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2  そして人間界へ

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「死んでるのかな……素っ裸じゃん、こいつ」

「追いはぎかなんかに襲われたのかなぁ……ねえ、お兄ちゃん、この人ここにミル貝みたいなの挟んでる……引っ張ればとれるかな」

 道端で倒れているクロスの股間に手を伸ばそうとする妹の手首をがっしり掴んだ兄が叫んだ。

「触るな! 危険だ!」

 大の字で気を失っているクロスの横で小競り合いをしている兄妹の後ろで声がした。

「何を騒いでいるんじゃ? ん? これは……行き倒れか? 今どき珍しいな。ほれ、ロビン手伝え。家に運んで手当をしてやらねば」

 嫌そうな顔で立ち上がった兄を見ているのは妹のルナだ。

「重い?」

 歯を食いしばってクロスの足を抱える兄ロビンに話しかける。

「うん……重い……」

 ロビンとルナと一緒に暮らすこの老人の名前はトム。
 畑で育てた野菜を市場で売って生計を立てている。

「ねえおじいさん、お医者様を呼ぶの?」

 孫娘のルナが心配そうな顔でクロスを見ている。

「いや、傷もないし医者は要らんじゃろうて。きっと腹でも減って行き倒れたのだろうよ。少し寝かせてやれば大丈夫じゃ」

 三人に顔を覗き込まれながら、クロスは聖なる泉であんなことやこんなことをしている夢を見ていた。

「あぁん、ダメだよ! そこはダメだってば……ペシュケちゃんのエッチ」

 三人が薄いスープに固いパンを浸して夕食をとっていると、突然クロスが声を出した。
 ルナは驚いて手にしていたパンを落としてトムじいさんにしがみつく。
 ロビンはそのパンを拾い、黙って自分のパンと交換してやった。

「殴られている夢でも見てるのかな……」

 ロビンの問いにトムじいさんは笑顔で答える。

「なんじゃろうなぁ。なかなか楽しそうな声じゃが。フォッフォッフォッ」

 静かになったので、夕食を再開しようとしたとき、ドアという名の板を叩く音がした。
 ロビンが立ち上がって声を出す。

「どちら様ですか?」

「すみません、私はヘルメと申します。倒れたツレを助けていただいたと聞いて迎えに参りました」

 ロビンは振り返ってトムじいさんの顔を見る。

「開けてやりなさい」

 紐で結わえただけの鍵を外すと、一瞬まばゆい光が差し込んだような錯覚に襲われ、すっと長身の男が入ってきた。

「か……かっこいい……」

 ルナが声を漏らすと、にっこりと微笑み返すこの男こそ、クロスの母ヘレラが遣わした従神ヘルメだ。
 その体は神殿の彫刻のようで、びっしりと筋肉が詰まっている上半身が、体に巻き付けている薄布から透けて見えている。
 ギリシャ彫刻のような神々しい顔に、強い意志を秘めたような眼光。

「神様みたい……すてき……」

 ルナの率直な感想に『いや、神だから』と言うわけにもいかず、最上級の微笑みを浮かべたヘルメが恭しく頭を下げた。

「ご迷惑をおかけいたしました。すぐに連れて行きますので」

 まだ寝ているクロスに盛大な舌打ちをしたヘルメが、ベッドに近寄った。

「その人の知り合いですか? その人はこの近くの道端で倒れていたんです。きっと海に潜って溺れたんだと思います」

 ルナが大急ぎで説明した。
 ヘルメがルナの顔を見る。

「海で溺れた? 濡れていたのですか?」

「いいえ、濡れてはいなかったけれど、きっとお腹が空いてミル貝を獲ろうとしたんだと思います」

「ルナ! やめなさい」

 慌てて妹を止めるロビン。
 クロスが掛けて貰っているシーツを捲ったヘルメスは全てを悟った。

「ところでお嬢さんはそのミル貝とやらを触りましたか?」

「ううん。お兄ちゃんがダメだって……」

 ヘルメがロビンに微笑んだ。

「懸命な判断です」

 そう言うとヘルメは懐から小さな革袋を取り出した。

「これはお世話になったお礼です。どうかお納めください」

 トムじいさんが何度断っても譲らないヘルメ。

「ではありがたくいただきましょう。ところであなた達はどこに泊まるんじゃな?」

「泊まるところは今から探します。まあ男二人ですから野宿でも構いませんよ」

 縋るようなルナの視線に頷いたトムじいさんが言った。

「裏庭の小屋で良ければお使いなさい。藁だけはたっぷりあるから寝心地は悪くないはずじゃ。ただ食事は粗末なものしか用意できんよ?」

「ありがたいお言葉に心から感謝いたします。食事は手持ちがありますので大丈夫です。それではお言葉に甘えさせていただきますね」

 ヘルメの言葉にルナが歓声をあげた。
 シーツごと軽々とクロスを抱き上げたヘルメをロビンが先に立って案内した。
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