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「保存ができるお菓子かなぁ。それともみんなですぐに食べられる柔らかいパン?」
二人はあれこれと話をしながら広場へと差し掛かった。
市場はいつものように賑やかだ。
食堂街の前を通り、東の食料品街へと差し掛かる。
「あれ? どちらももう売り切れたのかな」
ロビンの声にクロスが視線を投げると、いつも屋台を出している場所だけ人だかりが無かった。
「何かあったのかな」
ロビンが駆け出してまだ開いている店の店主と話をしている。
戻ってきたロビンがクロスに言った。
「もう売り切れたんだってさ。僕たちも店を出していたら儲かったのに……」
クロスは何も言わずにロビンの頭を撫でてやった。
「さあ、それより教会だ。お菓子かパンか決めたかい?」
「お菓子じゃお腹は膨れないから、やっぱりパンにしようかと思う」
「そうだな。じゃあパン屋さんに行こうか」
パンの屋台に行くと、フカフカの白パンや健康に良さそうな全粒粉パンが並んでいる。
屋台の後ろでは小さな子供と母親らしき女性がせっせと箱からパンを出して並べていた。
「どこで焼いているんですか?」
クロスが聞くと、店主が愛想よく答えた。
「家で焼いて持ってくるんですよ。パンを焼くには大きな石窯が必要ですからね」
「へぇ……その石窯っていうのがあれば、どこでも焼けるのですか?」
「ええ、焼けますよ。でも最近はパン職人が減っちまってねぇ、朝は早いしなかなかキツイ仕事だから、なりたいという者が減っているんですよ」
ロビンが不思議そうな声を出す。
「パンって絶対に必要だし毎日食べるのに?」
パン屋の親父が眉を下げる。
「貴族の家には専門のパン職人がいるし、庶民相手だと安い値段にするしかないだろ? 儲からないからねぇ。なりたいという若い人がいないんだよ。方法さえわかれば誰でもできる仕事だけれど、美味しいパンを焼くにはコツも情熱もいるから修行しないといけないしね」
話を聞きながらクロスが何やら考え込んでいた。
教会に寄付をするのだと言うと、少し焦げているからと言いながら箱いっぱいのロールパンを半額以下で売ってくれた。
ロビンが小遣いで貰ったお金を出し、足りない分をクロスが出す。
「ありがとうございました」
ロビンが深々と頭を下げると、パン屋の女房が出てきて頭を撫でてくれた。
「あなたに神の祝福がありますように」
そう言って小さな飴を握らせてくれた。
「ありがとうおばさん。あなた達ご一家に神の祝福が舞い降りますように」
その言葉を聞きながら、クロスはスッと俯いた。
人間にとって神とは何なのだろう。
どれほど苦しくても、どれほど辛くても、どれほど悲しくても神は人間に何もしない。
それなのに『神の祝福を』という言葉を口にして、ありがたいものという気持ちを持ち続けているのだ。
「神なんてロクなもんじゃないぜ?」
クロスの呟きは市場の雑踏に紛れていった。
二人はいろいろな話をしながら教会へ続く道を歩く。
「さあ、ここがこの街で唯一の僕らが行ける教会だ」
「僕らが行ける? どういう意味?」
「ああ、クロスは外国人だから知らないのか。貴族たちには専用の教会があるんだよ。そこはとても美しくて、教会ではなく大聖堂と呼ばれているんだ。僕らは近寄るだけでも怒られちゃう」
「そうなの? 祈る対象の神が違うのかな……ロビンは神の名前を知っている?」
「うん、知っているよ。ゼウルス様だろ?」
「そうだね、父上が絶対神だ。でも神ってたくさんいるんだよ?」
「うん、おじいさんから教えてもらったよ。それぞれ役割があって、それを統べているのがゼウルス様だ。ゼウルス様は全ての人間の父なんだって言ってた。だから人間はみんな姉妹兄弟なんだってさ。兄弟同士で争うなんてバカバカしいことだって教えてくれたよ」
