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24 白い烏
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街の灯りが全て消えたその時間、真っ白な烏が夜空を駆けていた。
その烏は貴族街の中でもひときわ大きなお屋敷の屋根に止まり、辺りの気配を伺っている。
「どうもおかしな匂いがしますね……」
それを辿り白烏はバルコニーに降り立ち、擬態を解いた。
衣服に纏わりついている白い羽を払いながらヘルメが怪訝な顔をする。
「まさかルシファー?」
ヘルメがカーテンの隙間から部屋の中を覗くと、まだ寒い季節にはほど遠いというのに、暖炉には火がついていた。
「やはり……」
灰色がかった青い炎をちろちろと揺らめかせ、暖炉の中で眠っていたのはルシファーという名前の堕天使だった。
ルシファーは今から1500年前に神界を去り、邪な心を持つ人間たちを操って戦争を起こした反逆の象徴だ。
ルシファーが引き起こした戦争は、神界から遣わされた聖騎士たちによって鎮圧され、捕縛し幽閉されていたはずなのだ、どうやら拘束から逃れたらしい。
「誰か手引きでもしたのでしょうか? いずれにしてもこうしてはいられませんね」
ヘルメは白烏となり夜空へと吸い込まれていった。
そして翌朝、目の下に隈を作ったヘルメがのろのろと小屋から出てくる。
「旦那様、今日の収穫は終わりました。今から開墾に向かいます」
もうとっくに洗脳は解けているにもかかわらず、トムじいさんを襲い畑を荒らした男たちはここに居ついたままだ。
他所には行きたくないと言うので、農作業者として使役することにしたのだが、やらせてみれば手際も良いし、サボることもない。
藁の寝床を勿体ないと言い、質素な食事にも感謝をささげる。
「ヘルメ? なんだか疲れてない? 大丈夫?」
「ああ、おはようロビン。昨日は少し忙しかったのですよ。そろそろ出ますか?」
「うん、今日からやることがいっぱいあるもんね」
野菜を卸したら教会に手伝いに向かう。
そんな平和な日々が続き、遂に増築した建屋と石窯が完成した。
その間ずっと教会に寝泊まりしていたクロスとダイダロスは、すっかり孤児院の子供たちの仲間だ。
「やあヘルメ、今日はヘスティアを呼んで祝福を貰うことになっているんだ」
幼い子供を6人ほど腕にぶら下げたダイダロスが穏やかな顔で声を掛けた。
「ええ、予定通りですね。後でトムじいさんとルナも来ますよ。いよいよお披露目ですね」
数人の女の子に纏わりつかれながらクロスもやって来る。
石窯を作るのと同時進行で市場のパン屋のところに修行に出ていたカブとサンズも戻ってきた。
明日からはこの石窯で実際にパンを焼くことになっているのだ。
「あらぁ、素敵な竈じゃないのぉ」
キラキラとした光を放ちながら聖堂から出てきたのはヘスティアだ。
「ヘスティア! 久しぶりだね。輝く美しさは変わらないね」
「まあクロスったら、相変わらずの正直者ね。えっと? 祝福するのはこの石窯で良いのかしら?」
「うん、これは僕とダイダロスで作ったんだよ。もちろん子供たちもすごく頑張ってくれたんだ。素敵でしょう?」
「ええ、本当に素敵だわ。ではさっそく始めちゃう?」
いそいそと準備を始めようとするヘスティアにヘルメが近づいた。
「聞いているでしょ? ルシファーが入り込まないように結界も頼むよ。それと教会の厨房の方もね」
「ええ、あんな雑魚を近づけるつもりは無いわ。任せといて」
ヘスティアがスッと手を上げると、月桂樹の枝がどこからか舞い降りてきた。
何度も不思議な現象を目の当たりにしてきている牧師も子供たちも驚きはしない。
竈神ヘスティアがその枝を振ると、光の粒が石窯を包み染み込んでいく。
それを何度も繰り返した後、ヘスティアは竈に指先を当て、何かを呟いた。
「さあ、これで大丈夫よ。邪心を持つ者は聖なる火で焼け焦げるわ。ねえ、そこの子羊さん、あなた方が普段使う厨房に案内してちょうだい」
子羊と呼ばれた牧師がコクコクと頷きながら先に立つ。
クロスは慌ててヘスティアに手を差し出した。
「あら、エスコートしてくれるの?」
「美しい女神、どうぞこの手をお取りください」
ヘスティアが手を延ばすと、クロスはすかさずその指先にキスをした。
