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36 緊急事態の予感

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〈そう言えばお前に出した宿題はできたのか?〉

〈脳の事ですか?調べてはみましたが、私たち一般人の脳とあの子たちの脳の違いは分からなかったです〉

〈そうか、まあそのうち体感するだろう。引き続き頑張りなさい。しかし今回のことは少し驚いているんだ〉

〈今回のことですか?〉

〈ああ、彼らのような天才型自閉症の人間は他人に興味を示さない。だから今回のように積極的に災害による被害を最小限に抑えるような行動をすること自体、信じられないほど稀有なんだ〉

 そこでずっと黙ってお菓子を食べていたエスメラルダの声が聞こえました。

〈ジョアンがエヴァンを心配しているのです。それとローゼリアの領地のことも。だからジョアンが率先して行動したのです。その内容に興味を持った二人が全面的に協力しているという感じですね。私はローゼリアが好きだからやっているだけです〉

 私は彼女の言葉に感動して思わず抱きしめてしまいました。

〈ね?こんな感じで可愛いでしょう?〉

 私に抱きしめられながらエスメラルダが殿下に言いました。

〈なるほどね。まあ私としては国益に繋がるし、兄上のことも心配だから全面的に協力するよ。それに叔母上のおられるノース国のことでもあるしな〉

 そんな脳内会話をしていると、広間の扉が乱暴に開きました。
 慌てて振り返ると国王陛下が立っておられます。
 博士と私はすぐに立ち上がり、臣下の礼をとりました。

「緊急事態だ。もう一度先ほどの会話を聞かせて欲しいのだが可能だろうか?」

 エスメラルダが立ち上がり、美しい礼をした後で語り始めました。
 国王陛下は立ったまま微動だにせず聞き入っておられます。
 陛下の後ろでは宰相が必死でメモをとっていました。

「君はなんという名前かね?」

「エスメラルダ」

「何度でも同じ話ができるのかね?」

 エスメラルダが博士の顔を見ました。
 おそらく会話が面倒になってきたのでしょう。
 博士が代わりに答えます。

「はい、何度でも何年たっても可能です」

「凄いな…それはそうと、サミュエルのいう通りすぐに皇太子たちには帰還命令を送った。今はノース酷から離れてイース国に向っているはずだが、鷹を飛ばしたので明日には届くだろう」

 その会話を聞いていたのでしょう、ジョアンが声を上げました。

「イース!」

「どうしたのジョアン」

 私は慌てて聞きました。

〈移動方法を聞いて!〉

「陛下、皇太子ご一行はどのような移動手段を用いておられるのでしょうかと聞いています」

「あ?ああ、そうかローゼリアは聞こえるのだったな。確か国道が崩落事故で通行止めになっているから迂回して山を越えるのではなかったかな」

 ジョアンがいきなり立ち上がりました。
 そんなジョアンをじっと見ていた子供たちが集まりました。
 私の脳内にも彼らの会話が響いてきます。

〈拙いな、ノースとイースの国境の山は活火山だ。今回の崩落原因が知りたい〉

 ドレックの声が聞こえました。

〈新聞発表だと地震だ。一昨年の八月三日の記事だ〉

〈詳細は載っていた?〉

〈いや、小さな記事だった。文字数で六十二文字〉

〈他国のことだからそんな扱いだったのだろう。すぐに文官に命じて調査させる〉

〈急いでくれ〉

 サミュエル殿下が宰相の前に行き、私を手招きしました。

〈伝えてくれ〉

〈緊急事態でも自分では喋らなのですね〉

〈良いから伝えろ〉

 私は肩を竦めてから宰相に言いました。

「私が彼らの声を聴くことができるというのはご存じでしょうか」

「ああ、陛下から聞いた」

「それではお伝えします。一作年の八月三日の新聞に載ったノース国とイース国を跨る国道で発生した崩落事故の原因となった地震の詳細を知りたいとのことです」

 宰相は後ろに控えていた文官に目くばせをされました。
 指示を受けた文官が走って退出します。

「すぐに調べさせるが、他国のことなので数日かかるかもしれない。進捗は随時報告させよう」

 殿下は頷き、ジョアンを見ました。
 ジョアンは苦々しい顔をして爪を嚙んでいます。
 彼がそんなことをするのは初めてみましたが、余程のことなのでしょう。

「必要な資料や情報があれば何でも言ってくれ。宰相も最重要案件だと思って対応するよう各部門に通達してくれ」

 そう言うと陛下はサミュエル殿下の頭を優しく撫でました。
 サミュエル殿下の頬が少し赤くなったのを見た私は、なぜか少し安心しました。
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