「お前のような奴は修行しなおして来い」と言われて神界を追い出された僕 ~ハッピーポイントを貯めておうちに帰ろう~

志波 連

文字の大きさ
上 下
36 / 40

36 噴水

しおりを挟む
 じわじわと体をずらしているルシファーは、誰にも気づかれないように細心の注意を払っていた。
 その動きはミリ単位だが、確実に中心からはズレ続けている。

 もともとルシファーは神界に住む天使だったのだが、神達の我儘を叶えても、無理難題を解決しても『所詮はただの天使』という自分の立場に不満をつのらせていた。

「だったら辞めちゃえよ」

 ある日、巨岩の群れが並ぶ草原で溜息を吐いていた時のこと。
 立ち並ぶ岩の隙間から顔を出したのは小さな白い蛇だった。

「何を勝手なことをいっているんだよ。辞める方法なんてないじゃないか。俺はずっとこのまま使い勝手のいい天使なんだよ」

 蛇が毒々しいほど赤い舌をちょろちょろと口から覗かせている。

「そんなことないさ。結構いるんだぜ? 天使辞めちゃった奴ら」

「ああ、それは知っているよ。堕天使のことだろ? 神界以外の生物と契るか、悪魔に魂を渡すか。俺にはそんなことできないさ」

「もう一つ方法があるんだ。そしてそれをやってのけた者はまだいない」

「え?」

「この岩は神の体というのは知っているよね? 神というのは天使より辞めにくいんだよ。全てを放棄しても死ねない存在だし、それぞれが何らかの役割を与えられているから、それをしないと罰を受けるからね」

「そうなのか?」

「で、この巨岩たちは罰を受けてここに野ざらしになっているんだ。当たり前だけれど、生きているよ」

 蛇が金属のような色をしている尻尾の先端で巨岩をぺしぺしと叩きながら続ける。

「僕が知っているだけでも、この岩なんてもう三千年は動いていない。動けないんだ。元々は自分で動かないことを選択したのだけれど、後悔して元に戻ろうとしても、もうダメ」

「そんな……じゃあこの岩の神達は好きでここにいるわけじゃないってことか?」

「それはどうだろう。好きでいる神もいれば、仕方なくいる神もいるだろうね。そして仕方なくいる神達は、後悔の念を燻らせているんだ。その後悔は動ける者たちへの嫉妬だよ。嫉妬は黒くて冷たいが、途轍もなく旨いんだ」

「旨い? 旨いとはどういうことだ?」

「僕は生きとし生ける者たちの中でも最初に罰を受けた者だ。そして僕に科せられた罰は、地を這って生き続け、他の生き物から忌み嫌われ続けることさ。これはなかなかキツイ」

「嫌われ続ける……そりゃキツイだろうね」

「だから僕の中にも恨みがある。恨みの念は嫉妬とは違って深い青でとても臭いんだ。だから僕の体は生臭い。まあ余計に嫌われるよね。それを消そうとして、ここに居る神々の念を口にしてみたんだ。いろいろ食べたけれど、嫉妬が一番旨かった」

「神々の念が君の糧なのか?」

「神々だけじゃないよ。聖霊達の抱える思いも、天使たちが隠している悩みも、全部僕の糧さ。ただ残念なことに、僕は神じゃないから『神の情念』は食べられても、それと同化することはできない」

「同化……」

「そう、神にはなれないってことさ。でもね、取り込むことはできるんだよ。消化器官以外に格納してシンクロするのさ」

 ルシファーは蛇の顔を見た。

「それに何の意味がある?」

「神の力が使えるようになる。もちろん本物にはかなわない弱いものだけれどね。それをすれば君と同じ思いを抱えている天使たちを集めて、反乱を起こすことができるぜ? もし成功すれば神々が君たちの願いを叶えるようになる。そうすれば、僕のような永遠の罰を受け続ける者たちの願いも叶うだろ?」

 ルシファーはフッと息を吐いた。

「とても魅力的なお誘いだけれど、どうやら勝算は無さそうだ。他を当たれよ」

 蛇は真っ赤な目でじっとルシファーを見ていた。

「まあ、気がかわったら来なよ。君にぴったりの神の情念を探しておくから。ああ、言っておくけれど、情念は無理やり剝ぎ取れるものじゃない。食べるくらいはいくらでも分けてくれるけれど、取り込むとなるとさすがにね。だって情念を他の器に移したら、本当にただの岩になっちゃうからね」