「あら? その方がペシュケさん?」
その声の主はアンナマリーだった。
「アンナマリー! マイエンジェル!」
駆け寄ろうとするクロスの手をヘスティアがギュッと握る。
「あらぁ、可愛い人間ねぇ」
ヘスティアがアンナマリーの顔を見ながら妖艶な微笑みを浮かべた。
「こんにちは、あなたがペシュケさんですか?」
アンナマリーの言葉にヘスティアの片眉がぴくっと動いた。
「違うわよ、私はヘスティア。全ての火を司る竈神よ。覚えておきなさい。さあ子羊ちゃん、さっさと案内してちょうだい」
クロスの手を離し踵を返すヘスティア。
目を丸くしてそれを見ていたアンナマリーがクロスに言った。
「クロスって浮気性なのね」
クロスは慌てて否定したが、アンナマリーの冷たい視線が緩むことはなかった。
「ほうほう、立派な石窯じゃのう」
ルナと手を繋いでトムじいさんが言う。
「途中でアンナマリーさんに会ったからお披露目に誘ったんだよ」
ルナの言葉にニコッと頷いて、まるで何もなかったように増築した建屋の説明を始めたクロスだったが、背中にはびっちりと冷汗をかいていた。
少ししてパン屋の一家もやってきて火入れの儀式が始まる。
最初に入れる火はヘスティアが持ってきたアテナの火だ。
煙突から煙が出るまでの間、その場にいる全員が固唾をのんでいた。
新しい薪をくべて煙の出方を調べたパン屋の主人が嬉しそうに言う。
「完璧だね。この火を絶やさないようにして石窯を落ち着かせるようにしなさい」
主人の後ろでカブとサンズが大きな声で返事をした。
「最初の三日は食べられるようなパンにはならないけれど、それは絶対に必要な作業だから手を抜いてはいけない」
明日からの三日間は今まで通りパン屋の主人の家でいつも通りにパンを焼き、終わったらここに戻って慣らし焼きをする予定らしい。
その間は店を抜けてまで付き合ってくれるパン屋の主人の代わりに、クロスが店頭に立つことになっている。
「商品になるようなパンが焼けるまでは竈の火を消してはいけないよ。売れるようなものができたら持ってきなさい。うちで販売してあげよう」
そう言ってパン屋の一家は手を振って帰って行った。
「頑張ろうね」
カブの言葉にサンズが力強く頷く。
ロビンはそんな二人を見ながら自分も手に職をつけたいと真剣に思うのだった。
その烏は貴族街の中でもひときわ大きなお屋敷の屋根に止まり、辺りの気配を伺っている。
「どうもおかしな匂いがしますね……」
それを辿り白烏はバルコニーに降り立ち、擬態を解いた。
衣服に纏わりついている白い羽を払いながらヘルメが怪訝な顔をする。
「まさかルシファー?」
ヘルメがカーテンの隙間から部屋の中を覗くと、まだ寒い季節にはほど遠いというのに、暖炉には火がついていた。
「やはり……」
灰色がかった青い炎をちろちろと揺らめかせ、暖炉の中で眠っていたのはルシファーという名前の堕天使だった。
ルシファーは今から1500年前に神界を去り、邪な心を持つ人間たちを操って戦争を起こした反逆の象徴だ。
ルシファーが引き起こした戦争は、神界から遣わされた聖騎士たちによって鎮圧され、捕縛し幽閉されていたはずなのだ、どうやら拘束から逃れたらしい。
「誰か手引きでもしたのでしょうか? いずれにしてもこうしてはいられませんね」
ヘルメは白烏となり夜空へと吸い込まれていった。
そして翌朝、目の下に隈を作ったヘルメがのろのろと小屋から出てくる。
「旦那様、今日の収穫は終わりました。今から開墾に向かいます」
もうとっくに洗脳は解けているにもかかわらず、トムじいさんを襲い畑を荒らした男たちはここに居ついたままだ。
他所には行きたくないと言うので、農作業者として使役することにしたのだが、やらせてみれば手際も良いし、サボることもない。
藁の寝床を勿体ないと言い、質素な食事にも感謝をささげる。
「ヘルメ? なんだか疲れてない? 大丈夫?」
「ああ、おはようロビン。昨日は少し忙しかったのですよ。そろそろ出ますか?」
「うん、今日からやることがいっぱいあるもんね」
野菜を卸したら教会に手伝いに向かう。
そんな平和な日々が続き、遂に増築した建屋と石窯が完成した。
その間ずっと教会に寝泊まりしていたクロスとダイダロスは、すっかり孤児院の子供たちの仲間だ。
