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第116話 勇者、財宝を見せる

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「とりあえずこんなもんか」

 レイリィに会う前に、財宝の詳細を調べる事となった俺達は、一旦イナカイマ村へと帰ってきた。
 そして屋敷のリビングの床に魔法の袋から取り出した財宝の数々を片っ端から並べていく。
 壁の端から端まで並べ、それでも並べ足りないからまた反対側の端へと並べてゆく。
 そしてとうとう並べるスペースが無くなってしまったので、残りの財宝は一旦置いておいて、外に出した分を先に調べる事となった。
 まぁ調べるのは俺じゃなくてサリア達貴族組なんだけどな。
 彼女達は思い思いに目を引いた財宝の下へと向かってゆく。

「これはまた……とんでもない量ですねぇ」

珍しくお宝に興味のないミューラまでお宝鑑定会に参加している。
 彼女の場合、鑑定というよりは美術館で鑑賞する気分みたいだが。
 実際、ここにあるお宝は大半が芸術品と呼んで差し支えない品ばかりだ。
 台座とケースを用意すればちょっとした美術館の完成である。

『勇者様、私も財宝を鑑賞して宜しいでしょうか?』

 と、足元にいつの間にか存在していた木箱こと、ウォーターゴーレムが鑑定会への参加許可を求める。
 というかだな、こっそり足元へやって来るの止めろ。気配がないから不意を突かれるんだよ。

「ま、まぁ別に構わないけど。液体の体なんだから、絵画には触れない様に気をつけろよ」

『感謝致します』

 木箱から伸びた液体の触手でノッシノッシとお宝の下へ向かってゆくウォーターゴーレム。
 人工生物にも美醜の価値は理解できるのだろうか?
 というか何故薬でもない財宝になど興味を示したのか。
 図書館の件といい、全く以ってよく分からない存在である。

「魔法の袋にため込んでいるのは知っていたけど、ここまでため込んでいたなんてね。バラサの町で屋敷を立てるのに使ったお金なんて、本当に微々たるものだったのね」

 とはエアリアの弁だ。お宝は金目の物程度の認識でしかない彼女は芸術品の鑑定をする気はなく、単純に金銭的価値だけでモノを見ている様だ。絵画などの美術品は無視して、宝石類だけを見ている事からそれが分かる。

 ◇

 トウヤ様の取り出した財宝の数々は凄まじい物でした。
 彼の懐に縛り付けれていた魔法の袋の中には、古今東西の様々な財宝が貯蔵されており、軽く見ただけでも小国を国ごと購入できるだけの財宝だと理解が出来ます。
 とはいえ、それは財宝を求める者達に対し、ふさわしい価値と量の財宝を時期を見極めて運用すればという注釈が付きますが。
 トウヤ様に足りないのは財宝の価値と知識、そしてそれを相手に与える事でどれだけの効果を生み出すかという交渉の知識です。
 正直姫である私では、どこまで交渉のお役に立つか分かりません。
 ですが、財宝の価値ならば一過言あると自負しております。
 かつての我が国は北方の国家群において、食料の輸入で財を成した国。
 周辺国からの輸入量調整を融通してもらう為の贈り物で、財宝を見る目は肥えています。
 私が眠った後の財宝についてはよく分かりませんが、財宝なら大体価値なんて勘で分かりますから問題ありません!
 この知識を最大限活用して、トウヤ様にこの財宝の由来と価値をしっかりお教えいたしましょう!
 決して、決して我が国を脱出する際の財宝を、適当かつザルにお与えになった事にプンプンな訳ではありません!

