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第125話 無人の都市

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「我が名は魔王シルファリエル! 我に聖剣を渡して貰おうか!」

 俺達が聖剣を求めて来たように、真なる魔王もまた聖剣を求めてこの聖教都市へとやって来た。

「参ったな、まさか向こうの狙いも同じだったとは」

 どうやら真なる魔王は玉座にふんぞり返って部下の報告を聞くタイプではなく、自分からアクションを起こすタイプだった様だ。

「魔王だって!? 魔王は勇者様に倒されたんじゃなかったのか⁉」

「シルファリエルって言ってたけど、もしかして新しい魔王なのか!?」

「そんな、この間倒されたばかりだぞ!?」

 町の中は突然現れた魔王に大パニックだ。

「だがこれはチャンスだ」

 俺はミューラを見て言う。

「この騒ぎを利用して聖剣を盗む。行くぞミューラ」

「え? 協力を取り付けるんじゃないんですか? 魔王が現れたのに?」

 ミューラは教会と共闘するんじゃないのかと困惑しているが、それは無理だ。

「教会の連中から見ればシルファリアは俺の仲間だ。中身が乗っ取られていると言っても信じないだろう」

 いやホント、俺達はあいつ等と袂を分かったのだ。だとすれば俺の言葉を信じる可能性は0に近い。

「だからこの騒ぎを利用して聖剣を奪う。後の事はその時になってから考えれば良い!」


 俺は店の娘達に書類と金目の物を急ぎ用意させると、急ぎ彼女達を転移魔法で避難用のミナミッカ群島の村へと運んだ。
 イナカイマは真なる魔王に知られているからな、あそこにはもう誰も居ない。



 全員を送ってから聖教都市に戻って来ると、ミューラの姿がなかった。
ドアが開いているのに気付いた俺は、すぐに店の外に出ると、そこには魔物と戦うミューラの姿があった。

「はぁっ!」

ミューラは襲ってきた魔物の腕にメイスを叩きつけて下がらせる。

「ギャギィッ!?」

見た目の儚さの割りに戦いなれたミューラに驚く魔物。
当然だ。ミューラは勇者と共に魔王を倒す旅をしてきた聖女だぞ?

俺はすぐさま剣を抜いてミューラの援護に出る。

「大丈夫かミューラ!?」

「はい! でも町の中に魔物が侵入してきたみたいです」

「町に!? 結界が破られたのか!?」

「おそらくは」

 他の町よりも強力な結界で守られている筈の聖教都市に魔物が侵入したと言う事は、恐らくは真なる魔王の仕業だろう。
 
「トウヤさん、早く町の人達を守らないと!」

 これ以上、無辜の民が襲われるのは耐えられないとミューラは俺を急かす。

「いや、聖剣の入手が先だ」

「そんな!?」

 ミューラは町の住人を見捨てるのかと俺を非難するような目で見つめて来る。

「落ち着け、見捨てる訳じゃない。良く考えろ。魔物達は結界が破壊されたから侵入してきたんだろ? だとすればまずは結界を張り直すのが最優先だ」

「それは、分かりますが」

 その間にも人々が犠牲になっているとミューラは言いたいんだろう。

「けど、結界を再び張っても真なる魔王が居たらすぐにまた破壊されてしまう。それじゃあ意味がないだろう。俺達が今するべき事は、聖剣を手に入れて真なる魔王と戦える様になる事だ」

 真なる魔王を倒すには聖剣が必要不可欠。
 あの邪剣がある以上、武器が無ければ不利な戦いになるのは必至だ。
 たとえシルファリアと殺し合いをする訳ではなくても、彼女を撤退させるためにはやはり聖剣を先に手に入れる必要がある。
 相手は聖剣を奪いに来たのだから、俺が先に手に入れれば町を襲う理由がなくなるのだ。

「町の防衛はこの町の聖騎士や神官達に任せれば良い。その為に彼等は日夜訓練を繰り返してきたんだろう? なに、真なる魔王と戦う事は出来なくても、町の住人の避難くらいは出来るさ」

 そうだ、この町にだって防衛用の戦力は揃っている。だったら彼等に任せられるところは任せるべきだろう。

「そう……ですね」

 まだ納得がしきれないらしいが、それでもミューラはかろうじて俺の言葉に従う。
 その気持ちも聖騎士達が戦っている姿を見れば払拭できるだろう。
 仮にも教会の総本山の守り手だ。戦力は十分揃っている筈なのだ。