「全ての人間の父? まさか父上がそれほどお盛んとは……」
全く違う方向に納得して青褪めたクロスにロビンが言った。
「さあ、入ろう。温かいうちにパンを配ってあげたいし」
山積みのパンが入った木箱を抱えたクロスの手を引くロビン。
香ばしい香りに誘われて子供たちがわらわらと駆け寄ってくる。
古びた聖衣を纏った牧師が教会から出てきた。
「牧師様、少しですがパンをお持ちしました」
牧師が膝をついてロビンと目線を合わせる。
「いつもありがとう。今日はひとりかな?」
「ううん、友達と来ました。クロスっていうんだけれど、この国の人ではないのです」
牧師がロビンの後ろに立つクロスを見た。
「えっ! まさか……」
クロスがスッと人差し指を口の前にあげた。
「ロビンの友達です。パンを配っても良いですか?」
驚きすぎた牧師は声も出せず、ただコクコクと頷いている。
ロビンが子供たちにパンを配り始めると、箱はすぐに空になってしまった。
「みんなに行き渡るほどは無かったね……」
心配そうなロビンに、孤児院でも一番年長であろう子供が言った。
「ありがとう。必ず全員で食べるから心配しないで。それより君は学校には来てないよね? どうして来ないの?」
ロビンが自分の環境を説明すると、その男の子が頷いて走り去った。
すぐに戻ってきたその子の手には1枚の絵が握られている。
「これは学校で配られる神様の絵なんだ。君は家で勉強できるんだろ? 机の前に貼ると良い。僕は2枚持っているから1枚あげるよ」
「良いの? ありがとう」
そうロビンが言うとその男の子が微笑んだ。
「うん、僕はカブっていうんだ。今年で12歳になるからもうすぐここを出なくちゃいけないんだけれど、年末まではいられるからさ」
そしてロビンとカブは子供たちの遊びの輪の中に入っていった。
その頃、牧師に案内され教会の中に入ったクロス。
聖堂の壁には幾筋もの亀裂が入り、正面に掲げられえている聖像の金メッキはほとんど剝がれ落ちていた。
二人はあれこれと話をしながら広場へと差し掛かった。
市場はいつものように賑やかだ。
食堂街の前を通り、東の食料品街へと差し掛かる。
「あれ? どちらももう売り切れたのかな」
ロビンの声にクロスが視線を投げると、いつも屋台を出している場所だけ人だかりが無かった。
「何かあったのかな」
ロビンが駆け出してまだ開いている店の店主と話をしている。
戻ってきたロビンがクロスに言った。
「もう売り切れたんだってさ。僕たちも店を出していたら儲かったのに……」
クロスは何も言わずにロビンの頭を撫でてやった。
「さあ、それより教会だ。お菓子かパンか決めたかい?」
「お菓子じゃお腹は膨れないから、やっぱりパンにしようかと思う」
「そうだな。じゃあパン屋さんに行こうか」
パンの屋台に行くと、フカフカの白パンや健康に良さそうな全粒粉パンが並んでいる。
屋台の後ろでは小さな子供と母親らしき女性がせっせと箱からパンを出して並べていた。
「どこで焼いているんですか?」
クロスが聞くと、店主が愛想よく答えた。
「家で焼いて持ってくるんですよ。パンを焼くには大きな石窯が必要ですからね」
「へぇ……その石窯っていうのがあれば、どこでも焼けるのですか?」
「ええ、焼けますよ。でも最近はパン職人が減っちまってねぇ、朝は早いしなかなかキツイ仕事だから、なりたいという者が減っているんですよ」
ロビンが不思議そうな声を出す。
「パンって絶対に必要だし毎日食べるのに?」
パン屋の親父が眉を下げる。
「貴族の家には専門のパン職人がいるし、庶民相手だと安い値段にするしかないだろ? 儲からないからねぇ。なりたいという若い人がいないんだよ。方法さえわかれば誰でもできる仕事だけれど、美味しいパンを焼くにはコツも情熱もいるから修行しないといけないしね」
話を聞きながらクロスが何やら考え込んでいた。
