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7 交渉材料
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両手の指を駆使して計算していたクロスがヘルメを見る。
「25,000エレってことは250ハッピーポイントの消費か。今僕が保有しているポイントはいくつあるの?」
「ゼロ」
「ということは?」
「今までの分は個人的に私が貸しています。私は借りるのも貸すのも嫌いですからなるべく早く返してください。なあに、簡単ですよ。250人の人間たちに小さな幸福感を与えればいいだけですからね」
「なんだ、簡単だな」
「ハハハ……ちなみに私は利息を取ります。利率は10日で1割ですから、早めに動くことをお勧めしましょう」
「10日で1割? ってことは、10日後には250エレが275エレになるってこと?」
「そうです。いわゆるトイチというやつです。しかも複利ですからご注意ください。我ながらなかなか鬼畜だとは思いますが、これも運命と諦めましょう」
「諦めきれるかよ! そうだ、神界に帰ったら母上のプライベートスケジュールをお前に流す。それで手を打たないか?」
「え……ヘレラ様のプライベートスケジュール……」
「そう、父上といつも一緒にいるわけじゃないからね。母上は意外とプライベート重視派なんだ。偶然を装って母上の風花園でばったり会っちゃうなんてさぁ。へへへ」
「自分の支払利息を下げるために母親を売るとは、見下げ果てた根性ですが……わかりました。金利は無しにしましょう。約束は必ず守ってもらいますよ」
「お……おう、わかってる」
ルナが裏口から顔だけ出してふたりを呼んだ。
「ご飯だよ~」
薪を引いて火だねを弱めたクロスがヘルメに言う。
「なあ、人助けって何をすりゃいいんだ?」
「そこからですか……前途多難ですねぇ」
久しぶりのごちそうに目を輝かせる子供たちを、嬉しそうに見ているトムじいさんにクロスが話しかける。
「トムじいさん、明日は畑仕事が無いんだろ? 店の方に手伝いに行って良いかな」
「そりゃ構わんが、慣れん仕事で疲れただろう? 明日は体を休めてもいいんじゃぞ?」
クロスが底抜けに明るい笑顔で返す。
「大丈夫だよ。一緒に行くから手伝わせてくれ。それともう一つ教えてくれないかな」
「なんじゃな?」
「人って何をすれば喜んでくれるんだろうか」
怪訝な顔をするトムじいさんの横で、口いっぱいに詰めこんでいたパンを嚥下してロビンが言った。
「それって人によるんじゃないの?」
それを聞いていたヘルメがプッと吹き出したが何も言わない。
ムッとしながらクロスが声を出した。
「それはわかっているさ。とにかく僕は人助けがしたいんだ。それも早急に、できるだけたくさん」
ヘルメ以外の三人は『コイツ何言ってるんだ?』という顔をしている。
数秒の沈黙のあとトムじいさんが言った。
「親切と押し付けは違うからのぉ。まあ明日よくよく人々を観察してみることじゃ。自ずと見えてくることがあるじゃろうて」
勉強は明日からということになり、順番に湯を使ってベッドに潜り込んだ。
小屋に戻ったクロスはゴロンと横になって天上を睨んでいる。
人差し指をスッと動かして人間界の教科書というものを召喚し、内容を確認していたヘルメが言う。
「焦っても意味がないですよ。やれば良いというものじゃない。なぜそれが必要な行動なのかがわからないとダメなんです」
クロスが拗ねたような顔をした。
「結果は同じじゃないか。要するに困っていることを解消すれば良いんだろ?」
「だからあんた様はダメだと言うんですよ。バカじゃないんだから頭を使いなさいよ」
そう言いながら指先で頭をコンコンと突く。
「なあヘルメってさぁ、生きてて良かったぁって思う瞬間ってある?」
ヘルメが呆れた顔でクロスを見た。
「生きていて良かった瞬間というのは、死ぬことを前提とした脆弱な生命力しかもたない人間が考えることですよ。私たちは神ですよ? 神に生死は無いのですから、そんな些細なことで喜怒哀楽の感情など発生するわけ無いでしょう?」
「だったらヘルメはなんで毎日頑張っているの? 死んだように生きていたって生は生でしょう?」
ヘルメが驚いた顔をクロスに向ける。
「どうしたのです? あなたの口からそんな哲学的な質問が出るとは想定外でした」
「だって、何をやっても死なないのなら、何もしなくたって死なないじゃん? ヘルメは僕のお守り役なんて望んでいないはずだ。なのにこうやって手を貸してくれる。何もしなくたって良いのに、何をすればよいのかを考えてやってくれる。だから……」
「なるほど。無限ループに嵌りましたか。良いですか? 私たちは死なない。しかし死なないから生きているわけではないのです。自分が生きていると実感するから生きていると思えるのです。そういう意味でしたら神も死ねるのですよ?」
「えっ! そうなの?」
「見たことがあるでしょう? 聖なる泉からまっすぐヒミンビョルグ山に向かう小高い丘の上の巨岩群。あれは生きていると思えなくなった神達が、生きていることを忘れたまま座っているのですよ」
「あの大きな岩がたくさんあるところ?」
「そうです。もはや自分が生きているという認識を持てなくなった神々は生きたまま死ぬのです。あちこちにそんなのがあると困るでしょ? だから一か所に集めているんです」
「生きていると実感できない状態は死か……」
「まあ、ものすごく纏めるとそういうことです」
クロスはじっと考え込んでいる。
「もう眠りましょう。明日も早いのです。体を動かしているうちに、その頭に詰まっている脱脂綿が何かを吸収するかもしれませんしね」
