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1巻
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という訳で、ミューラ経由で教会本部のポーション肥料の技術を教わり、水耕栽培の準備は完全に整った。
「栽培する際は、窓際なんかの光の当たるところに置いておけば良い。ただし冬場は水が凍らないように注意してくれ」
「わ、分かりました!」
俺に教えられた注意事項を、拙い手つきでメモしていくシスター。
シスターの書く字はお世辞にも綺麗とは言えない。だがこの世界において、文字が書けるのは結構なアドバンテージだ。それだけでも商店に就職出来るからな。文字が書けるなら帳簿仕事や書類仕事が出来る。
シスターが文字を書けるのは、神父のお陰なんだろうな。
「か、書き終わりました!」
俺はシスターのメモを見て、間違っていないかを確認する。
「ああ、この内容でOKだ」
字が合っていてほっとするシスター。
「残った借金は俺がまとめて返済しておく。借金の肩代わり分と機材の代金、それに初期投資の薬草の苗と肥料用のポーションの金額がこれだけだ。シスターは子供達の食費を抜いて余った分を俺への返済に回してくれ。利息はなしでいい」
俺は初期投資にかかった費用をメモに書いて渡す。
教会から譲ってもらった薬草の苗の金額はサービスみたいなもんだけどな。
「そ、そこまでしてもらう理由がありません! これ以上ご迷惑をおかけする訳には……」
申し訳なさそうに、シスターが言葉を詰まらせる。
「いいんだよ。神父にはそれだけ世話になったんだ。ああそうだ、これは栽培が成功するまでの運営資金ね」
そう言って俺は、子供達の食費としてさらに金をシスターに差し出す。
「何に使ってもいいから」
「え、でもそれは……」
水と肥料だけでいいのに、何のために運営資金が必要なのか。聡いシスターなら、渡されたお金の使い道にすぐ気づくだろう。
「じゃ、俺はこれで失礼させてもらうよ」
だから俺はシスターの答えも聞かずに教会を出た。
「あ、ありがとうございます!!」
振り返らない俺の背中に、シスターの感謝の声だけが届いていた。
第二話 勇者、旅に出る
「世界を旅してみようと思う」
バルザックの屋敷に帰った俺は、夕食の席で自分の考えを話した。
「世界か、そりゃまた漠然としてるな」
バルザックが奥さんからワインを注いでもらいながら返す。
「ああ、俺はこの世界を救うために勇者として戦ってきた。けど、救おうとしている世界を俺は全然見ていなかったんだ」
我ながら無我夢中だったからなぁ。
「魔王を倒したけど、先日の教会のように家族を亡くして孤児になる子供や、収入が減って借金を背負ってしまったシスターみたいな人がたくさんいると思うんだ」
「それを一人ひとり助けて回る気? いくらなんでもそれはお人好しなんてもんじゃないわよ」
ああ、エアリアの言う通りだ。
「俺もそこまではしないさ。けど、自分が助けた世界がどんな世界なのか、助けた甲斐があったのかを知りたくなったんだ」
自分でも上手く説明出来ないな。
「つまりトウヤさんは、平和になった世界で皆が本当に笑顔になれたのか知りたいと?」
ミューラが大きな胸を揺らしながら俺の気持ちを代弁する。
ああ、確かにそれが分かりやすい。
王様や兵士達、それに城下町の人達の笑顔を見て、俺は頑張って良かったと思った。苦しい戦いだったけど、誰かを助けたいという自分の気持ちに従ったのは正しかったと心から思った。
「ああ、皆が笑顔になれているのか、それを確認しないと元の世界に戻った時に心にしこりが出来ちまうからさ」
「だったら帰らなきゃいいのに」
エアリアが拗ねたようにつぶやく。まぁそうかもしれないけどさ、俺にも家族はいるんだよ。
たった一人の肉親を亡くしたエアリアにそれを言うのはためらわれたので、やめたけれど。
彼女は賢者と呼ばれた老魔法使いの孫娘で、森の奥で祖父と二人きりで住んでいた。
ある日、魔王軍は彼女達が暮らしていた森の近くにある町を襲った。交流があった町を守るため、エアリアの祖父は立ち向かい、そして戦死した。それからエアリアは、祖父の遺志を継いでたった一人で町を守り続けていた。
俺達と出会うまで、ずっと一人で。
「なるほどな。確かに戦っていた間は旅を楽しむ暇もなかったからな。逆召喚の魔法研究はまだほとんど進んでいないようだし、その間にこの世界の観光をしてくるといいさ。今のお前なら一人でも危険はないだろう」
バルザックのお許しが出た。別に許可が必要って訳じゃないけど、バルザックは俺にとって色々な事を教えてくれたお師匠様だ。この世界の常識や戦い方など、大抵の事はバルザックから学んだ。バルザックがいなかったら、俺は魔王の城にたどり着くどころか旅の途中で死んでいたかもしれない。