「やあヘルメ、今日はヘスティアを呼んで祝福を貰うことになっているんだ」
幼い子供を6人ほど腕にぶら下げたダイダロスが穏やかな顔で声を掛けた。
「ええ、予定通りですね。後でトムじいさんとルナも来ますよ。いよいよお披露目ですね」
数人の女の子に纏わりつかれながらクロスもやって来る。
石窯を作るのと同時進行で市場のパン屋のところに修行に出ていたカブとサンズも戻ってきた。
明日からはこの石窯で実際にパンを焼くことになっているのだ。
「あらぁ、素敵な竈じゃないのぉ」
キラキラとした光を放ちながら聖堂から出てきたのはヘスティアだ。
「ヘスティア! 久しぶりだね。輝く美しさは変わらないね」
「まあクロスったら、相変わらずの正直者ね。えっと? 祝福するのはこの石窯で良いのかしら?」
「うん、これは僕とダイダロスで作ったんだよ。もちろん子供たちもすごく頑張ってくれたんだ。素敵でしょう?」
「ええ、本当に素敵だわ。ではさっそく始めちゃう?」
いそいそと準備を始めようとするヘスティアにヘルメが近づいた。
「聞いているでしょ? ルシファーが入り込まないように結界も頼むよ。それと教会の厨房の方もね」
「ええ、あんな雑魚を近づけるつもりは無いわ。任せといて」
ヘスティアがスッと手を上げると、月桂樹の枝がどこからか舞い降りてきた。
何度も不思議な現象を目の当たりにしてきている牧師も子供たちも驚きはしない。
竈神ヘスティアがその枝を振ると、光の粒が石窯を包み染み込んでいく。
それを何度も繰り返した後、ヘスティアは竈に指先を当て、何かを呟いた。
「さあ、これで大丈夫よ。邪心を持つ者は聖なる火で焼け焦げるわ。ねえ、そこの子羊さん、あなた方が普段使う厨房に案内してちょうだい」
子羊と呼ばれた牧師がコクコクと頷きながら先に立つ。
クロスは慌ててヘスティアに手を差し出した。
「あら、エスコートしてくれるの?」
「美しい女神、どうぞこの手をお取りください」
ヘスティアが手を延ばすと、クロスはすかさずその指先にキスをした。
「あら? その方がペシュケさん?」
その声の主はアンナマリーだった。
「アンナマリー! マイエンジェル!」
駆け寄ろうとするクロスの手をヘスティアがギュッと握る。
「あらぁ、可愛い人間ねぇ」
ヘスティアがアンナマリーの顔を見ながら妖艶な微笑みを浮かべた。
「こんにちは、あなたがペシュケさんですか?」
アンナマリーの言葉にヘスティアの片眉がぴくっと動いた。
「違うわよ、私はヘスティア。全ての火を司る竈神よ。覚えておきなさい。さあ子羊ちゃん、さっさと案内してちょうだい」
クロスの手を離し踵を返すヘスティア。
目を丸くしてそれを見ていたアンナマリーがクロスに言った。
「クロスって浮気性なのね」
クロスは慌てて否定したが、アンナマリーの冷たい視線が緩むことはなかった。
「ほうほう、立派な石窯じゃのう」
ルナと手を繋いでトムじいさんが言う。
「途中でアンナマリーさんに会ったからお披露目に誘ったんだよ」
ルナの言葉にニコッと頷いて、まるで何もなかったように増築した建屋の説明を始めたクロスだったが、背中にはびっちりと冷汗をかいていた。
少ししてパン屋の一家もやってきて火入れの儀式が始まる。
最初に入れる火はヘスティアが持ってきたアテナの火だ。
煙突から煙が出るまでの間、その場にいる全員が固唾をのんでいた。
新しい薪をくべて煙の出方を調べたパン屋の主人が嬉しそうに言う。
「完璧だね。この火を絶やさないようにして石窯を落ち着かせるようにしなさい」
主人の後ろでカブとサンズが大きな声で返事をした。
「最初の三日は食べられるようなパンにはならないけれど、それは絶対に必要な作業だから手を抜いてはいけない」
明日からの三日間は今まで通りパン屋の主人の家でいつも通りにパンを焼き、終わったらここに戻って慣らし焼きをする予定らしい。
その間は店を抜けてまで付き合ってくれるパン屋の主人の代わりに、クロスが店頭に立つことになっている。
「商品になるようなパンが焼けるまでは竈の火を消してはいけないよ。売れるようなものができたら持ってきなさい。うちで販売してあげよう」
そう言ってパン屋の一家は手を振って帰って行った。
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