思い出を売った女

志波 連

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番外編1-1 拓哉と澄子

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「やあ、こちらから呼び出したのに、遅れて申しわけない」

 昼はランチも提供している恵比寿のスペイン料理屋に駆け込んできたのは、徒然の友人である風間拓哉だった。

「いえ、私も先ほど来たばかりですのでお気遣いなく。すみません、先に飲んでます」

「そう言ってもらえると助かるよ」

 待ち合わせ相手の三谷澄子の正面に座った浅間が、店員にビールを注文した。

「本日のピンチョスとエビと茸のアヒージョは注文しています」

「ああ、ありがとう。どちらも好きなメニューだ。やっぱり君と僕は相性が良さそうだ」

 澄子が片眉をあげて怪訝な顔を見せる。

「あれ? 不同意?」

「いえ、不同意というより予想外のお言葉だったので」

「そんな悲しいこと言うなよ。一緒に泣いて一緒に笑った仲じゃない。僕は一番親しいガールフレンドだと思ってたんだけど?」

「ははは……ああ、風間先生ってそうやって女性を口説くのですね? 今更ですが私は美咲ちゃんより3つも年上のアラフォーですよ?」

「良いじゃない。女性の魅力は30を過ぎて磨かれ、40で真の開花するんだ。それに、その言い方をするなら君はアンダーで僕はオーバーだぜ?」

 澄子が驚いた顔で風間を見た。

「本田先生と同い年でしたっけ? もっと若く見えますね。さすが文壇界のマルチェロ・マストロヤンニ!」

「なんだ? それ……まあ彼はとんでもないモテ男で数多の美女たちと浮名を流したけれど、結婚は1回だけなんだよ。意外と誠実でしょ?」

「でも何かのインタビューで『生涯で心から愛した女性』を語ってましたけれど、奥さんの名前じゃなかったですよ? しかも2人の女性を挙げてました」

 風間がブフォッとビールをのどに詰まらせた。
 澄子が慌ててハンカチを差し出す。

「そうなの? それは不誠実だよね。もちろん僕はそんなことはしないさ」

「だから結婚せずにいままで?」

「そんなことないよ。僕は結婚願望が強い方なんだ。でも必ず振られるんだよね」

 今度は澄子がビールをのどに詰まらせた。
 風間が胸のポケットチーフをサッと抜いて渡す。
 なぜか互いのハンカチを交換するような形になった2人は、目を見合わせて笑った。

 タイミングよく料理が運ばれてくる。

「ビールを2つ追加でお願いします」

 まだ20代だろうスタッフへの言葉遣いも、注文のタイミングも流れるようにスマートだと澄子は思った。

「風間先生ってモテるでしょ」

「う~ん……どうかな。モテないとは言わない。でも、モテているように見せているっていうか、それっぽく振る舞ってるだけさ」

 澄子が疑わしそうな眼を向けると、風間がビールグラスを少しだけ掲げるように上げた。

「澄子ちゃんこそなぜ今まで結婚しなかったの? こんなに魅力的なのに」

 澄子は自分の顔に熱が集まるのを感じた。
 気持ちを落ち着かせようとビールを飲む澄子の前で、風間はパエリアを注文している。

「ねえ、知ってる? パエリアって本場では昼に食べるものらしいよ。しっかり食べるのが昼食で、夕食は軽めなんだってさ」

「へぇ、そうなんですか? でも時間がかかるでしょ? 昼休憩じゃ無理ですよね」

「あちらはシエスタ文化があるから昼休憩は会社員でも2時間はとるんだ。食事の回数も朝食が2回で昼食1回。夕食も2回とるから計5回」

「太りそう……」

「うん、触り心地が良さそうな人が多い」

「風間先生ってスペインに住んでたんですか?」

「いや、全部ネット知識。僕は海外に行ったことは無いんだ。だから徒然がハワイで挙式するから立会人になれって言いだした時は冷や汗が出たよ」

「もしかして美咲ちゃんのお母様と一緒?」

「そう、志乃さんのお陰で臆病さを露呈せずに済んだ。徒然に弱みを握られるとロクなことは無いからね」

 それから2人は徒然と美咲の話で盛り上がった。
 ビールからワインへと変わり、澄子も風間も酔った口調で打ち解けている。

「ねえ、もう一軒行かない? とっておきのバーを紹介するよ」

「私、もうあまり飲めませんよ?」

「軽めのものにすれば大丈夫でしょ? まだ一緒にいたいんだ」

 澄子の心臓がまた大きく跳ねた。
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