「さあ、行くぞミューラ!」

「……っはい!」

 覚悟を決めたミューラが強い声で返事をし、俺達は走り出した。



「一体どうなっているんだ!?」

簡潔に言って、町の中は地獄絵図だった。
 町は火に包まれ、人々は魔物に襲われていた。

「そんな……聖騎士達は!? 司祭様達は!?」

 ミューラが悲鳴のような声を上げて周囲を見回す。
 それも当然だ。
 町の人々が襲われているというのに、町を守る聖騎士達の姿は、どこにもなかったのだから。

「サンダーランス!」

「ホーリーライト!」

 俺達はすぐ傍に居た町の住人達を襲おうとしていた魔物達を一掃し、彼等を保護する。
 人助けと、情報収集の為だ。

「大丈夫か!?」

「あ、ありがとう……ござ、ううっ!」

 どうやら魔物に襲われて怪我をしていたらしい。
 ミューラがすぐに回復魔法を唱えて傷を癒す。

「おお、ありがとうございます司祭様。私達を見捨てて逃げたのかと勘違いして、申し訳ございませんでした……」

 ん? 今おかしな事言ったぞ?

「ちょっとまった、今なんて言った?」

 俺が問い詰めると、怪我をしていた男が申し訳なさそうに項垂れる。

「それが、空に魔王と名乗る魔族が現れた途端、司祭様達は悲鳴を上げてどこかに行ってしまわれて……」

 まさかそれ、逃げたのか?

「トウヤさん……」

 ミューラも同じ考えに至ったのだろう。
 その顔は青ざめている。

「ですが、司祭様達は私どもを助けてくださいました。ありがとうございます」

 彼等は完全に俺達をこの町の司祭と聖騎士かなにかと、勘違いしているみたいだ。

「いえ、私は……」

 ミューラもなんと言えば良いのかと困惑している。
 確かにここで俺達が教会の人間と言えば彼等は安心するだろう。
 だがそれでは誰も救われない。教会の人間が逃げ出したのは事実なのだから。
 態勢を立て直す為にどこかに集まっている可能性もあるが、周囲を見た感じではとてもそうは思えない。
 全ての聖騎士達が町の住人が襲われているのを見捨てて本部に戻るとは思えないのだ。
 つまり、司祭と聖騎士達は逃げたと考えた方が良いだろう。
 だから俺は真実を告げる。
 彼らが生き残る道を模索する為に。

「俺達は教会の人間じゃない」

「え? でもそちらの司祭様は?」

「彼女は他の町の司祭だ。この町の司祭達は皆逃げだした」

「そ、そんな!?」

 残酷な真実に町の人達が絶望の顔になる。

「トウヤさん!?」

 さすがに言い過ぎだとミューラが俺を責める。
 だが仕方がないんだよミューラ。

「本当の事を教えないとここから逃げるのは難しいだろ」

 俺は町の住人達に向き直る。

「いいか、生き残りたいのなら俺達の言う事をしっかり聞くんだ」

「は、はひっ!」

 町の住人が怯えた様子で俺達を見る。
 そりゃそうだ、この町の司祭達が逃げ出したのなら、俺達に見捨てられたらもう助かる方法はなくなるのだから。
 さっきまで魔物に襲われていた事もあって、町の住人は俺を素直に聞いた。

 ◆

 俺達は町の住人を連れて一番近い出口へと向かって走る。
 本来なら聖剣の奪取が最優先なんだが、この状況で聖剣を取りに行ったら町の住人は全滅だ。

 だから俺達は住人の救助を最優先で動いていた。
 エアリア達の協力が欲しかったが、彼女達は既にエリクサーを作る為に現地で行動している。
 転移魔法は一度行った場所に移動するものだから、彼女達の現在位置に向かうのは不可能だ。
 全員を連れて来る前にこの都市は全滅してしまうだろう。

 その為、今動かせる戦力は俺とミューラだけだった。
 ハジメデ王国とツギノ王国の王子達に協力を仰いで戦力を貸してもらう手もあったが、この聖教都市は二つの国から離れているし、転移魔法では連れていける人数が限られる。
 結局、俺達だけでやるしかなかった。

