上 下
32 / 40

32 奉仕者

しおりを挟む
 同じ夜、クロスとロビンは孤児院の事務室にいた。
 ロビンをソファーに寝かせ、自分は床に横たわったクロスが声を出す。

「なあロビン、ヘルメに聞いたんだけど騎士を目指すんだって?」

「うん、まだ決めたわけじゃないんだけれどね。同じやるなら街の人たちを守るような仕事かなって思ってるんだ」

「騎士は雇った主の指示で動くからなぁ。なかなか思うようにはいかないかもよ?

「ヘルメにも同じようなことを言われたよ。そうかぁ……僕はおじいさんとルナを守りたいんだ。そしてオペラやマカロのような子も守ってやりたいって思う」

 クロスがガバッと体を起こした。

「だったら他にも方法はあるぜ? 僕はこの前から裏町の子供たちと行動してるだろ? あの子たちって親がいるから孤児院には入れないんだって。でもここの子より瘦せてるだろ? ああいう育ててもらえない子とか、親から虐待を受けてる子を保護するような施設? 宿所? 保護場所? そういうのを作れないかなって思ったんだけど、どう思う?」

「確かに親がいるっていうだけで、どこからも保護されない子っているよね。オペラとマカロはまさにそうだ。その上、あんなに小さいのに食べ物の心配も自分でしなくちゃいけないなんて理不尽だよね……そうかぁ、そういう子を守る施設は無いのかぁ……」

 じっとロビンを見ていたクロスが言った。

「ロビンが作れよ。寝床が無いならベッドを、食べるものが無いならパンを。勉強したいなら文字を教えてやればいい」

 ロビンが驚いた顔をしてクロスを見た。
 クロスが続ける。

「ロビンも会ったばかりの頃は学校に行けないことを悔やんでいただろ? でもそれはトムじいさんが衣食住を賄ってくれていたからこその悩みだ。あの子たちはそれ以前なんだよ。まず明日も息をしておくために糧を得なくてはいけないんだ。でも思うようには手に入らないだろ? 病気になったら治療ではなく諦めるだけという子を少しでも減らしてやりたいと思わない?」

「思う! 思うよ。僕もルナもとても恵まれているけれど、それはすべておじいさんのお陰だもん。おじいさんが居なかったら僕たちもきっと……」

「だろ? お前ならあいつらの気持ちも少しはわかるだろ? その方法を考えてみろよ。きっとヘルメが手助けをしてくれる」

「ヘルメが? クロスは?」

「もちろんできることはやるさ。でもね、なんと言うか……予感がするんだ」

「何の? 怖いこと言わないでよ」

「怖くはないさ。僕が誕生した理由を僕自身が知る時が近いのだと思う。そんな気がして仕方がないんだ。さあ、もう休もう。明日もバリバリ働くぞ!」

 不安そうなロビンの頭を撫でてクロスは毛布をかぶった。

 そして翌朝、邪悪な気配を漂わせる黒い粒は、いつの間にか聖堂の床と壁の隙間にこびりついたように動かなくなっていた。

「もうこれはただのゴミというか埃というか塵だよね。どうする?」

 経過を見守っていたマルスが口を開いた。
 四人の神々が顔を見合わせていると、子供が数人聖堂に入ってきて声を掛けてくる。

「朝食はいかがですか? 今日はミルクの寄付をいただいたのでパン粥です」

 人間の食事に慣れているヘルメはすぐに頷いたが、他の三人は戸惑っている。
 祭壇の上で作業をしていたダイダロスが声を出した。

「何事も経験だ。なかなかうまいぞ。一緒に食おう」

 ダイダロスも含めた五人が食堂に向かう。
 いつものように神に感謝の祈りを捧げるために、子供たちは一斉に手を合わせた。
 祈られたことはあっても、祈ったことが無い神々はその様子に戸惑いを隠せない。

「なあ、いつもこうなの?」

 アプロがヘルメに聞いた。

「私はここで食事をすることはほとんどないのですが、一般家庭でもほぼ同じことをしていますよ」

「で、誰に祈ってるの?」

「う~ん。神様?」

「神様って、もしかしてあの絵?」

「彼らはそう認識しているようなので、敢えて訂正はしていないのですが、アプロはあれが誰か知ってます?」

 じっと壁にかかっている額絵を見ていたアプロは黙って首を横に振った。

「いただきます!」

 声を揃えた子供たちが一斉にスプーンを握る。
 その元気よさに目を見張りながら、神々もゆっくりとパン粥を口に運んだ。

「あら、美味しいわね」

「うん、なかなかイケるな。固いところと柔らかいところがあって絶妙な食感だ」

 どうやらアテナとアプロは気に入った様子だ。
 マルスは食事することも忘れて子供たちを眺めている。

「ところでクロスは?」

 アテナがダイダロスに聞いた。

「あそこに居るじゃん」

 ダイダロスが指さした方を見ると、子供たちと一緒になってパン粥を頬張っているクロスがいた。

「子供かと思った」

「うん、完全に同化してるね。まあ今は人間だし?」

 やっと一口目を口にしたマルスがポツンと言った。

「守ってやりたいな」

 神々は無言のまま頷いて、人間の食事を堪能した。

「ごめんください」

 教会の事務室の方で声がする。
 食事の手を止めて牧師が立ち上がった。

「皆さんは食事をお続け下さい」

 ヘルメが立ち上がろうとしたが、アプロが止める。

「邪悪な気配はない。ただの人間だ」

「ええ、奉仕希望者でしょうね」

 食事を終えた者から庭に出て行く。
 きちんと嚙んだのかと心配になるほど子供たちの食事は早い。
 残っているのは神々と小さな女の子数人、そしてその子たちの面倒をみている少女二人だけだった。

「あの子たちは全員が家族なのね」

 アテナが感慨深げに言う。

「生きたいという気持ちを持たない我々にはわからない精神構造だな」

 ヘルメがニコッと笑った。

「あの行為を相互扶助というらしいです。人間の知恵でしょうね」

 食事を終えた神々がゆっくり語り合っていると、席を離れていた牧師が戻ってきた。

「席を外して申し訳ありません。今日は珍しく貴族のご令嬢が奉仕活動に来てくださいました。聖堂の清掃を申し出て下さったのですよ。工事の邪魔はしないということでしたので、お願いしました。まあ、実際にやるのは連れてきた使用人の皆さんでしょうけれど」

 ダイダロスが何気に聞いた。

「へぇ、奇特なご令嬢もいるもんだ。どこの家門のご令嬢かな?」

 牧師がにっこり微笑んで答えた。

「トラッド侯爵家のリリベル様ですよ」

 神達が一斉に立ち上がり聖堂へと走った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

処理中です...