教会に寄付をするのだと言うと、少し焦げているからと言いながら箱いっぱいのロールパンを半額以下で売ってくれた。
ロビンが小遣いで貰ったお金を出し、足りない分をクロスが出す。
「ありがとうございました」
ロビンが深々と頭を下げると、パン屋の女房が出てきて頭を撫でてくれた。
「あなたに神の祝福がありますように」
そう言って小さな飴を握らせてくれた。
「ありがとうおばさん。あなた達ご一家に神の祝福が舞い降りますように」
その言葉を聞きながら、クロスはスッと俯いた。
人間にとって神とは何なのだろう。
どれほど苦しくても、どれほど辛くても、どれほど悲しくても神は人間に何もしない。
それなのに『神の祝福を』という言葉を口にして、ありがたいものという気持ちを持ち続けているのだ。
「神なんてロクなもんじゃないぜ?」
クロスの呟きは市場の雑踏に紛れていった。
二人はいろいろな話をしながら教会へ続く道を歩く。
「さあ、ここがこの街で唯一の僕らが行ける教会だ」
「僕らが行ける? どういう意味?」
「ああ、クロスは外国人だから知らないのか。貴族たちには専用の教会があるんだよ。そこはとても美しくて、教会ではなく大聖堂と呼ばれているんだ。僕らは近寄るだけでも怒られちゃう」
「そうなの? 祈る対象の神が違うのかな……ロビンは神の名前を知っている?」
「うん、知っているよ。ゼウルス様だろ?」
「そうだね、父上が絶対神だ。でも神ってたくさんいるんだよ?」
「うん、おじいさんから教えてもらったよ。それぞれ役割があって、それを統べているのがゼウルス様だ。ゼウルス様は全ての人間の父なんだって言ってた。だから人間はみんな姉妹兄弟なんだってさ。兄弟同士で争うなんてバカバカしいことだって教えてくれたよ」
「全ての人間の父? まさか父上がそれほどお盛んとは……」
全く違う方向に納得して青褪めたクロスにロビンが言った。
「さあ、入ろう。温かいうちにパンを配ってあげたいし」
山積みのパンが入った木箱を抱えたクロスの手を引くロビン。
香ばしい香りに誘われて子供たちがわらわらと駆け寄ってくる。
古びた聖衣を纏った牧師が教会から出てきた。
「牧師様、少しですがパンをお持ちしました」
牧師が膝をついてロビンと目線を合わせる。
「いつもありがとう。今日はひとりかな?」
「ううん、友達と来ました。クロスっていうんだけれど、この国の人ではないのです」
牧師がロビンの後ろに立つクロスを見た。
「えっ! まさか……」
クロスがスッと人差し指を口の前にあげた。
「ロビンの友達です。パンを配っても良いですか?」
驚きすぎた牧師は声も出せず、ただコクコクと頷いている。
ロビンが子供たちにパンを配り始めると、箱はすぐに空になってしまった。
「みんなに行き渡るほどは無かったね……」
心配そうなロビンに、孤児院でも一番年長であろう子供が言った。
「ありがとう。必ず全員で食べるから心配しないで。それより君は学校には来てないよね? どうして来ないの?」
ロビンが自分の環境を説明すると、その男の子が頷いて走り去った。
すぐに戻ってきたその子の手には1枚の絵が握られている。
「これは学校で配られる神様の絵なんだ。君は家で勉強できるんだろ? 机の前に貼ると良い。僕は2枚持っているから1枚あげるよ」
「良いの? ありがとう」
そうロビンが言うとその男の子が微笑んだ。
「うん、僕はカブっていうんだ。今年で12歳になるからもうすぐここを出なくちゃいけないんだけれど、年末まではいられるからさ」
そしてロビンとカブは子供たちの遊びの輪の中に入っていった。
その頃、牧師に案内され教会の中に入ったクロス。
聖堂の壁には幾筋もの亀裂が入り、正面に掲げられえている聖像の金メッキはほとんど剝がれ落ちていた。
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