彼が何かを言う時は、常に相応の理由があった。そのバルザックが行ってもいいと太鼓判を押したのだから、俺も安心して旅に出られるってモンだ。
「私は付いていくわよ!」
と、エアリアが俺にしがみついて宣言する。
「あてのない旅だぞ?」
「いいのよ! どうせ私も行くところなんてないんだから!」
天涯孤独の身であるエアリアが言うと重い台詞だ。
「分かった、好きにしろ」
「好きにするわ!」
がっしりと俺にしがみついた腕に力が入る。
「くくくっ」
ほら、バルザックに笑われてるじゃないか。しかも奥さんにまで。
「私は遠慮させてもらいますね。本当は付いていきたいんですけど、魔王討伐の件で教会に色々と報告しないといけない事がありますから」
あー、ミューラは教会から派遣されてきた神官だもんな。しかも教会が魔族と戦うために育てた秘蔵っ子で、一般常識には疎いものの神聖魔法の力は歴代最強との事だった。
実際、彼女の回復魔法は腕の一つや二つ消し飛んでも再生出来るし、死んだ直後なら死者蘇生も可能だ。
俺も勇者の力で回復魔法は使えるが、斬り飛ばされた腕をくっつけ治すので精一杯かな。とてもミューラほどの回復能力はない。
「それに聖剣の返還もしないといけませんから」
「ああ、そう言えばそうだったな」
俺が魔王との戦いで使った聖剣は教会が管理している。
これは、聖剣を国家の政治目的で利用させないためだ。
もっとも最近は、教会も聖剣を信徒勧誘目的で使ってるので、それを理由に各国から批判されているのだが。まぁそこら辺は、王様とかの権力者の話なので置いておこう。
「じゃあしばらくの間はお別れだな」
「ええ、私の代わりに世界の復興具合を見てきてください。復興が遅れている場所があるのなら、教会が援助に向かいますので」
「分かったよ」
そうして食事を終えた俺達は、全員が揃う最後の夜を過ごしたのだった。
「ぎゅー」
なぜかエアリアはずっと俺の腕にしがみついたままで、部屋まで付いてきた。
そして、朝になるまでずっと俺にしがみついていたのだった。
言わせんな、そういうコトだよ。
◇
「ちゃんと定期的に戻ってくるんだぞ」
「分かってるよ」
旅立ちの朝、夕食の時にバルザックと話した約束事の確認を行う。
俺が地球に戻るための逆召喚魔法の研究がいつ終わるか分からないので、転移魔法で定期的に戻ってこいとバルザックに言われたのだ。
実際、転移魔法を使えば帰還は一瞬。こまめに戻っても何の問題もない。
また、旅先で問題のあった土地はミューラやバルザックに報告する事。これは俺達では対処出来ないトラブルを教会や国に対応してもらうためだ。
長期的な対策が必要な事や政治的人種的問題は、俺達ではどうにも出来ないからな。
「じゃあ行ってくるよ」
「行ってきまーす!」
俺とエアリアは皆に手を振って城下町と外を隔てる門を出る。
「気をつけてなー」
「生水には気をつけてくださいねー」
バルザックとミューラの定番の見送り用台詞を受けながら、俺達は旅の第一歩を踏み出した。
「じゃあ行くか」
城壁を出た俺は、隣に立つエアリアに語りかける。
「うん!」
新しい旅に興奮してるのか、若干エアリアの頬が赤い。
「おー兄ちゃん達。歩きかい? バラサの町までだったら銅貨一〇枚で乗せてってやるよ」
と、後ろから来た荷馬車の御者が俺達に語りかけてくる。
この世界、荷物の少ない荷馬車が護衛代を浮かせたり小遣いを稼いだりするために、俺達みたいな冒険者を乗せるのは珍しくない。俺達も魔王討伐の旅をしていた時はよく世話になったもんだ。
「いや、俺達は魔法で移動するからいいですよ」
「ほー、兄ちゃん達は移動魔法が使えるのか。そりゃあ羨ましいなぁ」
御者が言っているのは飛行魔法や高速移動魔法、それにゴーレムとかの従者魔法の事だろう。俺の使える転移魔法も移動魔法だが、使える人間はほとんどいないのでたぶん想定してないだろうな。
転移魔法が使えるだけで輸送業や要人の移動で大金を稼げる。そのため、転移魔法を使える魔法使いは貴族か大商人、あとは教会辺りに囲われている。
「ではそういう事で」
俺は全身に風の魔力を纏わせる。すると体が軽くなり、少しずつ上がっていく。一〇秒もしないうちに地面から一メートルほど浮き上がる。隣を見ると、エアリアも宙に浮いている。
「まずはどこに行くの?」
エアリアが目的地を聞いてくる。
「そうだな、街道沿いに飛行魔法で飛んでバラサの町を目指そう」
「オッケー!」
早速エアリアが飛び出した。その速さといったら、さしずめライフルの弾丸のようだ。
俺も慌ててエアリアを追う。
「きーつけてなー」
既に遠くなった地上から御者の人が手を振っていたので、俺達もまた手を振ってそれに応えた。
「おーい、待ってくれよー!」
先に飛び出したエアリアはグングン先を飛んでいく。
「嫌ーよー! 悔しかったら追いついてみなさーい!」
などと抜かしやがった。砂浜で追いかけっこする恋人かよ。
