愛人になってるんだ?」
そんな覚えはないんだが。
「全員と楽しんだだろ? あの時点で全員勇者の愛人扱いだから」
マジ!? でもアレは、俺の血をこの世界に残すための取引だったんじゃねーの!?
「ぶっちゃけ、お前はいつ元の世界に帰れるか分からんからな。お前がこの世界に残る事を決めた場合、自分達の国に定住してくれるように姫様達も必死なんだよ」
おおう、そういうのが嫌だから帰りたいんだがな。
「英雄として祭り上げられる代償だな。ちゃんと相手をしてやれ。お前が相手をして姫君達を大切に思っていると伝えてやれば、各国の王達もお前が敵に回る事はないと少しは安心する」
と言ったのはバルザックではなく、シルファリアだった。
「いいのか?」
俺が聞くのもアレだが、一応シルファリアは俺の愛人だしな。他の女の所に行く事に気分を悪くしないのだろうか?
「英雄に女が群がるのは当然だ。しかも国家の思惑が絡んでいるとなればなおさらだ。連中はお前が敵になる事を何よりも恐れている。魔王を倒した英雄だからな。だがそれと同じくらい、お前を利用したいとも思っている。だからお前は自分の身を守るためにも、姫君達を可愛がってやれば良いのだ」
とってもクレバー。
「それに私は魔族だからな。時が経ち、他の姫君達が老いても私は若いままだ。男として、若い愛人は喉から手が出るほど欲しいだろう?」
わー、なまぐさーい。でも確かにそうだよな。
「そこへいくと、お前のもう一人の愛人であるハーフエルフ、あれも賢いな」
ハーフエルフ……エアリアの事か? エアリアが賢いというのは一体どういう意味だ?
「聞けば、アレがお前の最初の愛人だったそうではないか。それが、他の女を許容する器の広さを見せたという。なるほど良い手だ」
え? そうなの?
「ハーフエルフはエルフほどではないが寿命は長い。だがそれなりに老いる。人間として老いるお前よりも、ゆっくりではあるが老いる女」
シルファリアが一息吐きつつワインをあおる。
「それは全く老いが見えない愛人相手では感じない、老いる者同士の共感を生み出す。そしてお前の死が近づく頃には、まだ若さを保ちつつも成熟した精神を宿した女が、お前の最期を看取ってくれる。それも最初の愛人がだ。どうだ? 男にとって理想的な死に様ではないか?」
むぅ、若い奥さんが最後まで看取ってくれる、確かに男としては本懐と言える死に様かもしれない。
「良い愛人を得たものだ。父上にはそんな出会いがなかった事が悔やまれる」
つまり、最後にはそこそこの若さを保ったエアリア大勝利という事か?
だから俺が愛人を持つ事を許してくれたと?
そう考えると……
「女の計算怖えー」
としか言えないんですけど。バルザックは完全にスルーを決め込んでいるし。
「そうか? 私はそこまでしてもお前をこの世界に止めたいという、健気な女だと思ったが?」
む、そういう考えもあるのか。
だが……俺は元の世界に帰らないといけない。
「向こうには、家族が待っているんだよ」
父さん、母さん、それに妹が待っているんだ。
「まぁ、お前の人生だ。好きに生きるといい。私としては、帰る前に子供さえ孕ませてくれればそれで問題ない」
結局そこに行き着くんですね。
第四話 勇者、国王に謁見する
翌朝、バルザックにエスコートされて城へとやってきた俺とシルファリアは、謁見の間で王様と面会をしていた。
「勇者よ、その者が魔王の娘か?」
「はい、彼女が魔王の娘シルファリアです」
俺がシルファリアを王様に紹介すると、彼女は自ら自己紹介をした。
「シルファリア・ルゥ・デ・ガレスだ、人間の王よ」
