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12 幼子の矜持
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食べ終わった子供たちと一緒に市場を廻ってみることになった。
クロスは会ったばかりの子供を肩に担ぎあげて名前を聞いた。
「マカロ」
「そうかマカロって言うのか。お母さんは?」
マカロと名乗ったその子は答えずにギュッとクロスの頭に抱きついた。
ロビンと並んで歩いていたマカロの兄であろう子が代わりに答える。
「お母さんは寝てるよ。夜はずっと働いているから」
「そうか。じゃあ寝かせてやらないとな。お前の名前はなんだ?」
「僕はオペラっていうんだ。僕の名前も弟の名前もお菓子の名前なんだって。お客さんに貰って美味しかったからってお母さんが言ってた」
ヘルメに抱っこしてもらっているルナが声を出す。
「おいしそうでいいね。私はルナって言うんだよ。お兄ちゃんはロビン。こっちの神様みたいなイケメンさんがヘルメで、そっちの女タラシっぽいイケメンさんはクロスだよ」
クロスとヘルメは幼いとはいえ女の洞察力に舌を巻く。
ロビンがオペラに話しかける。
「じゃあ夜はふたりで留守番かい?」
「うん、でもお客さんがいる時は外に出てなきゃいけないから、そんな時には外の薪小屋にいる。でもそんな子は多いから寂しくはないよ。冬はちょっと寒いけどね」
「……そうか」
「ロビンとルナはいつも市場にいるよね。野菜を売っているでしょ?」
「うん、あれが僕たちのおじいさんだ。僕たちは親無しだからおじいさんと暮らしているんだよ。だから仕事を手伝わないとね」
一行は屋台をひやかしながら広場の端まで来た。
真ん中に立っている時計台をじっと見ていたオペラが言う。
「そろそろ帰らなきゃ。食堂が終わるから野菜くずを貰いに行くんだ」
子供たちの貧しい暮らしを垣間見たロビンがきゅっと唇を引き結んだ。
「うん、また会おう。見かけたら声を掛けてよ」
クロスがマカロを肩から降ろして明るく言う。
二人は大きく頷いてから手を繋いで駆けて行った。
ロビンは少しの間その背中をじっと見ていたが、ふと思いついたように声を出す。
「僕らも早く帰っておじいさんの手伝いをしなきゃ。ねえクロス、今日もお風呂の水くみを一緒にやってくれる?」
「お安い御用だ」
西の空がほんの少し赤みを帯びている。
神界の景色も美しいが、人間界のそれもなかなかだとクロスが思っていた時、先ほど別れたばかりのマカロが必死の形相で掛けてきた。
「マカロ! どうした!」
ロビンが気付いて駆け寄ると、息を切らしたままマカロが捲し立てた。
「おじいさん……おじいさんが痛い痛いになってるの。兄ちゃんが戦ってる。僕が知らせる役なの。早く助けて……」
そう言うと泣き出してしまったマカロ。
ロビンがマカロの肩を揺する。
「場所は! どこだ!」
「南の最後の食堂の裏……息が……ゴホッ」
ロビンが慌てて駆け出した。
ルナがヘルメから降りてマカロに駆け寄る。
この幼子がずっと走ってきたのだろう、顔色を悪くして苦しそうに顔を歪めている。
「ヘルメ! 子供たちを頼む!」
クロスがロビンの後を追った。
マカロを抱き上げて背中を擦ってやりながらヘルメはボソッと呟いた。
「私なら瞬間移動できるんですけどねぇ……」
そう言いながらパッとコップに入った水を空中から取り出してルナに渡す。
「ゆっくり飲ませてあげて。ゆっくりだよ。元気が出る水だから」
ルナは真剣な顔でマカロにその水を飲ませていたが、走り去った兄が気になって仕方がない様子だ。