 ◇

 恐ろしい事ですねぇ。
 トウヤさんの所有している財宝は本当に恐ろしいです。
 なにしろこの財宝達の中には、恐ろしい程歴史的価値のある品々が混ざっているのですから。
 ただ美術的価値があるだけではありません。例えば一つ(・・)の(・)国(・・)が(・)生まれる(・・・・)に至った伝説的な品すらもこの財宝の中にはあるのですから。

 考えてみれば当然の事なのかもしれません。
なにせトウヤさんは世界中を旅してまわった勇者。
常人では入り口にたどりつく事さえ困難な遺跡迷宮秘境神域ありとあらゆる未知の財宝が隠された場所を踏破された方なのですから、歴史がひっくり返るような財宝の一つや二つ、知らずに手にしていても何らおかしくはないのです。
 本当に恐ろしいお方です。
 そう、私の目の前にある、失われた筈の極東の国の神剣があるくらい当然の事なのでしょう。
 ……正直どうしましょうかコレ?

 私がこの剣を手に取ったとき、どれだけ力を入れても鞘から抜けない事に不審を抱きトウヤさんに問いました。

「ちなみにトウヤさん。この剣抜けたりしますか?」

「ん? どーだろ?」

 そういって私から剣を受け取ったトウヤさんは、リンという音と共にスルリと何の抵抗も無く剣を抜いてしまいました。
 明らかになにやら怪しい剣だと思った私は、自分の記憶からその剣が極東の国の剣に似た形状をしている事に気付きました。確か刀という剣です。
 更に極東の国の名前を思い出したことで、以前呼んだ極東の書物に書かれていた神剣と形も色もそっくりである事に思い至ったのです。
 なにより刀身からいかにも神聖っぽいオーラが漂っていますから、多分間違いないでしょう。
 既に皇帝の地位を失った私がコレの存在を極東の国家に教えてしまうのは政治的に非常に危険な行為でしょう。
 なにせ極東ではこの剣と現存する残り二つの秘宝を手に入れた者こそ、国を治める王になると言われている絶対統治権限の証なのですから。
 今の私は一介の人妻でしかありませんが、帝国の元皇帝でもあります。
 人妻という響きは素敵ですね、ええ素敵です。
 ともあれ、私が国家運営に影響を及ぼす発言を行えば、極東、そして帝国にも大きな政治的不安を生み出しかねません。

 更に言えばトウヤさんがコレを持っている事を帝国に教えれば、帝国はトウヤさんからなんとかして神剣を譲ってもらい、手に入った神剣を極東侵攻の切り札とするでしょうからやはり口外する事も出来ません。
 ここはやはりこの秘宝の事は黙秘し、トウヤさんにだけ二人きりの時に内緒でお教えいたしましょう。

 まったく、帝位を退いた後だというのに、何故このような恐ろしい事実に気付いてしまったのでしょう。
 きっと他にも口外してはいけない恐ろしい財宝があるのでしょうね。
 今の内に財宝のお素性を確認して、外に出してはいけない物を教えて差し上げないと。

 あ、今の私とっても良妻っぽいですね! 夫の不足を補う妻の鏡っぽいです!
 これはポイント高いですよ! 一番最後に妻の座に座った私ですが、これでトウヤさんの信頼と愛情を大幅に稼ぐ事が出来ますね!
 皇帝にもなっておくものですね!

 ◇

「まぁ……」
 最初、私は自分の目がおかしくなったのかと思いました。
 でも、それは間違いだと気付きました。
 たとえ私の目がおかしくなろうとも、ソレの放つ聖なる輝きは私の魂に訴えかけてきていたのですから。
 聖杯、神が人間に授けた形ある加護の象徴。
 聖剣と並んで人間に恩恵を与える伝説の聖遺物。

 でもこれは数百年前に失われた品の筈。
 トウヤさんは一体どこでこれを手に入れたのでしょうか?
 ……いえ、聞くだけ無駄でしょうね。
 なにせ他のお宝と一緒くたにしまわれていたのですから、コレが何かも知らなかった事でしょう。
 金色の派手な容器だなぁ位に思ったのではないでしょうか? 
 きっとそうです。
 
 でもそこは問題ではありません。
 重要なのはこの聖杯をどうするかです。
 本来なら教会に安置するのが正しいのですが、私は協会とは袂を分かった身。
今更教会に戻る事は叶いません。
更に言えば、現在の教会の内部は腐敗しきっています。このタイミングで聖杯を差し出せば、最悪神がトウヤ様を打倒する為に聖杯をお授けになられたと言って反勇者活動に利用しかねません。