「言ったな!」
俺は全身に纏った風の魔力をさらに強めてエアリアを追う。俺がスピードを上げたのを見てエアリアも速度を上げる。俺の脇を鳥が通り抜ける。否、俺が鳥を追い越したのだ。
勇者である俺が全力を出せば、鳥を追い越す事なんて容易い。
「……くそ! やっぱ速ぇな!」
だというのに、俺の前を飛ぶエアリアには全く追いつけなかった。いや、むしろ引き離されている。
当然だ、俺の飛行魔法はエアリアに習ったのだから。
それぞれ専門の能力では、俺は仲間達の誰にも勝てない。バルザックには剣技で、ミューラには回復魔法で、そしてエアリアには様々な魔法で勝てなかった。
皆はその分野のエキスパート。昨日今日学び始めた俺が追いつける訳がない。
もっとも、そう言って拗ねた俺に対して、エアリアがすごく怒った事があった。
「何でも習っただけですぐ人並み以上になれるくせに何贅沢な事言ってんのよ!! 私達がアンタくらい出来るようになるのに何年かかったと思ってるの! そんなあっさり抜かれたら仲間なんて必要ないでしょ!! アンタだけじゃ足りないから私達が必要なのよ!!」
エアリアの言う通りだった。
この叱責で、俺は自分が勇者として、知らず知らずの間に傲慢な考えに浸っていたと気づかされたのだ。エアリアの事を意識しだしたのは、この時からかもしれないな。
「何浸ってるのよ!」
気がつけば、すぐそばにエアリアがいた。
たぶんいつまでも追いついてこないので、スピードを緩めてくれたのだろう。
「いや、エアリアの事を考えてた」
「っ!? な、ななななっ!?」
一瞬でエアリアが顔を真っ赤にする。
あー、こんな言い方をしたらそう受け取るのは当然か。いや、あながち間違いではないが。
「あ、朝っぱらから何言ってるのよ! そういうのは夜に二人っきりになった時に言う事でしょ!!」
夜ならいいのか。よし、夜になったらまた言ってやろう。俺は夜の事を考えてニヤリと笑った。
と、その時、ふと地上の光景に違和感を覚えた。
……アレは?
「ちょ、ちょっと何いやらしい顔してるのよ! だからそういうのは夜だって……どうしたの?」
顔を真っ赤にして怒っていたエアリアだったが、俺が突然真面目な顔になったので何かあったと気づいたらしい。このあたりは一緒に旅をしていたからこそのツーカーの感覚だな。
「あそこ、人が争ってる」
「え?」
エアリアが目をさまよわせるので、俺は指をさして場所を示す。
「……ホントだ。盗賊かしら?」
「分からない、だが放ってはおけないな。ここからじゃどちらが被害者かさえ分からない。ひとまず近づいて状況を確認しよう」
「分かったわ」
俺達は高度を下げて、戦いの場へ近づいていった。
「魔物だな」
「みたいね。人を食べるために襲ってるのかしら?」
現場に近づいた俺達は、襲っているのが魔物だと気づいた。
鎧を着ているのでパッと見は人間に思えたが、肌が緑色である事から魔物だと分かった。ファンタジーRPGで定番のモンスター、ゴブリンである。連中は人間のように道具を使う。だが高い知能も技術力も持っていないので、装備はたいてい木の棒と腰巻きくらいだ。
それにもかかわらず、こいつ等は鎧を着ていた。騎士の纏う金属鎧を着て、手には鉄の剣と盾を装備している。しかし、これらはゴブリンが作ったものじゃない。
鎧は穴が空いていたりパーツが欠けたりしているし、剣は刃こぼれが酷い。盾も同様だ。おそらくは戦場の死体から武装を剥ぎ取ったのだろう。ゴブリンがよくする事である。
エアリアが告げる。
「多重攻撃を仕掛けるわ」
「分かった」
ゴブリン達と距離があるにもかかわらず、エアリアが地上に降りる。
「燃え盛る炎の子よ、猛々しき火山より生まれし者よ。かの者達は汝らと踊る者なり、汝らへの供物である。なれば炎の申し子よ、愛しくも愚かな供物達と踊りたまえ! フレイムプレデター!!」
エアリアの詠唱が完成し、何本もの炎で出来た蔓がゴブリン目掛けて伸びていく。
詠唱魔法フレイムプレデター。
炎の蔓が術者の指定した敵を攻撃するという乱戦用の魔法だ。この魔法は直接攻撃したくない相手に有効で、唯一の欠点は詠唱しないといけないという事くらいか。
ちなみに魔法についてだが、この世界では二種類の魔法がある。
無詠唱魔法と詠唱魔法だ。無詠唱魔法は俺達が使った飛行魔法といった魔力を通すだけで使えるシンプルな魔法。逆に詠唱魔法は制御が複雑なために、呪文で補強する必要のある魔法だ。
どちらが優れているという訳ではなく、運用する時の使い勝手が違うだけだ。
すぐ発動させたいか、手間がかかっても精度や威力を出したいか。
そしてこの状況下、俺は前者を選んだ。
風の魔力を強めて、飛行魔法の速度を上げる。そして腰から抜いた剣を構えて、今まさに人間を襲おうとしていたゴブリンに斬りかかった。エアリアが人間を巻き添えにしないようにあえて残しておいた敵である。俺はいちいち振りかぶったりはしない。