今日のシルファリアはいつもの赤いドレス姿だ。冠のような角も背中から生えた羽も丸出しで、魔族である事がバレバレだ。まぁ、さすがにバルザックの館から城までは、混乱を避けるために帽子とハーフマントで隠してたんだけど。
「う、うむ」
王様もさすがにやりにくそうだ。
しかし気になるのは、ここにいる人間達だ。何やら見覚えのない連中がいる。
俺も城の人間全てを知っている訳ではないが、こうして国王に謁見する時のメンツというのは、大抵決まっているのだ。
だというのに、今回のメンツは半分くらい知らない……いや、どっかで見た事があるような気もするのだが……
「バーデル陛下、挨拶はその辺で、本題に入りましょう」
見覚えのない連中の一人が、国王に意見を述べた。王様に勝手に話しかけられるあたり、この男は上位の貴族なのだろうか? 通常、一部の大臣や宰相などでなければ、王に話しかけるなんて不敬はしてはいけない。しかし、目の前の男はそれを行った。
「そうであるな。ではシルファリア王女よ、そなたがなぜ勇者と接触したのかを教えてもらおうか?」
しかし王様は怒る様子もなかった。それはともかく、シルファリアが返答する。
「簡単な事だ。父上を倒した勇者を倒して、魔王の座を継ぐつもりだった」
「勇者を倒す事で、そなたは魔王になれるのか?」
「そうだ、魔族は何より力を信奉する。故に魔王である父が死んだ今、勇者を倒した者が最も魔王に近い存在になる」
迷惑な話だなぁ。
「では、今後、勇者殿を狙って魔族が襲ってくるという事かね?」
今度は別の貴族が国王に代わって質問してきた。何なんだコイツ等?
「いや、その可能性は低いな。勇者は父を倒した豪の者だ。さらには四天王も全て倒している。そのような相手に戦いを仕掛けても殺されるだけだ。故に表立って勇者を殺そうとする者はいないだろう。むしろ元の世界に帰ると言っているのだから、帰るまで待つのが最良だ」
それからシルファリアは「魔族の寿命は人間よりも長いからな」と、付け加えた。
確かに相手がどれだけ強くても、自分達よりかなり寿命が短いのならばわざわざ戦う必要もない。長期的な戦略で考えると、魔族の戦い方は犠牲の出ない優れた策であった。
そうだなぁ。何か言っておいた方がいいか。
「あー、俺はあくまでも元の世界に帰りたい。だからこの世界に長居する気はないし、シルファリアを愛人にはしたけど、魔王の跡を継ぐ気もない。それでも俺が万が一にも魔王になるのが怖いのなら、世界中の賢者達を集めて、俺が元の世界に帰れるようにしてくれっつっといてくれ」
「またギリギリの要求だな。各国がそう簡単に自国の賢者をよこすと思うのか?」
バルザックは呆れたように言って、ワインをあおる。
「さぁね。だが俺を恐れつつも利用したいと思っているんだから、お互いの利益を考えれば賢者達を貸し出しても十分な元が取れるだろ」
「お前の異世界の知識目当てでか。お前も駆け引きが分かるようになってきたか。感慨深いねぇ」
わざとらしく「感動した」と言いながら、バルザックは二杯目のワインをあおった。適当すぎるぞおっさん。
「じゃあ俺は城に行ってくる。お前等は王都でデートでもしてきたらどうだ? 勿論その羽やら角やらは隠してもらわんといかんがな」
と言い残してバルザックは屋敷を出ていった。後は待つだけか。
「ふむ、それではデートとやらに行くとするか」
そう言って、シルファリアがやにわに立ち上がり俺の手を取る。
個人的にはダラダラする気満々だったのだが、シルファリアがこうまでノリノリなのでは仕方ない。俺は彼女を連れて、王都でのお忍びデートをする事にした。
「夫から話は聞いたわ。私がシルファリアさんのお洋服をコーディネートさせてもらうわね」
決意した直後、バルザックの奥さんが応接室に入ってくる。その後ろには様々な服を持ったメイドさん達の姿もあった。