ヘルメはそう言ってランプの灯りを吹き消した。
「25,000エレってことは250ハッピーポイントの消費か。今僕が保有しているポイントはいくつあるの?」
「ゼロ」
「ということは?」
「今までの分は個人的に私が貸しています。私は借りるのも貸すのも嫌いですからなるべく早く返してください。なあに、簡単ですよ。250人の人間たちに小さな幸福感を与えればいいだけですからね」
「なんだ、簡単だな」
「ハハハ……ちなみに私は利息を取ります。利率は10日で1割ですから、早めに動くことをお勧めしましょう」
「10日で1割? ってことは、10日後には250エレが275エレになるってこと?」
「そうです。いわゆるトイチというやつです。しかも複利ですからご注意ください。我ながらなかなか鬼畜だとは思いますが、これも運命と諦めましょう」
「諦めきれるかよ! そうだ、神界に帰ったら母上のプライベートスケジュールをお前に流す。それで手を打たないか?」
「え……ヘレラ様のプライベートスケジュール……」
「そう、父上といつも一緒にいるわけじゃないからね。母上は意外とプライベート重視派なんだ。偶然を装って母上の風花園でばったり会っちゃうなんてさぁ。へへへ」
「自分の支払利息を下げるために母親を売るとは、見下げ果てた根性ですが……わかりました。金利は無しにしましょう。約束は必ず守ってもらいますよ」
「お……おう、わかってる」
ルナが裏口から顔だけ出してふたりを呼んだ。
「ご飯だよ~」
薪を引いて火だねを弱めたクロスがヘルメに言う。
「なあ、人助けって何をすりゃいいんだ?」
「そこからですか……前途多難ですねぇ」
久しぶりのごちそうに目を輝かせる子供たちを、嬉しそうに見ているトムじいさんにクロスが話しかける。
「トムじいさん、明日は畑仕事が無いんだろ? 店の方に手伝いに行って良いかな」
「そりゃ構わんが、慣れん仕事で疲れただろう? 明日は体を休めてもいいんじゃぞ?」
クロスが底抜けに明るい笑顔で返す。
「大丈夫だよ。一緒に行くから手伝わせてくれ。それともう一つ教えてくれないかな」
「なんじゃな?」
「人って何をすれば喜んでくれるんだろうか」
怪訝な顔をするトムじいさんの横で、口いっぱいに詰めこんでいたパンを嚥下してロビンが言った。
「それって人によるんじゃないの?」
それを聞いていたヘルメがプッと吹き出したが何も言わない。
ムッとしながらクロスが声を出した。
「それはわかっているさ。とにかく僕は人助けがしたいんだ。それも早急に、できるだけたくさん」
ヘルメ以外の三人は『コイツ何言ってるんだ?』という顔をしている。
数秒の沈黙のあとトムじいさんが言った。
「親切と押し付けは違うからのぉ。まあ明日よくよく人々を観察してみることじゃ。自ずと見えてくることがあるじゃろうて」
勉強は明日からということになり、順番に湯を使ってベッドに潜り込んだ。
小屋に戻ったクロスはゴロンと横になって天上を睨んでいる。
人差し指をスッと動かして人間界の教科書というものを召喚し、内容を確認していたヘルメが言う。
「焦っても意味がないですよ。やれば良いというものじゃない。なぜそれが必要な行動なのかがわからないとダメなんです」
クロスが拗ねたような顔をした。
「結果は同じじゃないか。要するに困っていることを解消すれば良いんだろ?」
「だからあんた様はダメだと言うんですよ。バカじゃないんだから頭を使いなさいよ」
そう言いながら指先で頭をコンコンと突く。
「なあヘルメってさぁ、生きてて良かったぁって思う瞬間ってある?」
ヘルメが呆れた顔でクロスを見た。
「生きていて良かった瞬間というのは、死ぬことを前提とした脆弱な生命力しかもたない人間が考えることですよ。私たちは神ですよ? 神に生死は無いのですから、そんな些細なことで喜怒哀楽の感情など発生するわけ無いでしょう?」
「だったらヘルメはなんで毎日頑張っているの? 死んだように生きていたって生は生でしょう?」
ヘルメが驚いた顔をクロスに向ける。
「どうしたのです? あなたの口からそんな哲学的な質問が出るとは想定外でした」
「だって、何をやっても死なないのなら、何もしなくたって死なないじゃん? ヘルメは僕のお守り役なんて望んでいないはずだ。なのにこうやって手を貸してくれる。何もしなくたって良いのに、何をすればよいのかを考えてやってくれる。だから……」
「なるほど。無限ループに嵌りましたか。良いですか? 私たちは死なない。しかし死なないから生きているわけではないのです。自分が生きていると実感するから生きていると思えるのです。そういう意味でしたら神も死ねるのですよ?」
「えっ! そうなの?」
「見たことがあるでしょう? 聖なる泉からまっすぐヒミンビョルグ山に向かう小高い丘の上の巨岩群。あれは生きていると思えなくなった神達が、生きていることを忘れたまま座っているのですよ」
「あの大きな岩がたくさんあるところ?」
「そうです。もはや自分が生きているという認識を持てなくなった神々は生きたまま死ぬのです。あちこちにそんなのがあると困るでしょ? だから一か所に集めているんです」
「生きていると実感できない状態は死か……」
「まあ、ものすごく纏めるとそういうことです」
クロスはじっと考え込んでいる。
「もう眠りましょう。明日も早いのです。体を動かしているうちに、その頭に詰まっている脱脂綿が何かを吸収するかもしれませんしね」
ヘルメはそう言ってランプの灯りを吹き消した。
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