鳥をも追い抜くこの速度なら、撫でるように斬るだけですさまじい威力を発揮する。
現にほんの少し力を入れながらゴブリンを斬っただけで、鎧ごとゴブリンの背中を深々と斬り裂いた。使ったのは聖剣でも魔法の剣でもない、普通の剣だ。
頑丈で長持ちするだけのただの剣であるが、圧倒的な速度を乗せた一撃はゴブリンに大きなダメージを与えた。
そして俺は、追い抜きざまに飛行魔法を解除、剣を地面に突き立て、ブレーキとして大地を裂く。
五メートルほども地面を斬り裂きながら減速し、停止する前に足の裏に風の魔力を纏って大地を思いっきり蹴る。すると大地に満ちる土の魔力が反発するので、その勢いでゴブリンの背中に向かって跳躍した。この魔力の反作用を利用した高速移動を俺は縮地と呼び、白兵戦で好んで使っていた。
ゴブリンが俺を見る。その目は怒りに満ち……てはおらず、突然攻撃してきた敵への恐怖しかなかった。
相手が怯えていようが、もちろん容赦などしない。俺は交差する瞬間、剣をゴブリンの首の高さに水平に構える。
そしてゴブリンの横を通り抜けると、軽い手ごたえと共にゴブリンの首が吹き飛んだ。
「殲滅完了」
無力な者には強く、強き者からは逃げ出す。ソレが身上のゴブリン達だったが、圧倒的な力を持った俺達の強襲により、逃げる暇すら与えられずに全滅するのだった。
「娘達を助けていただき、本当にありがとうございました」
ゴブリンから旅の女性達を助けた俺達は、ぜひお礼がしたいと言われ、とある村へ連れてこられた。そして今、目の前にいる村長さんから礼の言葉を言われている最中という訳だ。
俺が助けた一団は全員が女の人で、王都に行商に出た帰りに魔物に襲われたのだという。
魔物が闊歩するこの世界において、女の人だけで出歩くというのは非常に危険だ。しかしこの村は、それをしないと生活する事が出来ない状況らしい。
「いえいえ、たまたま通りかかって、当然の事をしたまでですよ」
「ご謙遜を。何十匹といた恐ろしいモンスターをあっという間に退治したそうではないですか」
いやあっという間にほとんどのゴブリンを倒したのは、俺ではなくエアリアだから。それに何十匹というのも間違いだ。あの場にいたモンスターはせいぜい七、八匹程度。恐怖で実際の数以上に感じていたのだろうな。
「大半をやったのは俺のツレですよ。俺は討ち洩らしを倒しただけです」
そう言ってエアリアを紹介する。
「旅の仲間のエアリアです。彼女は優秀な魔法使いなんですよ」
「はー、こんな若くて可愛らしいお嬢さんが魔物の群れを?」
「あらやだ、可愛いだなんて」
照れてるように見えるが、アレは本当の事よねって思ってる顔だ。
「俺はトウヤ、見ての通り剣士です。レベルは低いですけど回復魔法も使えます」
「おおっ、回復魔法が使えるのですか!?」
自己紹介ついでに回復魔法が使える事を言ってみると、なぜか村長さんが食いついてくる。
「……助けていただいた上、さらに願い事をするなどあつかましいのですが、どうか我々の頼みを聞いていただけませんか? 出来る限りのお礼をさせていただきますので」
「怪我人の治療ですね。かまいませんよ」
「おお、ありがとうございます。すぐに連れてきますので!」
そう言うと村長は、家を出て村中の怪我人を呼びに行った。
「では、重傷の人から治療していきますね」
俺は村長の家の前に傷ついた村人達を順番に並べて、回復魔法で治療を始めた。家の前で行っているのは、集まった怪我人の数が多くて村長の家に入りきらなかったからだ。
「ああ……ありがとうございます」
傷を負ったおばさんが安らいだ顔で俺に礼を言う。こういった光景は、魔王と戦う旅の最中でもよく遭遇した。魔王の影響で活性化した魔物達が暴れて、狩りや採取に出かけた人達が襲われ怪我をするのだ。だが回復魔法の使い手はそう多くない。
大抵の回復魔法の使い手は町に出ており、そこで多くの患者を治療している。そのため、小さな村に回復魔法の使い手がいる事は非常に稀だった。
怪我をした人間を治療してもらうために町まで連れていこうにも、村の外は魔物がいっぱいで危険。結果、怪我人がどんどん増えていく悪循環にはまり込む訳だ。
だから回復魔法を使える人間のいない村に寄った時は、ボランティアでミューラと一緒に怪我人達の治療をしたものだった。
「モロギの草を煎じて水に溶かした薬は血止めの効果があるから、モロギの草は定期的に採取しておきなさい。けど長期間使わないと薬が劣化するので一月毎に新しいものと交換しなさい」
俺達の隣では、エアリアが村人に薬の作り方を教えている。
エアリアの祖父は賢者と呼ばれていた人物だけあって、薬についての造詣が深かったらしい。で、エアリアも祖父から色々な薬の作り方を習ったのだそうだ。
「ベスの婆さんが死んじまったから、誰も薬が作れなくなって困ってただよ。ホント助かっただ」