「あそこに襲われている人が!」

 助けた町の住人が襲われている他の住人を指さす。

「ファイアランス!」

そして俺達が魔物を倒して住民を救う。
 そうやって、俺達はどんどん人を増やして移動していた。

「ギャオオオウッ‼」

 人が増えれば魔物にも見つかりやすくなる。
 勿論それも狙い通りだ。
 この集団は俺達が確実に守る為の集団でもあり、同時に魔物をおびき寄せる為の囮でもある。
 俺達の下に魔物がやってくれば、他の場所にいる住人達が魔物に襲われる可能性が減るからだ。
 まぁ、これはミューラにも町の住人にも内緒だけどな。

 ともあれ、そうこうしている間に俺達は出口である門へとやって来た。

「やはり居ませんね」

 ミューラの言う『居ない』というのは、門を守る為の衛兵達だ。
 最初は教会のエライさんだけが逃げ出したのかと思ったが、ここまで来ると不自然極まりないな。
 まさか門番に至るまで逃げ出しているなんて。

「一体どうなっているんでしょうか?」

 ミューラが不安そうに俺に寄り添ってくる。

「ミューラ、町の人達を連れて脱出してくれ。そうだな、森の中あたりで結界を張って安全を確保したら連絡をくれ」

「トウヤさんはどうするんですか?」

 ミューラは聞いてくるが、俺の答えは既に分かっているんだろう。不安そうに俺を見つめる。
「聖剣を手にれる。そんで真なる魔王に聖剣を見せつければ、この町を襲う理由もなくなる。最初の予定通りだ」

 他の場所にいる町の住民を助けるとは言わなかった。
 俺達二人では明らかに手が足りないからだ。
 ミューラもそれは分かっているのだろう。それ以上の事は聞いてこなかった。 
 せめて今守れる人だけでも救わないと、そう考えているのだろう。

「気を付けてくださいね」

「ああ、任せろ。すぐに終わらせる」

「皆さん、あとは彼女が皆さんを安全な場所まで連れて行ってくれます。だから安心してください!」

「えっ!? では貴方は!?」

 町の人々は、魔物を倒してくれた俺が居なくなる事を不安がる。

「魔王は聖剣を求めています。だから俺が先に聖剣を手に入れて魔王に見せれば、魔王も目的を失ってこの町から撤退する事でしょう」

 俺がそう宣言すると、町の住人達は困惑した様子を見せる。

「その……貴方様はこの町の方でないから知らないのも無理はありませんが、聖剣は勇者様と聖女様でなければ触れる事が出来ないのです。代々の司祭様達でも聖剣触れる事は出来なかったのです」

「そうですよ。いくら貴方が強くても、聖剣を手にするのは無理です。一緒に逃げましょう!」

 本音としては一緒に逃げて魔物から守ってほしいのだろう。けれど、彼等の俺への心配もまた本心からの言葉である事が感じられる。

「大丈夫ですよ」

 俺は彼等に微笑みかける。

「聖剣なら以前にも抜いた事がありますから」

「え?」

 キョトンとした顔で俺を見る住人達。
 そりゃそうだ、聖剣を手にすることが出来るのは勇者と聖女の二人だけ。
 そして俺が男なのは明白なので、残るは一人だけだ。

「俺の名はトウヤ=ムラクモ。以前は勇者と呼ばれていました」

 俺の言葉に町の人々が目を丸くする。

「ゆ、勇者様!?」

「勇者様だって!?」

「けど勇者様は貴族と喧嘩して姿を晦ましちまったって……」

 うんうん、狙い通りの反応だ。

「教会の人間は皆さんを見捨てて自分達だけ逃げ出しました! ですが俺は見捨てたりなんてしません!」

 この言葉は最初にこの町の住人を助けた時から考えていた。

「思い出してください。ここに来るまで聖騎士も司祭も誰も居なかった。誰も襲われている皆さんを助けようとはしなかった! けど俺達は違う! 俺と聖女は違う!」

 町の住人達が俺とミューラを見る。

「じゃあ、この方が聖女様……」

「勇者様……」

「聖女様……」

 人々が次々と跪いていく。

「勇者トウヤは腐敗した教会の人間達とは違う! 聖女ミューラは君達を見捨てない!」

「え? えっと……え?」

 ミューラが状況に付いて行けずにオロオロしているが、すまん後で説明するから我慢してくれ。

「俺達は神の使いとなって君達を守る! 正しく神の教えを守る者達を、俺達が皆を守って見せる!」

「「「「「お、おおぉぉぉぉぉっ!!」」」」」

 町の人々が喜びの籠った歓声を上げる。

 せっかくなので、教会は俺達が乗っ取る事にしよう。
 家主司祭達が居ないんだから良いよね!
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