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41 作戦開始

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 サミュエル殿下とジョアンは作戦の大筋を決定してから、なにやら実験を始めました。
 他の子供たちも加わってごそごそと研究施設として解放されている東の宮の中を駆け回っています。
 鬼ごっこをしているように見えるようで、使用人たちは微笑ましそうにみていますが、彼らがそんなことをするはずないと知っている私たちは、ただ怪我だけはしないように注意深く見守っていました。

〈やはり弱いな〉

〈ブースターが必要だ〉

〈ローゼリアには諦めてもらうしかないな〉

子供たちが集まって何やら不穏な相談を始めました。

〈何をやっているんですか?〉

〈僕が見た景色を離れた場所にいるアレクが再現できるか試してる〉

〈へぇ~!それで?できました?〉

〈近距離ならある程度は可能だが、詳細までは厳しい。輪郭は把握できるんだけど細かいところは分かりづらい〉

 再現担当のアレクが苦々しい顔をして言いました。

〈何をしようとしているのですか?〉

〈遠隔地の市街図を作ろうとしてるんだ〉

〈じゃあ輪郭だけで大丈夫じゃないですか〉

〈まあね。可能性を試しているだけだ〉

〈それで私は何を諦めたら良いのでしょうか?〉

〈身の安全〉

「どういうことですか?」

 私は思わず声に出してしまいました。
 近くにいた主任が驚いてこちらを見ています。

〈父上と伯爵を呼んでくれ。作戦会議だ〉

 私は急いで侍従に伝言し、博士と主任を呼びに行きました。
 陛下も伯爵も仕事を止めてまで駆けつけて来て、二時間後には会議が始まりました。
 口火を切ったのはサミュエル殿下です。

〈ノース国に潜入して市街地図を作成したい。情報として公開されているものは百年以上前のもので、現状ではない。ゲリラ作戦を遂行するためには実地調査が不可欠だ。本当なら私が行くのが一番だが、兄上がいない今、私が国を離れるのは悪手だからな〉

 私はほぼ同時通訳していきます。

「お前は絶対に行かせられないが、お前が行くメリットは何だったのだ?」

 国王が聞きます。

〈三地点同時通話が可能になること。ノース国の王宮内情報に詳しい叔母上と、ここに居るメンバーが直接話せるし、叔母上が把握しきれない市井の現状を実際に見ることで成功率は格段に上がる。しかもこの通信は誰にも邪魔されずリアルタイムでおこなえる〉

 私の口を通して語られる言葉に、大人たちがめちゃくちゃ感動的な眼差しでサミュエル殿下を見ています。

〈ここにいながらノース国の街を把握するためには、空間認識を絵として再現できるアレクの存在が不可欠だ。そして必要な文献を記憶して再現できるドレックもここに残って貰いたい。そうなると、我々の目になる人材は必然的にエスメラルダとなる。彼女ならあちらでの会話もすべて記憶できるからベストな人選だろう。そしてジョアンだが…〉

 ドイル伯爵は顔色を悪くしながらも頷きました。

「エヴァンがいない今、ドイル家としてはジョアンを行かせることに躊躇いはあります。でも殿下はジョアンを現地での参謀と考えておられるのでしょう?」

〈伯爵には申し訳ないが、他に人材がいない〉

「…わかりました。妻は私が説得しましょう」

〈すまない、伯爵。ドイル家の兄弟の安全を第一に考えていくことを約束するよ〉

「お気遣い感謝いたします」

〈エスメラルダが見た情報を送るためには、強力なブースターとなる人材が必要だ。しかしこの者がノース国に入ることは大変な危険を伴う。しかし不可欠な要素なんだ〉

 私はやっと腑に落ちました。

「わかりました。私ですよね?ではジョアンとエスメラルダと三人ってことですか?」

〈いや、ワンド地質調査研究所の調査メンバーとして行ってもらうのが良いと考えている。ワンド地質調査研究所はその実績からノース国の信頼も厚いと聞いている。調査メンバーであれば護衛も付けやすい。前回の地震について調査すると言えば問題なく許可するだろう〉

「なるほど。では副所長ですね?」

〈内々に打診をしていたのだが、了承の返事は貰っている。すでにこちらに向っているはずだ〉

〈相変わらず手回しがいいですねぇ。拒否権無しの設定ですね?〉

 私の言葉にサミュエル殿下がグホッと咳き込みました。

〈現地からローゼリアを通じて情報を送るにしても、少し弱いということがこの数日の実験でわかった。そこで、もう一つブースターとなり得る人材が必要なんだ。できれば協力を願いたいのだが〉

 サリバン博士がハッと顔を上げました。

「母ですね?しかし母は何の知識もないですし、高齢ですが大丈夫でしょうか」

〈博士のご母堂にはワイドル国と我が国の国境付近の温泉地に逗留していただき、中継アンテナとしての役割を担っていただきたい。通信精度が弱まる距離で、もう一度力を与える役割だと言えば理解できるだろうか。頭の中に流れ込んできた情報を、私に向けて飛ばしてもらうだけで大丈夫なのだが、何度か練習は必要だと思う。危険は無いと保証しよう〉

「では私が同行しましょう。日頃の親不孝の詫びで温泉療養に連れて行くと言えば、弟夫婦も怪しまないでしょうから」

〈申し訳ないがよろしく頼む。もちろん費用は全て王家で持つから安心して親孝行してほしい〉

「もちろんだ。準備にかかる費用も全て回してくれ。もちろんご母堂にも別途報酬を支払う」

 国王陛下が何度も頷きながら力強く言いました。

「ありがたいお言葉ですが、滞在費だけご負担いただければ十分です。明日にでも母を連れてきますので、やり方を教えてやってください。詳細は説明しなくても結構ですが、ノース国の皇后陛下のお役に立つのだと言えば喜んでやると思います」

 話が纏まり、各々が為すべきことを為すために席を立ちました。
 皆さんを見送った後、私は口にこそしませんでしたが気になることをサミュエル殿下に聞きました。

「私が危険というのは?」

〈ローゼリアの顔を知っているのはマリアとエヴァンだけだが、不安材料となるだろう?だから偽名を使い、髪の色を変えるとかの偽装は必要だろうな。設定としてはベック副所長の遠縁の子供とその婚約者、そして君は彼らのカヴァネスが妥当だと考えている。それなら副所長が跡継ぎの教育を兼ねて連れてきたという言い訳が使えるし、護衛が多いことも納得させられるだろ?〉

〈それなら特に危険ではないでしょう?護衛の方もいるのだし〉

〈そうならいいが、よく考えろ。当事者の半数以上がローゼリアと関係のある人間だ。エヴァンはもちろんマリアもアランも。しかも、ジョアンの作戦を反戦側に伝えられるのも君だけだ。下手をしたら双方から狙われる立場になる〉

〈ふぅぅぅぅぅ…覚悟が必要なのですね。でもそれでエヴァン様が救えて、戦争が回避できるのですよね?〉

〈必ず成功させる。信じてほしい〉

 私はニコッと笑って殿下の頭を撫でまわしました。

〈なっ!何をする!〉

〈ちょっと触ってみたくなりました。御利益がありそうな気がして〉

〈その程度で良いならいつでも触れ〉

 殿下はそう言いましたが、真っ赤な顔になっていました。
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