「高価な材料を必要としない薬の作り方をいくつか教えるから、村の皆で情報を共有して。一人しか薬の作り方を知らないと今回みたいな事になるから」
「栽培する際は、窓際なんかの光の当たるところに置いておけば良い。ただし冬場は水が凍らないように注意してくれ」
「わ、分かりました!」
俺に教えられた注意事項を、拙い手つきでメモしていくシスター。
シスターの書く字はお世辞にも綺麗とは言えない。だがこの世界において、文字が書けるのは結構なアドバンテージだ。それだけでも商店に就職出来るからな。文字が書けるなら帳簿仕事や書類仕事が出来る。
シスターが文字を書けるのは、神父のお陰なんだろうな。
「か、書き終わりました!」
俺はシスターのメモを見て、間違っていないかを確認する。
「ああ、この内容でOKだ」
字が合っていてほっとするシスター。
「残った借金は俺がまとめて返済しておく。借金の肩代わり分と機材の代金、それに初期投資の薬草の苗と肥料用のポーションの金額がこれだけだ。シスターは子供達の食費を抜いて余った分を俺への返済に回してくれ。利息はなしでいい」
俺は初期投資にかかった費用をメモに書いて渡す。
教会から譲ってもらった薬草の苗の金額はサービスみたいなもんだけどな。
「そ、そこまでしてもらう理由がありません! これ以上ご迷惑をおかけする訳には……」
申し訳なさそうに、シスターが言葉を詰まらせる。
「いいんだよ。神父にはそれだけ世話になったんだ。ああそうだ、これは栽培が成功するまでの運営資金ね」
そう言って俺は、子供達の食費としてさらに金をシスターに差し出す。
「何に使ってもいいから」
「え、でもそれは……」
水と肥料だけでいいのに、何のために運営資金が必要なのか。聡いシスターなら、渡されたお金の使い道にすぐ気づくだろう。
「じゃ、俺はこれで失礼させてもらうよ」
だから俺はシスターの答えも聞かずに教会を出た。
「あ、ありがとうございます!!」
振り返らない俺の背中に、シスターの感謝の声だけが届いていた。
第二話 勇者、旅に出る
「世界を旅してみようと思う」
バルザックの屋敷に帰った俺は、夕食の席で自分の考えを話した。
「世界か、そりゃまた漠然としてるな」
バルザックが奥さんからワインを注いでもらいながら返す。
「ああ、俺はこの世界を救うために勇者として戦ってきた。けど、救おうとしている世界を俺は全然見ていなかったんだ」
我ながら無我夢中だったからなぁ。
「魔王を倒したけど、先日の教会のように家族を亡くして孤児になる子供や、収入が減って借金を背負ってしまったシスターみたいな人がたくさんいると思うんだ」
「それを一人ひとり助けて回る気? いくらなんでもそれはお人好しなんてもんじゃないわよ」
ああ、エアリアの言う通りだ。
「俺もそこまではしないさ。けど、自分が助けた世界がどんな世界なのか、助けた甲斐があったのかを知りたくなったんだ」
自分でも上手く説明出来ないな。
「つまりトウヤさんは、平和になった世界で皆が本当に笑顔になれたのか知りたいと?」
ミューラが大きな胸を揺らしながら俺の気持ちを代弁する。
ああ、確かにそれが分かりやすい。
王様や兵士達、それに城下町の人達の笑顔を見て、俺は頑張って良かったと思った。苦しい戦いだったけど、誰かを助けたいという自分の気持ちに従ったのは正しかったと心から思った。
「ああ、皆が笑顔になれているのか、それを確認しないと元の世界に戻った時に心にしこりが出来ちまうからさ」
「だったら帰らなきゃいいのに」
エアリアが拗ねたようにつぶやく。まぁそうかもしれないけどさ、俺にも家族はいるんだよ。
たった一人の肉親を亡くしたエアリアにそれを言うのはためらわれたので、やめたけれど。
彼女は賢者と呼ばれた老魔法使いの孫娘で、森の奥で祖父と二人きりで住んでいた。
ある日、魔王軍は彼女達が暮らしていた森の近くにある町を襲った。交流があった町を守るため、エアリアの祖父は立ち向かい、そして戦死した。それからエアリアは、祖父の遺志を継いでたった一人で町を守り続けていた。
俺達と出会うまで、ずっと一人で。
「なるほどな。確かに戦っていた間は旅を楽しむ暇もなかったからな。逆召喚の魔法研究はまだほとんど進んでいないようだし、その間にこの世界の観光をしてくるといいさ。今のお前なら一人でも危険はないだろう」
バルザックのお許しが出た。別に許可が必要って訳じゃないけど、バルザックは俺にとって色々な事を教えてくれたお師匠様だ。この世界の常識や戦い方など、大抵の事はバルザックから学んだ。バルザックがいなかったら、俺は魔王の城にたどり着くどころか旅の途中で死んでいたかもしれない。
彼が何かを言う時は、常に相応の理由があった。そのバルザックが行ってもいいと太鼓判を押したのだから、俺も安心して旅に出られるってモンだ。
「私は付いていくわよ!」
と、エアリアが俺にしがみついて宣言する。
「あてのない旅だぞ?」