「じゃあ早速お着替えタイムに入るから、トウヤ君は外で待っててね。魔族の女の子のコーディネートなんて初めてでお姉さん張り切っちゃうからー」
と言われるや否や、俺は押されるように部屋から追い出されたのだった。
「トウヤ様、お茶のお代わりはいかがでしょうか?」
部屋の外で待機していたバルザックの執事が、イスとテーブルを用意してお茶を勧めてくる。
「あ、貰います」
執事さんの優しさが身に染みるぜ。
第三話 勇者、デートをする
「い、いくぞトウヤ!」
復興の始まった王都の中を、俺の腕を引っ張って進むのは、愛らしいフリフリのドレスを着た美女だ。
美しい金髪とこの地方では珍しい褐色の肌、それに腰まであるケープマント。何より目立つのは、丸いキノコのような帽子だ。まるで童話の世界からやってきたような不思議で可愛いらしい姿。それこそが、魔王の娘シルファリアの今の姿であった。
今の彼女はこれまでのセクシーなドレスではなく、愛らしい衣装に着替え、セクシーレディからファンシーガールへとクラスチェンジを成し遂げていた。
というのも、彼女は魔王の娘である前に魔族だ。そのため、この町でデートするには魔族の特徴である羽と角を隠す必要があった。
「人間の衣装というのは気恥ずかしいな」
シルファリアが顔を真っ赤にしながら歩く。着慣れない人間の衣装に戸惑いを隠せないみたいだ。
ぶっちゃけさっきまで着ていたドレスの方が恥ずかしいのではないかと思うのだが、魔族と人間ではそこら辺の価値観が違うのだろう。
だが、その恥じらう振る舞いが愛らしい衣装をさらに引き立て、道行く人の視線を独占している事に彼女は気づいていない。
「似合ってるよ、シルファリア。とても可愛いよ」
「……っ!?」
一瞬、何を言われているのか理解出来なかったらしいシルファリアだったが、僅かに遅れて言葉の意味を理解し、全身が茹蛸のように真っ赤になる。ただでさえ褐色で目立っていた肌がさらに際立ってしまう。
「あ、あう……か、可愛い……」
どうやら可愛いとは言われ慣れていないらしく、シルファリアのキャパは早くも決壊寸前であった。
「飲み物でも買って町を散策しよう」
俺は手近な露店で飲み物を二つ買ってから、シルファリアの手を取って町中を歩いていった。
「この先には中央噴水があって、町の人達の憩いの場になっているんだ」
「噴水か……ま、魔族の町にも噴水はあるぞ」
「へぇ、そっちにもあるんだ」
「それに魔族の町には庭園もある。季節に応じた花が庭園の各区画で咲き乱れる様は見ものだぞ」
「なんか凄そうだなそれ」
「ああ、凄いぞ!」
始めは緊張していたシルファリアだったが、お互いの種族が暮らす町について話したりしているうちに、少しずつ緊張がほぐれていった。
「ほら、もうすぐ中央噴水だ」
俺達は、町の大通りの途中にある中央噴水までやってきた。だが、そこにあったのは俺のよく知る中央噴水ではなかった。
「あれ?」
「これは……壊れているな」
シルファリアの言うとおりだった。かつて王都に暮らす人々の心を潤してくれた中央噴水が、見るも無残に壊れていた。真っ二つである。
本来ならこの噴水の先端から水が噴出し、綺麗な円を描いて人々を楽しませてくれるのだが。哀れにも壊れた石柱は、その役目を放棄して眠りについていた。
「せっかく見に来たのにな」
おそらく、魔王四天王・風のバーストンが行った魔界大儀式で活性化した魔物の仕業だろう。
アイツの行った儀式がどれだけ危険なものだったのか、この壊れた噴水からもそれがうかがえる。アイツは魔界の存在を呼び寄せると言っていたが、呼び寄せたとして本当に操れたのだろうか?