やはり現状では聖杯はトウヤさんに持っていてもらった方が良いですね。
魔王を倒したとはいえ、今の世の中はまだまだ不安定です。
再び聖杯が失われるかもしれない危険を冒す必要もないでしょう。
 聖杯については、後でこっそりトウヤさんにお教えすると言う事で。

 それにしても、聖剣に選ばれただけではなく、聖杯まで手に入れてしまわれるとは。
 やはりトウヤさんこそ神に選ばれた真の勇者なのですね。
 力だけではなく、心も勇者に相応しいお方。
 だからこそ、魔王を討伐した後も神はトウヤさんに加護を与えて下さっているのですね。

 神よ、勇者様とめぐり合わせて頂いてありがとうございます。

 ◇

「あっちゃ~」

 私は思わずそう口走ってしまった。
 けどそれも仕方がない事。
 だって、私の目の前にはとんでもない物が転がっているのだから。

 真っ黒な、一見炭かと見まがう石ころ。
 でもこの石ころこそはこの世のどんな鉱物よりも価値のある石ころ。
 少なくとも私達魔法使いにとっては。
 あらゆる魔力を注ぎ込まれ、あらゆる色をその身に宿した事で純黒に染まった石ころ。
 それはこの石ころに【全て】が詰まっているという証。

 名を【賢者の石】

 魔法を極めた魔法使いにのみ到達できる至高の物質。
 世界最高の魔法使いと噂される、魔導国家の女王ですら作り出す事の出来ない石ころ。
 莫大な魔力を内包していて、この石ころを素材として使えば、あらゆる薬、マジックアイテムを至高の逸品へと昇華させる力。
 お爺さまに聞いた話じゃ、物質の【格】を極限まで押し上げ、神の御業の足元にまで至る物にすると言っていたわ。
 曰く、只の石ころを神の金属であるオリハルコンにする事すら可能なのだとか。

 本当に参ったわね。
 トウヤがコレを持っている事がバレたら、間違いなく世界中の魔法使いがコレを求めて殺到するわ。
 その中には、間違いなくあの女、魔導帝国の女王も居るのは間違いないわね。
 賢者の石といえば、あの女が男達からの求婚を断る理由の代名詞。
 自分を妻にしたければ、賢者の石を持ってこいってのは有名な話だもの。
 トウヤはその話を聞いて「まるでカグヤ姫みたいだな」なんて言ってたっけ。
 異世界のおとぎ話にまであの女と同じ様に、男を弄んで貢がせる女がいるとか、本当に気が滅入るわ。
 ともあれ、トウヤにはコレの存在は絶対に内緒って言っておかなくちゃ。
 ……コレ、おねだししたらくれないかしら?
 こ、今夜あたり頼んでみようかな。

 ◇

「……」

 言葉が無かった。
 当然だ。
 言葉など出る筈もない。
 何故か、だと?
 答えは簡単だ。
 トウヤの財宝の中には、あってはならぬモノが在ったからだ。
 古今東西、あらゆる魔族が求めて来た財宝の中の財宝。
 否、それは宝などという低俗な者ではない。
 見ればわかる。
 それは許可証だ。
 誰が許可したのか?
 知るか、重要なのはそこではない。
 重要なのは、それが何を許可するモノかと言う事だ。
 それが許可するのは支配、それが支配する者は破壊、それが支配する者は征服。
 見るのは初めてだ。それがソレだと姿形を誰かに聞いた訳でもない。
 だが分かる、理解できる、それが何なのかを。
 魔族である私にはそれがどういう意味を持つ者なのかが分かってしまった。
 分からされてしまった。

「……玉璽」

 緑色をした見た事もない宝石で作られたそれは、魔族を魔族を超えた存在へと成り上がらせる力を有していた。

 すなわち、真なる魔王を生み出す魔宝。
 それが私に囁いた。

『我を手に取れ』
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