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22 ここに居たい理由

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「それは本当にありがたいのですが、それほど大きな石窯を作れる厨房は無いのです」

 説明を聞いて困惑する牧師にクロスが言った。

「大丈夫ですよ、増築しちゃいましょう。それに傷んでいる所もついでに直すって言ってますから」

 牧師がクロスを見て目を丸くした。

「あなたは……昨日の今日で歩けるのですか? 神がかった驚異の回復力ですね……」

 そう言うと胸の前で手を合わせて祈った。
 ヘルメが牧師に優しい声で言う。

「コイツも元は神ですからお気になさらず」

 その日からクロスとダイダロスは教会に泊まり込んで作業を始めることになった。
 ヘルメとロビンは野菜を卸したその足で手伝いに来るらしい。
 ロビンの側に駆け寄ってきたカブが、石窯の話を聞いて感嘆の声をあげた。

「すごいよロビン! 本当にすごい! 君と君の友達は俺たちにとって神様だ」

「マジもんの神だけどね」

 ダイダロスの独り言はさらっと流され、喜ぶ子供たちに囲まれたロビンは照れくさそうに笑っている。

「そう言えば、今日は何か音沙汰がありましたか?」

 クロスが聞くと、牧師が少し暗い顔をした。

「ええ、朝一番で立ち退き通告書というものが届きました。私がサインをした立ち退き料の領収証があると言うのですが、全く覚えが無いのです」

 妙に明るい声でクロスが言う。

「詐欺ですね。でも大丈夫、この教会は神々に守られていますから。きっとヘルメが何とかします」

 ヘルメは盛大な溜息を吐いたが、何も言わなかった。

「ああ、そう言えば僕のポイント交換だけどどうなってる?」

「毎月の経費は自動引き落としにしていますし、今回の分は私が一旦立て替えています。最終的にかかった経費を請求しますし、足りない場合は自動融資設定ですので、安心して散財してください」

 小首を傾げるクロスの横でダイダロスが吹き出した。
 そうこうしている間に材料が次々に運ばれてくる。
 牧師に案内された三人の神々は建設できそうな場所を探して歩いた。

「なるほど、かなり傷んでいるな。少しの地震でも崩れそうなところがいくつもあるよ」

 ダイダロスの言葉にクロスが声を出す。

「そこはサービスで頼むよ。長い付き合いじゃん」

 ダイダロスが肩を竦めながら言う。

「お前の頼みは聞きたくないが、ここの空気は気に入った。この敷地内だけ浄化され続けているような感じだが……通門でもあるのか?」

 その言葉にクロスが答えた。

「多分聖堂の中だと思うよ。今は使っていない古い通門が開いたままになっているのかもしれないね」

 ヘルメが続ける。

「わかった、後で探してみよう。もし開いたままなら閉じなくてはな。まあそもそも古い教会というのは、全て神界と人間界を行き来するための通門の上に建てられているからなぁ。あっても不思議じゃない」

「あのう……」

 三人の会話を聞いていた牧師がおずおずと口を開いた。

「あなた方は何者なのですか?」

 ヘルメが不思議そうな顔で答える。

「ごく普通の神ですが? もっと詳細に言えば一番ヘタレなこいつがゼウルス様の末っ子で、こっちのイカツイのが大工神です。私は万物流転と伝達の神です」

「は……はあ。左様ですか」

 生返事をした牧師は、もしかするとかなり危ない奴らなのではないかと思ったが、なにせ纏っているオーラが半端ないので全否定できないのだ。
 あまり深く関わらないようにしようと思いながら、もうその話題には触れないと決めた。

「おお! ここがいいな。ここならヘスティアが好きそうな場所だ」

 そこは中庭で、真四角に切り取られた空が天界に向けてまっすぐに伸びているように見える。
 その中央には大きなオリーブの木が縄を綯ったようにその枝を伸ばし、心地よい木陰を作っていた。

「あの建物は何ですか?」

 ダイダロスが聞くと、牧師が悲しそうに答えた。

「あの建屋は、ずっと昔に我々牧師が使っていた宿舎です。今は私一人になってしまったので、倉庫のようになっています」

「あちらは?」

「あちらの建物は厨房と私の部屋があります。その横の通路を抜けると裏庭で、孤児院の建物があります」

「なるほど、では厨房の横に増築して石窯を作りましょう。昔の宿舎は材料の保管庫や作業場にも使えそうだし、職人として残る子達の部屋にもできますしね」

「お任せいたします」

 もう牧師は何も言わなかった。
 今年いっぱいで孤児院を出ることになっている子供は、カブを含めて四人いる。
 三人は男の子で、そのうち一人だけは街の商会に、唯一の女の子は市場の食堂にそれぞれ就職が決まっている。

「煉瓦積みとかは子供の手も借りますが、基本的には我々でやりましょう。増築が済むまでは倉庫になっている宿舎の片づけをお願いしたい」

 テキパキと段取りを組んでいくダイダロスの後ろでクロスとヘルメはニコニコしていた。
 大人たちの会話が気になるのか、建物の角から様子を伺っている子供たちを手招きした牧師が、手伝えることを説明していく。

「だったら俺とサンズは遠い街に行かなくて良いのですか?」

 牧師が嬉しそうに頷いた。
 子供たちが歓声をあげる。

「ロビン! 俺もサンズもこの街にいられるんだ。ありがとう……ありがとう……」

 カブが涙を浮かべてロビンの手を握った。
 サンズと呼ばれたカブと同い年の子も泣きながらロビンに抱きつく。

「あの子たちは戦争から帰ってこない親をここで待ちたいのですよ。たぶんもう帰っては来ない……それはあの子たちもわかってはいるのです。わかってはいるのですが、認めたくないのでしょうね」

 牧師の言葉に神々は小さく頷いた。
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