「大丈夫だ、ルナ。ロビンは強いけれど、クロスはもっと強い。そしておじいさんはその何倍も強いし、弟を逃がして立ち向かっているオペラも強い子だ」
「うん……」
ルナは泣きたいのを我慢しているような顔でマカロに話しかけた。
「知らせてくれてありがとうね。オペラは大丈夫かな……」
まだ息が整い切っていないマカロは、口を開けるが声になって出てこないようだ。
代わりにコクコクと頷いている。
「私たちも行きましょう。でも絶対に私から離れてはいけませんよ」
ヘルメは左右に子供たちを抱えて南の食堂街に向かって足を速めた。
その頃やっと駆け付けたロビンが、壁にもたれて腕を抑えているおじいさんと、その前に立ちふさがっているオペラをみつけた。
「おじいさん! オペラ!」
ロビンは額から血を流しながらも、おじいさんの前から離れようとしないオペラの前に立ち、庇うように背中に隠して鋭い声をあげた。
「お前ら! おじいさんに何をした!」
「何ってちょいと話し合いをしただけさ。そのくたばり損ないは勝手に転んだだけさ」
「ふざけるな! だったらなぜオペラまで怪我してるんだよ! お前らがやったんだろ」
「おいおい、言いがかりも甚だしいぜ。その子も勝手にコケただけだ。俺たちは介抱してやろうとしてただけだぜ? 俺たちのような善人に酷い言い草だな」
やっとクロスが追いついた。
「足早いなぁ……って、えっ? おじいさん怪我してんじゃん……オペラも? 何があったんだ?」
ガタイの良い男の登場にチンピラ紛いの男たちが一瞬怯んだ。
「うるせえ! お前らが怒らせたのが悪いんだ!」
そう言うが早いか、ひとりの男がクロスに殴りかかった。
繰り出された腕をパシッと掌で受け止め、その拳を握り込むクロス。
「うわぁぁぁぁ」
「受けただけじゃん。まだ力も入れてないのにそんなに騒ぐなよ。で? 詳しく聞かせてもらおうか?」
この男たちも貧しい暮らしをしているのだろう。
やせ細り、破れたシャツの隙間から肋骨が浮き出たわき腹が見えていた。
クロスは会ったばかりの子供を肩に担ぎあげて名前を聞いた。
「マカロ」
「そうかマカロって言うのか。お母さんは?」
マカロと名乗ったその子は答えずにギュッとクロスの頭に抱きついた。
ロビンと並んで歩いていたマカロの兄であろう子が代わりに答える。
「お母さんは寝てるよ。夜はずっと働いているから」
「そうか。じゃあ寝かせてやらないとな。お前の名前はなんだ?」
「僕はオペラっていうんだ。僕の名前も弟の名前もお菓子の名前なんだって。お客さんに貰って美味しかったからってお母さんが言ってた」
ヘルメに抱っこしてもらっているルナが声を出す。
「おいしそうでいいね。私はルナって言うんだよ。お兄ちゃんはロビン。こっちの神様みたいなイケメンさんがヘルメで、そっちの女タラシっぽいイケメンさんはクロスだよ」
クロスとヘルメは幼いとはいえ女の洞察力に舌を巻く。
ロビンがオペラに話しかける。
「じゃあ夜はふたりで留守番かい?」
「うん、でもお客さんがいる時は外に出てなきゃいけないから、そんな時には外の薪小屋にいる。でもそんな子は多いから寂しくはないよ。冬はちょっと寒いけどね」
「……そうか」
「ロビンとルナはいつも市場にいるよね。野菜を売っているでしょ?」
「うん、あれが僕たちのおじいさんだ。僕たちは親無しだからおじいさんと暮らしているんだよ。だから仕事を手伝わないとね」
一行は屋台をひやかしながら広場の端まで来た。
真ん中に立っている時計台をじっと見ていたオペラが言う。
「そろそろ帰らなきゃ。食堂が終わるから野菜くずを貰いに行くんだ」
子供たちの貧しい暮らしを垣間見たロビンがきゅっと唇を引き結んだ。
「うん、また会おう。見かけたら声を掛けてよ」