「いいのよ! どうせ私も行くところなんてないんだから!」
天涯孤独の身であるエアリアが言うと重い台詞だ。
「分かった、好きにしろ」
「好きにするわ!」
がっしりと俺にしがみついた腕に力が入る。
「くくくっ」
ほら、バルザックに笑われてるじゃないか。しかも奥さんにまで。
「私は遠慮させてもらいますね。本当は付いていきたいんですけど、魔王討伐の件で教会に色々と報告しないといけない事がありますから」
あー、ミューラは教会から派遣されてきた神官だもんな。しかも教会が魔族と戦うために育てた秘蔵っ子で、一般常識には疎いものの神聖魔法の力は歴代最強との事だった。
実際、彼女の回復魔法は腕の一つや二つ消し飛んでも再生出来るし、死んだ直後なら死者蘇生も可能だ。
俺も勇者の力で回復魔法は使えるが、斬り飛ばされた腕をくっつけ治すので精一杯かな。とてもミューラほどの回復能力はない。
「それに聖剣の返還もしないといけませんから」
「ああ、そう言えばそうだったな」
俺が魔王との戦いで使った聖剣は教会が管理している。
これは、聖剣を国家の政治目的で利用させないためだ。
もっとも最近は、教会も聖剣を信徒勧誘目的で使ってるので、それを理由に各国から批判されているのだが。まぁそこら辺は、王様とかの権力者の話なので置いておこう。
「じゃあしばらくの間はお別れだな」
「ええ、私の代わりに世界の復興具合を見てきてください。復興が遅れている場所があるのなら、教会が援助に向かいますので」
「分かったよ」
そうして食事を終えた俺達は、全員が揃う最後の夜を過ごしたのだった。
「ぎゅー」
なぜかエアリアはずっと俺の腕にしがみついたままで、部屋まで付いてきた。
そして、朝になるまでずっと俺にしがみついていたのだった。
言わせんな、そういうコトだよ。
◇
「ちゃんと定期的に戻ってくるんだぞ」
「分かってるよ」
旅立ちの朝、夕食の時にバルザックと話した約束事の確認を行う。
俺が地球に戻るための逆召喚魔法の研究がいつ終わるか分からないので、転移魔法で定期的に戻ってこいとバルザックに言われたのだ。
実際、転移魔法を使えば帰還は一瞬。こまめに戻っても何の問題もない。
また、旅先で問題のあった土地はミューラやバルザックに報告する事。これは俺達では対処出来ないトラブルを教会や国に対応してもらうためだ。
長期的な対策が必要な事や政治的人種的問題は、俺達ではどうにも出来ないからな。
「じゃあ行ってくるよ」
「行ってきまーす!」
俺とエアリアは皆に手を振って城下町と外を隔てる門を出る。
「気をつけてなー」
「生水には気をつけてくださいねー」
バルザックとミューラの定番の見送り用台詞を受けながら、俺達は旅の第一歩を踏み出した。
「じゃあ行くか」
城壁を出た俺は、隣に立つエアリアに語りかける。
「うん!」
新しい旅に興奮してるのか、若干エアリアの頬が赤い。
「おー兄ちゃん達。歩きかい? バラサの町までだったら銅貨一〇枚で乗せてってやるよ」
と、後ろから来た荷馬車の御者が俺達に語りかけてくる。
この世界、荷物の少ない荷馬車が護衛代を浮かせたり小遣いを稼いだりするために、俺達みたいな冒険者を乗せるのは珍しくない。俺達も魔王討伐の旅をしていた時はよく世話になったもんだ。
「いや、俺達は魔法で移動するからいいですよ」
「ほー、兄ちゃん達は移動魔法が使えるのか。そりゃあ羨ましいなぁ」
御者が言っているのは飛行魔法や高速移動魔法、それにゴーレムとかの従者魔法の事だろう。俺の使える転移魔法も移動魔法だが、使える人間はほとんどいないのでたぶん想定してないだろうな。
転移魔法が使えるだけで輸送業や要人の移動で大金を稼げる。そのため、転移魔法を使える魔法使いは貴族か大商人、あとは教会辺りに囲われている。
「ではそういう事で」
俺は全身に風の魔力を纏わせる。すると体が軽くなり、少しずつ上がっていく。一〇秒もしないうちに地面から一メートルほど浮き上がる。隣を見ると、エアリアも宙に浮いている。
「まずはどこに行くの?」
エアリアが目的地を聞いてくる。
「そうだな、街道沿いに飛行魔法で飛んでバラサの町を目指そう」
「オッケー!」
早速エアリアが飛び出した。その速さといったら、さしずめライフルの弾丸のようだ。
俺も慌ててエアリアを追う。
「きーつけてなー」
既に遠くなった地上から御者の人が手を振っていたので、俺達もまた手を振ってそれに応えた。
「おーい、待ってくれよー!」
先に飛び出したエアリアはグングン先を飛んでいく。
「嫌ーよー! 悔しかったら追いついてみなさーい!」
などと抜かしやがった。砂浜で追いかけっこする恋人かよ。
「言ったな!」
俺は全身に纏った風の魔力をさらに強めてエアリアを追う。俺がスピードを上げたのを見てエアリアも速度を上げる。俺の脇を鳥が通り抜ける。否、俺が鳥を追い越したのだ。
勇者である俺が全力を出せば、鳥を追い越す事なんて容易い。
