僧と牢人

新田小太郎

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僧と牢人

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 牢人は、旅をしていた。細い山道を歩く。周囲は木々で囲まれ、見通しは利かない。野鳥の鳴き声がしている。朝から、歩き続けている。もうすぐ、昼が来る頃だろう。
 その時、前から、女性の悲鳴が聞こえた。牢人は、その女性の悲鳴が聞こえた山道の先に走る。
 二人の女性が、数人の男に囲まれていた。若い女性と中年の女性である。なぜ、このような場所に、そのような女性が居るのか。
 女性を囲んでいる男たちは、旅人を狙う野盗のようである。野盗たちは刀を女性の方に向け、金目のものを奪おうと脅しているようだった。
 牢人は、無言で刀を抜いた。野盗は、山道を駆けて来た牢人に気がつく。野盗は、皆、刀を抜き、牢人に立ち向かおうとしたが、彼らは、牢人の相手ではない。牢人は、あっという間に、野盗の全てを斬り倒した。彼らは、血を流し、絶命する。
 その様子を見て、二人の女性は、助けられて喜ぶというよりも、恐怖を感じたようだった。牢人は、刀についた野盗の血を拭い、腰の鞘の中に収めた。
「ありがとうございます。助かりました」
 ようやく、落ち着きを取り戻した中年の女性が言った。若い女性の方は、まだ、怯えているようである。
「このような場所を、女性だけで歩くのは危ない。なぜ、ここに居る」
「道に迷いまして。そこで、人に道を聞き、こちらの方が近道だと教えられましたので」
「恐らく、その道を教えたのは、野盗の仲間だろう。気をつけることだな」
 牢人は、その女性二人を、山道を抜け、街道まで案内をした。街道に出れば、他の旅人も居るので、女性でも安心である。
 牢人は、女性と別れる。すると、しばらくして、後ろから、一人の僧がついて来るのに気がついた。
 牢人は、足を止める。すると、僧もまた、牢人を追い抜く訳ではなく、足を止めた。
 牢人は、僧の方を振り返る。
「なぜ、私の後をついて来る。何か、用でもあるのか」
「先ほどの様子、拝見していました。見事な腕前ですね。あれだけの野盗を、あっと言う間に倒してしまうとは」
「それが、どうした。何が、言いたい」
「しかし、あまり、人の命を粗末にするのは、良いことではないのでは。あなたの腕があるのなら、野盗を殺すことなく、追い払うことも出来るのではないかと思うのですが」
「確かに、それは、出来ない訳ではない。しかし、野盗を、あのまま、野放しにしていれば、また、他の人に被害を及ぼす」
「それは、一理あるかも知れませんが、彼らもまた、人です。諭せば、分からない訳ではないでしょう」
「甘いな。僧の言いそうなことだ」
 牢人は、僧に背を向けて、また歩き出した。しかし、僧は、まだ、牢人の後をついて来る。
 しばらく、そのまま歩いていたが、僧はやはり、牢人の後をついて来る。牢人は、しびれを切らし、また、足を止め、後ろに居る僧の方を向いた。
「なぜ、ついて来る。まだ、ついて来るというのなら、この場で斬る」
 牢人は、刀を抜き、僧の方に向けた。しかし、僧は、怯む訳でもない。
「私を斬るつもりですか。それは、無理な話です。止めておいた方が良いでしょう」
「どういう意味だ」
「言った通りです。あなたに、私を斬ることは出来ません」
 僧の挑発的な言葉に、牢人は、刀を握り直した。この僧は、何を言っているのか。
 牢人は、この僧を斬ってやろうと思った。本気で、僧に斬りかかる。
 しかし、僧は、身軽な動きで、それを簡単にかわした。この僧には、武術の心得があるらしい。僧は、逆に、牢人の刀を巧みに奪い取り、牢人に向けた。力の差は、明らかだった。
 僧は、牢人に刀を向けた。
「自分の腕に自信を持ちすぎると、危ないぞ。自分の命を縮めることになる」
 僧は、そう言うと、牢人に刀を返し、その場を立ち去った。
 牢人は、僧の姿を見送ると、刀を鞘に収める。
 しかし、刀を振るう以上、自分の命が無くなっても、それはそれで、仕方の無い話だと牢人は思った。そうでなければ武士は務まらない。牢人であっても武士である。その誇りは失うまいと、牢人は思った。

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