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8  初めてのことばかり

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 今朝は畑仕事がないので、5人で揃って市場へと向かった。
 ロビンとルナは慣れているらしく、テキパキと屋台を組み立てていく。

「クロス、ちょっとこの柱を持って支えていて」

「おう」

 ロビンに指示されるままにテントを支える柱として使う長い角材を持っていると、三軒隣で買い物かごを抱えた老婆が転んだ。

「あっ! おばあさん大丈夫?」

 慌ててかけ寄るクロス。
 当然だが、支えていた柱から手を離した。

「うわぁ! 急に離れるなよ! 倒れる……ああ! 倒れるぅぅぅ」

 ロビンが必死で倒れかけた柱を支えるが支えきれていない。

「お兄ちゃん!」

 ルナも駆け寄り柱にしがみつくが、まさに焼け石に水といったところか。
 2人がもうだめだと思った瞬間、ふわっと柱が浮いたように軽くなった。

「えっ?」

 ロビンが不思議そうに元に戻った柱を見上げていると、ヘルメが急いでやってきた。

「大丈夫ですか? 危なかったですね」

 誰も支えていないのに自力で立っている柱をポンポンと撫でながら、ヘルメがロビンに視線を向けた。

「あ……うん、僕は大丈夫。もうダメだと思ったら、急に元に戻ったんだ。助かったよ。あのまま倒れていたら隣の店にも迷惑をかけたし、ルナもケガをしていたかもしれない」

「なぜこんなことに?」

 不思議そうな顔のままで状況を説明するロビンのもとにクロスが戻ってきた。

「いやぁ、おばあさんにお礼を言われちゃったよ。人助けって気持ちいい……」

 言い終わるより早くヘルメの鉄拳がクロスの右頬にさく裂した。
 数メートルほど浮いたクロスの体が地面に叩きつけられる。

「このバカ野郎が何やってんだ! ロビンとルナがケガするところだったんだぞ!」

 ヘルメの剣幕に、クロスどころかロビンもルナも姿勢を正した。

「え……あ……ケガ?」

 ふたりがコクコクと頷く横に仁王立ちしたヘルメが、ビシッとまっすぐに伸ばした人差し指をクロスに向けた。

「だからお前の頭には脳みそがないって言うんだよ。支えてくれと言われたなら最後まで支えろよ! お前にはその責任があるだろうが! このばかちんが!」

「すみません」

「俺に謝っても仕方ねぇんだよ! ロビンとルナに詫びろ! 詫びろ詫びろ詫びろぉぉぉ」

 あまりの剣幕にクロスとロビンとルナが正座して縮こまっている。

「フォッフオッフオッ、まあまあヘルメや。そんなに怒鳴らんでも。何事もなかったんじゃからのぅ」

 トムじいさんがロビンとルナを立たせて砂ぼこりを叩いてやる。
 クロスには手を貸さないあたりに、トムじいさんの心情が滲み出ているといったところか。
 正座したままのクロスが三人に頭を下げた。

「本当にすみませんでした」

 ロビンが声を出した。

「いや、僕が手を離さないでって言わなかったのも原因だから」

 クロスを庇ったロビンにルナが抱きついた。

「私もごめんなさい。危ないから手を出しちゃだめって言われてたのに……」

 そんなふたりの頭を撫でながらトムじいさんがクロスに言った。

「なあクロス、お前さんがコケた老婆に駆け寄ったのは良い。しかしのぉ『次』に行くなら『今』を終わらせないとダメじゃよ? あんたはどうも先のことばかり考えて、今を疎かにしておるようじゃ。今を疎かにするやつにより良い先は来んよ」

「……次のことばかり考えて?」

「まあ良いさ。さあ店開きと行こうかの」

 トムじいさんたち3人が再び動きだした。
 クロスの首根っこを掴んで、ヘルメが路地に引き摺って行く。

「人助けをするために、人に怪我をさせるなんて本末転倒ですよ? 私が気付いたから良かったようなものの、二度とこのようなことが無いようにして下さい」

「うん、わかった。助けてくれてありがとう、ヘルメ」

 ヘルメがホウッと息を吐いた。

「まあもう済んだことです。今日は初日ですし、市場を見て回りましょうか」

「うん」

 トボトボと歩き出したクロスに、今度は子供がぶつかってきた。

「おっと危ない、大丈夫かい?」

 ボスッと音を立てて転んだ子供を助け起こしたクロスが、その子の服についた砂を払ってやる。

「うん、ごめんね。僕、お母さんを探してて……」

「お母さん? キミは迷子なの?」

 そう言った瞬間、その子供の目から大粒の涙が溢れだした。

「うわぁぁぁぁん! おかあさぁぁぁぁん! おかあさぁぁぁぁぁん!」

「待て! 泣くな! 僕は可愛い女の子を鳴かせるのは好きだが、子供が泣くのは苦手なんだ。頼むから泣き止んでくれ~」

 子供の涙を袖で拭ったクロスが、その子供を肩に乗せた。

「なあヘルメ、この子の母親見えるだろ? どこにいる?」

 ヘルメは肩を竦めるだけで何の答えもくれなかった。

「ちぇっ! ケチ!」

 クロスは子供を肩車した状態で、母親を探すために歩き出した。

「この子のお母さ~ん。どこですか~」

 神々しいほどのイケメンが涙でぐちゃぐちゃになった子供を肩車している姿を、通行人たちがポカンと見ていた。
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