「……くそ! やっぱ速ぇな!」
だというのに、俺の前を飛ぶエアリアには全く追いつけなかった。いや、むしろ引き離されている。
当然だ、俺の飛行魔法はエアリアに習ったのだから。
それぞれ専門の能力では、俺は仲間達の誰にも勝てない。バルザックには剣技で、ミューラには回復魔法で、そしてエアリアには様々な魔法で勝てなかった。
皆はその分野のエキスパート。昨日今日学び始めた俺が追いつける訳がない。
もっとも、そう言って拗ねた俺に対して、エアリアがすごく怒った事があった。
「何でも習っただけですぐ人並み以上になれるくせに何贅沢な事言ってんのよ!! 私達がアンタくらい出来るようになるのに何年かかったと思ってるの! そんなあっさり抜かれたら仲間なんて必要ないでしょ!! アンタだけじゃ足りないから私達が必要なのよ!!」
エアリアの言う通りだった。
この叱責で、俺は自分が勇者として、知らず知らずの間に傲慢な考えに浸っていたと気づかされたのだ。エアリアの事を意識しだしたのは、この時からかもしれないな。
「何浸ってるのよ!」
気がつけば、すぐそばにエアリアがいた。
たぶんいつまでも追いついてこないので、スピードを緩めてくれたのだろう。
「いや、エアリアの事を考えてた」
「っ!? な、ななななっ!?」
一瞬でエアリアが顔を真っ赤にする。
あー、こんな言い方をしたらそう受け取るのは当然か。いや、あながち間違いではないが。
「あ、朝っぱらから何言ってるのよ! そういうのは夜に二人っきりになった時に言う事でしょ!!」
夜ならいいのか。よし、夜になったらまた言ってやろう。俺は夜の事を考えてニヤリと笑った。
と、その時、ふと地上の光景に違和感を覚えた。
……アレは?
「ちょ、ちょっと何いやらしい顔してるのよ! だからそういうのは夜だって……どうしたの?」
顔を真っ赤にして怒っていたエアリアだったが、俺が突然真面目な顔になったので何かあったと気づいたらしい。このあたりは一緒に旅をしていたからこそのツーカーの感覚だな。
「あそこ、人が争ってる」
「え?」
エアリアが目をさまよわせるので、俺は指をさして場所を示す。
「……ホントだ。盗賊かしら?」
「分からない、だが放ってはおけないな。ここからじゃどちらが被害者かさえ分からない。ひとまず近づいて状況を確認しよう」
「分かったわ」
俺達は高度を下げて、戦いの場へ近づいていった。
「魔物だな」
「みたいね。人を食べるために襲ってるのかしら?」
現場に近づいた俺達は、襲っているのが魔物だと気づいた。
鎧を着ているのでパッと見は人間に思えたが、肌が緑色である事から魔物だと分かった。ファンタジーRPGで定番のモンスター、ゴブリンである。連中は人間のように道具を使う。だが高い知能も技術力も持っていないので、装備はたいてい木の棒と腰巻きくらいだ。
それにもかかわらず、こいつ等は鎧を着ていた。騎士の纏う金属鎧を着て、手には鉄の剣と盾を装備している。しかし、これらはゴブリンが作ったものじゃない。
鎧は穴が空いていたりパーツが欠けたりしているし、剣は刃こぼれが酷い。盾も同様だ。おそらくは戦場の死体から武装を剥ぎ取ったのだろう。ゴブリンがよくする事である。
エアリアが告げる。
「多重攻撃を仕掛けるわ」
「分かった」
ゴブリン達と距離があるにもかかわらず、エアリアが地上に降りる。
「燃え盛る炎の子よ、猛々しき火山より生まれし者よ。かの者達は汝らと踊る者なり、汝らへの供物である。なれば炎の申し子よ、愛しくも愚かな供物達と踊りたまえ! フレイムプレデター!!」
エアリアの詠唱が完成し、何本もの炎で出来た蔓がゴブリン目掛けて伸びていく。
詠唱魔法フレイムプレデター。
炎の蔓が術者の指定した敵を攻撃するという乱戦用の魔法だ。この魔法は直接攻撃したくない相手に有効で、唯一の欠点は詠唱しないといけないという事くらいか。
ちなみに魔法についてだが、この世界では二種類の魔法がある。
無詠唱魔法と詠唱魔法だ。無詠唱魔法は俺達が使った飛行魔法といった魔力を通すだけで使えるシンプルな魔法。逆に詠唱魔法は制御が複雑なために、呪文で補強する必要のある魔法だ。
どちらが優れているという訳ではなく、運用する時の使い勝手が違うだけだ。
すぐ発動させたいか、手間がかかっても精度や威力を出したいか。
そしてこの状況下、俺は前者を選んだ。
風の魔力を強めて、飛行魔法の速度を上げる。そして腰から抜いた剣を構えて、今まさに人間を襲おうとしていたゴブリンに斬りかかった。エアリアが人間を巻き添えにしないようにあえて残しておいた敵である。俺はいちいち振りかぶったりはしない。
鳥をも追い抜くこの速度なら、撫でるように斬るだけですさまじい威力を発揮する。
現にほんの少し力を入れながらゴブリンを斬っただけで、鎧ごとゴブリンの背中を深々と斬り裂いた。使ったのは聖剣でも魔法の剣でもない、普通の剣だ。
