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29 復活の前兆
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アテナと一緒にやってきたマルスとアプロが、祭壇の前で絵を見上げている。
三人が到着したのと交代で、ダイダロスは孤児院に戻り、ヘルメはロビンを連れて帰った。
「ん? クロスの気配だ。戻ってきたんだな」
「あいつって最近はずっとここに寝泊まりしてるだろ? 何かを感じ取っているのかな」
「クロスが? まあ女にしか興味が無いような奴だけれど神界のサラブレッドだもんなぁ」
冥界との通門の状態が安定していることを確認した三人が、壁にもたれて雑談を始めた。
ボソッと声を出したのは戦争神マルスだ。
「昨日さぁ、俺ちょっと王宮を覗きに行ったんだよね。イチ侯爵が悪魔を召喚してまで何かを企んでいるっていうのに、あまりにも王家に動きが無いから気になってさ」
「どうだった?」
眉を上げて顔を向けたのはゼウルスの子であるアプロだ。
「驚くほど何も気付いていなかった。っていうか、何も知らないっていう感じだね」
「なんだそれ……どこで止まってるんだ?」
「宰相がトラッド侯爵に掌握されている。彼の妻はトラッド侯爵の妹なんだけれど、文官として王宮に出仕していたような才女で、宰相は彼女に異常なほどの信頼を寄せているんだ。そして彼女は兄であるトラッドを崇拝している」
肩を竦めてアテナが言う。
「それってやられてんじゃない? ルシファーには無理だけれど、堕天使の中にそう言うのが得意な子がいたでしょ?」
「ああ、クピートか! エリオスから禁断の矢を盗んで逃げたんだよな……可愛い顔をしていたのになぁ」
懐かしそうに顎に手を当てるアプロ。
「その矢を使ったんじゃないかしら。トラッドがクピートを使って妹を従属させ、その後で宰相を妹の奴隷にしたとすれば……」
マルスが疑問を呈した。
「それって意味ある? 例えばトラッドが国を乗っ取ろうとしているなら国王一家に矢を放てば済む話だろ? なぜわざわざそんな面倒な手を選ぶんだ?」
「それもそうね……戦略的にも稚拙すぎるわ。だとしたら?」
アプロが肩を竦めた。
「単純に考えよう。宰相は自分の妻にメロメロで判断力を失っている。その妻は兄を妄信してコマになっているだけなのかもしれない。人間ってバカだから、あり得るっしょ?。一番読めないのはトラッドだ。どうやってルシファーほどの大物を召喚したんだ?」
アテナが小さく頷きながら声を出した。
「その理論で言うなら、トラッドは目先のことしか考えてないんじゃないかな。その望みが何かはわからないけれど、もしそうならルシファーを召喚したのではなく、ルシファーが勝手に居ついているだけかもよ?」
「うん、一番しっくりくる仮説だな。ルシファーの奴は冥界を抜けだしたは良いが、ここで致命傷を受けたのかもしれない。その傷を癒すためには、そこそこズルくて、そこそこ悪人で、そこそこ野望をもった奴の近くが最適だ」
「そうね、ルシファーが完全体ならとんでもない悪意を探すでしょうけれど、消滅を辛うじて逃れているくらいダメージを負っているとしたら、そこそこという程度にしておかないと逆に飲まれちゃうもんね」
アプロがプッと吹き出した。
「だとしたら、俺たちって超小者に踊らされてるって感じ? 腹立たしいなぁ。俺なんて結婚記念日の旅行をキャンセルしてまで出張ってるんだぜ? せっかく雲のベッドまで用意したのにさ」
アテナが呆れた顔をする。
「あんたって相変わらずねぇ。今日は誰との結婚記念日なの? 年中そういってるじゃないの。そもそもあんたの妻って何人いるのよ」
アプロが小首を傾げた。
「妻は12人だよ。だから人間界の暦は12か月にしたんだもん。じゃないと覚えきれないだろ? 女の子ってそういう記念日に敏感なんだよね。でも俺の体はひとつしかない」
マルスが呆れた声を出す。
「12人って……お前、名前と誕生日と結婚記念日全部覚えてんの?」
「うん、簡単だよ。その子の誕生日が結婚記念日だもの。一番最初に結婚したジャナリーは1月2日、二番目のフェブラは2月3日、三番目のマーチーは3月4日で……」
「もういいよ。お前の妻選び法則が少しわかったような気がする」
アテナも横で大きなため息を吐いた。
「なんだかクロスが可愛く見えてきたわ……」
アプロが真顔で言う。
「あいつは隠し事ができないんだ。駆け引きっていうものを知らないからね。あれほど見境なく神界の花を渡り歩いたら、さすがに母上も黙っちゃいないさ」
「こんな兄を持ったかわいそうなクロスの役割って何なのかしらね」
三人はなんとなく黙ってしまい、何気なく祭壇の方に視線を投げた。
その時、アテナは肩に何かが触れたような違和感を覚え、天井を見上げる。
「あっ……見て!」
アテナの声に慌ててグレナデンの実を見上げると、ポロポロと砂粒のようなものが降ってくる。
三人はブワッと音をたてて体を巨大化させた。
「出るわ」
「逃がすなよ」
臨戦態勢をとった三人の目の前で、ダイダロスが応急的に埋めた石が落ちた。
最初に出てきたのは小さな黒い粒だ。
ワラワラと零れるように湧き出したその黒い粒が、穴を侵食するように天井に広がっていく。