魔界が一時的に繋がった余波だけでも、これだけの影響を及ぼしてるのだ。もし計画どおりにいっていたら、ろくな結果にはならなかっただろう。
「なぁトウヤ、あの者達は何をしているのだ?」
シルファリアが指差した先では人だかりが出来ており、人々がその先にいる誰かを見ていた。
「あれは、大道芸人かな?」
俺達の視線の先には、三人の男達が梯子に登ってバランスを取ったり、仲間の上を登ってポーズを取ったりしていた。
「芸人といって、珍しい芸をしてお金を貰う人達だよ」
「ほう、芸人……」
魔族の間では芸人という存在はいないのか、シルファリアは彼等を興味津々に見つめていた。
よくよく見ると、中央噴水の跡地には多くの芸人達がいた。
噴水の機能は壊れても、その設備の本来の役目である、人の憩う場としての機能は失っていないみたいだ。
「なぁトウヤ」
芸人達を見ながらシルファリアが言葉を発する。
「なんだい?」
もしかして芸人に憧れたとか? 魔王の娘が目指す職業かは分からないが、なりたいというのなら応援するのもやぶさかではない。
そんな風に考えていたら……
「あの中に魔族がいるぞ」
「……へ?」
しかし、その答えは俺にとって予想外のものだった。
「本当か?」
「ああ、間違いない」
俺の見える範囲にいる人達の中には、シルファリアのように角や羽を隠している者は見当たらない。多くが薄着の芸人達ばかりだ。
「変身魔法だな。魔法で姿を変えて普通の人間のように見せかけている。おそらくだが、魔族以外の種族もいるぞ」
「よく分かるな」
俺の褒め言葉に、シルファリアが誇らしげに胸を張る。胸を張る。
「ふふふ、そうだろうそうだろう。何しろ私はお前の役に立つ愛人だからな。お前のために何でもしてやるぞ。何でもシテやるぞ?」
こんな所で艶っぽい目をするのはおやめなさい。
「で、誰がスパイなんだ?」
「全員だ。この場にいる芸人は全て黒だな」
わーお。
まさか芸人が全員、魔族を始めとした多種族のスパイだとは思わなかったぜ。捕まえておいた方がいいのかなぁ。
が、シルファリアが警告してくる。
「捕まえようなんて思うなよ。お前なら全員を即座に戦闘不能に出来るだろうが、ここにはいない連中が警戒するぞ。最悪逃げるために市民を攻撃する可能性もある」
う、それは困るな。
「そもそも密偵というのは戦いが始まる前の平和ボケしている内から潜り込ませるものだ。魔族以外の種族の密偵もな。勿論他の国の人間もだ」
あー、それは分かるわ。日本もスパイ天国って言われてたもんなぁ。
「ここで手に入る情報は、市民の生活水準や噂など重要度が低い。それに、いつでも新しい密偵を送り込める場所だ。だから今は放置しておいて問題ないだろう。むしろここで密偵狩りをしたらトラブルしか発生しない。例えば、他国の密偵同士の縄張り争いがなくなり、特定の国家や種族の密偵が自由に行動出来るようになる。そうなると、大店の商会に潜り込んだ密偵のいる店が力を増し、金を差し出す事で有力貴族に働きかけやすくなるといった不都合が生じるようになる」
おおう、よく分からないが、スパイ数人でそんな問題が起こるのかよ。
「密偵は利用しろ。どうせ虫のようにポコポコ湧くんだ。ならば有効活用しないとな」
これ、この国の人間は気づいているのかなぁ?
「心配するな。この国の人間も他の国に密偵を放っているさ」
ファンタジー世界でも人間の欲望はなまぐさいなぁ。
「ともあれ、連中の芸は本物だ。各国の住民に受け入れられるように技を磨いているみたいだからな。今はそれを楽しませてもらおうじゃないか」
意外に神経が太いぜ。っていうか、さすがは魔王の娘。スパイの事とか政治にも詳しいんだな。
◇
「陛下にそのお嬢ちゃんの事は伝えたぞ」
デートを終えて屋敷に帰ってきた俺達は、同じく城から帰ってきたバルザックと夕食を食べながら今後の話をしていた。
「で、王様達は何だって?」
「頭を抱えていたよ」
ですよねー。
「とりあえずはお前達との会見を望んでいる。今後魔族は人間とどう接したいのか、などの情報を得たいという事だろうな。ところでこのポテトサラダは最高だな、さすがは俺の妻が作っただけある」
なるほど、それなら魔王の娘であるシルファリアは絶好の交渉相手という訳だ。
「まぁ、私は魔王の娘であっても領主ではないからな、権力はあるようでいてないぞ。それにトウヤにコテンパンに負けて愛人となった身だ。私を魔族との交渉材料にする事も出来ない。確かに芋料理といえば雑という印象だが、他の野菜なども入っていてなかなか繊細な気配りを感じる」
それだと俺が無理やり愛人にしたみたいじゃないですかー。
「我々もそこまでは望んでいない。ただ、魔族の王族たる君なら、残った魔族の貴族の考えも分かるのではないかと思ってね」
「役に立つか分からない見解で良ければお教えしよう。このソテーは美味いな」
「感謝する。ふふふ、俺の妻の自信作だからな」
どうでもいいけどお前等、真面目な話と飯の感想を一緒に言うなよ。ちなみに打ち合わせを兼ねた食事なので奥さんは同席していない。まったくもって気の利く人だ。
「という訳で、トウヤ、お前の責任は重大だぞ」
「え? 俺?」
いきなり俺に話が振られて驚いた。俺に何をしろと?