頑丈で長持ちするだけのただの剣であるが、圧倒的な速度を乗せた一撃はゴブリンに大きなダメージを与えた。
そして俺は、追い抜きざまに飛行魔法を解除、剣を地面に突き立て、ブレーキとして大地を裂く。
五メートルほども地面を斬り裂きながら減速し、停止する前に足の裏に風の魔力を纏って大地を思いっきり蹴る。すると大地に満ちる土の魔力が反発するので、その勢いでゴブリンの背中に向かって跳躍した。この魔力の反作用を利用した高速移動を俺は縮地と呼び、白兵戦で好んで使っていた。
ゴブリンが俺を見る。その目は怒りに満ち……てはおらず、突然攻撃してきた敵への恐怖しかなかった。
相手が怯えていようが、もちろん容赦などしない。俺は交差する瞬間、剣をゴブリンの首の高さに水平に構える。
そしてゴブリンの横を通り抜けると、軽い手ごたえと共にゴブリンの首が吹き飛んだ。
「殲滅完了」
無力な者には強く、強き者からは逃げ出す。ソレが身上のゴブリン達だったが、圧倒的な力を持った俺達の強襲により、逃げる暇すら与えられずに全滅するのだった。
「娘達を助けていただき、本当にありがとうございました」
ゴブリンから旅の女性達を助けた俺達は、ぜひお礼がしたいと言われ、とある村へ連れてこられた。そして今、目の前にいる村長さんから礼の言葉を言われている最中という訳だ。
俺が助けた一団は全員が女の人で、王都に行商に出た帰りに魔物に襲われたのだという。
魔物が闊歩するこの世界において、女の人だけで出歩くというのは非常に危険だ。しかしこの村は、それをしないと生活する事が出来ない状況らしい。
「いえいえ、たまたま通りかかって、当然の事をしたまでですよ」
「ご謙遜を。何十匹といた恐ろしいモンスターをあっという間に退治したそうではないですか」
いやあっという間にほとんどのゴブリンを倒したのは、俺ではなくエアリアだから。それに何十匹というのも間違いだ。あの場にいたモンスターはせいぜい七、八匹程度。恐怖で実際の数以上に感じていたのだろうな。
「大半をやったのは俺のツレですよ。俺は討ち洩らしを倒しただけです」
そう言ってエアリアを紹介する。
「旅の仲間のエアリアです。彼女は優秀な魔法使いなんですよ」
「はー、こんな若くて可愛らしいお嬢さんが魔物の群れを?」
「あらやだ、可愛いだなんて」
照れてるように見えるが、アレは本当の事よねって思ってる顔だ。
「俺はトウヤ、見ての通り剣士です。レベルは低いですけど回復魔法も使えます」
「おおっ、回復魔法が使えるのですか!?」
自己紹介ついでに回復魔法が使える事を言ってみると、なぜか村長さんが食いついてくる。
「……助けていただいた上、さらに願い事をするなどあつかましいのですが、どうか我々の頼みを聞いていただけませんか? 出来る限りのお礼をさせていただきますので」
「怪我人の治療ですね。かまいませんよ」
「おお、ありがとうございます。すぐに連れてきますので!」
そう言うと村長は、家を出て村中の怪我人を呼びに行った。
「では、重傷の人から治療していきますね」
俺は村長の家の前に傷ついた村人達を順番に並べて、回復魔法で治療を始めた。家の前で行っているのは、集まった怪我人の数が多くて村長の家に入りきらなかったからだ。
「ああ……ありがとうございます」
傷を負ったおばさんが安らいだ顔で俺に礼を言う。こういった光景は、魔王と戦う旅の最中でもよく遭遇した。魔王の影響で活性化した魔物達が暴れて、狩りや採取に出かけた人達が襲われ怪我をするのだ。だが回復魔法の使い手はそう多くない。
大抵の回復魔法の使い手は町に出ており、そこで多くの患者を治療している。そのため、小さな村に回復魔法の使い手がいる事は非常に稀だった。
怪我をした人間を治療してもらうために町まで連れていこうにも、村の外は魔物がいっぱいで危険。結果、怪我人がどんどん増えていく悪循環にはまり込む訳だ。
だから回復魔法を使える人間のいない村に寄った時は、ボランティアでミューラと一緒に怪我人達の治療をしたものだった。
「モロギの草を煎じて水に溶かした薬は血止めの効果があるから、モロギの草は定期的に採取しておきなさい。けど長期間使わないと薬が劣化するので一月毎に新しいものと交換しなさい」
俺達の隣では、エアリアが村人に薬の作り方を教えている。
エアリアの祖父は賢者と呼ばれていた人物だけあって、薬についての造詣が深かったらしい。で、エアリアも祖父から色々な薬の作り方を習ったのだそうだ。
「ベスの婆さんが死んじまったから、誰も薬が作れなくなって困ってただよ。ホント助かっただ」
「高価な材料を必要としない薬の作り方をいくつか教えるから、村の皆で情報を共有して。一人しか薬の作り方を知らないと今回みたいな事になるから」
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