「なに? これは」
アテナの声にマルスが答えた。
「この匂いは冥界の……」
三人が到着したのと交代で、ダイダロスは孤児院に戻り、ヘルメはロビンを連れて帰った。
「ん? クロスの気配だ。戻ってきたんだな」
「あいつって最近はずっとここに寝泊まりしてるだろ? 何かを感じ取っているのかな」
「クロスが? まあ女にしか興味が無いような奴だけれど神界のサラブレッドだもんなぁ」
冥界との通門の状態が安定していることを確認した三人が、壁にもたれて雑談を始めた。
ボソッと声を出したのは戦争神マルスだ。
「昨日さぁ、俺ちょっと王宮を覗きに行ったんだよね。イチ侯爵が悪魔を召喚してまで何かを企んでいるっていうのに、あまりにも王家に動きが無いから気になってさ」
「どうだった?」
眉を上げて顔を向けたのはゼウルスの子であるアプロだ。
「驚くほど何も気付いていなかった。っていうか、何も知らないっていう感じだね」
「なんだそれ……どこで止まってるんだ?」
「宰相がトラッド侯爵に掌握されている。彼の妻はトラッド侯爵の妹なんだけれど、文官として王宮に出仕していたような才女で、宰相は彼女に異常なほどの信頼を寄せているんだ。そして彼女は兄であるトラッドを崇拝している」
肩を竦めてアテナが言う。
「それってやられてんじゃない? ルシファーには無理だけれど、堕天使の中にそう言うのが得意な子がいたでしょ?」
「ああ、クピートか! エリオスから禁断の矢を盗んで逃げたんだよな……可愛い顔をしていたのになぁ」
懐かしそうに顎に手を当てるアプロ。
「その矢を使ったんじゃないかしら。トラッドがクピートを使って妹を従属させ、その後で宰相を妹の奴隷にしたとすれば……」
マルスが疑問を呈した。
「それって意味ある? 例えばトラッドが国を乗っ取ろうとしているなら国王一家に矢を放てば済む話だろ? なぜわざわざそんな面倒な手を選ぶんだ?」
「それもそうね……戦略的にも稚拙すぎるわ。だとしたら?」
アプロが肩を竦めた。
「単純に考えよう。宰相は自分の妻にメロメロで判断力を失っている。その妻は兄を妄信してコマになっているだけなのかもしれない。人間ってバカだから、あり得るっしょ?。一番読めないのはトラッドだ。どうやってルシファーほどの大物を召喚したんだ?」
アテナが小さく頷きながら声を出した。
「その理論で言うなら、トラッドは目先のことしか考えてないんじゃないかな。その望みが何かはわからないけれど、もしそうならルシファーを召喚したのではなく、ルシファーが勝手に居ついているだけかもよ?」
「うん、一番しっくりくる仮説だな。ルシファーの奴は冥界を抜けだしたは良いが、ここで致命傷を受けたのかもしれない。その傷を癒すためには、そこそこズルくて、そこそこ悪人で、そこそこ野望をもった奴の近くが最適だ」
「そうね、ルシファーが完全体ならとんでもない悪意を探すでしょうけれど、消滅を辛うじて逃れているくらいダメージを負っているとしたら、そこそこという程度にしておかないと逆に飲まれちゃうもんね」
アプロがプッと吹き出した。
「だとしたら、俺たちって超小者に踊らされてるって感じ? 腹立たしいなぁ。俺なんて結婚記念日の旅行をキャンセルしてまで出張ってるんだぜ? せっかく雲のベッドまで用意したのにさ」
アテナが呆れた顔をする。
「あんたって相変わらずねぇ。今日は誰との結婚記念日なの? 年中そういってるじゃないの。そもそもあんたの妻って何人いるのよ」
アプロが小首を傾げた。
「妻は12人だよ。だから人間界の暦は12か月にしたんだもん。じゃないと覚えきれないだろ? 女の子ってそういう記念日に敏感なんだよね。でも俺の体はひとつしかない」
マルスが呆れた声を出す。
「12人って……お前、名前と誕生日と結婚記念日全部覚えてんの?」
「うん、簡単だよ。その子の誕生日が結婚記念日だもの。一番最初に結婚したジャナリーは1月2日、二番目のフェブラは2月3日、三番目のマーチーは3月4日で……」
「もういいよ。お前の妻選び法則が少しわかったような気がする」
アテナも横で大きなため息を吐いた。
「なんだかクロスが可愛く見えてきたわ……」
アプロが真顔で言う。
「あいつは隠し事ができないんだ。駆け引きっていうものを知らないからね。あれほど見境なく神界の花を渡り歩いたら、さすがに母上も黙っちゃいないさ」
「こんな兄を持ったかわいそうなクロスの役割って何なのかしらね」
三人はなんとなく黙ってしまい、何気なく祭壇の方に視線を投げた。
その時、アテナは肩に何かが触れたような違和感を覚え、天井を見上げる。
「あっ……見て!」
アテナの声に慌ててグレナデンの実を見上げると、ポロポロと砂粒のようなものが降ってくる。
三人はブワッと音をたてて体を巨大化させた。
「出るわ」
「逃がすなよ」
臨戦態勢をとった三人の目の前で、ダイダロスが応急的に埋めた石が落ちた。
最初に出てきたのは小さな黒い粒だ。
ワラワラと零れるように湧き出したその黒い粒が、穴を侵食するように天井に広がっていく。
「なに? これは」
アテナの声にマルスが答えた。
「この匂いは冥界の……」
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