「いいか、シルファリア嬢は魔王の娘だ。そしてお前の話では武闘派でもある。だから陛下達を守るためにお前がシルファリア嬢を監視し、陛下達の安全を守るんだ」
「え? マジ? そういうのって城の騎士の役目じゃない訳?」
だが、バルザックはわざとらしくため息を吐く。
「お前なぁ、魔王の娘だぞ。実際に戦闘になれば、貴族クラスの魔族を相手に一般兵が敵う訳がないだろう。近衛騎士が出てきたとしても、彼らは陛下の他に大臣達も守らなくてはならない。一般兵を始めとして周囲に犠牲が出るのは必至だろうさ」
あー、そういうモンなんだ。俺的にはノリでシルファリアを全裸に剥いてしまったので、あんまり苦戦したって気がしないんだよなぁ。
「分かった。ちゃんと監視する」
「頼むぞ。それじゃあ明日の昼に城へ向かう」
「ああ、分かった」
「あと、後日一人で城に来て、姫君や貴族の娘達の相手もするように。彼女達はお前の愛人なんだからな。たまに相手をしてやらないと、拗ねて俺に苦情が来る」
「待った、何で姫様達が俺の愛人になってるんだ?」
そんな覚えはないんだが。
「全員と楽しんだだろ? あの時点で全員勇者の愛人扱いだから」
マジ!? でもアレは、俺の血をこの世界に残すための取引だったんじゃねーの!?
「ぶっちゃけ、お前はいつ元の世界に帰れるか分からんからな。お前がこの世界に残る事を決めた場合、自分達の国に定住してくれるように姫様達も必死なんだよ」
おおう、そういうのが嫌だから帰りたいんだがな。
「英雄として祭り上げられる代償だな。ちゃんと相手をしてやれ。お前が相手をして姫君達を大切に思っていると伝えてやれば、各国の王達もお前が敵に回る事はないと少しは安心する」
と言ったのはバルザックではなく、シルファリアだった。
「いいのか?」
俺が聞くのもアレだが、一応シルファリアは俺の愛人だしな。他の女の所に行く事に気分を悪くしないのだろうか?
「英雄に女が群がるのは当然だ。しかも国家の思惑が絡んでいるとなればなおさらだ。連中はお前が敵になる事を何よりも恐れている。魔王を倒した英雄だからな。だがそれと同じくらい、お前を利用したいとも思っている。だからお前は自分の身を守るためにも、姫君達を可愛がってやれば良いのだ」
とってもクレバー。
「それに私は魔族だからな。時が経ち、他の姫君達が老いても私は若いままだ。男として、若い愛人は喉から手が出るほど欲しいだろう?」
わー、なまぐさーい。でも確かにそうだよな。
「そこへいくと、お前のもう一人の愛人であるハーフエルフ、あれも賢いな」
ハーフエルフ……エアリアの事か? エアリアが賢いというのは一体どういう意味だ?
「聞けば、アレがお前の最初の愛人だったそうではないか。それが、他の女を許容する器の広さを見せたという。なるほど良い手だ」
え? そうなの?
