上 下
21 / 40

21 第二の助っ人

しおりを挟む
 ルナの喜びそうなお菓子を買って帰ると、六人の男たちが畑で作業をしていた。

「やあ、早かったね」

 鼻の頭に土をつけたクロスが声を掛ける。
 日陰に椅子を持ち出して監督しているのはトムじいさんだ。

「もう売り切れたのかい?」

 ヘルメが店主たちとの交渉を話すと、トムじいさんは嬉しそうに頷いた。

「それはありがたいのう。毎日必ず完売するということじゃないか。これでロビンは学校にも行けるようになる。働き手も増えたことじゃしのう」

 クロスと共に畑仕事をしているのは、トムじいさんを襲った男二人と畑を荒らした男三人だった。
 全員が毒気の抜けたような顔をして、熱心に働いている。

「ヘルメが言い聞かせたの? 物凄く敬虔な感じなんだけど」

「言い聞かせてなどいませんよ、面倒くさい。サクッと洗脳しただけです。しかしこれほどの人手があるなら畑を広げても良いかもしれませんね」

 クロスが頷く。

「うん、だからあの人たちには手つかずの荒れ地の開墾をやってもらおうかなっておじいさんと話してたんだ。悔恨したから開墾してもらう……ぷぷぷ!」

 ヘルメがうんざりした顔で声を出した。

「バカな事を言ってないで働きなさい。私はちょっと帰ってきます」

「え? またデメテル?」

「違います。ダイダロスにちょっと協力を頼もうと思いましてね」

 そう言うとヘルメはクロスの案だとは知らない態度でパン事業の話をした。

「なるほど教会にね。一石二鳥というやつだ。でも建築費用はどのくらいになるんだろ」

「クロスが貯めたポイントで何とかなると思いますよ? それに作るのはクロスとダイダロスだから材料費だけですし、もし足りなければ高利で融資しましょう」

「ふぅん、それなら問題ないね」

 クロスはヘルメが何を司る神なのかをすっかり忘れて頷いた。

「では行ってきますよ」

「うん、ダイダロスによろしくね。それにしてもヘルメが両刀使いだとは知らなかったよ」

 ヘルメがものすごく嫌な顔をした。

「面倒な噂を広めないでくださいよ? ダイダロスは代価を求めるような男じゃないです」

 ポヨンと消えたヘルメに手を振るクロス。

「そういうことなら僕も人助けをする時間が増えるかな。ポイントが無くなっちゃうからまた稼がないとだね」

 神界にいた頃には良くツルんでいたダイダロスはヘルメの頼みに応じて翌朝にはやってきた。

「ようクロス、怪我したんだって? 珍しい経験したじゃん」

「そうなんだよ。父上のゲンコツより痛いんだぜ? 信じられる?」

「ゼウルス様の……マジか。でも神力は無くなっても細胞はそのままなんだろ? すぐ治るんじゃね?」

 そう言うとベッドでぬくぬくとしていたクロスの上掛けを剝ぎ取った。

「おお! 相変わらずご立派なことだ。それにしてもまだ痣になってるんだな」

「まあ午後までには消えるよ。ヘルメから聞いてくれた?」

「石窯を作るって話だろ? ついでに教会の傷みも直しておくけど、全部自分たちで作るって聞いたぜ?」

「うん、直し方が分からないと壊れたとき困るだろ? だから自分たちで作るんだ。材料費は僕が出すから、やり方とか教えてやってよ」

 ダイダロスが肩を竦めてみせた。

「ってことは人間の作った材料を使うんだな? やっとことねぇけど、まあ大丈夫だろ。すぐに始めるかい?」

「午前中にはヘルメとロビンが戻って来るから、午後からにしよう。一緒に昼飯どう?」

「人間の? まあ、これも経験ってやつだな。ご相伴に預かろう」

 畑の様子を見に行っていたトムじいさんとルナが戻ってきた。
 クロスは友人の大工だとダイダロスを紹介し、昼食後に出掛けることを伝える。

「ああ、ロビンから聞いとるよ。立派な行いじゃと感心したわい。クロスに神のご加護があるように祈っておるよ」

「うん、今のクロスには必要だな。そしてあなたにも祝福を」

 ダイダロスはそう言ってトムじいさんの肩をポンと叩いた。
 意味が解らずキョトンとするトムじいさんだったが、体中に力がみなぎるのを感じて驚いている。

「ただいま帰りました。今日の昼食は食堂のミートパイとグリルチキンですよ」

 ルナが大喜びして跳ねまわる横でトムじいさんが声を出した。

「そんなに贅沢をしても大丈夫かの?」

 ヘルメが頷いた。

「大丈夫ですよ。今日は少し野菜を多めに出荷しましたからね」

 さっそく買って来た食事を皿に並べながらロビンが言った。

「ヘルメが接客するだけで飛ぶように売れるから、オヤジさんたちが余分にくれたんだよ」

 ダイダロスがクロスにだけ聞こえるように言う。

「ヘルメって商売も司ってるもんなぁ……ある意味詐欺だぜ?」

 食事を済ませたクロスとヘルメ、そしてロビンとダイダロスが立ち上がる。

「では教会に行って参ります。なるべく早く戻りますからいい子にしているんですよ?」

 ヘルメがルナの頭を撫でると、ルナが炭の欠片で描いた絵を差し出した。

「ん? これは?」

「美人のお姉さんだよ? 可愛く描けたでしょ?」

「そ……そうですね。ははは……」

 クロスが絵を覗き込んで言った。

「うん、可愛く描けてるじゃないか。美人な猪だ」

 ヘルメが慌ててルナをギュッと抱きしめて、クロスの背中を押して出て行った。
 教会への道すがら、ロビンがダイダロスに石窯構想を説明する。

「なるほどなぁ。自分たちのパンと技術の習得を同時にやろうってことか。しかも上手くなれば商売にもできるわけだ。坊主、なかなか考えたじゃないか」

「僕じゃないんですよ。クロスが考えたことに少し付け足しただけ。それにお金もクロスが出すし……早く大人になりたいなぁ」

 ヘルメがポンとロビンの肩に手を置いた。

「嫌でも大人になるのです。子供でいられるうちはそれを楽しんだ方が良いですよ」

 さすがに大工の神ともなれば、人間界のどこに行けば必要な材料が揃うのかという鼻が利くらしい。
 教会に到着するまでに大方の段取りを済ませてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】嗤われた王女は婚約破棄を言い渡す

干野ワニ
恋愛
「ニクラス・アールベック侯爵令息。貴方との婚約は、本日をもって破棄します」 応接室で婚約者と向かい合いながら、わたくしは、そう静かに告げました。 もう無理をしてまで、愛を囁いてくれる必要などないのです。 わたくしは、貴方の本音を知ってしまったのですから――。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

私が我慢する必要ありますか?

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? 他サイトでも公開中です

処理中です...