クロスがマカロを肩から降ろして明るく言う。
二人は大きく頷いてから手を繋いで駆けて行った。
ロビンは少しの間その背中をじっと見ていたが、ふと思いついたように声を出す。
「僕らも早く帰っておじいさんの手伝いをしなきゃ。ねえクロス、今日もお風呂の水くみを一緒にやってくれる?」
「お安い御用だ」
西の空がほんの少し赤みを帯びている。
神界の景色も美しいが、人間界のそれもなかなかだとクロスが思っていた時、先ほど別れたばかりのマカロが必死の形相で掛けてきた。
「マカロ! どうした!」
ロビンが気付いて駆け寄ると、息を切らしたままマカロが捲し立てた。
「おじいさん……おじいさんが痛い痛いになってるの。兄ちゃんが戦ってる。僕が知らせる役なの。早く助けて……」
そう言うと泣き出してしまったマカロ。
ロビンがマカロの肩を揺する。
「場所は! どこだ!」
「南の最後の食堂の裏……息が……ゴホッ」
ロビンが慌てて駆け出した。
ルナがヘルメから降りてマカロに駆け寄る。
この幼子がずっと走ってきたのだろう、顔色を悪くして苦しそうに顔を歪めている。
「ヘルメ! 子供たちを頼む!」
クロスがロビンの後を追った。
マカロを抱き上げて背中を擦ってやりながらヘルメはボソッと呟いた。
「私なら瞬間移動できるんですけどねぇ……」
そう言いながらパッとコップに入った水を空中から取り出してルナに渡す。
「ゆっくり飲ませてあげて。ゆっくりだよ。元気が出る水だから」
ルナは真剣な顔でマカロにその水を飲ませていたが、走り去った兄が気になって仕方がない様子だ。
「大丈夫だ、ルナ。ロビンは強いけれど、クロスはもっと強い。そしておじいさんはその何倍も強いし、弟を逃がして立ち向かっているオペラも強い子だ」
「うん……」
ルナは泣きたいのを我慢しているような顔でマカロに話しかけた。
「知らせてくれてありがとうね。オペラは大丈夫かな……」
まだ息が整い切っていないマカロは、口を開けるが声になって出てこないようだ。
代わりにコクコクと頷いている。
「私たちも行きましょう。でも絶対に私から離れてはいけませんよ」
ヘルメは左右に子供たちを抱えて南の食堂街に向かって足を速めた。
その頃やっと駆け付けたロビンが、壁にもたれて腕を抑えているおじいさんと、その前に立ちふさがっているオペラをみつけた。
「おじいさん! オペラ!」
ロビンは額から血を流しながらも、おじいさんの前から離れようとしないオペラの前に立ち、庇うように背中に隠して鋭い声をあげた。
「お前ら! おじいさんに何をした!」
「何ってちょいと話し合いをしただけさ。そのくたばり損ないは勝手に転んだだけさ」
「ふざけるな! だったらなぜオペラまで怪我してるんだよ! お前らがやったんだろ」
「おいおい、言いがかりも甚だしいぜ。その子も勝手にコケただけだ。俺たちは介抱してやろうとしてただけだぜ? 俺たちのような善人に酷い言い草だな」
やっとクロスが追いついた。
「足早いなぁ……って、えっ? おじいさん怪我してんじゃん……オペラも? 何があったんだ?」
ガタイの良い男の登場にチンピラ紛いの男たちが一瞬怯んだ。
「うるせえ! お前らが怒らせたのが悪いんだ!」
そう言うが早いか、ひとりの男がクロスに殴りかかった。
繰り出された腕をパシッと掌で受け止め、その拳を握り込むクロス。
「うわぁぁぁぁ」
「受けただけじゃん。まだ力も入れてないのにそんなに騒ぐなよ。で? 詳しく聞かせてもらおうか?」
この男たちも貧しい暮らしをしているのだろう。
やせ細り、破れたシャツの隙間から肋骨が浮き出たわき腹が見えていた。
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