「ハーフエルフはエルフほどではないが寿命は長い。だがそれなりに老いる。人間として老いるお前よりも、ゆっくりではあるが老いる女」
シルファリアが一息吐きつつワインをあおる。
「それは全く老いが見えない愛人相手では感じない、老いる者同士の共感を生み出す。そしてお前の死が近づく頃には、まだ若さを保ちつつも成熟した精神を宿した女が、お前の最期を看取ってくれる。それも最初の愛人がだ。どうだ? 男にとって理想的な死に様ではないか?」
むぅ、若い奥さんが最後まで看取ってくれる、確かに男としては本懐と言える死に様かもしれない。
「良い愛人を得たものだ。父上にはそんな出会いがなかった事が悔やまれる」
つまり、最後にはそこそこの若さを保ったエアリア大勝利という事か?
だから俺が愛人を持つ事を許してくれたと?
そう考えると……
「女の計算怖えー」
としか言えないんですけど。バルザックは完全にスルーを決め込んでいるし。
「そうか? 私はそこまでしてもお前をこの世界に止めたいという、健気な女だと思ったが?」
む、そういう考えもあるのか。
だが……俺は元の世界に帰らないといけない。
「向こうには、家族が待っているんだよ」
父さん、母さん、それに妹が待っているんだ。
「まぁ、お前の人生だ。好きに生きるといい。私としては、帰る前に子供さえ孕ませてくれればそれで問題ない」
結局そこに行き着くんですね。
第四話 勇者、国王に謁見する
翌朝、バルザックにエスコートされて城へとやってきた俺とシルファリアは、謁見の間で王様と面会をしていた。
「勇者よ、その者が魔王の娘か?」
「はい、彼女が魔王の娘シルファリアです」
俺がシルファリアを王様に紹介すると、彼女は自ら自己紹介をした。
「シルファリア・ルゥ・デ・ガレスだ、人間の王よ」
今日のシルファリアはいつもの赤いドレス姿だ。冠のような角も背中から生えた羽も丸出しで、魔族である事がバレバレだ。まぁ、さすがにバルザックの館から城までは、混乱を避けるために帽子とハーフマントで隠してたんだけど。
「う、うむ」
王様もさすがにやりにくそうだ。
しかし気になるのは、ここにいる人間達だ。何やら見覚えのない連中がいる。
俺も城の人間全てを知っている訳ではないが、こうして国王に謁見する時のメンツというのは、大抵決まっているのだ。
だというのに、今回のメンツは半分くらい知らない……いや、どっかで見た事があるような気もするのだが……
「バーデル陛下、挨拶はその辺で、本題に入りましょう」
見覚えのない連中の一人が、国王に意見を述べた。王様に勝手に話しかけられるあたり、この男は上位の貴族なのだろうか? 通常、一部の大臣や宰相などでなければ、王に話しかけるなんて不敬はしてはいけない。しかし、目の前の男はそれを行った。
「そうであるな。ではシルファリア王女よ、そなたがなぜ勇者と接触したのかを教えてもらおうか?」
しかし王様は怒る様子もなかった。それはともかく、シルファリアが返答する。
「簡単な事だ。父上を倒した勇者を倒して、魔王の座を継ぐつもりだった」
「勇者を倒す事で、そなたは魔王になれるのか?」
「そうだ、魔族は何より力を信奉する。故に魔王である父が死んだ今、勇者を倒した者が最も魔王に近い存在になる」
迷惑な話だなぁ。
「では、今後、勇者殿を狙って魔族が襲ってくるという事かね?」
今度は別の貴族が国王に代わって質問してきた。何なんだコイツ等?
「いや、その可能性は低いな。勇者は父を倒した豪の者だ。さらには四天王も全て倒している。そのような相手に戦いを仕掛けても殺されるだけだ。故に表立って勇者を殺そうとする者はいないだろう。むしろ元の世界に帰ると言っているのだから、帰るまで待つのが最良だ」
それからシルファリアは「魔族の寿命は人間よりも長いからな」と、付け加えた。
確かに相手がどれだけ強くても、自分達よりかなり寿命が短いのならばわざわざ戦う必要もない。長期的な戦略で考えると、魔族の戦い方は犠牲の出ない優れた策であった。
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