「なるほど。まあ、愚痴を聞いてくれてありがとう。僕は今バッカス様のお使いで、山頂のブドウ園へワインを取りに行く途中だったんだ。もう行くね」

「ああ、是非また会おう。君は僕が知る限り、一番強い思いを持っているからね」

 それには答えず立ち上がったルシファーは、山頂を目指したが、その心の中には確実に闇が宿った。


 
 ふと昔のことを思いだしていたルシファーが現実に戻ったのは、聖なる泉の水玉を囲む神々の視線に気付いたからだ。

「どうする? 運べないだろ」

 口を開いたのは軍神マルスだ。

「騎士達に守らせるか。ゼウルス様とヘレラ様がこいつの息の根を止める方法を考えて下さっているから、それまでの間だし」

 アテナが面倒くさそうに返事をした。
 ヘルメがルシファーの青い炎を睨みつけながら口を開く。

「結界を張りましょう。人々が近づく恐れもありますから、遠ざけなくてはいけません」

「水だまを旨くカモフラージュできるもの……池とか?」

 アプロが吞気な声を出した。

「これほど広い場所の真ん中に池というのもね。ああ、そうだ。噴水は?」

 ダイダロスの声に全員が顔を上げた。

「いいねぇ、そうしよう。この水玉を真ん中にして、巨大な噴水を作っちまおう」

 そんな会話を聞きながらルシファーはほくそ笑んだ。

『何をやっても無駄さ。俺は絶対に死なない。俺の炎の中心には巨岩神が宿っているんだからな』

 神達は共同作業で大きな噴水を作り上げた。
 出さず、ルシファーを閉じ込めている水だまの表面を流れ落ちるだけに留めたのは、ダイダロスの発案だ。

「さあ、これでいいでしょう。いったん教会に戻りましょうか。騎士達に取り囲ませておきますから」

 ヘルメはそう言うと聖騎士を召喚し、噴水の周りに立たせて続ける。

「この市場は住人たちの台所でしたから、今日は教会で炊き出しをする予定です。天使たちに手伝わせているはずですから、我々も少し休みましょう」

 ふとアプロがヘルメに聞いた。

「クロスは?」

 ヘルメがゆっくりと首を横に振る。

「何にも反応しません。オペラはハデス様が冥界へ届けてくれたのですが……」

「あの子の弟ってなんて言ったっけ? 弟君の容態は?」

「マカロですね? 意識は取り戻したのですが、言葉を全く発しないままです。クロスと同じように呆然としていますよ」

 神々が溜息を吐いた。

「他の堕天使たちは?」

「先の戦争で絶滅しましたよ。他の堕天使は反逆ではなく多種族との姦通ですから、反乱するほどの悪意はないでしょう」

 アプロがルシファーの水だまをみながら言った。

「クロスが心配だ」

「ええ、本当に」

 神々の姿が消え、入れ替わるように聖騎士たちが噴水を囲んだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか?

黒井 へいほ
ファンタジー
 ミューステルム王国に仕える兵であるラックス=スタンダードは、世界を救うために召喚された勇者ミサキ=ニノミヤの仲間として共に旅立つ。  しかし、彼女は勇者ではあるが、その前に普通の少女である。何度も帰りたいと泣き言を言いながらも、彼女は成長していった。  そして、決断をする。  勇者になりたい、世界を救いたい、と。  己が身に魔王の魂を宿していたことを知ったラックスだが、彼もまた決断をした。  世界を救おうという勇者のために。  ずっと自分を救ってくれていた魔王のために。  二人を守るために、自分は生きようと。  そして、彼らは真の意味で旅立つ。  ――世界を救うために。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

元Sランクパーティーのサポーターは引退後に英雄学園の講師に就職した。〜教え子達は見た目は美少女だが、能力は残念な子達だった。〜

アノマロカリス
ファンタジー
主人公のテルパは、Sランク冒険者パーティーの有能なサポーターだった。 だが、そんな彼は…? Sランクパーティーから役立たずとして追い出された…訳ではなく、災害級の魔獣にパーティーが挑み… パーティーの半数に多大なる被害が出て、活動が出来なくなった。 その後パーティーリーダーが解散を言い渡し、メンバー達はそれぞれの道を進む事になった。 テルパは有能なサポーターで、中級までの攻撃魔法や回復魔法に補助魔法が使えていた。 いざという時の為に攻撃する手段も兼ね揃えていた。 そんな有能なテルパなら、他の冒険者から引っ張りだこになるかと思いきや? ギルドマスターからの依頼で、魔王を討伐する為の養成学園の新人講師に選ばれたのだった。 そんなテルパの受け持つ生徒達だが…? サポーターという仕事を馬鹿にして舐め切っていた。 態度やプライドばかり高くて、手に余る5人のアブノーマルな女の子達だった。 テルパは果たして、教え子達と打ち解けてから、立派に育つのだろうか? 【題名通りの女の子達は、第二章から登場します。】 今回もHOTランキングは、最高6位でした。 皆様、有り難う御座います。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

処理中です...